こんな日々に 後篇
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まもなく全員分が出来上がり、それを源泉と共にテーブルの方にまで持っていく。
四人はもう既に打ち解けてしまっているのか、楽しそうに話をしていた。
シキまでもが薄く笑みを浮かべているところを見ると、かなり気に入ったらしい。
「じゃあ、あの女優と付き合ってたって噂はデマだったのか」
「ああ。まだ必要性を感じない上、女は煩いだけだろう」
昼間、自分が考えていたのと同じ事を言っているシキに、リンは苦笑した。
一つの皿は腕に乗せているので、少し揺らいでしまい、慌てたものの、こちらに気づいたアキラとケイスケが立ち上がり、手伝ってくれた。
リンや源泉が持っていたオムライスをテーブルに置いていく。
「ありがと」
「気が利くねぇ……あいつ等と違って」
源泉は笑いながら、全く動こうともせずカーペットに座ったままのシキやナノに向かって顎をしゃくった。
シキがむっと眉を寄せる。
「全員が立ち上がる必要性がない」
「…ああ。こういう事は、若い者に任せておけば……」
「俺はまだ若い。貴様と一緒にするな」
それこそ嫌そうにシキが言い放った。
だがナノは、首を少し傾けてシキの方を見ると、少しばかり会話の脈絡が成立していないような事を言う。
「……じゃあ立つのか?」
「もう何も運ぶものが無いのにか?必要性はないと言っただろうが」
「じゃあ、もう若くないんじゃ、ないのか?」
「だからだな」
リンは思わず噴出しそうになるのを耐えた。
いつもこの二人は、傍目から見てやけに可笑しな会話を繰り返すのだ。
二人して天然なのだから仕方ないのだが、見目が良いので、外見と中身のギャップに余計に笑えてくる。
源泉は既に腹を抱えて笑っているし、ケイスケも耐えようと頑張っているのか、それでも口元は笑っていて、それが微妙に変な顔に見えた。
アキラは横を向いて表情が見えないが、やっぱり笑いを堪えているのだろう。
仕方ないなぁと、リンはカーペットに座りテーブルに置かれた食事を一望してから、シキの方へにっこりと顔を向けた。
「兄貴。スプーンとケチャップ持ってきて」
お前それ思い切りわざとだな、と言いたげにシキに見られたが。
リンは、何?と笑顔でシキを見返していると、横から、眼で会話……という呟きが聞こえた。
シキは、はぁ、と盛大な溜め息をつく。
「…………わかった」
シキは立ち上がり、まだ突っ立っている三人の傍を通り過ぎる。
リンはその三人に手招きをした。
「ほら、二人も早く座ってよ。好きな所にさ。オッサンも」
そう勧めると、三人はそれぞれにテーブルを囲んだ。
ナノの横にはケイスケが座り、狭い方の場所には源泉とアキラがそれぞれに座る。
わざわざ自分の隣にシキが来る必要は無いんじゃないかと思ったが、口には出さなかった。
こっちの方が他の面々の顔が見えて、良いと言えば良い。
「いやはや、オイチャンはもう歳だから、ちょっと耳に痛い会話だったなぁ」
「あはは、でも二人とも面白い人達で良いですよね。なんか俺、もっとファンになっちゃった」
「ああ。雑誌の写真や、ちょっとしたトークじゃわからないよな。そういうのって」
シキが戻ってくると、やはり自分の横しか開いていないのに一瞬眉間に皺を寄せた。
だが、何も言わずに隣に座ると、ケチャップをテーブルの開いている所に置き、スプーンを己の分だけとって、他を全部自分に渡してきた。
「それくらい、自分でみんなに配ればいいのに」
「ふん…」
「兄貴、そういうの照れるからってやりたくないんでしょ。人に優しいところを見せるのが嫌だなんて、我が兄ながら、もう大人なのに情けないよ?俺はこんなにフレンドリーで優しいのに」
そうシキに言っても、シキはぶすっとした顔でふいと横を向いただけだった。
いや、家で見せるような普段の顔をしてくれているだけでも、この場合は良しという事だろうか。
人前のシキは、それこそ氷河のように冷たく不機嫌そうな雰囲気を身に纏い、人を寄ってこさせようともしない。
何か声をかけられても、一睨みで相手は竦み上がってしまうのだ。
クールどころの話ではない。
冷徹で残酷で凶悪だ。
まぁ雑誌ではほとんどが無表情であるので、イメージと似ていると言われる事の方が多いようだが。
「ごめんねぇ、こんな兄で。あ、はいアキラ。スプーン。ケイスケも」
