お兄様と屑妹
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デート(中略)編〜 つづき の つづき
とりあえず部屋に荷物を置こうとドアを開ければ、まぁ案の定というか何というか、小さな室内にどでかいダブルサイズのベッドを眼にして眉間に皺が増えた。
男と女が一組だったらダブルという発想は一体何処から来るのか。
勘弁してほしいとアッシュはげんなりしてしまう。
「お兄様お兄様!ベッド大きいな!俺、こんなサイズで寝るの初めてだっ」
「そうか、それは良かったな……」
お前、さっきらからずっと男の時とキャラが違いすぎるんだが、この場合は指摘するべきなのか?
……と満面の笑顔を浮かべて喜ぶルークに溜め息をつくと、コイツはどうしたのか徐々に顔を曇らせ、終いには俯いてシューンと項垂れた。
一体何なんだと溜め息をつきつつ目の前にあるツインテールの後頭部を見下ろしていると、ちらりとだけこちらを見上げ、またすぐに俯き長い巻きスカートをギュッと握り締める。
「ご、ごめんなさい。俺、わがままで……」
「なるほど、わかってんじゃねぇか」
「うう。怒ってるよな、二人部屋なんて。嫌われてるのに、普通こんなのってねぇよな」
うぜぇ。
と正直に出そうになった言葉をどうにか飲み込み、アッシュは無言のままルークから顔を背けた。
怒鳴って泣かせるのが面倒だというのもあったが、それ以上に己の心の戸惑いにどうすべきかと考え倦ねている最中だというのもある。
長き時間に渡り憎しみを抱いている相手だ。
それを忘れる事など出来無い。
だがこの心は今、それ以上の何かに包まれている気がした。
それが何なのかははっきりとわからないが、まぁ嫌なものではないので良いかと気にしない事にする。
アッシュは荷物を壁際に置き、風呂やトイレなど一通り部屋の中を確認すると、いまだ突っ立ったまま凹んでいるルークに声をかけた。
「いつまでそうしているつもりだ?夕飯食いに行くぞ」
「…………お兄様、怒ってない?」
「怒ってねぇよ。だからそんな泣きそうな顔をするな」
女というものが時にうざいなんて当然であり、今更気にもならない。
むしろ多少謙虚の方が可愛げがあるというものだ。
ただ態度がどうこうで無く、コイツは己のレプリカである事実は変わらず、けれども己とは違ってしまっている存在にまだ少し戸惑っているだけ。
「……うん、泣かないぜ俺!お兄様と一緒にご飯食べに行くんだからな!」
自分に言い聞かすような、けれどもまた明るい笑顔に戻ったルークに、アッシュも釣られ口元を綻ばす。
触れたいと感じ、与えられた感情に逆らわず己よりも一つ分低い頭を軽く撫でてやれば、ルークは照れたような、柔らかなはにかみを見せた。
闇夜に浮かぶ月に照らされ、微かな星を海面に浮かばせる、黒い海。
昼食の時と同じようにフラフラ歩き適当な場所で食事を済ませたアッシュとルークは、今はグランコクマの街から眼前に広がる海を見ていた。
当然ルークからの要望であるが、断る理由が無かったので共に闇に沈む海を眺めている。
街を覆う海。
深い闇なのに、月明かりのおかげで海面が所々淡く光る、ただ静かな海。
そこに恐怖というものは感じられなかった。
だが。
「……消えちゃいそうだな」
「あぁ」
己と同じように海を見ていたルークの呟きに、アッシュはためらう事もなく同意を示した。
消えそうだった、己という存在が。
いや、まだなお消えようとしている躰だ。
どうしてこんな状況になってしまったのか調べてもわからず、ただ己には時間がないと焦りを感じ。
しかしそれがルークも同じ状況だとは思わなかった。
オリジナルとレプリカだからだろうか?
