穢れなき心 後篇
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灯りの点いた部屋の中、ベッドのスプリングがぎしりと軋む。
少しばかり開いているカーテンの隙間からは、相変わらず白い雪が地上に降り注ぎ、辺りを銀世界へと変えていた。
「……ナノ」
呟き、涙の流れる頬に唇を寄せる。
ナノが静かに眼を閉じると、流れた涙はまた白いシーツに落ちる。
何度も何度も涙を拭くようにキスを繰り返した。
小さな子供をあやすように、胸に抱き寄せ頭を撫でてやる。
結局泣く彼にどうすれば良いのかわからなかったシキは、突き入れ揺さぶられながらも聞いたのだ。
お前は、俺に何を望んでいるのか、と。
その質問に、ナノは抱き締めてくれていれば良いと答えた。
もう既に何度か躰を交わらせ絶頂を迎えていたが、まだ行為を終わらせる気は無いようだ。
何も身に付けていない細い腰にナノの腕が回り、力いっぱい引き寄せられる。
バランスを崩し思い切り体重をかけてしまっても、簡単に受け止められる。
素肌と素肌が触れ合う事で、どれだけナノの躰が震えているのかがわかった。
胸に埋められ、押し付けられている頬からシキの方へと涙が移り流れて、自分の腹や下部へと伝っていく。
「シキ……」
呼ばれた声は、いまだに霞んで震えていた。
「シキ、また抱いていいか?」
「っ……ああ」
こんな泣きじゃくる姿を見て、拒む事がどうして出来るだろうか。
躊躇いながらも頷くと、ナノはこちらの躰に伝った涙を舐めた。
もう何時間も刺激を与え続けられた躰は敏感で、それだけで快楽を拾い上げてしまう。
紅いキスマークが付く程に吸われ、ぷくりと立ち上がっている乳首を噛まれると、鼻から抜けるような声が漏れる。
「あ……はぁ、あ……」
「シキ……」
「うあ!っ……う、ううんっ」
しっとりと濡れたアナルに指を入れられると、胎内にはまだ先程放たれたばかりの精液が入っていて、ごぼりと溢れ出てきた。
膝立ちの状態で、躰を撓らせ。
足ががくがくと揺れて崩れそうになるが、それでもナノは腕をこちらの腰に回したまま、絶対に離そうとはしなかった。
だらだらと流れ出てきた精液が、太腿を伝っていく。
熱い。
躰の奥から燃えるように熱くなる。
意識しているつもりはないのに、ひくん、ひくんと蠢きながら彼の指をより奥へといざなってしまう。
二本の指で壁を押し広げながら、じゅぷじゅぷと鳴らせ大きく掻き回されると、堪らず嬌声が上がる。
「ああ、ナ、ノ!……は、ああ!あ、あっ」
前立腺を押されると、びくんと躰が大きく撓った。
膝立ちを強制されている為、乳首を舐めたり弄ったりしているナノの頭をぎゅっと抱き締め、かろうじて躰を支えている状態。
だが、その腕さえももうほとんど力が入っていない。
強過ぎる快楽だった。
もう満足しきっている躰に、更なる快楽を与えられる事は、もはや拷問に近い。
躰中の全ての感覚が敏感に研ぎ澄まされ、また解放を迎えたくなる。
だが出るものが殆ど無くなってしまっていて、どうやってこの快楽を外に逃がせば良いのかわからない。
耐えたくても耐え切れず、しかし立ち上がったペニスからは微かな精液が出てくるだけ。
その代わりに眼からは生理的な涙が零れ落ち、大きく開けられた口から熱い息が吐き出され、閉じる事も出来ずに涎が顎を流れていく。
こういう時、なんて優しいセックスなんだろう、と思う。
もっと急性に己だけの快楽を追っていくだけならば……勝手に胎内に突き入れ、勝手に精液を流し、こちらは揺さぶられるだけで終わるなら、どれ程楽な事か。
もちろん、いきなりそんな事をされれば拒絶する。
だが、今はむしろそちらの方にして欲しかった。
これ以上触られると、強烈に快楽を感じてしまって、つらくなる。
けれどナノは、常にそのような抱き方はしなかった。
躰中を余す所無く舐められているんじゃないかと思ってしまう程、じわじわと嬲ってくる。
快感が全身に行き渡った頃になって、ようやく胎内に熱く憤ったものを入れられるのだ。
ゆっくりと、ゆっくりと、必ずこちらが感じるように。
