adolescence  2

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 遊園地に遊びに行くと決めてから六日目の土曜日、時刻は朝の九時のうちは家。
 父フガクは出勤で、兄イタチは土曜には授業を入れていない筈だが、朝早くから何処かに行ったようでいない。

 そして母ミコトと言えば。


「サスケ、携帯持った?お財布は?」


 玄関まで見送りに来たミコトに、サスケは眉根を寄せて思いっきり不快を表した。

 いつもの事だが凄くウザい。
 自分はもう十五歳であり、母が思う程に子供でもなければ、忘れ物をする程に頼りない人間でもない。


「持ってる。わざわざ聞くなよ、そんな事」
「用心に越した事はないわ。気を付けて行ってらっ」


 母の声を聞き終わる前に、サスケは乱暴に玄関を閉めた。
 そして早歩きで敷地内から出る。


「ったく」


 母のせいで、折角の遊び日和な晴れ模様もムカつく要因になってしまうではないか。

 何故うちの母はあんなにも心配性なんだ。
 黙って見守るという事は出来無いのか。
 心配するのが悪いとは思わないが、何事においても度が過ぎるとウザがられるというのは、いい加減に学習してほしい。


「よ、サスケ」
「……おー」


 声を掛けられた方に顔を向ければ、隣家に住む幼なじみのナルトは既に外で待っていて、軽く手を上げ近づいてきた。
 その挨拶にサスケも返し、二人で歩き出す。
 互いの私服姿は秋の季節に合わせたように、厚手の長袖だ。


「何、どうした?仏頂面だってばよ」
「いつも通り、母さんがウザいんだよ」
「あー…うちも同じだってば。父ちゃんウザすぎ。中学生五人だけは危険だとか、保護者もいた方が良いから付いてくとかさ。恥ずかしいから来んなっつの」


 ナルトの苦笑いに、サスケもつられるように小さく笑みを零した。
 話の合う友人と一緒にいると、それだけで嫌な気持ちが消えてくれるからありがたい。


「ミナトさん、相変わらずの親馬鹿っぷりだな」
「そうそう、べそべそ泣きながら抱きついて離れないの。すぐに母ちゃんの鉄拳が飛んでくれたから、解放されたけど」
「はは、すげぇな」


 ナルトといつものノリで会話をしながら、肩を並べて駅前に向かう。
 集合は九時半だが、隣人なのにわざわざ別に行く必要はないと、久しぶりに家の前で待ち合わせなんかをしていた。
 大体一ヶ月ぶりか。

 ちなみに普段学校への登校が別なのは、ナルトが朝の七時には校門を潜っているからである。
 三年のこの時期で引退している筈なのに、後輩達と一緒に部活に出てバスケをしているのだ。


「なぁ、そっちは?」
「うん?」
「いつもはイタチ兄ちゃんが、ミコトおばちゃんを宥めてるんだろ。サスケももう子供じゃないんだからってさ。でもサスケの不機嫌オーラからすると、今日は兄ちゃんがいなかったと見受けられる」
「流石は幼なじみ」
「で、何処行ったってば?」
「さぁな。俺達みたいに何処かに遊びに行ってんだろ。兄さんには兄さんの都合があるんだし」
「ふーん…」


 ナルトが少しだけ眉を寄せた。

 彼の言いたい事はわかる。
 同じ家にいて、しかも好きな相手なのにどうして知らないのかと。

 だがこちらの言い分としては、そんなものを毎度毎度聞いていたら、絶対にウザがられる。
 自分が母に対しそういう感情を抱いてしまうように、しつこければきっとイタチもそのように感じるに違いない。

 兄にも自分にもそれぞれ友人達がいて、こうして遊びに出掛けて。
 お互いに見ている世界が違うのだ。
 歳が五歳も離れているから、余計に。

 兄弟なのだから休日くらい一緒に出掛けるというのもあるかもしれないが、イタチと何処かに行くなんて、それこそ五年くらいはしていない。
 そもそも一緒にいて、何を話せば良いのかわからないのだ。

 つうか、まともに顔すら見れない。


「俺って重傷だよな…」
「知ってるし。今更だってばよ」
「ひでぇの」


 ごすっと肘を立てて隣に攻撃を仕掛けると、ナルトはウオッと声を上げて大袈裟によろめいた。
 それにバーカと笑うと、立ち直ったナルトがこっちに躰をぐりぐり押しつけてくる。
 そのせいで、一緒に斜めに進んでいく羽目になる。


