Shall we dance?  3

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 それからアッシュと話らしい話をする事も無く、殆ど眼を合わせる事も無かった。
 同じ部屋にいるものだから余計に気まずさばかりが増しながら、舞踏会当日を迎える。

 夕方、太陽が水平線の彼方へと沈もうとし、海原が焔を放ったように燃え上がる頃。
 夕焼けの色を受け止め赤く色付いている石造りの、美しくもとてつもなく大きな会場の中は、たくさんの人で賑わっていた。
 先程運営の手伝いとして慌ただしくスタッフ達に指示をしていたガイの話では、三万人くらい来ているらしい。

 よくこんな短期間の告知で、これだけの人が集まったものだと感心する。
 流石はマルクトの首都グランコクマだ。

 現在の世界人口に比べれば、数字的には三万なんて一握りである。
 けれども、こうやって彼等と同じ位置に立っていると、自分がどれだけちっぽけな存在であるかと改めて認識させられる。

 たくさんの輝く生命の光、その内のたった一つが自分なだけで、遠くから見れば星群の中に溶け込んでしまっている。
 世界の中で自分は特別なんて、絶対にありはしない。

 だけど、それでも。
 こんな大群衆の中で自分を求め、見つけてくれる存在がいる……そう思ってはいるのに。


「はぁ…」
「ルークさん、大丈夫ですか?」


 始まる前から肩を落としているルークに、アリアが心配そうに見上げてきた。
 慌てて大丈夫だと笑ってみせるものの、アッシュの事が気になって仕方が無い。

 今日の今日まで、どうして避けられているのかサッパリわからなかったのだ。
 でも本人に聞くのは情けないし、もしかしたら自分が気付かない内に、彼に何かをしてしまったのかもしれない。
 もしそうなら謝らないといけないけれど、……でも正直、本当に心当たりは無い。

 そんな憂鬱なルークとは違い、アリアはジェイドと踊るべく気合い満々だ。
 チラシには普段着で良いと書かれていたけれども、綺麗なピンクのパーティードレスを着て、透き通った白のシュールを肩に掛けている。
 栗色の綺麗な髪は結い上げていて、普段からは見違えるくらいに大人っぽく、色っぽくなっていた。
 女って凄いと、しみじみとした感想が浮かぶ。

 周りの人達もきちんと正装をしている人が多く、皆それぞれにオシャレを楽しんでいるようだ。
 自分はというと、白のシャツに黒赤模様のパーティーネクタイ、黒のパンツ、ゴツい黒のブーツという、今流行りのゴシックと呼ばれるファッションをしていた。
 そしてそれに合わせた黒い帽子で髪を隠しているものだから、そこら辺にうろついている若者にしか見えない。

 極めつけとばかりに赤く縁取ったフレームの伊達眼鏡をしているので、まるで変装でもしている気分だった。
 一式用意してくれたのはガイだが。

 もしかしたら、アッシュも同じような服装をしていたりするのだろうか?
  …こういう服を着ているアッシュは、あまり想像は出来無いけれども。

 そもそも、今日はアリアを迎えに行く為に早く用意して城を出ていたが、アッシュとは朝から一度も会っていなかった。
 今日の服装どころか、この会場に来ているかどうかもわからない。
 確実に避けられていて、思わず泣きたくなってくる。


「あ、そろそろですね」


 メガフォン型の音機関からピオニーの声が響いてきて、ホールでのざわめきが小さくなる。
 開始の挨拶は、王らしい口調で民を労るものだった。
 短い挨拶が終わった時には、ホール全体が拍手喝采の嵐だ。

 使用ホール数は、踊るスペースを確実に確保する為か十にも分かれていた。
 しかも一つ一つがでかい。
 建物がでかいので当然と言えば当然であるが、そのおかげでゆったりと寛げるし、それぞれに立食用のスペースまできちんと確保されているので民達は大喜びだろう。

