proof  3

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





 ベッドに横になって眼を瞑っても、まだ午前なのだから眠るなんて出来無い。
 しかしぼんやりと天井を見ていても、悶々とした思考は酷くなるだけだった。

 先ほどの、朝飯を食っていた時の銀二の様子がどうにも心に引っかかっている。
 ただ飯を食っていただけなのに、彼はどうして笑ったのだろうか?
 一体何がそうさせたというのか。

 もしかして、あの時の自分はかなり間抜けな顔をしていた?
 それとも、起きた時の自分の様子があまりにも可笑しくて、思い出し笑いでもしたか。

 でなければ……あんな夢を見ていたのだ、もしかしたら眠っている時に何か言ってしまったのかもしれない。
 いやでも、笑われるような寝言ってどんなだよ。

 抱いているクッションに、はぁと溜め息を吐いた。
 薬は飲んだ筈なのに、まだ頭が重い。


「どうすれば良いんだ…」


 声に出したところで全く解決など出来無いのだが、森田は延々とベッドでごろごろしていた。

 考えすぎ、なのだろうか?
 自分の事ではない可能性だって十分にあるというのだから、確かにこんなに気にしているのも馬鹿馬鹿しいのかもしれない。

 しかし銀さんの事となると、別だ。
 あの人の一挙一動に惑わされている自覚はあるが、好きなのだから仕方が無い。
 好きな相手には嫌われたくないし、好感を持ってほしいという願望があるのも当然じゃないか。


「ああ畜生、好きだ。銀さんが好きだ」


 結局のところ、それだけだった。
 なんて単純で明快。

 けれど、動けない。
 好きすぎて全く身動き出来無い。

 告白なんてした日には、きっと哀れみの眼で見下されるだろう。
 そんな事になったら、もう生きていけない。


「………ああもう」


 考えれば考えるだけどん底に落ちていく思考に、苛立つばかりだった。
 一度さっぱりしようと躰を起こし、勢いよく頭を振りかぶる。

 いっそ、何も考えないようにリビングでテレビでも見ていようか。
 コーヒーも飲みたくなってきた。

 ベッドから立ち上がり、部屋を出る。
 リビングに銀二がいたらどうしようかと一瞬危惧したものの、彼は自室にいるようで姿は無かった。
 ほぅと一息つき、キッチンに向かう。

 と。


「ぅ、あ」
「よう、森田。もう大丈夫なのか」
「え……ええっと、はい」


 そ、そうだよな。
 リビングにいなかったからって、キッチンにいないとは限らないんだよな…。
 なんで気付かなかったんだろう。

 しかし後悔してもすでに遅く、キッチンに立っていた銀二はこちらに向かって笑みを浮かべてくる。


「ちょうど良いタイミングだな。お前もコーヒー飲むだろ?」
「……あ、はい」
「そっち持っていってやるから、待ってな」


 頷くと、銀二は自分の分のコーヒーもカップに注いでくれた。
 言われたとおり、森田はリビングのソファに座る。
 テレビを付けて、チャンネルを適当に回して、しかし見たいものなど一つも無かった。
 ニュースもやっていない時間だ。

 それでも画面をじっと見つめ、頑なに銀二を意識しないように努める。


「ほら森田」
「…ありがとうございます」


 ぼそぼそと呟き、カップを受け取ろうとした。
 しかしテレビを見ながら手を伸ばしたせいで、銀二の指と触れ合ってしまい。
 しかも驚いてその手を引っ込めてしまったため、次にはコーヒーが落ちた。


「あっ…つう!!」
「バカッ、何やってんだ!早く脱げっ!」


 腹から下半身へと熱湯を被り、森田は熱さと痛みにソファから立ち上がった後、そのまま床に蹲りそうになった。
 だがそれよりも先に、銀二に腰を掴まれる。

 何を、と声を出そうとした時には、パジャマのズボンをパンツと一緒に下まで下げられていた。
 スポーン、と下半身が丸出しになる。
 あそこも思いっきり見れるような格好。


「なっ…な、」
「呆けてねぇで上も脱げ!」
「うぁ、あ、はい」


 怒鳴り声に弾かれるように、パジャマの上を脱いで全身素っ裸になった。
 羞恥を感じている場合ではない。
 腹から下半身までが、赤くなってしまっているではないか。
 しかも、かなり痛い。


「ここは俺が片づけておくから、お前は風呂場に行って冷やしてこい」
「は……い」


 有無を言わさぬ眼球とキツい口調に、森田は大人しく風呂場に直行した。
 シャワーの蛇口を捻り、冷水を出す。
 そして真っ赤になっている部分に掛けた。
 痛みが和らぐようで気持ち良かったが、同時に元々低かった気分がさらに降下していく。

 絶対に銀さんに呆れられた。
 というか、怒鳴られてしまった。
 あの冷静沈着で滅多に大声なんて出さない銀さんに、怒られたのだ。

 はぁ、と盛大に溜め息が出てしまう。
 絶対に変に思われただろう。
 普通、指が触れたくらいで手を引っ込めるなんてしないし、気にも留めない些細な事なのだ。
 まだ年頃の男女間ならわからなくもないが、自分達は男同士だし、仲間とか師弟といった言葉に当てはまる関係でしかない。