「おいこらナルト、ちゃんと歩けよ」
「サスケ、俺は…さ。好きっていうのを簡単に諦められるんなら、始めっから好きになんてならないって…サスケがそういう性格だってのも、知ってるってばよ。だから、ずっと応援してやる」
「ナルト…」


 思わずナルトを見つめると、彼は顔をこちらの腕に押しつけたまま、肩を震わせウシシと意地悪く笑った。
 全く、本当に良い友人を持ったものだ。

 少しばかり感動してしまったではないか。




















「次ジェットコースター行こうぜ、あの一番でかいジェットコースター!」


 キバの指さした方向を見て、同じようにはしゃぐのはナルトだけだった。
 サスケとシカマルは思いっきり顔を顰め、サイはいつもと変わらない無表情である。


「…や、面倒くせぇから俺はパス」
「俺も…さっき昼飯食ったばかりだし、あんなん乗ったら吐きそうだからパス」
「えー!あれがここでのメインアトラクションなのに、二人とも勿体無いってばよ!フリーパスなのに!」
「知るか」


 スパッと切り捨てた途端、がくーんと地面に手と膝を付くナルトは、かなりノリの良い奴である。
 そしてその背中を、サイが宥めた。


「ナルト、こんなところで喚いていたら通行の邪魔だよ。それでなくとも普段からウルサくて存在誇張されているのに」


 ……多分宥めているのだと思われる。
 ナルトはもっと凹んだようだけれども。

 だがそんなサイを、キバが背後から忍び寄ってガシッと拘束した。


「よしじゃあサイ!行くぜ!」
「おおぉぉ!行くってばよ!」
「…………せめて、普通に歩かせてくれないかな…」


 遊園地に入ってからずっとテンションの高いキバと、サイの言葉から立ち直ったナルトと、諦めたように溜め息をついたサイの三人が、ジェットコースターに向かっていく。
 サスケは残されたシカマルと一緒に、人混みに紛れ小さくなっていく三人を見送った。


「さて…と。あのアトラクションは長蛇の列だろうから、一時間くらい戻ってこないだろ。サスケ、コーヒー飲みに行こうぜ」
「ああ、良いな。何処かにカフェがあるのか?」
「そうそう。かなりお勧めの場所が…ちょっと待ってろ」


 シカマルが、持っていた遊園地の地図を開く。
 その間、サスケは適当に辺りを見渡した。

 今日は土曜日なせいか、午後になって、かなり人が増えた。
 親子連れや自分達と同じように何人かの友人で来ていたり、恋人同士だったりと様々だ。
 まぁ、長閑な休日、長閑な秋といったところか。

 しかし次の瞬間、どうして辺りを見渡すなんて行為をしてしまったのか呪いたくなった。


「っ……」
「ああ、ここだな。見つけたぜサスケ、ここから五分くらい向こうに行けば……おい?」


 顔を上げたシカマルが、訝しげにこちらを見てくる。
 しかしサスケは声を失ったまま、瞬きもせずに眼前を見つめ続けた。
 それに気づいたシカマルも、自分と同じ方へと視線を移す。


「あれは、…イタチさんだな」


 見つけた瞬間、いかにも面倒くさそうに呟く友人。

 そう、ここから少し離れた場所に、朝早くから出掛けていたイタチの姿があった。
 しかも、彼の近くには今までに何回か家に来た事のある女もいる。
 ただし周りには他の友人達もいて、二人きりで話している状況ではないけれども。

 大学のサークルで遊びに来ているのだろう、十人以上の集団である。
 その中で、兄は他の男と話をしていた。
 でも、家に来た事のある女がちらちらとイタチを伺っているのも見て取れる。


「サスケ、どうすんだ?声くらいは掛けてくか?」
「………いや、行こうぜ」


 シカマルの言葉に、サスケは首を横に振った。

 互いに友人がいるのに、話し掛けたら迷惑だ。
 第一、家以外の場所で会った時にわざわざ言葉を交わすような程、親密な関係では無い。
 キバだって姉を街中で見かけてもスルーすると言っていたし、世間一般の兄弟というのはそういうものだろう。

 好きだからなんて感情は、それこそ絶対に迷惑だ。


「で、シカマル。カフェは何処にあるんだ?」
「ああ、こっちだったぜ」


 人混みの間を縫いながら、シカマルの指さす方に二人で目指す。


「持ち帰り可のところだから、外のベンチに座って飲むのも良いかもな」
「それだとそこらの自販機で良くなっちまわないか?」
「まぁな。でも自販機も普段より高ぇから、良いもん飲みたきゃ絶対カフェだ。それにあのカフェ、こんな場所にあるけどすげぇ美味いって評判らしい」
「へぇ、いいな」
「あ、こっち曲がるん…」


