こんな日々に 前篇
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学校のだだっ広い敷地内をのんびりと歩いていると、時折すれ違う年頃の女の子達が自分の事を見て「格好良いね」と囁き合うのが聞こえた。
どうもありがと、と心の中だけで一応のお礼を言い、リンは敷地の一番端にある十三号館へと向かう。
自然の多い学校で、この季節は秋の景色に移るべく木々が赤や黄色に変わってきている。
目の前にはらりと静かに落ちた枯れ葉が、少しだけセンチメンタルな気分にさせた。
リンがこの大学に入ってからまだ半年、後期が始まってからまだ一週間も経っていない。
それでも大学のカリキュラムに慣れ始め、要領良く授業日程を立てる事が出来た。
今日は二・三限のみで、通年科目の前期に出されていた課題を提出したので、午後からは写真を撮りに遠出するつもりでいる。
……それがリンの将来の夢だった。
本当は、高校を卒業したらすぐにでも知り合いの源泉の元で修行するつもりでいた。
だが、シキがそれに反対したのだ。
『金は出すから大学に行け』と、それこそ兄の権限だけで抑え付けられてしまった。
……わかっては、いるんだけどね。
両親が死んだのは、リンがまだ小学生の時だ。
自分達兄弟は取り残され、生憎と身寄りも無く。
かと言って、施設に行くだとか知り合いにお世話になるというのも嫌だった。
自分達の親は、彼等だけだったから。
そうは言っても、誰かに頼らないと小学生である自分は生きていく事が出来ない……なんて、両親が死んだ悲しみに泣き暮れていた自分には、そんな事を考える余裕も無かった。
今でも覚えている。
唐突に『お前は、俺が育てる』と、兄貴は自信満々に笑みを浮かべ、そう言った。
その後すぐに、当時高校生だった兄貴は学校を辞めて、その顔とスタイルを武器にモデルとなった。
元々備わっていた、人を惹きつける魅力やカリスマ性があっという間にシキをトップモデルにまでし、おかげで生活に困らず、自分は今現在こうやって大学にまで来ている。
シキがリンに大学へ行けと言うのは、自分は行けなかった分リンにはその経験をして欲しい、という事だろう。
わかる、わかっている。
けれど、本当はもう自分も働きたかった。
これ以上兄貴の力を借りたくなかった。
もっと、兄貴にだって自分の為に自由な時間があって良いはずだ。
それに俺自身、己の事くらい己で決められる程度には、成長している。
「なんだかなぁ」
結局のところ、シキに子供扱いされているだけのような気もする。
だがまぁ、この大学自体は結構気に入っていた。
自然が多いのはもちろんだが、すべての校舎が一つの敷地内にある為、どことなく部外者を遮断している。
そのおかげで大学生達がのびのびと過ごせる場所なのだ。
しかし自分は、この大学に馴染む気はなかった。
兄貴の了承さえあればすぐにでも辞められるように、あまり深い思い入れをしないでおこうと決めている。
兄貴が俺の為に金を払っているのだから、単位を落としたり授業をサボるなんていう事はしないが、とりあえずは、前期の間に友人は一人も作らなかったし、それで良いのだと思っている。
もうすぐ昼休みが終わり授業が始まる為、多くの学生達がそれぞれ目的の館に入っていく。
リンは十三号館に着くと、階段を上がり、やけにガヤガヤとした教室に入った。
どこか空いている席はないかと探すも、これからやる授業は随分と人気があるのか、それとも一年から四年まで誰もが取れる科目なせいだろうか。
まだ開始十分前だというのに、ざっと三百はあるはずの席がすでに三分の二以上埋まっている。
リンはゆっくりと歩きながら教室を見渡した。
