adolescence  6

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 午前二時。

 暗闇に覆われた中、サスケはある扉の前に立っていた。
 扉から光は漏れておらず、この先の住人は眠ってしまったのだと伺える。

 サスケがナルトに電話してから、既に五時間も経っていた。
 眼が冴えてしまって、今の今まで全然眠れなかったのである。

 脳内はイタチにキスされた事と、襲うか襲わないかという選択肢でぐるぐるしていた。
 あまりにも眠れなくて、ついにこうしてイタチの部屋の前に立ったが…やはり、ぐるぐるする。

 このドアノブに手を掛ければ、簡単に開くだろう。
 この家は、トイレ以外に鍵の掛かる部屋が無い。
 イタチがサスケの部屋に簡単に入ったように、自分も開ければ――簡単に入れてしまうのだ。

 それでベッドに近寄って、眠るイタチにキスして、あわよくば服を脱がせて……。


「―――…」


 自分の脳内で繰り広げられた妄想に限界がきて、思考が先に進まなくなった。

 服を脱がせて、次はどうする?
 いきなりイタチの上に跨ったって、イタチを受け入れるなんて無理なんじゃないのか。
 あの行為を見られてから結局、後ろの穴を慣らす事はしていないのだ。

 ああせめて、もう少し勉強しておけば良かった……。

 だがここまで来て引き下がるなんて、男が廃る。
 行くべきだろう、ここは。

 否、行け!

 行くんだ俺!!


 と、表面上は暗闇の中でただ静かに立っていたサスケは、脳内で自分を奮い立たせ自己完結させると、そっとドアノブに手を掛けた。

 カチャリ。

 ごく微かな音を立てて、扉が開く。
 そしてサッと躰を部屋の中に滑り込ませると、これまた極力静かにドアを閉めた。
 頭の中ではテンパりまくっているサスケだが、普段周りからクールだと言われるように、躰は冷静かつ迅速に動く。

 よし、侵入は果たした。
 兄さんは……寝ている、な。

 ベッドに近づき手を伸ばし、布団越しにイタチの躰があるか確かめる。
 掌はイタチの眠る膨らみと布団越しにも伝わる微かな温もりを捕らえ、それだけで心臓が大きく跳ねた。

 兄さんの躰だ。
 触れたくてたまらなかった、躰。

 暗いせいでイタチの姿が見えないのが、とてつもなく残念である。

 一体どんな寝顔をしているのだろう。
 寝顔もやはり綺麗なのか。
 それともちょっとはあどけなくて、可愛かったりするのだろうか?

 サスケの指はイタチの腕辺りから、顔の方へと移動していく。
 毛布の端まで来て、それでもなお指を滑らせていけば。

 イタチの、頬に。

 触れた。

 すべらかな頬だ。
 そして暖かい。

 兄さんの顔って、本当に綺麗なんだよな。
 弟の俺でも見惚れてしまうくらいに。
 ああ、ここが唇だ。

 ……よし。
 キ、キスするぞ。

 何もやましい事はしていないはずだ。
 だって、兄さんが先に人の寝込みにキスしてきたんだし!

 行くぞ、行けっ…!

 流石に少し躰が震えるのを自覚しつつも、サスケは触れたままのイタチの唇に自分の唇を近づけていった。

 ………。
 …あとちょっとだ。
 あとちょっとで、触れ合う距離。

 しかしそういう時に限って、予定は狂うもので。


「…サスケ?」
「っ…」


 唐突に呼びかけられ、サスケは顔を離す事も、イタチの唇を触っている指をどかす事も出来ずに硬直した。


「に、兄さ…起き、起きたん…」


 テンパって、全く口が回らないサスケ。
 きっと部屋の明かりが付いていたなら、湯気が出そうなくらい紅潮しているのが見えてしまっただろう。

 しかしサスケが硬直している間に、イタチは布団から手を出しサスケの後頭部を撫でた。
 そしてバサッと布団を半分めくると、サスケの躰をイタチの横へと引き込んだのである。

