真っ白な絨毯は、穢される事さえ許さぬような、神聖さ。
そして一歩、前に踏み出す事すら躊躇われる美しさ。
けれども人は、足を踏み出す。
今日という日を生きる為に。
――――その魂の輝きを、失わぬ為に……。
snow 1
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チラチラと柔らかな雪が降り、空も地上も白で彩られている街、ケテルブルク。
寒い外気は肌を突き刺す程で、だからと言って、賑やかな笑い声が消えるわけではない。
むしろ、嬉々として外を走り回る元気な子供達がたくさんいた。
ルークはそんな明るいはしゃぎ声を遠くに聞き、思わず笑みを浮かべる。
世界を覆う瘴気が無くなった。
それだけで人々は、以前より数倍も生き生きとした笑顔を浮かべ、これからも命が続く事を全身で喜んでいる。
生きるという事がこれ程までにも嬉しいのだと、訴えてくる。
その眩しい程の輝きを見ていると、笑顔を浮かべずにはいられない。
自分のしてきた行為が、誰かを幸せにしている。
そう、感じられるから。
何も知らない時があった。
そのせいで、アクゼリュスを崩落させて多くの命を奪ってしまった。
だからこそ誓ったのだ。
世界中の全ての人を、幸せにするのだと。
……けれども。
レムの塔で、多くのレプリカ達の命を犠牲にしてしまったのも事実だ。
彼等も同じ人間であり、生きるべき存在だった。
なのに、救えなかった。
しかも奪うだけ奪って、同じレプリカである自分は消えなかったのだ。
共に消える筈だったのに、今もこうして束の間の休息を味わっている。
罪悪感が募る。
何故自分だけが消えなかったのかと。
そして何故、いまだにこの躰は消えないのかと。
思い、悩む。
「さっみ」
考え事をしていたらいつの間にか足を止めていて、外気によって一気に体温が奪われていた。
それでも風邪を引かないようにとちゃんとコートやマフラーや手袋を着用しているのは、過保護なガイがあれこれ言ってきたからだ。
ふるりと震える躰に、慌てて首に巻いていたマフラーを鼻先まで持ち上げる。
割り当てられた仕事である、買出しの荷物を持ち直し、また雪の降る街を歩き始めた。
チラチラ、チラチラ。
白い雪が舞い落ちてくる。
ただ、降っていると言ってもそれほど多いわけではないので、積もっているのは二センチ程度だ。
サクサクと足跡を付けていけば、後ろには自分の歩いた形跡が一本の道筋が出来る。
今夜泊まる予定のホテルに帰る、その途中だ。
ああでも、まだ昼少し過ぎたばかりなので、帰っても暇か。
ケテルブルクへ来ているのはジェイドがネフリーに用事があったからであり、本当にそれだけなので、他の仲間達は何もやる事の無いのんびりとした一日だ。
部屋に閉じこもっているより、外に出ている方が断然良い。
さてどうしようかと辺りを見渡すと、広場の方に見知った顔を発見した。
「あれ、ティアにナタリア……」
二人して何をしているのだろう。
見たところ、お喋りに花を咲かせているようにしか見えないのだが、それならばホテルにいる方が暖かい。
なので多分、他に理由があるのだろう。
なんだろうかと興味本位で近づいていくと、向こうも自分に気付き、手を振ってきた。
「ルーク。買い物が終わったのね。お疲れ様」
「おう、ちゃんと言われたもの全部買ったぜ。それよりも、二人してこんな所で何してるんだ?」
「遊んでいるのですわ」
ふふ、と口元に手を沿えて笑うナタリアに、ルークは首を傾げた。
ティアを見ても、いつものように淡い微笑を浮かべているだけ。
しかし、遊んでいるようには見えない。
「何だよ二人とも。変な……」
「ルーク、危ない!」
後ろからいきなり叫ばれ、ルークは咄嗟に振り向いた。
「えっ? ……て、うわわわ」
「わーい!」
見れば、こちらへと突進してくる小さな子供の姿が。
受け止めようとするも、積もっている雪に足を取られ、しかも続いて二人三人と来るものだから、ルークは子供達と一緒にそのまま積もった雪へドサッと崩れてしまった。
「痛っ……―――」
視界に、空だけが映った。
薄暗い灰色だけで埋め尽くされた空。
何も無い、冷たい世界。
ああ、どうして誰も疑問に思わない。
――――これが本当に、幸せなのか? と。
こんな犠牲の上に成り立つ世界の、何処が。
「あらあら」
「ルーク、大丈夫?」
「っ……」
二人に顔を覗かれ、ルークは眇めていた眼をハッと見開いた。
今、自分は何を考えていた?