教壇をステージにして、まるで映画館やコンサート会場のように長い机が段々に上がっていく構造、いわゆる大教室になっている為、一番後ろまで一望出来るのは有り難かった。
とにかく女の子の隣に座るのは面倒なので、前後左右に男の多い場所を探す。
もちろん女の子が嫌いなわけではないし、モテる事に対して嫌な気分になるはずはない。
ただリンのやたらと目立つ長身や容姿に惹かれてか、しかも一人でいるせいで、隣に座っただけで必要以上に話しかけられる時がある。
しかも、いきなり携帯のアドレスを教えてくれなんて言われた日は、堪ったもんじゃない。
あとは、本当にごくたまにだが、一言隣の席が空いているかどうかを聞くだけで、やけに舞い上がり「自分に気があるんじゃないか」と勘違いまでする女性もいるのだ。
あーあ、こうも目線を感じると、さすがに不快なんだけどな。
よく兄貴はモデルなんて職業やってられるよ。
溜め息をつき、送られる好意の目線を無視しつつ、リンは後ろの方まで上がっていく。
男には不真面目な奴が多いのか知らないが、後ろの方に野郎の密度が高い箇所を見つけた。
机が一つ一つ切り離されている訳ではないので、奥に詰めてもらわないといけないが、そこ近辺にちらほらと空席がある。
ちょうど目に付いた場所に座ろうと、リンはその端に座っている男に声をかけた。
「すみません、詰めてもらっても良いですか?」
「……ああ」
男は見ていた雑誌から顔を上げ、リンと目を合わせると頷いてくれた。
その彼の一つ空席を挟んで隣に座っていた、彼の友人らしき茶髪の大人しめな男もリンに気付き、二人の間にあった空席に置かれた荷物をどかしてくれる。
そして声をかけた方の、全体的に格好良い感じの、緑色がかった銀髪をした男が一つ席を詰めてくれた。
「ありがとうございます」
「いや……」
「いえいえ」
リンが笑顔で礼を言っても、やはり相手は男であるせいか、二人とも会釈はするが反応は薄い。
だが正直このくらいが楽だ。
机の上に荷物を置き、リンは席に座った。
カバンの中からノートや筆箱を出していると、ふと隣の男達が二人して覗いている雑誌に目が行く。
「それ今月号のライ……」
「…え?」
「あ、え!?これ、貴方も持っているんですか!?」
思わず声が出てしまい慌てて閉じるも、男達はリンを見返していた。先程の態度とは変わって、まるで同志かとでも言いたげな好意的な表情。
案の定、
「アンタ、シキのファンなのか?それともナノの方か?」
そんな問いに、リンはどう答えようか困ってしまった。
彼等が持っていた雑誌は、今日発売された『ライン10月号』だった。
しかもシキがドアップで表紙を飾り、特集もシキとナノという、事務所ヴィスキオに所属をしているトップモデル二人を使った話題の雑誌だ。
リンは、たまたま二・三日前にシキ本人からその雑誌を貰っていたので知っていたが、本来は今日が発売日。
だがシキとナノが特集である故に、発売当日に手に入れるには、かなり朝から書店に行かないといけないと言われているはずだ。
だとしたら、目の前の男達は相当なファンだと言うべきだろう。
相手も、その雑誌の中身を見ただけで当ててしまったリンは、自分達と同じように朝から買いに行ったと思っているようだ。
まさか兄貴から貰いましたなんて言えるはずはない。
これは差し当たりない程度に答えた方が無難だな、とリンは誤魔化すように、横に居る二人に向かってにっこりと笑った。
「俺は…ん〜シキの方かな」
「アキラもどっちかっていうとシキさんのファンだよね。俺はナノさんの方が良いかな……でも両方ともそれぞれに良さがあって、選べないなぁ」
嬉しそうに話し始める男と、頷く横のまた男。
こんな冷たくて何に対しても無関心そうな奴や、やたらと真面目で優しそうな奴が、モデルとはいえ同じ男である人間のファンだとは……。