 隣のホールからも聞こえてくる程の喝采の大きさは、もしかしたら会場全体に響き渡り、外にまで漏れているかもしれないという程の熱烈振りで。
 改めて、王とは凄い存在だと気付かされる。
 普段はあんななのにと、思わず苦笑が漏れてしまう程だ。

 何処からか音楽が流れ始め、ホール全体を包んだ。
 チラホラと、パートナーと寄り添って中央へ踊りに行く人や、早速豪華な食事へと手を出している人々も居て、みんな既に舞踏会を満喫している様子だ。


「あの、ルークさん。その…ジェイド大佐は」


 戸惑いながら自分を見上げてきたアリアに、ルークはどうしようかと首を捻った。


「ジェイドには事前に言ってあるんだ、アリアの事。朝に、この第三会場に居てくれれば会いに来てくれるって言ってたし。だから大丈夫だぜ」
「そうなんですか。良かった…」
「約束したからな。でもこの様子だと、仕事が忙しくてまだ来れないだろうから…先に飯でも食うか」
「そうですね。折角来たのですから、食事も楽しみましょう」


 それぞれ不安を抱きながらも、誤魔化すようにぎこちない笑みを浮かべる。
 ダンスを見ている人並みを抜けて、食事の置いてあるスペースまで行き、皿に自分の食べたいものを乗せていく。

 ホールの隅であれこれと喋りながら食べて。
 いつの間にか踊る人が増えて随分と賑わっているダンスへと眼を向け、楽しそうな雰囲気を堪能して。

 時折周りを見渡して確認しているのだが、しかし一時間程経ってもジェイドは一向に姿を見せない。


「……遅ぇ」


 痺れを切らして文句を垂らすルークに、アリアは困った顔を浮かべるだけだった。
 だが、まるで既に諦めているかのような表情である。


「ぜってぇ、来るから。それだけは保証する。アイツは嘘が得意だけど、それは隠さなきゃいけないから嘘を言うんだ。約束をしたら、ちゃんと守る奴だから。その気が無いなら、俺が言った時点でスッパリ断ってくるし。だから大丈夫だって」
「…ありがとうございます、ルークさん」


 慰めが効いたのか、少しだけれど明るさを取り戻したアリアは、クスッと笑った。
 それからふと思い立ったように、こちらを見上げてくる。


「でも私なんかより、ルークさんの方はどうなんですか? 私に付き添ってばかりですけれど…行かないんですか?頑張って練習したでしょう?」
「…俺は、無理っぽい。なんか今、理由はわかんねぇけど、避けられてるし。…何処にいるかもわかんねぇし」


 何処かわからなくても、回路を繋げて直接聞く手段がある。
 だが、したくなかった。
 こんな男と女が踊る舞踏会でわざわざ場所を聞いて、一体何になる。
 それに、今更だが自分の考えが女々しい気がしてきたのだ。

 互いの間に沈黙が走る。
 ルークは踊っている人達の華やかな姿を、まるで遠くのものを眺めているように、眼を眇めた。
 ポケットに手を突っ込み、つまらなそうに立っている自分とは、違う世界のようで。

 流れてくる、明るい雰囲気のゆったりとしたワルツ。
 けれども、今の自分には色褪せたもののように感じられた。
 何の躍動感も無い、雑音のよう。


「ねぇルークさん」
「…何?」


 呼び掛けに、ルークは眼前を見つめたまま先を促した。
 アリアもまた、前を向いている。
 けれども次に出された言葉は、はっきりとした声だった。


「こうしてみると、私は自分が贅沢だと感じます。あの英雄『聖なる焔の光』のルーク様と、友達になれたんですから。この世界を救って下さった方と、こんなふうにお話が出来て、ダンスの練習を一緒にして。まるで…夢のようでした」
「アリア…」


