adolescence  5

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 そうっと、極力静かに玄関の戸を閉めた。

 よし、玄関には誰もいないな。
 つか真っ暗だ。

 夜八時なので当然ながら家族は全員起きているから、居間の方から微妙に光は漏れているものの、サスケが帰ってきた事には気付いていないだろう。
 このまま二階に行っちまおうかと、一瞬考える。

 いやしかし、イタチに会いたくないからと言って、両親に挨拶しないのはヤバい。
 母さんはともかく、父さんはかなりヤバい。
 絶対に怒る、今でも怒っているかもしれない。

 でも兄さんが居間にいたら嫌だな。
 うう、どうすりゃ良いんだ。


「…サスケ?」
「うわぁ!!!」


 暗闇の中からいきなり名前を呼ばれて、サスケはビクンッと大きく躰を跳ねらせた。
 するとクスクスと、小さな笑い声が聞こえてくる。


「電気も付けずに何やってるんだ?お前は」
「に、…兄さん?」
「お帰りサスケ」


 パチリと電気を付けられ、眩しさに顔を背ける。
 しばらくして光に慣れたので顔を上げてみると、そこにはいつもと変わらない笑みを浮かべているイタチの姿があった。


「あ」
「何だ?」
「っ……」


 思わず全身が硬直し、喉が詰まる。
 会いたくなかったのに、どうしてそういう時に限って会ってしまうものなのか。

 運が悪すぎないか、俺!


「サスケ?どうかしたのか?」
「……、…ゃ……別に」


 首を傾げるイタチの長い髪が、ぱさりと肩から落ちる。
 風呂上がりなのだろう、湿っている黒髪。
 う……色っぽい。


「サスケ。本当に、どうかしたのか?顔が赤い」
「な、何でもねぇよ!ただいまっ!」


 赤くなってしまった顔を背け、サスケは乱暴に靴を脱ぐと家に上がった。
 小さく笑う声が後ろから聞こえてきたが、無視だ。

 昨日、弟のあんな姿を見たくせに、イタチはいつも通りだった。
 まさか見なかった事にするつもりだろうか。
 …まぁ弟の一時の気の迷いと考えてくれるならば、問いつめられるよりよっぽど楽ではある。


「…ただいま」
「あら、お帰りなさいサスケ」


 居間に行くと、テレビを見ていた母親が立ち上がった。
 父フガクもいて、座布団に座ったままこちらを見てくる。
 微妙に怒っているようで、いつもより眉間の皺が一本多い。


「ようやく帰ってきたか」
「ぅ、うん」
「座りなさい」


 ああ、やっぱり父さんの説教は逃れられないらしい。
 無断外泊したんだから、覚悟はしていたけども、怖いものは怖い。

 それでもしぶしぶ座布団に座ると、サスケの後ろを付いてきていたイタチも隣に座ってきた。

 ……どんな拷問だ、これは。


「サスケ」
「は、い」
「イタチと仲直りしておくように」
「え?」


 父の口調は厳しいものだったが、言われた内容は予測していたものと随分違っていて、サスケは自然と俯いてしまっていた顔を上げた。
 眼が合うと、フガクは小さく息を吐く。


「イタチと喧嘩して、お前は怒って飛び出たと聞いたんだが。違うのか?」
「ゃ、あ…合ってる。けど」


 本当は合ってないけど。

 ちらりとイタチの方を見てみたら、イタチは素知らぬ顔で母さんから入れてもらったお茶を飲んでいる。
 兄さんが、父さんを説得させていてくれたのか。


「今ここで、互いに謝罪し合いなさい」
「えっ…と。に、兄さん。ごめんなさい」


 父に促されるままイタチの方に向かって頭を下げると、イタチはにこりと微笑んだ。


「ああ、俺も大人げなかった。俺は、お前の兄さんなのにな。それなのに酷い態度を取ってしまった。すまなかった」


 嘘なのに臆面もなくサラリと告げてしまえる兄に、感服せざるを得なかった。
 こんなふうに父をも騙せるだけの話術と笑顔に、彼の周りにいる女達が騙されないはずがないのだと、思ってしまえる。

 しかも今回の嘘は、自分を庇う為だなんて。
 ちくしょう、嫌になる。

 たかが弟に対して、こんなにも優しい兄が憎らしい。


 互いに大丈夫だと判断したのか、フガクはまたテレビに視線を戻した。
 何となく立つタイミングを失って、サスケも母の入れてくれた茶に口を付ける。
 その母はというと、サスケの向かいに腰を下ろし、話しかけてきた。