「ねぇ、いきなり会った日にこんな事聞くのは申し訳ないと思うんだけど、もしかして二人は将来モデル志望?」
「え、あ……どうして…わかったんだ?」
驚愕に見開かれる眼を、リンは意外と反応が顕著だな、と思わず苦笑してしまった。
「んー、男が男に憧れてるから。ほらシキもナノも、ファンは大体女の子じゃない。なのに男であるお兄さん達がそんな入手しにくい雑誌を発売当日持ってるなんて、それ相応の思い入れか何かがあるのかな、ってさ。なんとなくだけど。後は…そうだな、やっぱりどこか人とは違う、惹き付けるようなものを二人から感じたから」
だから自分は、無意識にこの席を選んでいたのだ。
おのずと二人に惹き付けられ、二人の間に空いていた席が、妙に気になった。
「じゃあ、君もモデル志望…?」
「ううん、俺は撮る側。実はこの写真を撮っているカメラマンのファン……という訳でもないけど、俺もこんな写真が撮れる様になりたいって思ってる」
どうして今さっき会ったばかりの相手にこんな事を話しているのか、少し不思議だった。
けれど、撮る撮られるという対照のものであっても、彼等もまた似たような夢というものがあるのだと思うと、なんとなく話しても良いような気がしたのだ。
「俺、リンって言うんだけど。一年だよ」
「ケイスケだよ。二年だけど。…そっか、君一学年下だったんだ。上だと思ってた……凄い落ち着いてるね」
「俺はアキラ。ケイスケと同じ二年だ」
まさか、こうやって大学で友人を作る事になるとは、全く思いもよらなかった。
しかし、やけに嬉しく感じた。
「よろしく、ケイスケ。アキラ」
「こちらこそよろしく、リン」
「よろしくな」
三人で笑みを浮かべ、挨拶を交わす。
この出会いはきっと、自分にとって大切なものになる……そんな予感が、胸の奥から湧き上がってきた。
カシャ、カシャ、とフラッシュのたかれる音がいくつも鳴り、白く眩しい光に晒される。
その光源を見つめ、時折指示に従い眼を逸らす。
古びたアンティークの椅子に座らされている為、それ程ポーズを変える必要はなかった。
しかし今日は、カメラマンが微妙に戸惑っているようだ。
原因は自分ではなく、自分のすぐ傍らで椅子の背もたれに手をかけ、立っている男だった。
「おー、どうしたんだ?今日のナノは。妙に浮かれてるじゃないか。でも顔が緩みすぎてて、普段のイメージとかけ離れてるぞー?」
「……すみません」
「まぁ、良い顔だけどよ。今だけはこっちの事考えてくれ。オイチャンの撮りたいイメージってのも、多少なりにはあるからな」
ナノは「はい」と一言短い返事をすると、雑念を取り払うかのように一度眼を閉じた。
そしてまた、眼を開ける。
そこにいたのはもう、いつもの彼だった。
それからまたカメラのシャッターが聞こえる。
ようやく先程のイメージというものやらと重なったのか、今度は細かい位置の指定や目線、ポーズの指示が入るだけだった。
「よし、じゃあ休憩してくれ」
ようやく撮影が一区切りし休憩が入った時にはもう、時計の針は三時を指していた。
雑誌などに使うのは今撮ったうちのほんの数枚だろうに、今日はやけに時間がかかった。
シキは撮影していたスタジオから出ると、何か飲もうと歩いた。
廊下の突き当たりにある、その階のロビーに行き自販機で無糖の缶コーヒーを買う。
近くのソファに深く腰を下ろし長い足を無造作に組むと、カツンとプルトップを空け、コーヒーを煽った。
流石に少し疲れていたのか、ふぅ、と息を吐いた。
ほんのりと苦味のあるコーヒーが躰の細部まで浸透し、癒してくれるようだ。
じわじわと感じる旨味を味わいながら、半分程まで一気になくなった缶コーヒーのシンプルなデザインをぼんやりと眺めていると、自分の方に歩いてくる姿を視界の端に見つけた。
