お兄様と屑妹
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宿屋の逢瀬でにゃんにゃん〜お兄様は鬼畜編〜
ルークが女の子になってしまってから四ヶ月。
完全同位体では無くなったアッシュとルークは共に行動するようになり。
仲睦まじい兄妹に、他の六神将やヴァンもほだされ、あれやこれやという間に世界が平和となっていった、わぁお。
そして、この日の昼。
見上げると青空が広がり、太陽の柔らかな日差しはファブレ家の中庭にあるベンチに座っている彼女達へと降り注ぐ。
コクコクと美味しそうに自分の持ってきた紅茶を飲むルークを見て、ナタリアはにこりと笑みを浮かべた。
「どうです?なかなかの味でしょう。マルクトの方で栽培された紅茶の葉を使っているのですわ」
「へぇ、そうなんだ……うん、美味しいな」
「ここのところは平和になりまして、こうやって世界中の物が簡単に手に入るようになった……とても喜ばしい事ですわ」
今現在、キムラスカ、マルクト、ユリアシティ、そしてダアトの四つの勢力は平和協定を結んでいた。
ナタリアはキムラスカの王女といて忙しい身ではあるが、それでも時々こうして休息をしに、ルークの元を訪れている。
他の仲間達も皆、それぞれ忙しい日々を過ごしているだろう。
ガイやジェイドはマルクトで、ティアはユリアシティで、アニスはダアトで。
そしてアッシュやヴァン、他の六神将達は世界をより良く平和にする為に、世界中を駆け巡っていた。
イオンが消え、モースもルーク側へとついた六神将達によって死んだ。
瘴気は哀しくも沢山のレプリカ達の命と引き換えに消え去り、そしてヴァンが開放してくれたローレライの元へと下り、予言を消し去ったアッシュは英雄として讃えられている。
将来世界は破滅へと導かれていたユリアの予言。
そんな未来から世界を救った、英雄。
そして今、いまだ神託の盾騎士団の幹部に所属しているアッシュは、人々の為に六神将達と共に世界を回っている。
世界から予言が消えた、そのささやかな混乱を抑える為に。
英雄が自分の前に現れる事を、望んでいる人々の為に。
その一方でルークもまた、英雄として讃えられていた。
世界を一つにしたのは彼女の力だったから……人の心に安らぎを与え、愛しみを教えた、もう一人の『聖なる焔の光』。
アッシュと共にローレライの元へと行き、世界を平和に導いた聖女、と。
だが。
「……良いのかな、俺」
ぽつりと呟いたルークに、ナタリアは珍しくも困った表情を浮かべた。
今、二人の格好はドレスであった。
ナタリアは青い、海よりも深いマリンブルーの、機能性を重視した丈の短いスッキリとしたドレス。
ルークはほんのりピンク色に染まった、ふわふわのレースがたくさん付いた可愛らしいドレス。
しかし、走る事もままならないようなもので。
つまり、ルークはこのバチカルという街から殆ど出ていないのだ。
しかも屋敷を出ても、行き先はナタリアのいる城へのみで、昇降機の下へと降りるのは、本当に稀だ。
ナタリアのように、国の政治に携わる事すら許されていない。
なぜ街の外へと出せてもらえないのかとナタリアも心配しているのだが、そうルークに言ったのはアッシュだった為、反論するにも出来無い。
誰よりもルークの身を案じているという事は、よくわかったからだ。
「アッシュにも、何か考えがあってこそですわ。ほら……ルーク、前に吐いた事とかありましたよね?今も何か薬を飲んでいるのでしょう?それで叔父様も叔母様も、心配してらしたし」
「あ、うん……なんか、ジェイドが一週間に一回くらいは飲んだ方が良いかもって」
「何かルークの躰に異変でもあったのかしら……」
そうナタリアが言うと、ルークは俯いて、首を横に振りツインテールの長い髪を揺らした。
ちゃぷん、とルークの持っていたカップの中身が音を奏でる。
俯いたまま、少し哀しそうな表情をして、覇気の無い小さな声を零す。
「わからないんだ。お兄様も何も言ってくれないし……今忙しくて、全然家に帰ってきてくれないし。でもジェイドが言うには、女性にはこういう事もあるって。全然可笑しい事じゃないって。よくわからなかったけど……一応飲んでる」
「そうなんですの……」
同じ女として、ルークのような症状が果たして自分にあっただろうかと考えてみるが、しかしナタリアにはそのような記憶が無かった。
それとももしかしたら、あれだろうか?