……ああ駄目だ、考えるな。
こんな醜い内情など、誰にも知られたくない。
「何なんだ、一体……」
二人に悟られないように深く息を吐き、大げさに顔を歪めてみせた。
こちらが平気だとわかったのか、ティアもナタリアもくすくすと笑い始める。
「ほら、ルーク」
「ああ、サンキュ」
ティアに手伝ってもらいながら上半身を起すと、胸辺りに乗っているものがずりずり落ちていった。
それでも小さな手でコートに縋り付き、キラキラした眼で見つめてくる。
みんな五歳前後の、小さな子供達だった。
「ねね、お兄ちゃんはお姉ちゃん達のお友達なんでしょ?」
「お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ!」
「へ、俺も? って」
抱き付かれてしまい、雪に尻を付いたままで冷たいのに立ち上がれず、途方に暮れる。
なるほど、ティアとナタリアは近くで遊んでいた子供達を見守っていたのか。
「ルーク! 平気だった?」
「アニス」
先程まで見当たりもしなかったアニスが、こっちに駆け寄ってきた。
自分に危険を知らせたのもアニスだったようだ。
しかも彼女には、他にも六人、七人と子供達が付き纏っている。
「……あちゃあ雪まみれ。ごめんねぇ。あ、買出しだったんだ。荷物大丈夫かな」
アニスは自分を通り越してその先に落ちた荷物を拾い上げ、紙袋の中をいそいそと覗き込んだ。
いつでも金銭関係のものに眼が行くのは、彼女らしい。
子供達は腕の中でキャーキャー騒いでいた。
しかもさっきよりも人数が増え、まるで押し競饅頭だ。
結局、またもや子供達に押し倒されしまう。
「重っ……アニス、子供達と遊んでたのか」
動けない状況で、どうにか視界にアニスを映した。
「うん。かくれんぼしていたの。私が鬼だったんだけどね。ルークが、ティアやナタリアと喋っているのが見えてさ。手元にいた子達に、あの人も仲間だよーって言ったら、唐突に走り出しちゃって。って事で、ルークも一緒にどう?」
「遊ぼうよ! ね、ね!」
「お兄ちゃん、抱っこ〜!」
次々と迫ってくる子供達に、ルークは仕方無ぇなぁと笑った。
記憶が無いだけと思っていた自分には、そもそも過去が無かった。
それでもこの肉体に合った年齢として、ずっと育ってきたのだ。
だから小さな子供達に『お兄ちゃん』と呼ばれ、求められるのに悪い気はしない。
「わかった、わかったから。みんな退いてくれ。これじゃ起き上がれねぇ」
押し倒されたまま、腕だけでなく足にまで引っ付いているのだ。
力はあるから振り解く事は可能だが、好意を示してくる子供達に怪我をさせたくない。
期待に膨らませてか、彼らは素直に上から退いてくれた。
立ち上がり適当に雪を振り払い、とりあえず先程抱っこと叫んだ手近にいた子供一人、高くまで持ち上げてやる。
昔、師匠が自分によくやってくれた事だった。
正直、これからあの人と殺し合うのだと思うと、気が重くなるなんてものではない。
けれども今は何も考えないように、目の前の嬉しそうな笑顔だけを見て、笑った。
「次、僕!」
「私もー!」
「待ってろな」
次々と、自分も自分もと言って両手を上げてせがむ子供達を、順々に持ち上げて高い高いしていく。
「こういう時には、力のある男は得よね……。こんなに可愛い子達に好かれるなんて。ルークがずるいわ」
恨めしそうに呟いたティアに、そうか? と首を捻り苦笑した。
しかし、ナタリアはティアに同意をする。
「やっぱり男性の方が、子供には好まれるのかしら」
