Shall we dance?  2

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「はぁ、ジェイドに助けてもらった事がある…か」


 広場から離れ、波打ち際の静かな場所で二人並んで佇んでいた。
 立っている木橋の下では海からの波が打ち付けられていて、パチャパチャと音を鳴らしている。
 見事な青い海を一望出来る、絶景な場所。

 そんな美しい海を見ながら、ルークは彼女からジェイドに焦がれている理由を聞いて、なるほどと頷いた。

 彼女がまだ小さい頃の事だ。
 兄が重い病気に掛かってしまい、治療費が無いからと嘆いていた両親を見て、彼女は一人薬草を取りに万能薬があるだろう森まで行こうとした。
 だが、その道中で魔物に襲われてしまった。
 幼かったので、出てはいけないと言われていた街の外が具体的にどういう場所になっているか、把握出来ていなかったそうだ。

 しかし魔物を眼の前にして恐怖に動けなくなってしまった時、たまたま通り掛かったジェイドに助けてもらったという。
 その上、自分もそこまで行く予定だから一緒に行きましょうと言って、小さな手を引いて一緒に森まで行き、薬草を探してくれたそうだ。


「もう十年も前の事ですから、あの方は覚えていらっしゃらないと思います。年も随分違いますので、焦がれているという感情ではないのですが…でも、ずっと憧れているんです」


 彼女の、スカートの裾を握る手に力が籠もった。
 一生懸命海を見て、沸き上がる感情を押し込めているようだ。

 憧れている?
 違う、彼女はジェイドが好きなのだ。
 本気で焦がれ、好いている。
 ただ年齢があまりにも違い過ぎるから、諦めようとしているだけ。

 わかってしまうのは、自分もずっとアッシュに焦がれていたからだ。
 焦がれていると、出会った当初はまだ気付いていなかったけれども。
 オリジナルとレプリカだから、男同士だから、そして自分は彼に嫌われているから。
 そんな理由で必死に押し込め、気付かないフリをしていた。

 ルークはベルトに引っかけていた親指を離し、海から彼女へと視線を移した。


「兄貴の方は無事だったのか?」
「はい、その後ジェイド大佐はお医者さんまで呼んで下さって。私の命を救って下さっただけでなく、兄の命まで…。こんな庶民にまで優しくして下さったジェイド大佐に、感謝の言葉がつきません」


 ジェイドがいなかったら…そしてたまたま彼が彼女の側を通らなければ、彼女は今こうして生きていた事さえなかったのかもしれない。
 死という恐怖から救ってくれたジェイドに恋心を抱くのも、当然といえば当然。


「で、今度の舞踏会でジェイドと踊りたい、か」


 自分で口にした言葉に、ルークは眉を寄せた。
 ジェイドは果たしてそういう場で踊ろうとするだろうか。
 自分達の誕生日の時も、ジェイドは見てばかりで、女性に声を掛けられても全て断っていたように思う。

 しかしどんな人間でも参加出来るというのだから、この機会とばかりに彼に声を掛けようとする女性達は多いだろう。
 そうなったら、ジェイドでも誰かしらの手を取るかもしれない。

 とにかく、たまたま声を掛けて踊れる確率は、相当に少ない。
 だから彼女は現在こうやってルークと喋っているのだ。


「あの方の親しい方に催促して頂いてなんて、卑怯だとはわかっているのですが…でも、一度で良いから彼と踊りたいんです。彼に釣り合えるようにこれからダンスの練習もしますし、少しでも恥掻かないように頑張りますから、どうか」
「アリアはダンスが踊れるのか?」
「ええ、基本的な型は小さい頃にみんな学んでいますし。…社交辞令用ですけれども。でも私は踊るのが好きでよく練習しているので、そこそこは上手…だと思いたいです。ああでもやっぱり大佐に釣り合えなかったらと思うと」
「いいぜ」
「え?え…い、良いんですか!?」


 捲くし立てるように言葉を遮り肯定を示せば、彼女は驚いてこちらを凝視してきた。
 ルークはニヤリと笑みを作る。


「ああ。その代わり俺の頼みも聞いてほしいんだけど、良いか?」
「わ…私に出来る事なら何でもします!」


 美しい長い栗髪を揺らし必死に頷くアリアに、ルークもまた気合いを入れるように、一つ頷いた。










 それから四日間、ルークは毎日アリアと会う約束をした。
 昼頃に彼女と会い、彼女のダンスの練習に付き合うのだ。
 そしてルークの要望にも付き合ってもらっている。

 そんなふうに、グランコクマに来て結局ピオニーの好意で城に泊まるようになってから、二日が経った日の昼食後の事。


「…また何処かに行くのか?」


 一人出掛ける準備をしていると、しばらく椅子に座ってこちらの様子を見ていたアッシュが声を掛けてきた。

 二人相部屋でも十分に広い客室は、今は昼間なおかげで太陽の日差しだけで室内はとても明るい。
 外へと出れるドア窓の先を見れば、遠くから見えていた水の壁がすぐ近くにあって、それがまた太陽の光に照らされキラキラと輝いているから、レースのカーテンを引かないと眩しいくらいだった。