「なぁお兄様」
「……ん?」
呼びかけられた声は凜としていて力強く、しかしどこか哀愁を漂わせているようなものだった。
返事をすれば、ルークは後ろにいた己へと振り返ってくる。
潮風に流される横髪を手で押さえこちらを見つめてくる眼は、背にした海と同じように深く吸い込まれそうな輝きをしていた。
先程までの、店内の光に照らされて笑顔で食事をしていたその顔とは、まるで別人のような……美しさ。
「明日、男に戻ったらさ。今度こそ……消えるのかな、俺」
「…………どうだろうな」
アッシュはルークから眼を逸らさずに、それだけ答えた。
彼女はその答えにどう思ったのか、ただ静かに笑みを深くする。
己には、未来を予言するような事など出来はしない。
それに世界は今、予言から外れつつあるのだ、ほんの少しずつではあるが。
己のレプリカが出来た時から、世界は何かが変わり始めていた。
アクゼリュスと共に滅びる予定だった己は、レプリカという存在がいた為に生き延びた。
そうして予言からずれた己達が乖離を起こし消えようとしているのであれば……それもまた必然であるのかもしれない。
「だが、それでも……お前は抗うんだろう?己の運命から」
「お兄様……」
ルークの呟きがじわりと胸に浸透してきて、アッシュは苦笑を零していた。
この聞こえてくる緩やかな漣に、惑わされているのだろうか。
レプリカに慰めを言うなんてどうかしていると思いながらも、何かの術を掛けられたかのように、暖かく包まれた胸から出てくる感情を言葉にせずにはいられない。
「シンデレラってのはな、最後にはまやかしでない真実の姫になるんだ。初めがどれだけみすぼらしくてもな。ならば最初がどうあれ、お前にもそうなってほしいと……消えないでほしいという意味でネクロマンサーが自分の作った薬に名前を付けたんだとしたら、お前は信じるべきなんじゃないのか?仲間ってものを。そして消えない努力をすべきなんじゃないのか」
信じてくれる者達が、レプリカであるコイツにはいるのだ。
羨ましいと思った事は多分無いのだと思う。
だが、誰にも何も話そうとしない己は、もしかしたらとても惨めなのかもしれない。
それでも、目の前にいる深い双眸で見つめてくる儚げな女性にさえ、己の事など何も告げるつもりはなかった。
アッシュはルークに背を向け、いくつもの光で溢れている街の方に足を進めた。
このまま何も言わずじっと見つめてくるルークを見返していると、どうにかなってしまいそうな気がして。
己の名への決意が打ち砕かれそうで……。
ルークはやはり何も言わず、しかしすぐ後ろをついてくる。
深く闇の広がる海のせいだろうか、街中を歩いていてもまだどこか夢心地な感じがしてしまう。
あれ程の美しく儚げな女性を眼にしたのが、初めてだったからかもしれない。
あれが、己のレプリカなのか。
くだらない幻想を抱きながら、のうのうと生きているだけの頭の悪い人形だと思っていたのに。
淡い光を持った眼……あれは、死を覚悟した者の眼だ。
「男になったら、速攻で奴らの所に戻れ。でなければ、俺はお前を殺す」
アッシュは前を向いたまま、女になっても放つ気配の変わらないルークへと言い放った。
お前がレプリカである限り、相入れる事など出来やしないのだと。
けれどももしお前が死ぬ時が来るのならば、いっそ己が先に殺してやろうと思うくらいには、その存在を認めても良いと感じた。
暫く歩き宿に戻ってくる頃には、本当に魔法にでも掛かっていてそれが解けたかのように、ルークはまた明るい状態に戻っていた。
内心戸惑いながらも、これからどうするかと聞いてくる屑妹に、風呂でも入れば良いだろうと適当に返し。
あれこれとやりたがるルークに風呂の用意を任せ、アッシュはベッドに腰掛け荷物の中に入っている書物を取り出し、目的もなくパラパラと捲る。
結局今日も、宝珠の在処はわからなかった。
ローレライに何度問いかけようとしても奴はヴァンに囚われている為か音沙汰は無く、四方八方塞がりだ。
あまりにも当ては外れるばかりで、半信半疑ではあるがやはりレプリカが持っているのではないかと思うものの、いざ会ったら確認しようにもあんな状態では手も出せない。
しかも関係無いかもしれないが、同屋でベッドは一つ。
全くどうしろってんだ、同じ毛布で隣に女が寝ている状態で手を出さないなんて理性が保つ程枯れていないぞ俺は。
どれだけ人間を殺し鮮血と呼ばれるようになろうとも、無防備で可愛らしい女を前にしたら、たかだか17歳の男にしかならない。
風呂に湯を入れてきたらしく戻ってきたルークは、こちらが読書していると思ったのか所在なさげに部屋をあちこち見て回っている。
閉めたカーテンの隙間から外を覗いてみたり、ガイから渡された荷物の中身を確認したり。
身長が小さいせいかもしれないが、ちまちまとしていてまるで小動物だ。
こちらに向けている背を見ると、なんだか抱き締めてしまいたい衝動に駆られてくる。
ああ、これだったのかもしれない。
さっきの、海を背にしたルークを見た時の衝動。
とても美しく見え、そして本当に消えるのだろうと思わせられるくらい儚く、眼を奪われていたのも事実。
あまりの儚さに手を伸ばしそうになって、それを思いとどまって言葉だけにしていたのか。
こちらがあれこれ考えていると、ルークが「ぁ」と何かに気づいたかのように小さく声を上げ、見ていた荷物の中からぴらりと何かを出した。