「キバ君の家で夕ご飯は食べたって聞いたわ。ちゃんとお礼はした?」
「……した」
「そう。それが出来たのなら、母さんから言う事は無いわ。そういう年頃なんだものね。イタチには反抗期らしい反抗期が無かったから、新鮮だわ」


 しみじみと言われた。
 アンタはまだまだ手の掛かる子なのね、と言われている気分だ。

 だが、反論できない。
 色々な意味で。

 とりあえず、ここで母さんに切れたものなら確実に父さんから殴られる。
 それは嫌すぎる。

 それに中学生なんだから、子供で当然だった。
 何を言われようとも、まだ親に養ってもらわなければ生きていけないガキなのだ。

 ったく、やってられない。


「でもね。飛び出るのは良いけれど、今度からはちゃんと携帯くらい持って出ていきなさいね」


 ………は?


「何かしら、その微妙な顔は。返事はどうしたの?」
「は、はい。え、でも」


 飛び出るのは良いって、どうしたの母さん。
 もっと過保護むき出しで注意してくるのかと思った。

 その考えが顔に出ていたのか、ミコトは楽しそうに笑う。


「貴方の父さんも母さんも、昔はやんちゃだったのよ。ミナト君とクシナと四人でねぇ」
「ぅおほんっ。母さん、余計な事は言わなくて良い」
「あら、余計なんかじゃないわよ。私達大人にも、輝かしい青春時代があった事はちゃんと教えておかないと」


 と、よくわからない事を言われ、なぜか親達の昔話と言う名のノロケを一時間ほど聞かされたのだった。




















「…はぁ」


 風呂から上がり、ようやく自分の部屋で一息つけた時にはもうかなり疲れていて、速攻でベッドに倒れこんだ。

 親達の話だけだったならまだそんなには疲れなかっただろうが、自分の隣にイタチが座っていた事で激しい緊張感を与えられて、神経がすり減ってしまった。

 しかも母親の言葉に時折相槌を打ちながらも、何故かこっちをじっと見ていたような気がしたのだが、気のせいだろうか。
 気のせいでありたい。

 うん、気のせいだろ。

 まさか昨日の事を詳しく聞きたがっているのかとか、そ・ん・な。


「……あーー駄目だ、頭沸いてやがる」


 自分の脳内のアホさ加減を振り払うようにガバッと上半身を起こし、ベッドに横になったまま濡れた髪をワシワシとタオルで拭く。
 また一息ついてベッドに横になろうとして。

 その時、なんとなく視線に入ったものにサスケは眼を見開いた。
 昨日サスケが家を出たきっかけになったものが、勉強机の上に鎮座していたからだ。
 ベッドからは箱しか見えなかったが、立ち上がって箱の中を確かめると、出しっぱなしだったはずのそれは、律儀に箱の中に収まっていた。

 イタチが片づけたのだろうか。
 いや、十中八九イタチなのだろうが、こんなものをわざわざ片づける兄の行動がわからない。
 嫌じゃなかったんだろうか。

 そりゃあ、あのままベッドの上に放置されっぱなしというのもアレだ、ハズいというかなんというか。
 しかし、これをイタチに触られたと思うとだ、アレがアレで、アレで……


「………寝よう」


 思考を遮断し、サスケはさっさと寝る準備をした。
 昨日キバの家に泊まった際に夜中まで喋っていたので、ベッドに横になっていればすぐに眠れるんじゃないかと思う。
 まだ髪が乾いていないが、まぁ明日の朝に軽くシャワー浴びれば大丈夫だろう。

 電気を消して、アラームを確認した携帯を片手にベッドに入り、毛布と掛け布団をかぶる。
 11月の季節は、布団が気持ち良い時期だ。

 ぬくぬくとした暖かさに、すぐにでも眠れそうだ。
 そう、まどろみ始めた時。

 ふとドアをノックされるのを聞いた。
 コン、コン、と二回。

 起きるのも声を出すのも既に億劫で、そのまま放置する。
 ドアの隙間から光が漏れていないのだから、もう眠ったとわかるはずだ。

 しかし次には、ドアの開く音がした。

 誰だよ、母さんか?


「…サスケ?」


 んだよ、兄さんかよ。
 あーもう、兄さんのせいで精神疲労が凄いんだから、このまま寝かせてほしい。


「もう寝てしまったのか」


 瞼の裏側から光を感じる事はなく、部屋は暗いまま。
 なのにイタチが近づいてくる気配がし、ギシリとベッドが鳴る。
 傍らが少し沈んだせいで、自分の躰も傾く。

 ふわり、と。

 頭を撫でられる感触に思わず声が出そうになるも、思いとどまったのは誉めてほしい。
 緩やかな手つきで、何度も何度も頭を撫でられ、湿ったままの髪を梳かれる。

 まだ完全に寝ていなかった状態での他者からの接触に、眠気なんて吹っ飛んでしまっていた。

 なんだ、何なんだ一体。
 寝ている人間の頭を撫でるって、どうすればそんな行動を起こすんだよバカ兄貴!