 サスケが我に返った時には、イタチに抱きしめられ、布団まで被せられていた。


「ちょ、ににに、兄さんっ?」
「ん…」


 慌てて抜け出そうとすれば余計に強く抱きしめられて、しかも宥めるように頭を撫でられて。
 そして頭に感じる………イタチの微かな寝息。


「な…、何だ、寝ぼけてたのかよ…」


 はぁ…と、力無く溜め息が漏れてしまう。
 何なんだ、ったく。

 人が勇気を絞って襲いにきたというのに、この有様。
 抱き枕みたいに雁字搦めにされて、ガキみたいに頭を撫でられてあやされるとは。

 しかもイタチは寝ぼけている。
 情けないったらありゃしない。

 でも、暖かかった。
 背中に腕を回されて、抱き込まれて、兄さんの胸に顔を埋めて。
 足を絡め合っているし、ぶっちゃけ腹とかアソコとかも……パジャマ越しに密着してしまっている。

 けれど頭に感じる微かな寝息と、直接トクトクと伝わってくるような規則正しい心音に、興奮など呆気無く去っていった。
 ただただ、安心する。

 そういえばまだ本当に小さなガキだった頃、独りだと寂しくて怖いと言って泣く自分を、兄さんが抱き締めて一緒に寝てくれた。
 そんなの今まで忘れていたけれど、この暖かさが思い出させてくれた。

 暖かい。
 そしてとても優しい温もり。

 このままずっと、ずっと、貴方に抱き締めていてほしい。

 ああやはり、俺は兄さんが大好きなんだ。
 だから明日、起きたらちゃんと伝えよう。
 言葉にしよう。

 イタチの心音に誘われるように、いつしか眠気が訪れる。


 ―――好きだよ、兄さん。


 眠りに落ちる最中、サスケは小さく呟いた。
 よもやまさか、次の日起きた瞬間に度肝を抜かされるなど思いもよらず、この時はまだ緩やかな幸せに浸っていた。






























 三日後の水曜日の、朝。

 サスケが教室のドアを開ければ、いつも早めに登校しているサイが、やはりいつものように席に座り本を読んでいた。
 後ろの席にバッグを起きながら声を掛ければ、彼は顔を上げる。


「ああ、おはようサスケ。今日は来たんだ。体調は治ったの?」
「まぁ、ぼちぼち」


 会話を返しながらも少し気まずくて、サスケは自分の椅子に座ると目線を窓の外に向けた。
 しかしこういう時のサイが容赦無いのも、重々知っていた。
 案の定溜め息を吐かれて、クツリと嘲笑われる。


「まさか夜中にイタチさんの部屋に進入した挙げ句、何も出来ずに一緒に寝ちゃって、しかも次の朝起きたら逆に襲われてて一日中セックスに勤しんだ、その次の日には体調不良で寝込むなんて…青春してるねぇ、サスケ」
「………嫌がらせにも程があるだろ、お前」
「いやいやとんでもない。恋が成就した友人へのお祝いの言葉だよ。全くもってあれだけ人を巻き込んだのに、結局イタチさんもサスケが好きだったのかよ、僕達にグチを零す前にもっとちゃんとイタチさんの事洞察しとけよこの駄目人間。…とか思ってないから」
「おい…」
「しかも学校休んで一日中セックスしてたって。あんな家出騒動があったのに休日明け学校に来ないから、また何かあったんじゃないかって心配したのに…セックスしてただけだなんて」
「………」


 それって俺のせいじゃなくね?とか、だから昨日は羞恥を堪えて電話したじゃねぇかとか、つうかまだ自分達しかいないとはいえ教室でセックスセックスって連呼すんなよとか思いはしたが、火に油を注ぐだけなので黙っていた。

 駄目人間というのもまぁ、情けない事に反論が出来無い。
 五年も片思いと思っていたのに、実は五年間ずっと両思いだったなんて知れば、そりゃ自分ですら思わずガックリする程だ。
 あまりにも遠回りしすぎた。


「で?」
「あ?」
「どうだったの、イタチさんとのセックスは」
「ぶっ!」


 思わず吹き出したサスケに、サイは汚いなぁと顔を顰めた。
 いやいや、顔を顰めたいのはこっちだっつうの!