 そして窓の外に出れば、広い水の壁の手前がプールになっていて泳げる為、のんびりと部屋で過ごすのも魅力に感じてしまうくらいだ。

 アッシュは今日は出掛ける気が無いのか、テーブルの上にいくつもの書物を積んでいる。
 朝から姿が見えないと思っていたら、城の書庫にいたらしい。

 ルークはテーブルに置いておいた銀の短剣を腰に差しながら、アッシュの問いに答えた。


「今日もアリアのダンスの練習に付き合う事になってるんだ。またちょっと帰ってくるの遅くなるかもしんねぇから、ガイに言っといて」
「わかった。気を付けて行ってこい」
「おう、行ってきます」


 アッシュに見送られ部屋を出て、メイド達にこんにちはと挨拶をしながら城の廊下を歩いていき。
 でかい扉を潜り外に出ると、既に慣れ親しんだ太陽の明るさが迎えてくれた。
 この青空を見れば、どうしても笑顔が浮かんでしまう。
 それくらい、心を明るく軽くしてくれる空だ。

 空に向かって伸びをし、さてとと気合を入れる。
 水飛沫が飛んできて涼しく感じる橋を渡り、賑やかで人通りの多い街道を歩き。

 三十分近く歩いて人の気配が少なくなる頃、一つの街角でアリアの姿を見つけた。
 彼女はルークの姿に気付くと、手を振ってくる。


「ルークさん、こんにちは」
「おう、こんにちは。今日もよろしくな」
「もちろんです。お互い舞踏会に向けて頑張りましょうね」


 互いの目的の為にこうして会うようになってから、自分達は親しく気軽に話すようになっていた。
 アリアの口調もだいぶ砕けてきているし、自分もあれこれと話し掛けている。

 明るい柔らかな声を出すアリアは見掛け通り聡明で、学ぶ事も多かった。
 それに何を聞いても、きちんと答えてくれるのだ。

 グランコクマはどういう街なのか、あのピオニーの王政の元で民は何を感じるものなのか。
 他にも普段はどんな食べ物を食べているかとか、どんな仕事をしているものなのかとか、キムラスカや周りの土地をどう思うかとか。
 一つ一つ、答えてくれた。

 ルークがレプリカである事は世界中が知っている筈だが、その事を聞いた時にも笑顔でこう言われた。
 世界を救ってくれてありがとう、と。
 その時は流石に、滅茶苦茶嬉しかった。


「よし、じゃあやるか!」
「はいっ」


 ぐっと拳を握ってみせれば、アリアは笑顔を浮かべる。

 そうして、思いを遂げたいという彼女に付き添って、いつものように人気の無い少し寂れている路地裏でダンスの練習をする。
 相手のいないシャドウの状態でも、左手は相手の腕に添えられているように、右手は相手の手と合わさっているかのように。
 頭の天辺から顎、胸、背中、腹、足、爪先までが、美しいラインとしてそこに描かれているようだった。

 彼女は踊るのが好きだというように、初心者の眼からではあるが、凄いと思える程に上手かった。
 それにジェイドと踊りたいという気持ちが、たくさん詰まっているのがよくわかる。

 自分はその手助けが出来ればと思った。
 彼女の願いを叶える事で、自分としてもこの旅の目的を果たせる気がしたのだ。
 助けを求められた以上は、救ってやりたい。

 それに、誰かを思う気持ちを自分も知っているから。
 だから彼女も、自分を応援してくれている。
 お互いに目的の為に頑張ろうと言ってくれる。
 それがまた、嬉しかった。

 長時間に渡る練習の休憩にアリアと話をして、その他は大抵一緒にダンスの練習をして。


「じゃあまた明日」
「はい。今日もありがとうございました。お休みなさい」
「お休み」


 会った時と同じように、手を振って別れる頃にはもう、太陽は沈みきって辺りは真っ暗になっていた。
 慌てて城に帰ると、扉の前で見張りをしている兵士が、お帰りなさいませと声を掛けてくれる。

 今ちょうど夕食の時間なのだろうか、寝泊りしている客室に戻っても、アッシュの姿は見えなかった。
 食事ならば、広間の方でピオニーやガイ、そしてもしかしたらジェイドも来ているかもしれないと思い、そちらに向かう。

 予測通り、ちょうど夕食になっていた。


「おや、ルーク。お帰りなさい」


 最初に気付いたジェイドが、飲んでいた紅茶から口を外し、声を掛けてくる。
 それに呼応されるようにガイが振り向き、ピオニーも顔を上げた。


「お帰りルーク」
「おー、戻ったか。腹減ってるだろ、早く座って食え」


 そこそこ大きなテーブルの、一番奥に座っているピオニーが手招きをしてくる。
 促されるまま、ルークは自分の食器が用意されている席に座った。
 もちろんアッシュの隣だ。
 向かいにはガイとジェイドが座っている。