「ねぇルーク、生理になった事はありますの?」
「ん?せいり?」
「…………そう、知らないんですのね」
何か片付けるのか?と首を傾げるルークに、ナタリアは「そうですわ」と適当に頷いた。
もしかして生理のせいで、吐き気を感じたりしたのだろうかとも思ったのだが、この反応はどうやらまだのようだ。
まだ女性になって四ヶ月だから、そういったものが来ていないのは可笑しい事では無い。
以前のようにまたルークが消えてしまいそうになるとか、そういう事が有り得てるのだろうかと心配になったりもするが、しかしそれならば、妹溺愛のアッシュがルークと一時でも離れたりするだろうか。
いや無い。
何にせよ。
アッシュがルークを屋敷から出さない理由がどんなものであっても、この屋敷の中は、世界を知っている彼女にとって、とても狭いのでは無いだろうか。
これでは、以前と何も変わらない。
それだったらむしろ。
「……大丈夫ですわ。以前は何も出来なかったけれど、今回は絶対力になりますわ!!私にして欲しい事があったら、いくらでも言って下さいまし!この屋敷から出てまた世界を旅したいのなら、その準備だって整えますわっ」
「ナ、ナタリア……」
ルークは顔を上げると、驚いたように自分を見返してきた。
そんなルークに、ナタリアは優しく微笑む。
「何も出来無いこの状況が、頑張っている皆に申し訳無いのでしょう?自分も何か役に立ちたいと、そう思うのでしょう?だったら民の為に、貴女も働いて良いと思いますわ」
「……うん。ありがとなっ」
へへ、と笑顔を見せてくれたルークの、自分よりも少し低い位置にある頭を撫でてやった。
幼馴染であり、現在まるで妹のようなルークは、ナタリアにとってもとても大事な存在である。
何よりも同じ女として、この状況に対してアッシュへの不満もある。
殿方に守られてばかりが、女の務めでは無いのだ。
……彼が大事にしたいという気持ちはわかりますけどね、こんな可愛らしい妹ですから。
それはもう、アッシュにとって他の人間の目には触れさせたくない位に大切なんだろう。
でも、可愛い子には旅をさせろ、という言葉もありましてよ?