「ナタリアの場合、子供が呆れるくらいおっちょこちょいなだけだと思うよ〜」
「あ、それはあるんじゃねぇか? なぁ」
「なぁ!」
子供達がルークの語尾を真似してきゃらきゃらと笑う。
言い出したのはアニスだと言うのに、ナタリアは真っ赤にして眼を吊り上げた顔を、こちらに向けてきた。
「ルーク! 酷いですわ!」
「俺のせいかよ!?」
子供達を押し退けてまで掴み掛かろうとするナタリアにたじろぐと、周りからはまた楽しげな笑い声が上がった。
夜。
いつもよりも早めに夕食を取り終えると、昼過ぎからずっと子供達と遊んで疲れていた女性人達の要望通り、早くにお開きとなった。
今頃みんなそれぞれに、自分の宛てられた部屋で寛いでいるだろう。
ルークは備え付けられていた風呂から上がると、ベッドに腰掛け、ぼんやりと窓の外を眺めた。
暗いので、雪が降っているかどうかはわからない。
「ご主人様、これからどうするですの?」
「あぁ……どうするか」
ベッドの上で絵日記を書いていたミュウの言葉に、逡巡する。
日課となってしまっている日記はもう書いてしまったし、これといってやりたい事も無い。
しかしまだ、ホテルの入り口すら開いている時間だ。
眠るには早過ぎる。
緩慢な動作で立ち上がり、今度は窓際に近づいて外を覗こうとした。
だが部屋の方が明るいせいで、暗闇の中に自分の顔が映るだけだ。
四階に位置するこの場所だから、外が明るい時には、綺麗な街並みが見下ろせるのだが。
それでもそっと冷たい窓ガラスに額を付ければ、微かに街の明かりが灯っているのが窺えた。
寄り添うようにして輝きを放っている、いくつもの淡い光。
それはまるで、生きる者達の魂のようだった。
暖かで優しい、とても綺麗な輝き。
「……ちょっと、外行ってくる」
窓から早々と踵を返し、ベッドの上に適当に放り投げていたコートを掴んだ。
「みゅ? それならミュウも……」
「一人で行くから、付いてくんな」
「みゅぅ…」
情けない声を漏らされ、思わず眉を顰めた。
別にそんな落ち込まれるような内容でも無い筈なのだが。
ただ自が、誰かと会話をしながら歩く気分でないだけだ。
「考えてぇんだよ、色々。……独りで」
ルークはドアへと向かった。
縋るような視線を向けられているのはわかっていた。
だがミュウがどんな顔をしているかなんて扉を開けようとしている自分には見えなかったし、わざわざ振り返ってまで見たくはなかった。
雪国であるケテルブルクは外が暗くなるのが早い為、夜は相当に寒さを増す。
空から落ちてくる雪も、昼間に比べるとだいぶ強くなっていた。
頭には雪が積もり、手先や足先などは既に感覚が麻痺し始めている。
鼻も耳も、かなり痛い。
それでも雪の白が闇の中にある微量の光を反射させているので、夜にしては辺りは明るかった。
不思議な光景だ。
それに幸せそうだ。
何もかもが。
歩けば、建ち並んでいる家からはそれぞれ暖かそうな光が漏れ、笑い声が聞こえてくる。
その一つ一つの寄り添う光は、この外気の寒さと積もっていく雪を凌ぐ力を持っている。
誰も外など見ようともせず、こうして寒い中を人が歩いていても、気付きもしない。
「……ふざけんなよ」
彼等にとっては自分の身の回りの瘴気が無くなった事実が喜ばしい事であり、それを誰が消したのか、どうして消えたのかという事はどうでも良いのだ。
どれだけの命が亡くなったかなんて、誰も知らない。
自分が瘴気を消したんだと言うつもりなんて更々無い。