 だからこそ常に自分を律し冷静でいれば、絶対に気づかれない想いなのに。
 なのに滅茶苦茶キョドってコーヒー零して。


「何やってんだろ、俺…」


 乾いた笑いと情けない呟きは、頭から被ったシャワーの音にかき消される。

 ……と、思っていた。


「全くだ。お前、今日は一段と可笑しいぞ」
「ぎっ、銀さ!?」


 声がして、慌てて背後へと振り返れば、風呂場の入り口に銀二が立っていた。
 何故か上半身裸で。

 銀二の裸体を見た途端、顔がぐぁっと熱くなる。
 夢ではない、実際の躰が目の前にあるのだ。

 綺麗に筋肉の付いた、ほれぼれするような男らしい体躯。
 殺人鬼をたった数秒で伸してしまえるような人なので、多分それなりに鍛えているんだろうとは思っていたけれど、まさかここまで綺麗だなんて。

 今しがた冷静であればとか考えていた筈なのに、彼を前にすると、わかっていても心は激しく揺れる。
 進歩しない。

 しかしそれでも頑張って自制しようとして、眼を逸らそうとした時、ふと彼の腕が赤くなっているのに気づいた。
 あれは…。


「あっ、す、すみません!銀さん、腕に」
「ん?あぁ、ちょっとひっかぶっちまったがお前ほど酷くねぇよ。…頭から水被らなきゃならねぇ、お前よりはな」
「っ……」


 明らかな揶揄に、ぐっと息が詰まった。
 変であると気づかれていた事は当然わかっていたが、改めて指摘されると恥ずかしいやら情けないやら。
 穴があったら入りたいが、そんな隠れ場所などここには存在しない。

 クックッと喉を鳴らしながら、銀二はこちらへと近づいてくる。
 逃げ場は、皆無。
 出しっぱなしのシャワーの柄を胸元で握りしめ、縮こまるしか出来無い。


「森田。躰、よく見せてみな」
「な、ん」
「火傷しているかもしれねぇだろ?確認しておかねぇと」
「ぁ」


 持っていたシャワーを奪われ、水を止められる。
 音の消えた風呂場は、酷く心細かった。

 水に濡れた裸体を思いっきり見られ、羞恥を押さえるのに必死である。
 これは疚しい行為ではない、晒されたペニスを間近から見つめられるのだって、デリケートな部分が大丈夫かどうか確認しているだけなんだ、と。

 しかしその部分をいきなり撫でられた瞬間、驚愕に眼を見開く。


「うあっ!?え、ちょ、まっ、銀さ…あ!」


 何、なんでっ!?
 なんで人のペニス掴んでるんですか!

 っていうか銀さんの手が!
 長くて無骨で格好良い指が!
 あ、やだ、うわぁ!!

 などと内心では激しく動揺するも、声にはならず、ただ震えながら漏れそうになる喘ぎをかみしめて我慢するだけ。
 柔らかく揉まれて、擦られて、先端を緩く引っ張られて、気持ち良さに熱い吐息が漏れていく。


「ぅ、う……っ」
「んー…無事みたいだな。赤くなっちゃいるが、ちゃんと勃起するようだし」
「っ……」


 銀二の言葉に、森田は躰を大きく震わせた。
 よもやまさかと、自分の股間を見下ろす。
 だが彼の言うとおりペニスが勃っているではないか。


「ぁ、うあっ…あ」
「気持ち良いみたいじゃねぇか、森田。どうする、このままイくか?」
「い、嫌だっ!こんなっ…こんなのっ」
「うん?今更俺に遠慮なんてするような間柄でもねぇだろ。イかせてやるから、素直に感じとけ」


 もうパニックだった。
 普通、男が男のペニスを愛撫するなんてしないのに、今、自分はされているのだから。
 それも、慕っている相手からの愛撫。

 こんなのは可笑しいと頭ではわかっているし、本気で嫌がって振り払えば、きっと銀二はすぐに止めてくれるだろう。
 けれどそれが出来無い。
 好きだという気持ちが、欲望に逆らえなくしている。


「あ、あっ…」


 ペニスが熱い。
 銀二の手が絡み付いて、狂いそうなほどに気持ちが良い。
 茎を擦られるとぞくぞくして、先端をきゅっと摘まれて尿道の穴を抉るように弄られると、もうたまらなかった。
 腰がガクガクと震えて、喘ぎも止まらない。


「ひっ、あ、…銀さ、も…イク、から、離し」
「ああ、このままイっちまってかまわないぜ。出せよ。出して楽になれ」
「そんなっ、あ、ああっ…あっ!」


 一際激しく擦られるともう、躰の奥で燻る熱と快楽に耐えきれなかった。
 駄目だと思うのに、森田は銀二の手の中へと呆気なく射精していた。

 そして全てを吐き出すと、力が抜けた躰はずるずると沈んでいく。
 尻が、冷たいタイルの上に落ちる。


「ぁ、は…」
「大丈夫か?森田」
「な…何で、こんな事」


 するんですか。
 そう言いたかったけれど、声にならなかった。

 代わり出ていったのは、涙。


「も、りた?」


 銀さんの戸惑ったような声が聞こえてくるけれど、しゃくりあげるのに必死で気にしてられなかった。


「ひっ…う、うう…」


 止まらない。
 何で泣いてしまっているのかもわからず、ただぼたぼたと流れていく。

 悲しかった?
 悔しかった?
 それとも嬉しかった?

 …わからない。

 でも、銀二の顔は見たくなかった。
 そしてこれ以上、自分を見てほしくなかった。


「っ…出てって。こ、こから、出てって、下さ」


 俯いたまま、言葉を絞り出す。
 一刻も早く、一人にしてほしくて。





  to be continued...

/

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

2010.05.29
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

←Back