「……ナタリア?」
すっと立ち上がったナタリアに、ルークは不思議そうに声をかける。
ナタリアはルークを見下ろすと、うふふふ、と楽しそうに笑った。
橋を渡ったその先、目の前には草が生い茂っている平原が広がり、靡く風によってさわさわと音を立てた。
遠くには断壁も見える。
そして後方には大きな街が見える、その位置に二人は立っていた。
一人は王女ナタリアその人であり、その隣にいるルークはドレスを脱いで、以前着ていた臍出しの服を着ていた。
そして聖なる焔の光だとばれないように頭にはバンダナを巻いて、長い髪も全部押し込んでいる。
ちょっと二人で遊んでくるとルークの母シュザンヌに告げ、屋敷を出る時に服や剣をドレスの中に隠し持って二人で宿屋に行った。
そこでルークはいそいそと旅服に着替える。
その間にナタリアは一度城へと戻り、旅に必要な金やら持ち物を手当たり次第持ってきて、今こうして二人は外に立っていた。
時々橋を通る人が二人を見たりするが、まぁ大半はナタリアの方を見るので、ルークが聖女である事はわからないだろう。
ここまでルークの手を引いてきたナタリアが、完璧ですわと自画自賛していると、ルークがそっと声をかけてくる。
「なぁ良いのかな、本当に。皆を騙しちゃったけど」
「まぁ、何を仰います!思い立った時が吉日、善は急げという言葉もありますわ。それともルークはあのままずっと屋敷に居たいと仰いますの?」
どこか申し訳無さそうにしていたルークであったが、流石にルーク自身、ここ数ヶ月の状況には文句の一つでも言いたかったのだろう。
ぐっ、と拳を握り、力強く頷いた。
「……そうだよな、俺にだって出来る事あるもんな!お兄様に負けてられるか!!」
「そう、その意気ですわ!叔母様や叔父様には上手く言っておきますから、貴女は心置きなく旅をなさい」
「うんっ」
「ほら、迎えが来ましたわ」
ナタリアは空からの音に耳を傾け、そちらの方を指差した。
太陽の光を反射させキラリと光ったそれは、自分達がよく乗っていたものでは無かったが、それでも以前何度か見かけた事のある機体、アルビオール三号機。
多分操縦者は、ギンジという青年だ。
消えることの無かったローレライが世界の音素を生み出している現在、今もこうしてアルビオールは飛ぶ事が出来るらしい。
正直そういった仕組みには、ナタリアは詳しくないので、原理まではわかっていないが。
空から降りてきたアルビオールが二人の前に止まると、カシュ……という音と共に、一人の女性が下りてきた。
ルークが驚いて声を上げる。
「アニス!?」
「やほー。元気にしてた?遊びにきたよー!」
元気良く手を振るアニスに、ナタリアは手を振り返した。
ルークには内緒にしていたが、実は今日アニスがバチカルに来る事を、前々から手紙を貰って知っていたのだ。
たたたと走ってきた小柄な少女は、二人の前で止まると、きゃわーん久しぶりーと可愛らしく挨拶してきた。
ツインテールやら背負っているぬいぐるみが揺れる姿は、相変わらずだ。
「二ヶ月ぶりですわね」
「そうだねー。わざわざこんな所までお出迎えなんて、アニスちゃん超嬉しい……ってあれ?なんでルーク、そんな旅立つような格好してんの?」
きょとんと眼を丸くして、アニスはルークを見つめ、ルークもまたぽかんと口を開けてアニスを見た。
あまりの反応にナタリアはくすっと笑ってしまい、それによって隣にいたルークははっと我に返る。
「……そっか、ナタリアが言ってた同行者ってアニスだったのか」
「え?何々?話が見えないんですけどー」
眉を寄せて首を傾げるアニスに、ナタリアとルークは顔を見合わせて笑った。
とりあえずまだ何かあるみたいだからと、アニスはダアトからここまで連れて来てくれたギンジにもう少し待つように合図し、それから十分程、ルークの状況を聞いた。
「はぁ、なーるほど。それでそんな格好してるわけだ」
ナタリアから事情の説明を受けたアニスは、ルークの格好を見ながらこくこくと頷いた。
以前と変わらない白い腹の出る上着と、だぼっとしたズボンという服装、そしてバンダナ。
確かにこれならば動きやすいだろう。
しかし世界から瘴気が消えてもう三ヵ月以上経つというのに、その間ずっと屋敷にいたのでは、かなり窮屈だっただろうに。
過保護な兄を持つのも大変だねぇとアニスが呟くと、ナタリアも頷き同意した。