 唐突に、シカマルの言葉が切れた。
 そんな友人の不自然な態度にサスケは眉を寄せる。
 後ろと、自分の顔とを交互に見てくるのだ。


「…どうした?」
「あれ」
「あん?………ぁ」


 ああなるほど、そりゃ不自然な態度にもなる。
 自分なんて、言葉が出なくなったのだから。

 何故。

 何故イタチがこっちに向かって走ってきているのだろう。
 しかも一人だ。
 さっきの連中はどうした。

 イタチはサスケの目の前で止まると、ふわりと笑みを浮かべてきた。


「ああサスケ。やはり、サスケだったな。姿見て、気になったから追いかけてきてしまった」


 目の前に立つイタチに、やはり言葉が出てこない。

 はぁ、なんでこんなに格好良いのだろうか、兄さんは。
 静かな笑みは大人の魅力満載で、反則だ。
 うわヤバい、また顔が赤くなっちまうっ。

 我慢しきれなくなって、いつものように顔を逸らしてしまった。
 あああ、絶対にまた変に思われている。
 なんて進歩の無い自分…。

 そんな自分の態度をどう感じたのかはわからないが、イタチは変わらない口調で隣のシカマルに声を掛ける。


「シカマル君も、こんにちは」
「どうも、お久しぶりっす。元気そうで何よりです」
「ああ。君も変わらず…と言いたいけれど、見ないうちに随分成長している。この年代の子というのは、気が付いた時には大人へと変わってしまっているな。サスケもつい最近までは子供だと思っていたのに、いつの間にか一人立ちしてしまっている」
「…そうでもないっすよ。俺達はまだまだ大人に憧れて、大人の背を追っています。な、サスケ」


 思わず怒鳴りたくなったが、これ以上悪印象を与えたくなかったので、黙ったまま頷いた。

 シカマルの奴、弟が兄に憧れや好意を持っているのだという事を含めて、今の言葉を発したのだ。
 後で絶対コーヒー奢らせてやる。

 そんな内情がシカマルに読み取られてしまったかどうかはともかく、次には爆弾発言をされた。


「じゃあ俺は、他の連中待ちながらカフェで寛ぐんで。イタチさん、良ければサスケと一緒にどうぞ」
「………はぁ!?おいシカマル、何言って」
「サスケ、イタチさんと遊園地で遊びたいって言ってましたから」


 おいおいおいおい、誰もそんな事言ってねぇよ!
 何勝手に話作ってんだテメェ!


「そうか。じゃあサスケ、二人で一緒に回ろうか」
「じゃあな、サスケ。ナルト達には俺からメールしとくから」
「ちょっ」


 止める間も無く、シカマルはさっさと人混みの中に紛れてしまった。

 残されたのは、当然ながら兄さんと自分。
 まさかこの状況で、兄の前から脱兎の如く走り去るか?

 …不可能だ。

 つか兄さんと二人で遊園地なんて、まるでデートではないか。
 ……うあぁ考えるな俺、顔が燃える!
 もう頭が混乱して、泣きたくなってきちまったじゃねぇか、ちくしょう。


「…サスケ」
「ななななな何っ!」


 どもりすぎた。

 いやむしろ、うっかり勢いよく顔を上げてしまった。
 兄さんが好きだと自覚してから五年目にして、とうとう赤い顔面を思いっきり見られた。

 最悪だ。
 学校ではクールだ格好良いだと言われているのに、こんな惨めなのは俺らしくなさすぎる。

 だがイタチは、からかってきたりしなかった。
 トンとおでこを軽く突かれ、何だと考える暇も無く、イタチは笑みを深くする。

 そしてあろう事か、手を握ってきたのだ。


「行こうか、サスケ」
「っ、…兄さんっ」


 抵抗しようとしたけれど、出来る筈は無かった。
 じわりと伝わってくるイタチの掌の暖かなぬくもりや感触に、むしろ握り返してしまう。
 少し強く引っ張られる様子に、またもや顔が火照る。

 結局サスケは、大好きな兄に手を引かれて、遊園地内を歩く事となった。





  to be continued...

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コメディにしようとすると、サスケがかなり明るい性格になります(苦笑)。
それにしても、イタチ兄さんが好きすぎるサスケだ。

2008.10.18
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