adolescence  4

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 最悪だ。

 最悪過ぎる。

 今まで生きてきた十五年の人生の中で、こんなに情けない事態に陥ったのは、確実に初めてである。


「っ…、ぅ、う」


 ぐすぐすと涙が止まらず、抱き締めているクッションにボタボタと滴が落ちていく。
 拭っても拭っても頬は濡れ、ジャージの袖もかなり湿ってしまっていた。
 鼻を啜っても見っともなくタラリと垂れてしまい、余計に情けなくなる。

 人生とは、どうしてこう、上手く行かないのだろう。
 前にもがけばもがくほど、失敗ばかりが積み重なっていく。

 鼻水を必死に啜りながら、口に入りそうになっているのをどうしようかと考えていると、有難くもこの部屋の主がティッシュ箱を差し出してくれた。


「ほら」
「……サンキュ」


 受け取って、鼻をかむ。
 キバはゴミ箱も近くに置いてくれると、泣いているサスケの横に座った。


「で?こんな時間に何があったんだよ」


 こんな時間。
 そうか、ショックのあまり考えずに押し掛けたが、壁に掛かっている時計を見れば深夜の一時を回っていた。
 世間はもう寝静まり、キバもパジャマだし、そういう自分もジャージといういつも眠る時の格好をしている。


「悪ぃ、邪魔しちまって」


 謝ると、キバはカラカラと笑って首を振った。


「良いって事よ。部屋の電気が付いてたから窓叩いたんだろ?俺の部屋が一階で良かったじゃねぇか」
「ん…、助かった。ナルトんちは近すぎて速攻バレちまいそうだし、サイんちは遠すぎるし」
「隣のシカマルんちは二階だしな」


 サスケははぁと息を吐いて、シパシパ瞬きする。
 泣きすぎて、少々眼が痛い。


「ま、何があったかは知らねぇけどさ。相談なんてされてもどうせ俺じゃ役に立たねぇし、とにかく今日はもうここに泊まって………っと、誰だよこんな時間に」


 机の上に置かれていたキバの携帯が震え、けたたましい音を立てた。
 彼はそれを取り、ぱかりと開けて画面を見る。
 誰かからの電話だったらしく、そのまま耳に宛てた。


「よう、どうした?……あぁ、サスケ?うちにいる。…あー、そうだったのか」


 キバはこちらを見ながら相手の言葉に相槌を打っている。
 数分は何かを話していたが、しばらくすると携帯をこちらに差し出してきた。
 相手が誰なのかわからずに首を傾げれば、サイだと言われる。


「……もしもし?」
『ああ、サスケ?無事で良かったよ』
「無事って?」


 何の事だかいまいちわからず、聞き返した。
 自分の頭の回転が遅いだけだったかもしれないが、サイは答えてくれた。


『んー、さっきナルトから電話があってさ。イタチお兄さん、凄い必死でサスケの事捜しているらしいよ?携帯も家に置きっぱなしのまま全然帰ってこないし、どこにいるかわからないからって、ナルトに連絡が入ったみたい』
「………」


 そうか、イタチは自分を捜してくれているのか。
 あんな光景を見せてしまって、嫌悪されていると思っていたのに。
 それでも、捜してくれているのか。


『とりあえず、キバの家にいるってお兄さんに言っても平気?このままだと警察出されてしまうし。そっとしておくように言うからさ』
「…お前に任せる」
『わかった。家出の理由はまた明日にでも聞かせてもらうよ。おやすみ』
「ああ、おやすみ」


