adolescence  1

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 クルリとシャーペンを回す。
 それからもう一度、クルリ。
 しかし集中力が途切れてしまったようで、どうにも目の前の数式を解けずに手が止まってしまっていた。

 窓の外を見れば、秋晴れというのだろう、十月半ばの清々しい青空が広がっている。

 そのまま何となく壁に掛けられた時計に眼をやれば、針は午後三時を指していた。
 昼食を取ってから、二時間ぶっ通しで勉強していたようだ。
 どうりで集中力も途切れる筈だ。

 サスケはふぅと一つ小さな溜め息をつくと、シャーペンをテーブルの上に置いた。
 椅子から立ち上がり、何か飲み物でも飲んで一休みしようと、部屋を出る。

 トン、トン、トン。

 階段を降りてダイニングに入り、湯を沸かそうとヤカンを探した、その時。


「…ぁ」


 リビングの方に、兄イタチの姿を見つけてしまった。

 ああ、もう大学から帰ってきていたのか。
 今日は日曜日であったが、大学のサークルの集まりがあるからと朝から出掛けていた筈。

 ちなみに父は日曜日も仕事、母はご近所さん達と昼過ぎから買い物に行っている。

 そして現在中学三年生であり受験生のサスケは、大人しく家で受験勉強をしていた。
 勉強をしないといけない程に頭が悪いわけではない。
 単なる日課である。

 イタチはこちらに気付くと、読んでいた新聞をテーブルの上に置き、ソファから立ち上がった。


「ただいま、サスケ」


 にこりと柔らかな笑みを浮かべ、ダイニングの方にやってくる。
 サスケは思わず顔が弛みそうになるのを我慢し、挨拶を返した。


「ぉ、おう。お帰り…」
「何か飲むのか?」
「……コーヒーでもと、思ってたけど」
「ああ、それなら俺が入れるよ。サスケはそこに座っていなさい」


 そう言って、イタチはサスケの頭にぽんと手を置き、撫でてくる。

 まだ中学生である自分とは違った、成熟した男の大きな手。
 それは優しくて、暖かくて、大人だ。

 そんなイタチの手が、自分の頭を撫でている。


「っ……」


 意識した途端、頬が燃えるように熱くなった。
 慌てて俯いて隠したから、多分見られてはいないだろうけれども。
 その変わり、どう思ったのか撫でていたイタチの手が、戸惑いながら離れていく。

 サスケは逃げるようにリビングの方に行き、先程イタチが座っていた場所にどかりと腰を下ろした。
 そして妙に熱い息を吐き出し、熱を冷まそうと試みる。

 が、心臓が煩い程に高鳴ってしまっていた。

 ああちくしょう、なんでだ。


 ―――なんでこんなに、好きなんだ。


 ダイニングから聞こえてくる飲み物を用意する音に耳を傾けながら、サスケは膝を抱え、イタチを意識しないようにと必死に努めた。






















「はぁぁ…」
「どうしたの、そんな深い溜め息ついて」


 前の席で小説を読んでいたサイが、後ろを振り返ってきた。
 サスケは何となく目線を窓の外に投げ、もう一度溜め息をつく。


「いや、朝っぱらから良い天気だなぁと思ってよ」
「……ああ、なんだ。またお兄さん病の発動か」
「おい、なんだって事はねぇだろ。しかもそんな病名ねぇし。大体俺は真剣に悩んで」
「はいはい」


 ムッとして言い返したが、軽くあしらわれてしまった。
 ムカついて、すぐにまた前を向いてしまったサイの背中に拳を当てれば、痛いよと軽く笑われる。
 そのまま、彼は再び小説を読み始めてしまった。

 全く、冷たい奴だ。
 友人らしく、慰めの一つでも言ってくれれば良いものを。
 …まぁ、サイにそんな事を言われた日には、天地が引っ繰り返ってしまうのだろうが。

 またもやサスケが溜め息を吐き出した時、今度は明るい声が教室に入ってきた。


「おはよーってばよ!」
「あ、ナルト。キバ、シカマルも。おはよう」


 すぐにサイが顔を上げ、挨拶を返す。
 それに対し、ナルトの後ろから入ってきた二人もそれぞれに軽く手を上げた。


「おー」
「うっす。お、サイの後ろに辛気くさい奴発見。どうしたどうした、また兄貴病か?」


 キバはサスケの姿を見つけると、クックッと咽を鳴らしながら自分の席に鞄を置いた。
 彼の席は、サイの右斜め前である。

 少し遠い位置にいるナルトも鞄を自分の席に放り、すぐにこっちにやってきた。


「ホントだ。サスケってば落ち込み中。イタチ兄ちゃんと何かあったのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが…」


 ナルトは顎をサスケの机に置き、間近から顔を覗き込んでくる。
 その青い眼をサスケは見返した。

 ナルトの裸眼は、相変わらず綺麗なものだ。
 彼の父親がハーフで、その血を受け継いだのか金髪も当然ながら地毛で、やはり見事なものである。

 手近に来た友人の頭をぽふぽふと触りながら、サスケは自嘲気味に呟いた。


「お前のような反応が、普通なんだろうな…」


 頭を撫でてもナルトは顔など赤くしないし、意識している様子も全く無い。

 そうだ、普通にしていれば良いのだ。
 兄から頭を撫でられるなんて昔からで、別にやましい事もでも無い。

 わかっている。
 昔からそんな事はわかっている。
 なのに相変わらず兄への態度が悪くなってしまい、しみじみと情けなくなる。


「サスケ?もしかして兄ちゃんと喧嘩したのか?」
「あの温厚なイタチさんがサスケと喧嘩なんてする筈無いでしょ。どうせまたイタチさんに優しくされた時につい冷たい態度を取っちゃって、一人で勝手に凹んでるんだよ。ああ嫌だ嫌だ、これだからツンデレは」


 お前、本を読んでいたんじゃなかったのか。
 わざわざ顔上げて、嫌味言ってくんな!