 驚き、彼女の顔を見下ろす。
 そして、そんな言葉をもらえる程自分は偉くも凄くもないのにと、心中で呟く。

 俺が世界を救ったなんて、たまたまだった。
 自分の消え行く命に必死になって縋りついて、気付いたら世界を覆っていた瘴気が無くなっていて。
 自分の守りたいものの為に必死になって足掻いて、いくつもの命を奪って。

 けれども、自分独りじゃ何も出来無かった。
 みんなが支えてくれて、アッシュと何度も衝突して、成長出来たから。
 そうして、意見の食い違いから恩師である人を殺したのだ。

 やっている事なんて、我が侭なガキ同然。
 何も、誇れやしない。


「それにこうやってエスコートまでしていただいて。良い思い出が出来ました。ルークさん、ありがとう」
「…おう」


 それでも、誰かに感謝の気持ちを言われるのは嬉しかった。
 こんな自分でも役に立っているのだと、実感出来る。

 それに感謝を述べてくれる笑顔は、とても綺麗だった。
 純粋に思った事を口にしてくれているのだとわかる。
 慰めてくれている事がわかる。

 こういう女性を好きになれれば良かった。
 そうしたら、こんなにあれこれ悩まなくても済んだかもしれないのに。
 体裁も何もかもを、気にしなくて良かったかもしれないのに。

 ああ、もしかしてこのせいだろうか。
 また無意識の内に、俺の考えていた事がアッシュに伝わってしまったからか。
 俺が――…。

 ふ、と自嘲が零れた。
 考えただけで顔が歪む。
 そりゃアッシュだって、避けたくもなる。


「ルークさん、もし良ければ私と」
「ぁ」


 彼女の言葉を遮るように、ルークは声を出していた。
 合わせたように、アリアも自分と同じ場所へと眼を移し。
 驚愕に、息を詰まらせる。


「すみません、遅くなってしまいまして」


 自分達の傍までやってくると、ジェイドはにっこりと笑みを浮かべてアリアに頭を下げた。
 ルークが驚いたのは、ジェイドの服装だった。
 自分で普段着で良いとポスターに書いていたくせに、本人はしっかりとしたタキシードを着ているのだ。


「アリアさんでいらっしゃいますよね?」
「は…はい」


 こくこくと何度も頷く彼女に、ジェイドは淡い微笑を浮かべたまま、柔らかい口調で彼女に話し掛けていく。


「大きくなられましたね。それに、美しくなられました」
「ジェイド大佐は…私を覚えていらっしゃるのですか?」
「もちろんです。あの時は…十年程前でしたか。貴女が魔物に襲われているところを助けました。貴女は魔物の血を被ってしまったというのに、恐怖より安心感が勝ったのでしょうね。わんわん泣いて私に抱き付いてくるのを、宥めるのに必死でしたよ。あの後、この手を引いて森まで行き、グランコクマに帰るまでずっと一緒に歩きました」


 十年前は、ルークと出会う前の事だ。
 それでもジェイドは既に大人であった。

 けれどもアリアは違う。
 子供から大人への成長は、見違える程に変わるものだろう。

 ジェイドはアリアの手を優しく取り、懐かしそうに眼を細める。


「貴女の手は、あの時よりも大きくなりましたね。…でも、泣き顔は変わっていない」
「す、すみません。凄く、嬉しくて…」


 彼女は一生懸命瞬きを繰り返し、溢れてくる涙を零さないように堪えていた。
 それでも一筋、頬を伝っていく。
 慌てて拭おうとすると、ジェイドがハンカチを差し出した。
 アリアはそれを素直に受け取り、涙を拭く。


「ありがとうございます、大佐。覚えて下さっていて」
「貴女のような可愛らしい女性を忘れるなんて、とんでもありません。再会を祝して一曲、私と踊っていただけませんか?」
「…喜んでっ」


 どんどんと溢れる涙を拭いながら、アリアは綺麗に笑った。
 本当に凄く綺麗で、見惚れる程の笑顔。

 遠目から見ていたルークは、少しばかりジェイドの言動に違和感を覚え、首を傾げた。
 だが気にする程でもない。
 手を取り合った二人が中央へと歩いていく姿を見届け、その場を離れた。
 良かったな、と小さく呟いて。