けれど、それでもせめて、何万ものレプリカの魂が消えた事実は知っていてほしかった。
それなのに人間達の殆どはあのように暖かな家にずっと隠れていて、瘴気が消えた途端、我先にと勝手に幸せを噛み締めている。
自分は弱者だからと勝手に決め付け、怯え、何もしなかったくせに。
自分にさえ危害が無ければ、それで良いのだと。
まだこの世界が破滅する最大の原因が残っているというのに、それにすら気付いていない。
その原因であるヴァン師匠。
だが師匠が愚かだと言う理由が、わかってしまう。
本当に、人間は愚かかもしれない。
「本当、ふざけている」
ルークは足を止めた。
辿り着いたのは、昼に子供達と遊んだ広場だ。
あのような笑顔を見られるという喜びと、何故笑っていられるのかと言う疑惑。
何も出来無い本当に小さな子供達にすら、何故だと問い質してしまいたくなる。
幸せにする事が、罪滅ぼしだった。
ずっとそのつもりだったし、それは今でも望んでいる事だ。
しかし、誰かを幸せにしようとすればする程、思い知らされる。
――――幸せは、誰かの犠牲の上にあるものなのだ、と。
求めるものが大きければ大きい程、代償も大きい。
自分の幸せの為には、他を省みてはいけない。
そうでなければ自分が幸せになれない。
それが、真理。
そして、レプリカ達の肉体は全部消えてしまった。
そこにいたのだという証拠すら、残らずに。
「……っ」
視界に飛び込んできた雪に、思わず眼を瞑った。
気付けば、どんどんと雪が強くなってきている。
視界が白く染まっていく。
夜なのに、白い世界。
「すげぇ、寒い」
わかっていても、足は動かなかった。
ここで消えてしまえば、これ以上誰かを幸せには出来無い。
けれど、犠牲を増やす必要も無くなる。
何をしたところで結局奪うだけ奪っていく自分の命がいまだある事に、罪の意識を感じる事も無くなる。
「きっと誰も気付かない、よな」
自分は、肉体も消えてしまうレプリカだから。
寒さに倒れ雪に埋もれて死に絶えても、血の一滴すら残らない。
この瞬間にここで一つの命が消えたとしても、暖かな家に包まれている連中は誰も見ていない。
もうすぐ消える躰だ。
どんどんと乖離が進んでいるから。
もうあまり長くは持たない命は、ちっぽけなものだ。
ここで凍りついてしまえば、乖離は止まるだろうかとも思う。
しかし凍っても死ぬのだから、あまり意味は無い。
死んだら、この躰は消える。
自嘲気味な笑いが零れた。
冷気で、躰中が痛い。
頭も麻痺してしまったように、可笑しな方へと思考が動く。
もし、……もしこの瞬間に、師匠が目の前にいたのなら。
きっと自分は、周りにある全ての暖かな光を粉々に破壊しているだろう。
もしこの雪の中、このまま誰も来なくて、自分に気付かなかったら……きっと、消えてしまう道を選んだ。
ああ、けれど、いつも死期は遠退いていく。
降り積もっていく雪の中、見える、――――鮮血。
「アッシュ……」
確かな足取りで、そして確実に自分へと近づいてくる人物を、見つめた。
雪の中で靡く長い髪は、やけに鮮明だった。
それこそ、流れる血の如く。
アッシュは目の前で足を止めた。
何故かいつものオラクル服ではなく、黒いコートに黒い上着、黒いズボンという全身黒一色の格好をしている。
だが相変わらず、手にはローレライの剣があった。
「何をしているんだ、屑が」
「そっちこそ、なんでこんな所にいるんだよ」
鋭い眼で睨んでくるアッシュを睨み返せば、彼は眼を眇めてトンとこめかみを軽く叩いた。