「ん」
「ありがとう」
「はいナノ。オッサン」
二人もそれぞれに礼を述べ、配ったところでリンはぱんと手を合わした。
「じゃ、いただきます」
そして、それぞれが挨拶をして食べ始めた。
こんなに賑やかな食事は本当に久しぶりだった。
高校の修学旅行だとか、そんな時以来だ。
シキと二人で食べるのが寂しいというわけでは全然無いのだが、流石にこんなにもわいわいとはしていないので、自然と心が楽しくなってくる。
「おー、ケチャップ取ってくれー。サンキュ」
「あ、このスープ美味しい!」
「本当?冷めちゃってるけど、そう言ってもらえるなら、作った甲斐があったな」
「そうか、アキラはオムライスが好きなのか…」
「はい。何故か昔から…リンの作ってくれたオムライス、卵がふわふわで凄く美味いな」
「おい、ケチャップ、ここに付いてるぞ」
「……え?あ…」
「あはは、アキラお子様ー、って、ちょっとオッサン!それ俺のトマト!」
「いいじゃねぇかよ、ちょっとくらい」
「あ、リン。俺のあげるよ」
「ケイスケはそれ食べていいから。このオッサンの手癖が悪すぎるだけ」
「いやまぁ、そうかもしれないけど…。そういえばさ。源泉さんって、リンとどういう関係なの?」
ケイスケの言葉に、リンは首を傾げた。
そうか、まだ源泉の事を説明していなかったとようやく気付く。
リンは源泉の方を見やると、源泉は苦笑した。
「ああ、自分で話す」
「そう?」
源泉はケイスケと、そして向かいにいるアキラの顔を見て人の良さそうな笑みを浮かべた。
ナノとシキは、どうでもいいのか食事を続けている。
「俺は、我が侭なこいつ等のマネージャーってところだな。でもって、本業はカメラマンだ。よろしくな」
「さっき二人がナノと兄貴に出した雑誌、あの雑誌の表紙を撮ったのもオッサンだよ。もちろん中の写真のナノとシキも全部オッサンが撮ってる」
ケイスケはスプーンを止め、感激したように源泉の方を見ていたのだが、ふと思い立ったのかリンの方へと顔を向けた。
「え、じゃあ昼にリンが言ってた……」
「そういう事。俺の先輩にも当たるってわけ」
「ああ、オイチャンの事は、リンみたいに『オッサン』って呼んでくれて構わないぞ〜」
「え、や。そんな…失礼な」
「じゃあオッサン」
と、スプーンを動かし、もごもごと食べながら真顔で呼んだのはアキラだった。
がくり、と大げさに源泉が首を垂らす。
ケイスケが慌ててアキラの方に注意をしようとするも、間にナノがいて、それが出来ずに結局あわあわと手を動かしただけだった。
リンはサラダをつつきながら、口の端を上げる。
「良かったねぇ。オッサン」
「はぁ…アキラは可愛げがないな……ケイスケは良い反応してくれんのによぉ。ま、オイチャンが喜ぶのが嫌だからって、絶対にそう呼ぼうともしない奴よりはマシか」
そう源泉から言われた本人は、ぎろりと源泉を睨み付けた。
くすり、とナノが笑みを零すところを見ると、今日も何やらあったらしい。
「そんな睨みなさんなって。折角の美人が台無しだぞー?ほら、ケイスケも恐がってるじゃないか。なぁ」
「へ?あ…いや。すっごく格好良いですよね」
「ああ、そう」
にっこりと笑ったケイスケに、源泉は呆れたように横を向き、乾いた笑いを出した。
シキの睨みを真に受けても怯みもしないなんて、なかなかのものだ、とリンは内心感心した。
ふと思い、顔を上げ壁に飾ってある入道雲の写真を見る。
あの時の笑顔とはえらい違いだ、とシキに対して思った。
そして、あ、と声を上げる。
「そうだ、写真撮ろうよ。記念にさ」
「お、いいね」
源泉がすぐに同意すると、リンは立ち上がった。
自分の部屋へと入り、電気を付ける。
すぐそこにある本棚の脇に置いてあったデジカメを手にとって電気を消すと、またみんなの所へと戻った。
そのまま、ぴ、とボタンを押す。
小さな画面に静止して写っているのは、シキとアキラの食べている姿に、ナノの横顔、そしてケイスケのこちらを向いて驚いている顔だった。
「え、いきなり?」
「はい、保存。あ、オッサンと兄貴、こっち向いてー。食べてていいから」
移動して、全員が入るように調整していく。
後ろ姿になってしまうシキもやはりモデルであるせいか、一応カメラを向けて指示を出されれば、その通りにはしてくれた。
またボタンを押し、保存していく。
