魔法使いは何故、シンデレラに魔法をかけたのだろう?

 0時には解かれてしまう、たった一日だけの魔法を。


 それはもしかしたら、彼女には持続出来るだけの魔力がなかったからかもしれない。
 そして本来の姿ではない仮初めの格好など、所詮まがい物でしかないからだろうか?

 しかしシンデレラは、結果として仮初めではない本当のお姫様になる。
 シンデレラが王子様にかけた魔法は、恋というもの。


 その魔法には、きっと偽りさえも真実に変えてしまう程の力があるのだろう……―――。




   お兄様と屑妹

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  お兄様と初デートでにゃんにゃん〜一日シンデレラ体験編〜




 美しい海に囲まれた王都グランコクマの朝。
 日差しが窓から惜しみ気も無く存分に注ぎ込んでくる、暖かく柔らかな日。

 泊まった宿内の、女性達が使った広い部屋に集まり食事を済ませ皆で話をしていると、一昨日から軍の書斎へと帰っていたジェイドが顔を出した。


「お、ジェイド」
「あら大佐、お帰りなさい」
「ええ、ただいま。皆さんおはようございます」


 笑みを浮かべて部屋に入ってきた彼に、それぞれ朝の挨拶を投げかける。
 ガイが立ち上がりもう一人分の紅茶を入れ皆で囲んでいる丸いテーブルに置くと、ジェイドは目の前の空いている椅子に腰掛け、いただきますと言ってカップに口を付けた。


「ふむ、流石はガイ。朝から美味しい紅茶です」
「お褒めいただきどうも」


 にこりと笑みを浮かべたガイにジェイドが笑みを返し、しかしどうしてかすぐにこちらに眼を向けてきた。
 頬杖をついて傍観していたルークは、明らかにこちらに何か言おうとしているジェイドに気づき、ぴくりと眉を寄せる。

 何だろうか?
 随分真剣な眼をしているのだが。
 ま……さか、先日発覚したこの躰に起こっている乖離の事を皆の前で言うんじゃないだろうな。

 と、内心ヒヤヒヤしつつ次の言葉を待てば、ジェイドはにこっとこの上なく明るく、しかし妙に不気味に見えるような笑みを浮かべた。


「ルーク」
「……な、何だよ」
「これをどうぞ」


 そう言ってトンとテーブルの上に置かれたものに、ルークは首を傾げた。
 ジェイドの方を伺いつつも手を伸ばし、置かれた小さな瓶を掴む。


「…………なんだ?これ」


 透明な瓶の中には、なんとまぁ見るからに怪しげなド派手なドピンク色をした液体が入っていた。
 何々〜?と興味津々で見てくるアニスにそれを渡すと、女性陣+ブタザルは寄ってたかってあれこれと言いながらその瓶を見始める。


「それは、シンデレラの魔法の薬です」


 こちらの反応に満足したのか、ジェイドは上機嫌な声を出した。

 シンデレラといえば、魔法が12時で解けるとかガラスの靴がどうこうという童話の筈だ。
 その名前にどういう効果だろうとあれこれ盛り上がっている女性達を余所に、ガイはジェイドに問いかけた。


「ジェイド、これはどこかで買ったのか?それとも……」
「ええ、ご察しの通り私が作りました。一昨日、昨日と時間をかけてね」
「アンタ、まさかその為にここの街に来たなんて」
「もちろん。ここには陛下のおかげで色々な材料がすぐに手に入りますから。という事で、それを飲みなさいルーク」
「…………俺かよ」


 ぼそりと呟き、眉間に皺を寄せる。
 いや、初めから自分を名指しされていたのであれを飲むのは多分自分なのだろうとは思っていたが、しかしだ。
 あんな怪しいものを飲んでしまったら、乖離する前に命が亡くなりそうなのは気のせいだろうか?

 ……きっと気のせいじゃヌェーー!


「ほいルーク、頑張って〜」
「ああああ……さよなら俺の人生」


 と情けない声を出しつつアニスから薬を返され、蓋を開けた。
 ゴクゴクと、抵抗もせずに自ら一気に飲んでいったのは、ぶっちゃけ飲まなかった時の方が怖かったからだ。
 手足を押さえられて口をこじ開けられて流し込まれるより、大人しくジェイドに従っていた方が身の為だ。

 それに口の中に甘ったるいものが広がるも、さしてまずくはない。
 皆の見守る中、ごくりと最後の一滴まで飲み、勢いのまま瓶をテーブルの上に置いた。


「ど……どうなのかしら?」
「ご主人様、大丈夫ですの〜?」


 聞いてくるティアとミュウの言葉にとりあえず躰を気にしつつ、意外な喉越しの良さに素直な感想が出た。


「や……まぁそれなりの味だった」
「そうですか、それは良かったです」
「でも、これってなんの薬だ?」


 今のところ何か躰に影響があるようには感じられない。
 ジェイドが作ったくらいだから何かあるのではと思ったが、拍子抜けだ。
 隣にいたティアも、こちらを見つつ首を傾げる。