その背に隠れていて見えないが、自分と同じように自販機に小銭を入れ、ガコン、と缶の落ちる在り来たりな音が聞こえてくる。
そしてナノは自分の隣に座った。
「すまなかった」
ぽつり、と静かでゆっくりな、抑揚の無い口調でナノが言った。
「時間が…無駄に長引いてしまった」
「…何があった。仕事に支障をきたすなど、貴様らしくない」
「聞いて、くれるか」
「聞いて欲しいから、わざわざここまで来たんだろう?」
何を今更、とばかりに笑い飛ばすと、そうだったなとナノが苦笑する。
その手には、飲む気はないのか、開けようともしないミルクティーを握っていた。
この男は甘いものが好きだったろうか。
今まで、八年も共に仕事をしてきても、同じブラックコーヒーしか飲むのを見た事が無かったから違和感があった。
やはり、何かがあったのだろう。
しかし、その何かが嫌な事でないのはわかる。
そう、やけに嬉しそうな顔を、けれど少しばかり悲しそうな顔をしていた。
「夢を……見た」
目線を落としたまま、ナノが話を始めた。
シキは何も言わず、それをただ聞く。
「随分と懐かしい夢だ。ずっと、もう十五年も前の事か。その時俺は、まだ人というものを信じられない、わからない、全てが虚ろに見えた頃だった。けれどある日…、一人の少年に会った。確か、場所は孤児院の中だったと思う。なぜ俺がそんな所に行ったのか、それは記憶に無いが……。庭のベンチに座っていると、たまたまその前を通った少年が、俺に気付いたのか話しかけてきて。『寂しい』のか、と。そう、聞かれた。その時は、そう……わからなくて。今度、また会おうと約束した。それは、叶う事が無かったが。けれどその少年と出会い、俺は…人というものが優しいものなのだと、信ずるに値するものなのだと気が付かされた」
話はそこで途切れた。
沈黙が漂う。
だが、それは心地良いものだった。
ゆっくりと己の心の内を探るように、過去を振り返り懐かしむ。
過去は優しき思い出となり、自身を慰めてくれる。
「やけに饒舌だな。会いたいのか?」
気付けば、相手の心を探っていた。
多分、ナノとしては聞いてもらうだけで十分だったのだろうが。
会いたいのだろう。
懐かしむ程に、大切なものなのだろう。
だからそれ程までに、悲しい顔をする。
思い出だけで、留めておきたくはないと。
「…………ああ。会いたいな。なぜ、今頃になってこんな夢を見たのか…今まで、夢に見る事などなかったのに。だが、それが何かの導きとなるのなら……。それを、信じたい」
「くだらんな」
何を言い出すのか、と呆れてしまった。
あまりの弱さに冷笑さえしたくなる。
あれ程自分よりも才を持ち、経験もあり、多くの人間を認めさせておいて、だ。
たった一人の、思い出の人間に対して何たるざまだろうか。
ナノは困惑しているようで、無表情な顔ながらも、手元から自分の方へと視線を寄越してくる。
シキはその透明なガラスのような双眸を、強く赤く輝く眼でもって睨み返した。
「そんなもの信じる前に、自力で捜せば良いだろう。努力しろ。方法などいくらでもある…名前など知らなくてもな。多少は手間取るだろうが、今の貴様なら金でどうとでもなるだろうが。それとも恐いのか?相手が、己の事を忘れているのではないかと」
「…………」
「図星か」
言い返してこないナノに対し、溜め息が出た。
確かに言い返されても、それはそれで面倒事に発展する場合があるので構いはしないのだが。
きっと、己の価値というものが全くわかっていないのだろう。
どれだけ他人から認められても、本当に知ってもらいたい人間に、己の存在が届いているのかわからない。
「なるほどな」
つまり、モデルの仕事をしているのも、その少年に関連している訳か。