 うう、ヤバい。
 電気が付いていないからバレていないだろうけれど、きっと顔は真っ赤だし微妙な表情をしているはずだ。
 ううう、なんだか起きるに起きられない状況だし……畜生、嬉しいなんて思っている自分を殴りてぇ!!


「サスケ。お前は…」


 な、んだ?

 凄く真剣な囁き声に、心臓がドキリと大きく波打つ。
 寝たフリをしたまま、耳を澄ませ。
 頭を撫でてくる手は相変わらずなまま、ゆっくりと、静かに紡がれる言葉。


「…いつの間にか、俺が思うよりもずっと、大人になっていたんだな。誰かを真剣に、好きになって。悩んだり、したんだろう?あんなものまで使って……」


 ゆっくりと、イタチの指が頬へと降りていく。
 撫でられ、包まれ。

 暖かく大きな掌に、自然とほぅと息が出ていった時、唇に触れるものがあった。
 しっとりとしたものが、何なのか。
 イタチの言葉に集中していたせいで、それが何かを理解する間も無く、ちゅっと吸われ、軽くはまれる。



「―――だがせめて。もう少しだけ、俺の可愛い弟でいてくれ」



 声の振動が、吐息が、唇の動きさえも、自分の唇から伝わってくる。
 もう一度合わさり。

 離れていく、感触。

 頬からも手が退き、傾いていた背中も元に戻った。
 数秒後には、ドアの閉まる音が鳴る。
 イタチがくる前の、静寂の部屋。


 しかしサスケは眼を見開き、真っ暗にも関わらず頭まで布団を被った。

 ………あ。
 う…ぅあ。

 ……ぇ。

 え、えええええぇええ!!?


 ちょ、今の何今の何今の何!?

 何なんだよ!??
 何なんだよアレ!!


 キ、キキキキキキキ!??


 …お、落ち着け。
 落ち着け俺!

 はっ、そうだこういう時には電話だ。


 一体全体何がこういう時なのかもわからぬまま、サスケは近くに置いてある携帯を手探りで探し、ガッと掴んだ。
 布団の中に引き込み、ディスプレイを開いた途端は眩しかったものの、半眼状態でアドレスを探し通話を押す。

 プルルルル、プルルルル。


『はいもしもし、二時間ぶりだってばよー』


 五回程で出た相手は、頭に花が咲いていそうな程に脳天気な声だった。


「な、ナルト?」
『うん、どうした?サスケ。やけにひそひそ声だってばよ』
「それが、その…キ、キ……」
『キ?』
「キス。された」


 そうだ、キスされたのだ。
 あのイタチから。

 しかも、かなり意味心な言葉付きで。


『…は?キス?………ぇ、イタチ兄ちゃんから?』
「そ、そう」
『ぶっ!ちょ、ぇぇええええ!?なにそれ、どういう状況!?』


 ああ、やっぱりこれはナルトでも驚くらしい。
 自分だけが情けなくテンパっているんじゃなくてなくて、良かった!

 と、無理矢理自分を正当化させながら、サスケは相変わらず布団を被ったままひそひそと話す。
 今し方起こった状況を説明すると、ナルトははぁと呆れ声を出した。


『つか、もうベッド入って寝るって、早すぎだってばよ』
「んな事どうでもいいんだよ!な、どどど、どうすれば良いと思う?」
『いや、どうすればと言われても…大人しく寝たら?』
「ぅおいっ」


 ナルトの言葉に思わず突っ込むと、ナルトは電話の向こうでカラカラと笑う。


『だってよ〜。ここで俺が「襲ってこい☆」って言ったって、サスケってば無理だろ。テンパりすぎて』
「む…バカにすんなよ」
『んじゃ襲う?止めねえってばよ、俺は。サスケの話聞く限りじゃ、イタチ兄ちゃんマジでサスケの事好きみたいだし?』
「おぉおおう。そ、そうだよな。そうなんだよ両想いかもしんないんだよ。おおおお襲う、襲うぞ」
『………や、もうちょっと落ち着けたらにしろってばよ』


 呆れたナルトの言葉に、サスケは誰も見ていないのにコクコクと頷く。

 頑張れよとの激励をもらい電話を切るも、興奮は収まらず。



「うあぁ、どうしよう、どうすっか」



 と、心臓ばくばくのまま、しばらくはベッドの中で悶絶していた。





  to be continued...

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とことんコメディ路線で。

2009.09.02
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