「おま、何でんな事まで言わなきゃなんねぇんだよっ」
「今後の参考にね」
「参考って!………ぁ、え…?」


 まさかとも思ったが、おそるおそるサイの顔を覗けば、にっこりと笑みを浮かべてきた。
 それが邪気の無い穏やかな笑みなものだから、サスケはそれ以上怒鳴る事が出来無かった。


「ご明察の通り、かな。やっぱりサスケって、人の事にはちゃんと聡いんだねぇ」
「…余計なお世話だ」


 ぶすっとしたまま、唸るように呟く。

 でもそうか、サイも自分の兄貴の事が好きだったのか。
 サイの兄は、血が片方しか繋がっていないはずだ。


「ね。だから僕にだけで良いから、こっそり教えてくれないかな?イタチさんってどんな感じだった?」
「どうって…………」
「うん?」
「…………鬼畜?」
「ぇ、イタチさんって鬼畜なの?あのイタチさんだよ?」
「あのなぁ…確かに一日中やってたって言ったけど、俺は初めてだったんだぜ?痛いし訳わかんねぇし。でも泣いても喚いても止めてくれなかったんだよ。言葉で滅茶苦茶エロい事言ってくるし、イ…イかせてくれねぇし、抜いてくれねぇし。もうヤダって言えば言うほど、ガンガン突っ込まれるし…」


 ああ、何で朝からこんな事喋ってんだよ俺……恥ずかしい。


「ふーん、なるほど。サスケは言葉責めに弱いと。しかもかなりMだったと」
「おいっ!今の話でどうしてそんな結論になるんだよ!」
「どうしてって言われても、ねぇ?」
「嫌がっているように聞こえないからな」
「あーあー、幸せオーラ溢れさせちまって。しかもサスケが俺達の中で最初に大人になっちまったのかぁ」
「く、サスケだけは俺と同じで当分彼女出来無いと思ってたのに、悔しいってばよ!」
「いや、彼氏なんだから、心配しなくても彼女は一生出来ないんじゃない?」
「ああ、そうか。じゃあ一生童貞だな」
「うわ切ねー」


 いつの間にか、教室の中にはいつもの友人達が集まっていた。
 いや、いつの間にかそれなりに教室の中の人口密度が高くなっていて、朝の挨拶があちこちで聞こえてくる。

 全然気付かなかった自分が悪いのか?
 だがしかし。


「テメェら、人をからかうのもいい加減にしろよ…っ」


 顔を真っ赤にしたまま、サスケは唸った。
 あまりにも恥ずかしすぎて、怒りが沸いてくる。

 つうかナルト!
 お前、俺の事ずっと応援しててやるとか何とか、前に言ってなかったか!?
 あれは嘘だったのか!??

 だがどれだけ怒っても、この悪友達が引くはずもなく、口々に言葉を並べてくる。


「いや、そもそも嫌がらせだし?」
「幸せ噛み締めている奴の特権だろ。諦めてからかわれろ」
「あ、今日の放課後マック行こうぜ。当然サスケのおごりで」
「今、タツタセットが復活しているってばよ。ポテトもLサイズが良いなぁ」
「……あーもー、勝手にしろっ!」


 サスケはがやがやと笑う友人達に怒鳴り散らしながらも、やはり心の中はムズ痒い幸福に満ちているのであった。





  ...end.



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最後までコメディになったでしょうか?
イタチ兄さんと何があったかは、サイに話しているとおりです。
そりゃイタチ兄さんが眼が覚めた時、サスケが自分の腕の中で眠っていたら、ねぇ…。

2009.12.20
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