誰かに見てもらえる仕事であれば、その人間も自分の事を見てくれているかもしれない。
「だが、それは一方的なものだ。貴様からは、それを知る事が出来ない」
「そう……だな」
今度ははっきりと頷き、肯定してきた。
「俺は、恐いんだろう。その少年だった人間から…拒まれるのが。また、独りになるかもしれない、と」
「随分と勝手だな。もう……八年だぞ。俺と貴様が会ってから」
「……すまない」
「責めてはいない」
それ程にまで、その少年がナノにとって大きな存在なのだ。
見える世界の全てが一瞬で鮮やかになったのなら、その衝撃は言い表しようも無い程に心に残っているだろう。
「だったら尚更、そいつはお前を拒みはしない」
「……そう、なのか?」
「ああ。お前にそれだけのものを与えるような人間が、拒むとは思わん。もし忘れていたとしたら、初めからやり直せば良い。簡単な事だ」
「…そうか」
納得したのか、ナノは俯き、静かな笑みを零す。
そしてまた自分の方へ向いた時には、普段の彼に戻っていた。
シキはふん、と鼻で笑うと、残りのコーヒーを飲み干す。
ナノもようやく手に持っていたミルクティーの缶を開けた。
そのまま、無言でお互いに寛いでいると、スタジオの方からカメラマンの源泉がやってきた。
「おう、二人とも。こんな所にいたのか。捜したぞー」
「用はなんだ。まだ休憩時間は終わってないぞ」
「そういきり立つなって」
シキは、源泉が笑いながらどかりとナノの横に座ると、ちっと舌打ちした。
どうもこの男は苦手だ。
源泉を相手にしていると、ナノ以上に、全てを見透かされているような、かき乱されるような気分になる。
カメラマンの性質だろうが、それでも居心地は良くない。
「お、ナノ。調子戻ったのか」
「……おかげ様で」
「そうか。良かった良かった。これなら、これからの撮影はスムーズに進むな。で、シキ。今日お前んちに行きたいんだが。いいか?」
その言葉にシキは渋面を作った。
源泉が来るならば、その目的はリンだろう。
だったらわざわざ自分に言わなくとも、リンに直接連絡すれば良いだろうに。
だがそう言う前に、源泉ががしがしと頭を掻き、笑う。
「いやー、お前さんの了承が得られないと無理だって、リンに言われてるもんでな。あーあ、オイチャンは嫌われ者だなぁ」
「わかっているなら、いちいち言うな」
もう何度目かわからない溜め息をついた。
なぜ自分の周りには、こうも疲れる奴が多いのか。
ナノを挟んだ隣から、源泉が顔を見てくる。
ニヤニヤと笑みを作っているのは、何がなんでも行く、と言っているようなものだ。
「…………リンに連絡を入れる」
そう言ってシキは、仕方なく携帯を取り出した。
ジーパンのケツポケットに入れている携帯が振るえ、リンはそれを取り出した。
相手を確認し、アキラとケイスケに断って通話ボタンを押す。
「どうしたの?何かあった?」
『…今日、源泉が家に来たいそうだ』
「あ、そうなんだ。わかった」
一体どれだけ兄貴が嫌そうな顔をしているのか想像して、思わず笑ってしまいそうになるのを耐えた。
自分は全くわからないのだが、シキにとってはかなり苦手なタイプらしい。
『あと……』
「…ん?」
少し話が途切れ、何やら向こう側で話しているのが聞こえる。
何を言っているかまではわからないが、シキが確認を取っているようだ。
携帯を耳に押し付けたまましゃべらなくなった自分を見て、眼の前の二人が顔を見合わせ首を傾げた。
それからまたこっちへと向く。
それがまた笑いを誘ってくる。
『リン?』
確認が終わったのか、シキが自分の名前を呼ぶ。
「聞いてるよ」
『…ナノも来たいそうだ。まだ買い物には行ってないな?』
「うん、まだだよ。じゃあ二人分、多く買っておきます。何時頃帰ってくる?」