「じゃあ……次は、ナノとアキラ。あとケイスケ。こっち向いて。あーアキラ、緊張しすぎー。笑って笑って。思い出に残すだけなんだからさ。堅くならないで、いつもみたいに自然にさ」
「そう言われても……難しいな」
「オムライス、美味しい?」
「あ?ああ……美味しい」
「はい、いい顔」
アキラが頷いたと同時に、ぴ、とまたボタンを押した。
そんな状況を撮られるとは思わなかったのか、アキラは慌てて顔を上げた。
それをまた、ぴ、と押す。
「リ、リン!」
そこでまた、次はアキラだけの顔を撮ってみる。
アキラは顔を真っ赤にして俯いてしまったが、それもまた撮ってみた。
なかなか自然でいい顔だ。
「はい次は、ケイスケね。折角なんだし、ナノと兄貴と、それぞれ一枚ずつ撮っておこうか?」
「え、いいの!?」
そんなこんなで、かなりの量の写真をデジカメに収めていった。
いつの間にか写真を向けてもアキラは笑い、ナノやシキもいつもの仕事のような顔ではない、普通の姿をしてくれている。
ケイスケもやはり初めはガチガチに堅くなっていたものの、だんだんと自然に笑みを浮かべ、源泉の場合は何をしようが大体いつも通りだった。
源泉が寒いジョークを言い、それに噴出したり呆れたりする姿や、美味しそうに食事している姿を写真に収めていく。
「リン、お前さんもさっさと食べな。オイチャンが代わりに撮ってやるよ」
「あ、マジで?使い方わかる?」
「おう、任せとけ」
先に食べ終わった源泉が自分も含めてみんなの写真を撮ってくれた。
さすがはプロだ、指示の仕方もその早さも的確だった。
やはりまだまだ敵わないなぁ、と、少しばかり苦笑した。
それでも楽しい食事だった。
たとえスープは冷めてしまっていても、自然と笑顔が出ていた。
賑やかだった部屋も、あっと言う間に静かになった。
アキラとケイスケは明日朝から講義が入っている為に帰り、スタジオに車を置いてきた源泉とナノは、シキがそこまで送り届けてやった。
家に帰ってきて、風呂に入ってさっぱりとなり、後は自室かリビングでのんびりするだけである。
もうすぐ時刻は十一時半。
ティーシャツに下はジャージという寝る時のいつもの格好で、リビングの方へと足を運ぶ。
テレビでも見ようかと濡れた髪をタオルで拭きながら、リモコンを手に持とうとして、ふと視界に入った光景にシキは顔を顰めた。
リビングの隣の部屋である座敷の襖が全開になっていたのだが、そこで自分と同じような格好をしているリンが客用の布団を出して敷いているのだ。
しかも二組をぴったりとくっつけている。
「……何をしている」
「見ればわかるでしょー」
いや、それはそうなのだが、なぜそういう事をしているのかという理由を聞きたい。
シキが立ったままリンの方を複雑な面もちで見ていても、リンは気にせずに押入から毛布を引っ張り出している。
そして布団を敷き終わると、一度自分の部屋へと入っていった。
多分、その後すぐにシキの部屋にも入るだろう。
そう玄関に近い自分達の部屋の扉を遠くから見ていると、出てきたリンは案の定本人が見ているのに無断でシキの部屋にも入っていった。
また座敷へと戻ってくる時には、二人がそれぞれ愛用しているクッションを持ってきている。
リンはそのクッションを布団の上に置くと、にっこりと笑い、手招きをしてきた。
「今日は一緒に寝よ」
まぁそういう事なのだろうな、と思わず呆れた。
ナノ達を送って帰ってきても、食器は片づけられていたのに座敷に置いてあったテーブルはまだリビングに置かれたままだったので、何かあるような気はしていたのだが。
「お前、歳いくつだ?ガキでもあるまいし、一緒に寝るなどと」
「いいじゃん、たまにはさ。それとも兄貴は俺と一緒にいたくない?」
「……誰もそんな事は」
「じゃあ寝よう。ほらほら、そっちの電気消す。あ、もう歯は磨いた?」
そんなこちらを伺うようなリンにシキは眉を潜めた。
自分よりも身長が高くなってからというものの、リンは実年齢よりも少し大人びている気がする。
それでも諦めてリビングの電気を消し、そっちに行くと嬉しそうに笑うところは、まだまだ幼さが残っていて、自ずとほんの少し安心していた。
久しぶりの布団は、寝そべってみるとなかなか落ち着くものだった。
ベッドでは味わえない感慨深さがあって気持ちが良い。
すぐ近くにいるリンも布団の中にもそもそと入った。