人があれこれと真剣に考え込んでいるというのに、視界に映ったものにげんなりしてしまう。
……男物の下着一枚。
まんま、柄トランクス。
「お前、まさかと思うが風呂上がったらそれに着替える気か?」
「う?うん、着替えはこれしかないし」
本を片手に声を掛ければ、観察されていると気が付かなかったのか、ルークは首を傾げてこちらを振り返ってくる。
確かに下着の着替えまで買ってやってはいなかったが。
まぁそのうち男に戻るなら、その方が良いのだろうか。
しかし女の細い腰に男の下着とは……いや考えないでおこう、本気で理性が保たなくなる。
「そうか。そろそろ沸くんじゃないのか?入ってこいよ」
「ぁ……一緒に」
「却下だ」
何を言い出すんだお前はと怒鳴りそうになった言葉を飲み込む代わりに、アッシュは眉間に皺を増やし盛大な溜め息を吐いた。
ルークの肩が心底残念そうに落ちていく。
「そだよな、うん。俺今は女の子だもんな、一緒になんて変だよな」
「今はって……見る限りあんな狭い風呂に男二人はもっと変だろうが。てかなんだ?お前は前々から俺と風呂に入りたかったのか?」
そんな事を思われるのは癪で仕方が無い。
野郎同士で風呂などと、温泉くらいでしか無理だろうが普通は。
流石にルークもそれは考えていなかったのか、慌ててフルフルと首を振って否定してきた。
「や、そうじゃなくて。自分の躰だって事はわかるんだけどさ。でも女の躰って見慣れてないし、構造とかも実際に眼にしてるわけじゃないから……この服を着る時とか、眼瞑っててまだはっきりと見てないし。トイレは平気だったんだけど、躰全部洗わなくちゃならないのかって思うと……その」
「テメェのでも裸体を見るのや触れるのには戸惑うってか」
「う、うん」
「だったら入るの止めれば良いんじゃないのか?」
旅をしていれば野宿なんてざらにあるんだ、街中にいるからといって別に必ずしも風呂に入る必要はない。
「でもそれだと、お兄様と一緒のベッドに寝るのに気が引けるもん。ベッド一つしかないから」
「なんだ……つまり、自分じゃ洗えないから俺に洗ってほしいと?」
「うん」
マジかよ襲えってか、それとも俺の理性を試しているのか?
あー、頭痛ぇ。
コクリと頷いたルークはじっとこちらを伺ってきていて、その大きな瞳が何処となく濡れているのにまたげんなりとした。
さっきの海での事といい、今の誘いといい、全く何を考えている事やら……。
頭痛を和らげようとこめかみに指を宛て目を瞑っていると、ルークがトランクスを持ったままおずおずとした様子でこちらに寄ってくる。
「お兄様、頭痛いのか?大丈夫か……?何かローレライから連絡が入ってきたりとか」
「お前じゃないんだ、んな事で頭が痛くなるか」
「…………むぅ」
鼻で笑ってやったら流石にバカにされたと気付いたらしく、ルークは頬を膨らませる。
本当にこいつは……ワザとじゃないから始末に終えない。
「わかった、一緒に風呂にでも何でも入ってやる」
「ホントか!?ありがとうお兄様!」
「ただしだ」
アッシュはベッドから立ち上がり、ルークを見下ろすとにやりと質の悪い笑みを浮かべた。
珍しく何かを感じ取れたのか、ルークが目を見開きどこか恐怖に駆られた表情を浮かべるのに、また笑みを誘われる。
クッと喉を鳴らし、アッシュは一歩後ずさるルークの細い腕を掴んだ。
「なん……んっ!」
抗議しようとするルークの細い腰を思いっきり引き寄せ、驚き隙が見えた瞬間に口を塞いだ。
もちろん、己の唇で。
柔らかな感触を伝えてくるルークの唇に意外にも不快感がなく、しかももっと味わいたいと感じ、本能のままに小さな口の中に舌を入れ掻き回していく。
「んっ……んん、ん、ん……ふぅ、ん」
唐突の事に対応しきれないのか口腔を弄られ苦しそうに呻いているルークを間近で見て、時折唇の間に隙間を作り空気を入れてやった。
下唇を食み、覗いた舌先を突き、そしてまた奥まで犯そうと口全体を塞ぐ。
快楽にかガクガクと震える躰を支えてやりながら、重なり合う唇のしっとりした感触を楽しみ、余す所無く口付けを堪能した。
だがそれと同時に、弄るたびに舌と舌が絡まり、くちゅり、くちゅり、と鳴る艶めかしい音とそれに伴う感覚に、アッシュは内心で自嘲していた。
レプリカとキスをして、快感を得ているのだ。
これが笑われずにはいられない。
「ん、んはっ……あ、は」
それでも本能には逆らえず、アッシュは唇を離すと同時に、腰に腕を回したまま次はルークの乳房を片方掴んだ。
朦朧とした様子で、しかし涙をいっぱいに溜めてトロンとした眼が、また驚きに見開かれる。
「ゃ、やだお兄様、何してっ、んあ!」
「テメェが望んだ事だ……何されても文句言うんじゃねぇぞ」
「ぁ……ぁぅっ」
服の上から乳房の先端にある乳首をぎゅっと摘み、アッシュは震えるルークの耳元に擦れた声で囁いた。
to be continued...
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今更ですが、このシリーズはお兄様が良い思いをすれば、後は何でも良いという仕様です。
2008.02.07
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