 それで通話は切れた。
 携帯電話を片手に、はぁと溜め息が出ていく。

 明日が日曜日で良かった。
 学校があったならば、キバやその家族に迷惑を掛けるし、うちの方も両親が黙っていない筈だ。

 捜してくれているのだとしても、今はイタチの顔を見たくなかった。

 こちらをずっと見ていたキバに電話を返すと、キバはそれをサスケの寄りかかっているベッドに放り投げた。


「もう寝るか。布団持ってくっから、先に歯磨いたりしとけよ」
「おぅ」


 促され、サスケも彼に続いて部屋を出る。
 そして、すでに寝静まっているが勝手知ったる家の中を、物音立てない程度にうろうろと歩き回った。




















 先週の日曜日―――みんなでマックで飯を食った後に、シカマルの家に行った日だ。
 あの日、ネットで男同士のセックスをするにはどうすれば良いのか色々と調べていたら、とある道具を見つけた。
 肛門括約筋の収縮により前立腺を刺激するエネマグラとサイトには書いてあった。
 それを使うと、手で触れずに前立腺刺激を行う事が出来るらしい。

 で、そのエネマグラやジェルやその他必要な道具を、両親共働きで兄も帰りが遅いサイ名義で注文してもらったのだ。
 金はもちろんサスケが振り込んだが。


 そして一週間経った、昨日の土曜日。
 サイんちに届いた荷物を受け取ったのである。

 問題はその後だ。
 夜、エネマグラに付属されていた男でも気持ち良くなれる方法の書かれた説明書を確認しながら、サスケは自室で事を及ぼうとしていた。
 道具を使う前に自分の指である程度解さなければならないと説明書には書かれていたので、まずは指示に従い、ベッドに横向きに寝転がってケツが少しだけ上を向くようにクッションに顔を押しつけた。

 ジャージからケツを半分出して、ジェルを掬った指を自分のケツの穴に擦り付けてみる。
 自分でそんな所を弄るという行為に戸惑って、初めは中まで指を入れるなんて無理かもしれないと思った。

 それならそれで良いらしい。
 気持ちが大切だから、無理するなと説明には書いてあったし。

 でも、もしこれに慣れてイタチのものを受け入れる事が出来たなら……と考えたら、簡単に指は入ってしまった。


『…ん』


 第一関節くらいまでで良いと書いてあったので、サスケは無理せずに息を吐いた。
 感じるような締め付け方法だとか呼吸法だとか、すべてを書いてある通りに実行する。

 初めは指が挟まっているという違和感しかなかったけれど、次第に中が動いて、少しずつ自分の指でも感じるようになってきた。


『っ……はぁ』


 止めていた息を大きく吐き出し、それからまた吸い込む。

 事件が起こったのは、もうそろそろ良いだろうかと考えていた時だった。
 ノックと共に、部屋のドアが開いたのである。


『サスケ、母さんがリンゴ切ったから下りて……』
『っ…兄さ、』
『…さ、すけ?』


 イタチの声が戸惑いに変わる。
 その瞬間、サスケはかぁっと顔を真っ赤にして動きを止めた。

 見られた。
 ケツを上に向けて中を弄っていた光景を、イタチに見られたのだ。

 イタチはドアの前で固まったまま、らしくもなくぽかんと間抜けな顔を晒したままだった。
 先に我に返ったサスケは慌てて指を抜き、ジャージのズボンを引っ張りあげると、固まったままのイタチの脇を脱兎の如く通り抜けてそのまま家を飛び出した。
 当然ながら、携帯も財布も置き去りである。

 公園に寄って手を洗い、洗いながら暫くはそこで泣いた。

 無様だ。
 イタチを受け入れられるような躰になりたいと意気込んで事を始めたのに、まだ殆ど何もしていない状況でイタチに見つかるなんて、無様すぎるだろう。
 それにイタチはフリーズしたまま、出ていくサスケに怒鳴る事すら出来ずにいた。

 嫌悪されただろう。
 もしかしたら、もう兄弟の縁すら切られるかもしれない。
 ケツの穴を弄るなんて事を、自らしてしまったのだから。

 家に帰りたくなかった。
 情けなくて、涙も止まらなかった。
 止まっても、すぐにまたぶり返してしまう。

 それに、この十一月初めという季節で夜中にジャージでは寒い。
 どうしようかと迷って、条件として一番妥当だろうと思えるキバの家に行った。




「なるほど、昨日届いた道具を渡したばかりだったから、それ絡みで何かあったんだろうとは思っていたけどね」
「あちゃぁ、見られちゃったのか。それはまぁ確かに、飛び出したくなるかもってばよ」