まだこういう関係になる以前は、それこそただ突き入れられただけだった。
痛みと屈辱だけが残るものだった。
ナノは、自分にそうする事で殺意を向けてもらいたかったらしい。
屈辱に見廻れたシキは、必ず殺そうと追い続けてくる、と。
確かにその通りだった。
自分は、負けて犯された屈辱を晴らす為に、ナノのいるトシマへ向かった。
だがその後もずっと負け続け、情けなくも、毎回犯され泣き叫んだ。
色んな経緯があったが、共にいるようになって初めてまともに抱かれそうになった時も、この躰はがたがたと引き攣ってしまった。
何も慣らさずにただ突き入れられた、あの死ぬ程の痛みは、恐怖として己の中に植えつけられていたのだ。
その時からだ。
ナノは自分を抱いてくる時、隅から隅まで触り、ゆっくりと溶かしていく。
「う、ああ……んあ、あっ!!」
下肢に顔を埋められ、精液の出ている先端の穴を抉るように舌を動かされる。
前と後ろからの愛撫に耐え切れず、シキはとうとうベッドに倒れこんだ。
いつの間にか腰に支えが無くなっていて、痛みを伴う事も無く、柔らかな毛布へと沈む。
力尽きたようにぐったりと横たわるのも束の間、腰に回った腕に、まさかと顔を上げた時にはもう反論する暇もなかった。
腰を高く持ち上げられ、膝裏を胸元に押し付けるような格好を取らされていた。
そして晒されたアナルの粘膜にぴちゃりと這わされたのは、ナノの舌。
ひくひくと収縮しているそこは、和えかなピンク色に色付き、漏れ出す精液や唾液でどろどろに濡れていた。
舌を差し入れられても、つぷん、と簡単に入るようになっている。
「っ、ま……やめっ、あぁっ…あ」
セックスの時、ナノはアナルを舐める事が多かった。
彼からすれば、無理矢理突き入れ傷付けてしまた事が何度もあった為、もう傷つけないようにとしている行為らしい。
だがこちらからすればそんな汚い場所を見られるだけでなく、中まで舐められるなんて常識外の事だ。
しかし汚いから止せと言っても、シキの躰なら何処でも綺麗だ、なんてふざけた事を言われ、今まで一度も止めてもらった事は無い。
こんな赤ん坊のような情けない格好に、羞恥で涙が滲んでしまう。
逃げられるなら、今すぐにでもこの状況から抜け出したい。
「いやぁ……あ、や……やぁ、ああ、ん」
「シキ……頼むから、俺を……拒まないでくれ」
彼はずっと泣いていた。
涙は一向に止まっていない。
哀しくて泣いているわけでも、嬉しくて涙が出ているわけでもないのだろう。
ただ、なんとなく涙が流れているだけだ。
それはまるで、迷子になっていた子供が母を見つけ、その胸に顔をうずめて泣きじゃくる姿だった。
その証拠に、ぴちゃぴちゃとシキのアナルを舐める音に、時折鼻水を啜る音が混ざって聞こえてくる。
全くもって色気も何もあったものではないのに、やっている事はセックスだ。
しかもこのセックスは、赤ん坊が母親の乳を欲しがるのと、たいして変わらない。
「シキ、シキ…………シキ」
なんて情けない声で名前を呼ぶのか。
そう言いたくても、口を開いて出てくるのは嬌声ばかりで、もどかしくなる。
舐められ弄られているところから、どくどくと熱が躰中を駆け巡り、徐々に思考が奪われていく。
気持ち良すぎて肌は粟立ち、躰が小刻みに震える。
もっと欲しい、もっと強い刺激を与えて欲しい、もっと滅茶苦茶にされたい。
そして出来るなら解放を迎えたい。
「は……ああ、んっ……あう、ナノっ」
「入れて、いいか?」
「いい、いい、からっ……あぁっ、ん、あ…」
つぽん、とアナルの中に入れられていた舌が出ていき、ようやく恥ずかしい格好から抜け出せた。
ほっと息を吐いた時に、こめかみに涙が流れていくのがわかった。
ああ、そういえば己も泣いているのか。
泣いている人間に泣かされている自分は、傍目から見ればなんと滑稽であろうか。
何度受け入れたにも関わらず、またしても指や舌で散々に柔らかくされたそこに、ナノのペニスが押し付けられた。
ぐ、と入り口を広げ入ってくる、そんな状況がまざまざとわかってしまう。
ゆっくりなだけ、ペニスの形、大きさ、熱さ、そんなものがリアルに伝わってくる。