「そうなんですの。私は王女としての仕事があって同行出来ないので、代わりに一緒に行ってくれますかしら。もちろん資金はこちらで用意してますわ」
「……アニス、良いか?」
「つまりは私が取った休暇分一週間をルークとの旅行に使ってほしいって事でしょ?良いよぉ、ルークとなら。タダだしぃ」
アニスが明るく言うと、ルークは、ははっと笑った。
相変わらずだと思ったのだろう。
そんなアニスも二人を見て相変わらずだと感じた。
相変わらず気品があって気高いけれど、本当は人に対してとても優しい王女様。
そして、可愛らしい聖女。
口調が男っぽいのはまぁ元男なのだから仕方無いというかむしろ活発さを表していて好感が持てるし、彼女の笑顔は本当に見ているだけであったかい気持ちになれる、そんな不思議な力を宿していた。
だが、ふと何かが違うような気がして、アニスは声をあげる。
「ルーク、何か……太った?いや、胸は相変わらずでかいけど……なんか」
「えっ!?」
ちょっと気になって言ってみただけだったのだが、ルークは過剰な反応を見せた。
顔を真っ赤にして泣きそうな表情で腹を両手で隠すもんだから、言ってしまったアニスも慌てふためくしかない。
「な、何々。そんなに気にする事だった?ご、ごめんね。本当にちょっと、前に会った時よりもお腹が膨れたかなぁ〜?と思っただけだったんだけどぉ」
「た、確かに言われると、そう見えなくも……」
ナタリアがまじまじと隣からルークの腹を見て言うものだから、ルークは一層に泣きそうに顔を歪めた。
アニスが慌てて静止するも既に遅し。
「うう、そうだよなやっぱり太ったよな俺……このベルトも、前の位置まで回らないし」
「ナタリア!」
「ごごごごめんあそばし」
うりゅっと眦に涙を溜め始めたルークに、アニスは切っ掛けは自分だというのにそんな事は棚に上げて、ナタリアを睨む。
ナタリアは申し訳無さそうに何度もルークに頭を下げた。
しかしルークは、自分の卑屈思考に流されめそめそと涙を零す。
あああ、やっぱり泣いちゃったよう……私、ルークの涙に弱いんだけどなぁ……。
いつも明るい分、泣かれるとどうして良いのかわからなくなる。
大体、こういう時に一番ルークの慰めに適している筈のアッシュはどこへ行った!
英雄で忙しいからといって、もう二週間以上屋敷に帰ってきていないなんて、てめぇ本当にルークの彼氏か、ああ!??
と、アニスが内心罵声を飛ばしている最中にも、ルークの涙は地面にぽたぽた落ちていく。
「……もしかしてお兄様、俺が太っちゃったから、帰ってこないのかな……」
「な!そんな事ありませんわ!あのアッシュが、その程度でルークを見限ってしまうような最低な男な筈がないでしょう!もしそうだったら私が殴り飛ばしますわ!」
「そうだよう!こんな可愛いルークを、蝶よ花よって大事にしてるんだよ?むしろちょっとお腹が出ちゃったのは、ずっと屋敷から出るなって言ったアッシュのせいだよ!」
「うう……そうかなぁ」
「そうだよ、絶対そう!」
それに太ったと言っても、パッと見殆ど変わっていないのだ。
本当に、あれ?と思うくらいで、むしろ今まで細過ぎたのだから、これくらいが丁度良いのかもしれない。
しかしそれでもルークは気にしてしまうのだろう。
むしろその胸のでかさを分けてもらいたいくらいなんですけどねっ。
アニスは、むむむ……と難しい顔をしていたのだが、ふと思いつき、明るい笑顔をルークに見せた。
「何だったらダイエットもしようよ!この旅行中にさ!!」
「ダイエット?」
「そうと決まれば、さっさと行こう!!」
「そうですわ、こんな所でぐずぐずしているのは勿体無いですわ。二人とも行ってらっしゃい!」
ぐいぐいとルークの腕を引っ張るアニスと、慌てて荷物を持つルークに、ナタリアは手を振る。
そんなナタリアに、アニスは手を振り返した。
「じゃあねナタリアー」
「わ!わわ、い、行ってきます!」
足を縺れさせながらもルークもまた後ろに向かって叫び、そのまま二人はアルビオールに乗り込むのであった。
to be continued...
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姉・ナタリア、妹・アニス。そんな感じ。
2006.06.29
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