「アッシュ、ただいま」
「ああ…」


 アッシュに一番に言おうと思っていた言葉をきちんと彼に伝えたのだが、アッシュは短く相槌を打っただけだった。
 しかもどうした事か、こちらを見ようとしていない。
 普段であればきちんとこちらを向いて、あれこれ話し掛けてきながら乱れた髪を直してくれるのに…今日はそれが無い。

 黙々と食事をしている表情は怒っているようには見えないが、必要以上に声を掛けるのも憚れてしまう程、こちらに無関心だった。
 それとも、そう装っているだけなのだろうか。

 しかし何故。


「ご馳走様」


 ルークがまだメイド達に食事を用意してもらっている間に、アッシュは席を立ってしまった。
 誰の顔も見ようとせず背を向け、先程ルークが入ってきた扉から出て行く。

 じっと扉を見つめても戻ってくるなんてある筈無いが、それでもルークは紅い髪の残像を睨み付けた。


「…喧嘩か?」


 行儀悪くフォークを持つ手で顎を支えテーブルに肘を付くピオニーの言葉に、ルークは余計に眉間の皺を増やした。
 運ばれたピラフをスプーンで掬い、口に含む。
 だがどれだけ美味しくても、ムッとした表情を崩せなかった。


「喧嘩というよりは、アッシュが一方的に無視しているだけのようでしたが」


 もぐ。


「じゃあ何だ、ずっとルークに放っておかれているから、拗ねているのか?」


 もぐもぐ。


「それは無いでしょう。アッシュなら、放っておかれる前に手を出しますよ、絶対。相手はルークですしねぇ」


 もぐもぐもぐ。


「じゃああれか、欲求不満か!」


 もぐもぐも…?


「それこそ我慢せずに押し倒しているでしょうに」


 ブフーーーー!


「うわぁルーク!大丈夫か!?」
「……な、何とか…」


 テーブルの幅が広いので、慌てて向かいから駆け寄ってくるガイに吹き出したものが掛かったかはわからなかったが、とりあえず渡されたタオルを口に宛てて拭った。
 ガイは使用人ゆえか、近くにあった布巾で汚くなったテーブルを素早く拭いていく。

 仕事を取られておろおろとしながら見ているメイドに、気にするなと笑みを浮かべていた。
 人んちの仕事取るなよと思ったが、ガイなので仕方無い。

 それよりも。
 全くそこの大人二人は、食事中になんて事を言うのか。

 欲求不満?
 そんな簡単に欲求不満になっていたら、大変だっつうの。

 …と、内心で悪態を吐くも、顔が赤くなっていくのを止められない。


「こんな盛んな年齢で、二人相部屋でしたらねぇ。城内であろうが他人の家であろうが、恋人同士には関係無いでしょう。いやはや全く、ご馳走様です」


 こちらを見てにこやかに笑みを浮かべるジェイドに、ルークは居心地悪さにタオルを口に押し付けたまま、また扉の方を向いた。
 こんなからかわれる状況を作って何処かに行ってしまったアッシュを、恨めしく思う。

 確かにジェイドの言う通り、昨夜セックスしたばかりだ。
 我慢なんて効かなくて、互いにもつれ合うようにベッドでじゃれて。
 アッシュに抱かれて、気持ち良くて自分から腰を振って、何度もキスをした。

 ああ良いじゃないか、好きなんだから。

 しかし、だったら先程のアッシュは何なのだろう。
 今日の昼、出掛ける時までは普通だったのだ。
 だから余計に先程の態度の理由がわからなかった。


「えー。じゃあ何だよ〜、気になるじゃないか」


 ピオニーが口を尖らせ、ぶーぶー文句を言う。
 それに苦笑して止めてくれたのは、また自分の席へと座ったガイだった。


「陛下もジェイドも、下世話ですよ。ルークが困ってるじゃないですか。俺のご主人達をからかいのダシに使わないで下さい」
「いや、そう言われても。若い奴を苛めるのは楽しいからなぁ」
「もう駄目です。これ以上したら…そうですね、おじさんと呼びますよ」
「ああ良いじゃないですか、もうピオニーおじさんで。ね、ピオニーおじさん」
「おぉい、ジェイド。お前には言われたくないぞ」


 やいのやいのと食事が終わった三人で仲良く楽しんでいる間に、ルークは目の前の豪華な夕食を腹に入れていった。

 ガイがいてくれて本当に良かったと心底思った。
 しかし、そんな事を言っているから二十代中盤になった今でも恋人がいないのだ。
 女性恐怖症だから仕方無いような気もするし、ここにはもうすぐ結婚をしないまま四十路になってしまいそうな男が二人もいるので、黙っておいたが。

 言ったが最後、二人にあれこれ言われてしまう。
 絶対、男とデキているお前には言われたくないと、チクチク攻撃されるのがオチだ。





  to be continued...

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2011.02.03
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