シキはぎゅっとシーツを掴み、クッションに頬を押し付けた。
ほとんど横向きの状態だが、尻はナノのものを受け入れやすくする為、上の方に突き出すような格好を取る。
こちらの頭の横辺りに肘を付き、右手で濡れているペニスを嬲られ、ゆっくりと躰を進めてくる。
内側の窄まった柔らかな壁を少しずつ押し広げていき、奥へ奥へと入れられていく。
ずぶずぶと埋められ、強烈な快楽に身悶え、涙を流し喘いでしまう。
「あぁ、あ、……あ、あ……ああっ!」
「ん……熱い」
「っ……はぁ…ぁ、あ……は、はぁ」
ようやく全てを入れられて、荒い呼吸を繰り返した。
ナノが、自分の中に入っている。
そうわかるたび、何故だろう……この心は、幸せというものを感じているような気がする。
もしかしたら、自分達は互いに独りだと思っていたのだろうか。
独りである事を望んだ己と、独りだったナノと。
だからこうして求められると、拒めなくなるのか。
抱かれると、いつも涙が流れるのか。
――――己もまた、何処かに縋りたかった子供なのか。
相変わらず泣いているナノに、シキはベッドヘッドに置いてあったティッシュ箱を取ってやった。
「……い、っまで、鼻、鳴らしてる……つもり、だ……ぁっ」
「…………ん」
ナノはティッシュを引き抜き、何度か鼻をかんだ。
その振動でさえ中のものが動き、締め付けながら、眉を寄せ熱い吐息を吐いた。
ナノは鼻をかんだゴミをぽいとゴミ箱に捨て、涙を甲で拭う。
「んあっ……落ち、着いたか…く、はあ…」
「……ん…………シキ、キス」
そう言って、唇にキスを落としてくる。
上唇をちゅっと吸い、口腔に舌を入れられ、互いの舌を絡め合う。
当たる唇同士に隙間が無いくらいに合わせ、少しでも空気が入ってくるものならすぐにでも角度を変え、求め続ける。
吸い付き、絡め、舐め上げて、気持ち良い口付けに酔いしれる。
ナノが腰を揺らすと、シキはびくびくと躰を撓らし、眼を瞑り強い快感をやり過ごした。
くしゃりと彼の頭を撫でているこの手は、いつもよりほんの少し優しくなって……いるのかもしれない。
「……シキ。今日、このまま寝ていいか?」
唇を離しそっと呟く言葉に、シキは驚き眼を見開いた。
そんな要求が酷である事は、この様子を見れば歴然としている筈。
性器も立ち上がったまま、しなやかで綺麗な躰が赤みを帯び、何処もかしこも汗や唾液や精液でどろどろになっている。
胸元辺りにいくつも散らばっているキスマークを指でなぞられれば、躰がふるりと震える。
しかもナノは、ペニスを中に入れたままの、少し動くだけで喘ぎが漏れてしまう、この状態で寝ようと言っているのだ。
どうしようかと眼を彷徨わせた。
せめて抜いてから寝ればいいという考えは浮かばなかったのか、それとも入れたまま寝たいのか。
ここで拒んだらどうなるだろう。
折角止まったというのに、また涙を流すだろうか。
シキは、はぁと熱い息を吐いた。
こんな状況を拒むなんて、結局出来はしないのだ。
自分もまた、誰かに縋りたいという気持ちを知っているのだから。
「ああ、構わない……」
「ありがとう」
ナノはもう一度唇を合わせるだけのキスをし、躰をあまり動かさないようにしながら、ベッドの脇に置いてあった毛布に手を伸ばした。
それをこちらにも掛かるように広げる。
腰を引き寄せ後ろから抱きしめられ、一緒にベッドに横になる。
シキは背中に頬を寄せられ、小さな嬌声を漏らした。
「…い、いのか?後ろ……から、で…ぁ……」
声を掛けると、ナノはくすりと笑った。
「いい。このままで。……シキの背中、好きだから。それに前からだと、余計にシキに負担がかかる」
その言葉に、今更だと呟いた。
入り口を広げられたまま、中に入っているものを何一つ掻き出しもせず、熱を上げられたままの躰は動かなくても胎内のペニスを締め付けてしまう。
じくじくと快楽に侵食され続けなければならないのだから、もしかしたら寝付けないかもしれない。
だがきっと、綺麗で透明な涙に心惹かれてしまった時点で、足掻くのは無駄なのだ。
後ろから抱き締められる、そのぬくもりが暖かいと思った時点で。