 サイやナルトの哀れみの言葉に、サスケは無言を貫いた。

 キバの部屋でまたしても五人全員がそろっているこの状況に、なんだか申し訳なくなってくる。
 ここのところ、休日になると頻繁に集まってやしないか。
 しかも半分くらい、自分のせいで。

 皆で囲んでいるテーブルの上には一応参考書を開いてはいるが、誰も勉強していない。


「で?これからどうすんだよ。逃げちまったせいで逆に気まずいんじゃねぇの」
「…………家、帰りたくねぇ」
「とことん面倒くせぇ奴」
「うるせぇ」


 ぶすっとしたままサスケはお茶を啜った。
 あんな場面を見られてしまったのに、冷静に対応しろなんて無理な話だ。
 それなりに眠り、友人達が集まった午後には眼の腫れも取れて現在は頭もすっきりしているものの、帰る気にはなれない。

 今日は日曜日だ、用事が無い限りイタチは家にいる。

 ナルトが「ぁ、」と声を出した。
 携帯が震えただけだったらしく、ポケットから出してパカリと画面を開いている。


「……あ〜」
「なに?」
「イタチ兄ちゃんが、サスケは元気にしてるかって。出来るなら話がしたいってさ」
「なっ…、出来るわけねぇだろっ」
「だよなー。そう返しとくから安心しろってばよ」


 飄々と笑うナルトに、思いっきり眉間に皺を寄せる。
 なんでナルトとイタチが携帯番号を知り合うほどに仲が良いのか、激しく問いただしたい。
 いつの間に、交換したのだろう。

 サスケはチッと舌打ちした。
 もうこの話はお終いにしたくて、さっさと問題集に眼を向ける。
 シカマルやサイはこちらの気持ちを理解したらしく無言でシャーペンやら参考書やらを持ち始め、ナルトもしぶしぶといった様子で姿勢を正したが、何か気になる事でもあるのかキバは未だにサスケの顔を見ている。

 暫くは無視していたが、こうも見られているとウザい。
 サスケは問題集から顔を上げると、向かいに座っているキバを睨んだ。


「なんだよ、言いたい事があるならさっさと言え」
「…イタチさん、お前の事好きなんじゃねぇの?」
「はぁ!?」


 あまりにも唐突すぎる言葉に、サスケは素っ頓狂な声を出した。
 しかし、隣に座っていたサイが頷く。


「ありうる。兄弟にしては過保護すぎだし、今回みたいな事件が起こってもめげずにコンタクト取ってくるなんて、サスケの事が相当に好きじゃないと出来無いよね」
「でも、……だって、兄さんは」


 今まで何人かの女性と付き合ってきていた兄の姿を見てきたのだ。
 それが自分に対する接し方と全然違う事くらい、わかる。
 自分とは、あくまでも血の繋がりのある弟としての距離でしかない。

 この前の遊園地で手を繋いだのはイタチの気まぐれだろうというくらい、普段からは有り得ない距離だった。
 しかも本人は、恋愛に本気になるつもりはないとまで言っていた。
 好かれていたとしても、兄弟だからだ。


「………んな事、あるわけねぇよ」
「はぁ。まぁよくわかんねぇけど、サスケが言うならそうなんだろ?俺達はお前ほどイタチさんの事を知らないし」
「でも、今日は流石に帰らないとね。明日学校だよ」
「…わかった、家には帰る」


 でも絶対に兄さんと顔は合わせない。
 なんて事はない、今までもほとんど顔なんて合わせていなかったのだから、簡単である。





  to be continued...

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イタチ兄さんがまともに出てこなかった…。

2009.05.14
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