『七時前には』
「了解。夕飯作って待ってるよ」
耳から携帯を放しディスプレイを閉じると、それをまたポケットの中にしまった。
「誰?って、聞いても平気?」
ケイスケが首を傾げ自分を見つめてきた。
アキラは頼んだコーヒーを口につけ、目線だけをリンへと向ける。
今、自分達は喫茶店の中にいた。
二人もちょうど自分と同じ三限で今日の授業が終わるというので、写真を撮る予定を変えて、遊びに行く事にしたのだ。
色々と話がしたかったので、少し賑やかな喫茶店を選んだ。
「兄貴だよ」
「リンには兄弟がいるのか」
「年はちょっと離れてるけどね。二人は?」
何気なく発した言葉に、ケイスケは笑みを浮かべ、首を振った。
「いないよ。俺もアキラも。でも、あえて言うならアキラが兄弟かな。俺達、同じ孤児院で育ったから」
「…そうなんだ」
こういう時は、たいした事では無いという反応をした方が良いのだろう。
可哀想だとか言うと、逆に傷つける事になりそうだ。
同情など、以ての外だった。
自分も両親が死んで、苦しんだからわかる。同情などされても両親は戻ってこない。
哀れみは、無責任な優しさに過ぎない。
だが、あれこれと悩んでいたのが顔に出てしまったようで、二人から苦笑されてしまった。
「無理しなくて良い。もう、慣れている」
「……ごめん」
なぜか冷めたように聞こえたアキラの声が、余計に悪い事をしてしまった気分にさせた。
重い沈黙が落ちるのが嫌で、どうしようかと迷う。
ここは落ち着いて、コーヒーを飲もう。
そう思いカップに手を付けようとして、先程の兄貴との会話が頭に過ぎった。
「…そうだ!二人ともうちに来てよ。夕飯ご馳走するからさ」
「え?そんないきなりお邪魔するなんて…」
「迷惑じゃないから。孤児院って事は、今は二人とも一人暮らしなんだよね。夕飯代が浮いてラッキーとでも思ってさ」
その言い方が幸をなしたのか、ケイスケがハハッと笑った。
「や、一応二人暮らしだよ。アキラと」
「じゃ、尚更構わなくない?それとも今日会ったばかりの得体のしれない俺の作った飯は食えない、とか?」
「……兄貴の客人が来るんじゃなかったのか?」
どうやら手応えはあるらしく、行ってみたいという雰囲気を出している。
だが、さすがにやはり常識というものが、押し留めているようだ。
リンは、それこそ相手が女の子ならば頬を赤く染めてしまう程の、思いきりにこやかに笑顔を見せた。
「それは気にしないで。いや、むしろ楽しいと思うよ。保証する。それに、兄貴に紹介したいんだ。久しぶりに出来た友人だからね。兄貴もきっと喜んでくれる」
久しぶり、という言葉に何やら複雑な顔をしたが、二人はその事に関して触れようと思わなかったようだ。
その代わり溜め息をつき、至極当然というように聞いてきた。
「親は」
「死んだ」
瞬時に返した答えにアキラは眼を見開き、見返してくる。
ケイスケも驚き、飲んでいたカップから口を離す。
「……リ」
「あー、良いから良いから」
だが言われる前に、遮った。
これ以上自己嫌悪に陥るのも、雰囲気が暗くなるのも嫌だった。
「早く行こう。とりあえず買い物に付き合ってよ」
がたんと椅子を鳴らしレシートを持ち、立ち上がる。
釈然としない顔をしながらも、二人もそれぞれに急いでカップを空にすると、荷物を持ちソファから立ち上がった。
to be continued...
← / →
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なんとなく子供三人と大人三人に別れてます。
2005.12.05
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