「それは私も気になったのだけれど。……栄養剤ですか?」
「そうですねぇ、ひとえに言うなら体内の音素を変化、あるいは増幅させる薬ですかね」
「…………ぁ」


 なるほどと思い、ルークはグローブを付けた自分の掌を見た。

 言われると、確かにいつもよりも躰が軽くなっている感じがした。
 体内の音素が満たされていき、きちんと実体を伴っている。
 まさかとは思うが、消えそうだった躰が消えないようになったのか。


「ただシンデレラの薬と名付けたように、残念ながら効果は一日も続きません。それでも今の貴方にはそれが必要ではないかと思ったんですよ」
「まぁ、それはどういう意味ですの?」


 足を組み優雅に紅茶を飲むジェイドにナタリアが問いかけるが、彼は曖昧に笑みを浮かべただけだった。

 だが自分にはわかる。
 ジェイドはいつか消える不安を抱えている自分を、気遣ってくれたのだ。

 ガイも何かしら察したのだろうか、優しい微笑を浮かべてくる。


「良かったな、ルーク」
「ああ……サンキュ、ジェイド」
「いえいえ」


 開いていた手をぐっと握り、もう一度開き。
 しかし、ふっと違和感を覚えルークは眉を寄せた。

 なんだか、手が小さくなっているような……。
 随分と細くなっているように見えるし、グローブがぶかぶかになっていないか?


「……ルーク、貴方……背が」
「うわ髪が!怖っ!」
「まぁ、胸も膨らんでいますわ」
「え?え、え?」


 口々に言われる言葉にルークはワタワタと立ち上がり、自分の躰を確かめ始めた。
 恐る恐る、背に触れてみる。

 なんと、確かにさっきまで短かった筈の髪が、いつの間にか背中にまで長くなっていて簡単に掴めるようになっていた。
 俯いてみれば今までほぼ平らだった場所が膨らんでいるし、目線もいつもよりもかなり低い。
 ベルトはゆるゆるだし、靴もかなりでかくなってるぞこれ。

 じゃないか、俺が縮んだのか……。


「か……可愛いわルーク!」
「うわぁ!!」


 いきなりティアに抱き締められ、ルークは素っ頓狂な声を上げた。
 その声もまたいつもとは変わってしまっていて、まるで別人のようだ。

 しかしそれ以上にティアのでかい胸に顔を押しつけてしまっている格好は、苦しいというか柔らかいというか、激しく照れるというか興奮しちまうというか……。
 でもティアよりも十センチ以上も低くなってしまったらしく、かなりショックだ。


「ぅう〜……」
「ティア、ルークがパニックになっていますわ」
「顔まで赤くしちゃって、ホント可愛いね〜。あ、髪結んで良い?」
「後で服も買いに行きましょうね、ルーク。もちろん私と!スカートや女物の下着も全部選んであげるわ!」
「ぅええ!?」


 イヤだ、そんなもの着たくない!
 大体音素の量が変化したからって、わざわざ女になっちまう必要なんてねぇし、まぁなっちまったもんはしょうがないかもしれないが、一日も経たずに元に戻るって話だろ!?

 と叫びたくとも、ぎゅうぎゅう頭を抱えられてティアの胸に挟まれて口が開かない。


「ティア……それは流石にルークが可哀想じゃないか?」


 だよなぁこの状況の俺って可哀想だよな?
 ……ってお前、何でそんなドアの前まで離れてんだよこの女性恐怖症野郎が!!
 説得力に欠ける!


「むーむー!」
「ああルーク、可愛いわ……」
「ご主人様が女の子になっても、ミュウのご主人様はご主人様だけですの〜」
「ルーク、私一度で良いから妹が欲しかったのですわ。ぜひとも私の事をお姉様と呼んで下さらないかしら」
「ねね、ツインテールで良いよね?私とお揃いでさ!」
「はっはっはっ、楽しい光景ですねぇ」
「ジェイド、アンタって奴は……」


 そんな最後に聞こえてきたホトホト呆れたようなガイの声が、随分遠くのもののように感じられた……。




















 ああ、なんて青い空だろう。
 澄み渡り、吸い込まれてしまいそうな程の綺麗なスカイブルー。
 昼間の太陽の日差しも明るく眩しく、激しく眼に痛い程だ。


「ぅう……いっそこのまま干からびちまいたい……」


 壁におでこを押しつけ哀愁を漂わせているルークは、活発に動き回るのが雰囲気に合いそうなこの街には、随分似合わない格好をさせられていた。

 フリフリのレースが付きまくった白のブラウスと、黒くやっぱりレースの付いた短いスカート。
 長い靴下みたいなので太股まで隠れているとは言え、肝心の股下はスカスカで心許ないし、こんなんではちょっと動くだけですぐに下着が見えてしまいそうだ。