 ホールから出て、広い廊下を歩きながらどうしようかと辺りを見る。
 そろそろ帰る人もいるようで、一階のエントランスホールへ降りる階段へと歩いていく姿を、いくつも見掛ける。
 だが自分は、何かに誘われるように彼等とは逆方向へと足を進めていた。

 賑わう中央の廊下を突っ切れば、大きな円状の広い中庭に行き着く。
 少し見下ろすと、真ん中には美しい女性像を添えた噴水があった。
 闇夜の中でもキラキラと輝いている像に惹かれてか、暗い中にも結構な人がいる。

 ルークは円状の吹き抜け廊下を少し歩き、いくつもの石柱の中から人のいない場所を見つけ、それに手を付く。
 見上げた夜空は、満天の星が輝きを放っていた。


「…羨ましいよ、マジで」


 今頃、あの二人は華やかにワルツを踊っているだろう。
 応援していた身としては、アリアの願いが叶って嬉しく思う。
 けれども、二人のダンスを見る気にはなれなかった。
 きっと嫉妬してしまうだろうから。

 どれだけ他の誰かを好きになろうとしても、どれだけ可愛らしい綺麗な笑顔に惹かれても。
 自分が欲するのは、アイツしかいないのだ。
 心の奥底から本気で愛しいと思える者は、そして自分の全てを満たしてくれる者は、世界でたった一人だけ。

 だが、自分達は踊れないのだ、決して。
 どれだけ周りが口では認めてくれていても、世間体という潜在意識が拒む。
 男同士である自分達を、しかもオリジナルとレプリカという自分達を、世間は認めはしない。


「傍にいられるだけで、良いと思っていたのにな」


 首を傾け、石柱にこつりと頭を寄り掛からせた。
 俯き、中央の噴水のイルミネーションをじっと見つめる。
 水面に映し出された光は、噴水の落ちる水によって波門が起き続け、ずっとゆらゆら揺れている。

 半月前に手放そうとしていた大切なものは、指輪と引き換えに離れていかなかった。
 引き止められ、より深い絆を手に入れられた気がした。

 けれども、人という存在の欲望に際限は無い。
 一緒にいられるだけで良いと思っていたのに、手に入れた瞬間、今度は周りに認められたいと思うようになってしまった。

 自分達の関係を、公にしてしまいたいと。

 だがアッシュが許す筈は無いのだ。
 アイツは何よりも己という存在に厳しい。
 世間体も身分も過去も全てを受け入れ、感情を抑制して生きる奴だ。
 気持ちが抑えられないから公にするなんて事は、軽々しいとさえ考えるだろう。
 だからここ数日、自分を避けている。

 ルークは眼を細めた。
 円状のちょうど対角線上は、随分離れているし暗いので、人影があるかどうかもわからない。
 でも、わかる。


「本当に…、どうして見付けられるんだろうな。…どうして、見付けてくれるんだろうな」


 今、離れた向かい側のちょうど直線状前に、アッシュがいる。
 暗いから、きっと向こうもこちらの姿など見えていないだろう。
 それでも、俺を見返してきている。

 存在がわかるのは、完全同位体だからかもしれない。
 フォンスロットで繋がっているからかもしれない。

 でも、そうでないかもしれない。

 ルークは帽子を深く被り直し、眼鏡の位置を直すと、踵を返しその場から離れた。
 こんな場所にこれ以上いても、意味は無い。
 明日にはまた旅を再開するのだし、帰ってゆっくり眠った方が合理的だ。

 中央の廊下は明るく、暗がりから出てきたばかりには眩しく感じた。
 何度か瞬きをしながら足早に突っ切り、会場を後にする。

 結局最後まで、流れるワルツは全て雑音だった。





  to be continued...

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2011.02.23
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