「はー、たまには布団も良いね」
「奇遇だな」
「あ、やっぱり?兄貴と俺って結構似てるかも。でも気持ち良いからといって、素っ裸になるのは止めてよね」
「…お前こそ、寝てる間に脱ぐなよ」
「それこそ兄貴が気をつけるべきでしょ。俺は上半身だけだし。兄貴みたいにいつの間にか全部脱いだりしてませーん」
「脱いでいるという行為には変わりないだろうが」
「…そうだけどね。あー、なんでこんなところまで似ちゃったんだろう……一体寝ている時に何が起こってるんだろうね?」
「さぁな」
リンの方を向くと、布団をくっつけているせいか随分と近いような気がした。
リンも視線に気づいたのか、こちらを向いた。
それから横になり躰までこっちに向けてくる。
「…あのさ。兄貴」
「……なんだ」
「大学、行かせてくれてありがとう」
いきなり何を言い出すのだろうか。
リンは、驚き無言でしか答えようのなかったシキに苦笑した。
眼を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
そしてまたこっちを見た。
「考えたんだ、俺。ああいった友人が出来てさ。なんていうか……もっといろんなものを見てみたいと思った。学生の時にしか見えないものってあるんだなって。同じ歳の、同じように何かに打ち込めるような友人と同じ高さの目線で楽しみながら、頑張ってみるのも悪くないんじゃないかって。ほら、俺の周りって、今まで成功してプロになってる大人ばっかりだったでしょ。兄貴も、ナノもオッサンも。ちょっと…背伸びしすぎてたのかもって。あの二人を見ていたら思った」
リンがこんな事を言うのは、初めてだった。
今まで、何かに目指してもがいている人間が見っともないと思っていたのだ、リンは。
自分や、ナノや源泉を見て、それが最も輝く姿だと認識していた。
だが目指して努力する、がむしゃらになって、泥を被って、それでも歩き続ける。
その姿もまた本当は眩しいものだと知ったのかもしれない。
あの二人が何を目指しているのかは知らないが、それでも感謝すべきだろう。
リンは困ったように眉を歪め、それでも笑みを零した。
「だから、後三年と半年…お世話になっても良いかな……」
「……今更だな」
「うわー弟が折角改まって話したってのに、相変わらずな反応で」
呆れた声で、けれど嬉しそうに笑みを浮かべて笑ったリンに、シキは腕を付き上体を少し起し、腕を伸ばした。
リンの頭をその手で撫でる。
「兄貴……」
呆然としたままリンはシキを見返した。
なんだか小さかった頃のリンを相手にしているようだ。
まだ小さい頃、よくこうしてリンの頭を撫でてやった。
よく泣き喚いていた弟の頭を撫でて、寝かしつけていた。
その頃の事を思い出し、自然にふと笑みが漏れる。
「っ…兄貴――!!」
「……!!」
何を思ったのか、リンは薄い掛け布団を蹴飛ばし、抱きついてきた。
思い切り体重を掛けられ、仰向けに倒される。
ぎゅうぎゅうと首に引っ付いてくる弟に、シキは顔を顰めた。
自分の上に乗られていてる為、身動きが取れない。
思わず溜め息が漏れた。
なんだか今日は、やたらと溜め息ばかり吐いている気がする。
「なんだ、いきなり」
「サンキュ……お兄ちゃん」
一瞬何を言われたのかわからなくて、その言葉を頭の中で何度か反芻していた。
――――また、珍しい呼び方をしてくれたものだ。
ようやく理解した時は、声を漏らして笑っていた。
リンも嬉しそうに顔を覗いてくる。
「ねー、兄貴。このまま寝ても良い?」
「馬鹿か。俺が潰れる。いいから自分の布団に戻れ」
「ケチー」
「お前がまた小さくなれば、考えてやらなくもない」
「や、無理だしそれ」
あはは、とリンが可笑しそうに笑った。
いつもと変わらない一日。
けれど少しだけ違った、些細だけど特別な出来事の起きた日。
そんな一日ももうすぐ終わろうとしていた…。
...end.
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兄弟は仲良くというのが大好きなので、シキ&リン兄弟をとにかく仲良く書きました。
でも基本的にどのキャラも大好きなので、とにかくもうみんな仲良ければイイとか思ってます。
2005.12.05
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