きっともう己はナノに縋りついているのだ。
……求められる事を、喜びと感じるのだから。
窓から見える一面の銀世界は、雲に隠れているものの、微かに地上に漏れている太陽の光を浴びて、キラキラと輝いていた。
本当にとても綺麗で、ナノは外を見ては、笑みを浮かべた。
「雪とは、綺麗なものなのだな。とても綺麗で、穢れが無い」
「……今はな。その内塵を被り、踏まれ、汚くなる」
「そういうものか」
「今日ぐらいは、美しいままだ。外に出たければ勝手に行け」
言い捨てるシキに、ナノは苦笑した。
濡れたタオルを絞って、艶やかな黒い髪の毛を梳き、熱い額の上に乗せる。
具合悪そうに青褪めているのに、向けられた強い双眸は自分を捕らえた。
「見た事が、無かったのか」
「ああ。一度も無いな。でも、シキの傍にいる」
昨日のセックスで躰に大きな負担がかかってしまったシキは、案の定熱を出した。
それなのに体調が悪い事を隠し、躰がベタベタするからと毛布に包まっている自分を置いて、朝風呂に入ったのがいけなかったのだろう。
汚れたシーツや毛布を取り替えていた時、顔色の悪いシキを見て慌ててパジャマを着せベッドに寝かせた。
だが、既に体調は最悪であったらしい。
自分のせいで、シキが熱を出してしまったのだ。
それなのに彼を部屋に置いたまま、外に出る気にはならなかった。
「貴様は、どんな……いや、何でも無い」
言いかけて、ふいと眼を逸らしたシキに、ナノは追求しようとしなかった。
お互いに踏み込めない領域がある。
この雪のように、一歩足を踏み出す事を躊躇うような、そんな場所が互いにある。
知りたいと思う事もよくあるが、それでも、知る必要は無いのだ。
こうやって二人で共にいる。
それぞれの過去があって、そうして今、共にいられる。
それで良いのだから。
「シキ……何か、欲しいものとかあるか?」
声を掛けると、シキは眉を寄せ、ゆっくりとこちらに手を伸ばしてきた。
胸倉を掴まれ、弱い力で引っ張られる。
ナノは抵抗する事もなく、シキの躰に覆い被さった。
腕が背中に回され、ぎゅっと抱き締められる。
「……ここに、いろ」
「ああ、ずっといる。ずっと、シキの傍にいる」
ナノも、熱くなっているシキの背中に手を回し、抱き締め返した。
安心したようで、シキはほぅと溜め息をついた。
……拒もうと思えば、拒めたのに。
深くまで彼を感じたまま眠りたいと思った。
シキの中に入っていると、まるで何か暖かで柔らかなものに包まれているような気がするのだ。
まるで母胎の中にいるように。
だが、それがどれだけつらい要求だったかなどわかっていた。
こんなふうに倒れてしまうような結果も予測は付いていたし、シキもわかっていただろう。
だから嫌だと言われれば、あのような寝方をするつもりはなかったのだ。
だが、受け入れてくれた。
そんな優しさに、また涙が流れていた。
多くの人間を殺し、感情を捨てていたあの頃、常に真っ黒いもので躰中を覆われていたような気がしていた。
なのに真っ白な部屋の中に閉じ込められて、ただ毎日が過ぎる・・・何も無いその場所に、感情を捨てていながらも、嫌いだと思っていた。
けれど、この街に降る雪はとても……そう、とても好きになれる。
地上一面を白く包んでしまう雪は、なんだか暖かそうで、優しそうで。
それが何処となく、シキのようだと思った。
この自分を、包んでくれる。
ゆっくり、ゆっくりと、凍りついていた過去を暖め溶かし、流してくれる。
それぞれの過去にどんな事があったなど知らなくても、こうやって抱き合うだけで、きっと全てが優しく包まれる。
そんな優しさを、好きになった人と共に、これからもずっと感じていたい。
子供のように、泣きながら。
――――穢れなき愛情を、感じていたい。
...end.
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雪の降る光景が好きです。凄く綺麗ですよね。
特に夜の雪は、大好きです。
2008.06.23
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