 しかしながらいつの間にかナルトの後ろに立っていた他の二人も聞いていたようで、肩を竦めたり頭を振ったりしている。


「サスケは相変わらず兄貴愛だな。つうか、この前諦めるって言ってなかったか?兄貴に彼女が出来たとか、何とか」
「簡単に諦められないのが恋ってか。面倒くせぇ奴」
「お前らな…」


 サイ、キバ、シカマルと、人の机に寄ってたかって酷い事ばかり言ってくる。
 ナルトを見習え、ナルトを。
 そう口に出してしまうと、何年も続いていて今更慰めるのも面倒だと言われるのがオチなので黙っておく。


 自分達がそれぞれ友人関係になってから、かなり長い。
 ナルトは幼稚園から一緒だったし、キバやシカマルは小学校一年から。
 サイだけは中学からであるが、年齢を重ねても自分達の友人関係は一度も切れる事なく良好のまま、中三の現在に至っている。

 つまりは小学からの付き合いであるキバやシカマルが呆れるくらい長い間、サスケはイタチの事が好きなのだ。
 これが兄弟愛でなくて、本気の恋であると気付いたのも小学五年の頃と、結構早かったりする。

 それからずっと素直になれなくて、冷たい態度ばかり取ってしまっているのだから情けない。

 挙げ句の果てに、今年に入ってからイタチが家に女性を連れてくるようになった。
 かなり美人の部類だったし、随分と親しげな様子で、初めてその光景を見た時には凹みに凹んで泣きそうになった。
 それからも何度か連れてきているのを、自分は知っている。


 わかっている、わかっているのだ。

 もう見込みなど無い事は。


 そもそもが相手は兄で……男なのだから。


 でも、どうしようもないくらいに、好きだった。

 イタチに抱き締めてもらえたら、キスしてもらえたら、一緒に眠れたら。
 そんな事すら考えてしまうくらい、好きなのだ。


「なぁ…いっその事、きちんと告白しちまえば良いんじゃねぇの?そして粉砕してこい」
「確かに、それなら諦めもつくだろうね。そろそろウジウジされるのも本気でウザいし」
「んでもって可愛い彼女を作っちまえよ。恋愛とはそういうもんだぜ、うんうん」
「サスケってば女の子に超モテるし、付き合えばきっと兄ちゃんの事なんてすぐに忘れるってばよ!それまでは俺達の友情で我慢しろってば。な、遊園地でパーッと遊ぼうぜ!今週末にでも!!」
「…おいこらドベ」


 コイツらが勝手に色々と話を進めていくのはいつもの事なので今更気にもならないが、遊園地とはどういう了見だ。
 自分達は受験生、しかも今はもう十月だ。
 挙句にナルトは、自分達と同じ高校に行きたいと言っていなかったか。

 否、皆で同じ高校に行こうという話に、いつの間にかなっていた。
 ここらでトップの高校は面倒だから二番目にしようという、シカマルの意見である。

 それに反対は無かった。
 反対しているのはせいぜい、学年トップであるシカマルに期待を寄せていた教師達だけだ。

 だがあえて自分にとって問題があるならば、イタチもそこの高校だったという事だ。
 友人達の意見でそうなっただけで、断じて自分がイタチの真似をするというわけではない。
 それでも欠片でもそんなふうには思われたくなくて、家族にはまだ何処の高校に行くつもりなのかと言う事を、話してはいなかった。


 それはともかく、現時点ではその高校に入れるかどうか怪しい学力の持主が、二人ほど。
 ナルトとキバである。


「なーなー、良いだろ〜?サスケもサイも、行こうってばよー!」
「え、ヤダよ。男五人で遊園地だなんて。薄ら寒い」


 サイの言葉に、サスケは最もだと頷く。
 何故に男五人で、遊園地。

 しかしそれに対しフォローをしてきたのは、珍しくもシカマルだった。


「たまには良いんじゃねぇの?ずっと勉強させてたら、コイツらも脳味噌煮詰まってはかどらないだろうよ」
「流石シカマル、時々は良い事言うじゃねぇか!」
「つうか、お前らに勉強を教える俺が疲れるんだよ…面倒くせぇ」


 キバはシカマルに勉強を教えてもらっていた。
 二人の家が近く、シカマルの頭がずば抜けて良いせいもあって、必然とそうなったのだ。

 自分とナルトも近所というか、昨日母親が一緒に買い物に行ったのはナルトの母親というくらい、繋がりが強い。

 だが、ナルトの勉強を見ているのもシカマルだ。
 一人も二人も一緒だろ?と、自分やサイが押し付けたのである。
 シカマルではないが、こちらとて面倒は御免だった。

 その代わり、シカマルに休憩で遊びたいと言われると、二人を押し付けた身としては断りづらい。

 サイが、仕方無いなぁと肩を竦める。
 するとナルトはパァと顔の表情を明るくさせ、こちらにも同意を求めてきた。


「なな、サスケも良いだろ?」
「…わかったよ」
「おっしゃ!」
「ははは、持つべきものは友だな!」


 ナルトとキバが、煩いくらいにはしゃぎ始めた。

 何だ、シカマルの教え方はそんなに厳しいのか。
 それとも、そんなにお前らは出来が悪いのか?

 多少は気になったものの、聞けば即刻面倒な事になりそうだったので、サスケは微かに眼を眇めるに留めた。





  to be continued...



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イタサス+友人達です。題名訳は「思春期」。
友人達に励まされながら、どうしようもなく不器用でツンデレなサスケが奮闘するお話になればなと。

2008.09.18
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