 その下着も、透けてやいないかという程に薄い黒いレースのパンツだった。
 対のブラジャーとやらまで付けているが、正直胸下を締め付けられていて苦しい。
 慣れれば平気だとティアには言われていても、こんなものに慣れる前に男に戻ってるっつうの、こんちくしょう!という気分だ。

 大体本当に女の躰になっていて、サイズを測られ着替えさせられていた時には自分の躰なのに目のやり場に困ったくらいなのに、何故普段男である者にこんな格好までさせられるんだろう……こっちの身にもなってみろ、人で遊びやがって女なんて生き物は理解できヌェーよ!

 そんな事をウジウジしながらつらつらと考えているルークも、他人から見れば女であり、ツインテールをしていて可愛らしい服を着ているお人形さんのように愛らしい姿なのだが。
 ……本人は全く気づいていないというか、どうでもいい。


「ほらルーク、次行くわよ。一緒にお昼ご飯食べましょ」
「ぅええええぇ。も、やだぁー!」


 後ろからティアに声をかけられ、ルークは離れるどころか壁にべったりと張り付いた。
 今までの仕打ちからすれば当然の反応である。
 後ろから腕を引っ張られても、ティアの顔など一切見ずに、ぶんぶんと首を横に振り駄々をこねた。
 街を行き交う人間達にクスクス笑われようが、こっちは必死だ。

 だが流石に涙目になっているルークにティアも可哀想になったのか、優しく背中を撫でて機嫌をとってきた。


「ルーク、ね?お腹空いたでしょう?疲れたのだったら余計に」
「やだやだ、宿に戻りたい!」
「ルーク…………あら?あれは……」


 ティアが顔を上げた気配に、ルークも何だろうかと少しだけそちらを見た。

 ……と。


「ぁぁあああアッシューーー!!」
「ちょっ……ルーク!」


 そんなティアの呼び止める声が一気に遠ざかるくらいに、ルークは走った。
 それはもうごつい膝下まであるブーツのせいで走りにくかろうが、短いスカートが翻ろうがお構いなしだ。

 いやむしろ、早すぎて下着など見えやしない。


「アッシュ、アッシュ、アッシュ、アッシューー!!」
「なっ……んだ?」


 通り道にいた人間を悉く吹き飛ばしバフッと彼の胸元に飛び込んだルークは、ヨロけたものの受け止めてくれたアッシュの胸板にぐりぐりと頭を押しつけた。
 ああぁ、何だろうこの安心感……なんか凄く落ち着く……。


「アッシュ〜……俺、俺ぇ」
「お前、レプリカ……か?」


 顔を上げ互いの眼がぶつかり合うと、アッシュは戸惑いながらも眉間に皺を寄せ、いつも自分を呼ぶ代名詞を使ってきた。
 女になって、しかもこんな格好をしていても気づいてくれた事に凄く嬉しくて、しかし元の身長よりも20センチも低くなってしまい、アッシュに比べ明らかに小さくなった自分にショックで、我慢していた涙がぼろぼろと零れていってしまう。


「ふぇぇぇ〜アッシュ〜……」
「おい、泣くのはテメェの勝手だが、何でこういう状況になっているのか説明しやがれ……って」
「ルぅぅークぅ?そいつから離れなさい?貴方、今日は私と一緒に遊ぶ約束したわよね……?」


 そんなのティアが脅したんだろぉ!?

 なんて、ゴゴゴゴゴと地鳴りでもしているかのようなものが聞こえてきて、言うどころか振り返る事さえ出来ず、必死になってアッシュに抱きついた。
 彼女に遊ばれ着せかえ人形のような扱いを受けるくらいなら、まだ彼に屑だバカだと罵られた方がマシだ。

 その思いが通じたのか、それともアッシュもまたティアの放つ異様なオーラに危険を感じたのか。
 彼は無言のままふっと屈み、こちらの太股あたりに腕を回してきたかと思うと、そのままルークを持ち上げ・・・

 逃げた。

 しかもパンツが見えないように、軽くスカートを押さえてくれている。
 流石ファブレ家のご子息、持ち方はあくまで適当だが、女性にはそれなりの対応をしてくれるらしい。


「ま、待ちなさい!」


 ティアが慌てて追いかけてくるものの。
 剣を扱うような体力のある男の足に追いつく筈もなく、ルークは落ちないようにアッシュの頭に必死にしがみつきながら、小さくなっていくティアを清々しい面持ちで見送った……。





  to be continued...



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ティアがちょっと怖くなりました…。

2007.12.05
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