「気付いていなかったのか。お前と眼が合って、今ようやく切れたんだ」
「ぇ……」
驚き、思わず息を詰める。
つまりは、いつの間にか自分から彼とフォンスロットを繋げてしまっていたという事になる。
それは本当に気付いていなかった。
しかし、それならば。
「全部、筒抜けだったぞ。昼からずっと繋がりっぱなしで、頭痛がするどころの話じゃねぇ。ごちゃごちゃ煩ぇんだよ」
「……だったら、切れって言ってくれりゃ良かったじゃねぇか」
やはり全部聞こえていたのか、と重い息が出た。
あまり知られたくない内容だった。
こんなにも醜い感情など、見られたくなかった。
だが何故、アッシュは頭痛を耐え忍んでまで、ずっとこちらの内情を聞いていたのだろう。
そして何故、わざわざ会いに来る事によって回線を切ったのか。
疑問を口にする前に、ふと鋭い風が通った。
自分へと向けられたのは、ローレライの剣。
「死にたきゃ、今すぐ俺が殺してやろうか」
アッシュは無表情のまま、切っ先を喉へと突き付けてくる。
自分はその剣を見つめた。
頭は、冷静だった。
「このまま斬られたら、飛び散った血は、残ると思うか?」
「雪を溶かして、そしてまたその上に雪が降って、終わりだ」
「……じゃあ、いい」
「そうか」
それだけで、アッシュはすぐに剣を下ろした。
そのまま二人で、寒い雪の中を佇んだ。
互いに無言で、街の灯かりを見つめる。
本当に、アッシュが何をしたいのかわからなかった。
とりあえず慰めではない。
先程返ってきた言葉は、乖離もレプリカも関係の無い、あまりにも現実的なものだったから。
相変わらず、街の灯は暖かく見える。
何故自分達だけ、こんな寒い場所でいつまでも突っ立っているのかと笑いたくなった。
でも、動けない。
このまま死んでしまった方が楽ではないのかと、心が足を止めている。
「ルーク」
いきなり名前を呼ばれた。
アッシュは街を見たままだったが、はっきりとした声で告げられたものは確かに自分へと向けられたものだ。
今まで、レプリカだとか屑だとかしか言われていなかったのに。
「な……に」
上擦った声が出る。
それでも、アッシュは淡々としていた。
「どうせ、誰も聞いていない。俺はもう知っているしな」
「っ……」
思わず、ぐっと拳を握った。
感覚が無く、力の制御も出来ずに爪が食い込み、血が落ちていく。
ぽたりと一滴、美しい白を汚した。
しかしアッシュが言った通り、すぐに雪が血を消してしまった。
すぐに一面をまた白くしてしまう。
落ちても落ちても、全て消えてなくなってしまう。
突き付けられたのは、現実という刃だった。
ずっと抱えていた大きな袋を破られ、内側から溢れてくるものを止められない。
「……何が、……何が命を奪った償いをする、だ。みんなを幸せにする? ふざけんなっ! そんなもん必要無ぇじゃねぇか! 生きている以上、誰もが何かを犠牲にしちまうのに……なのに勝手に俺を悪と決め付けて、散々貶しやがって!」
今まで一度もぶつけなかった、言葉だった。
無知であった時には、自分だけが悪いと思っていた。
愚かだと思っていた。
アクゼリュスを崩落させ、多くの命を奪ってしまった。
そしてその償いをする為に、自分を変えた。
仲間達の声に傾けて、必死になって世界を救おうとして。
けれど、今ならわかる。
何もしなくても世界は滅んでいくけれど、世界を救おうとしても少なからず命を奪ってしまうのだと。
絶対の悪など存在しないように、絶対の善もまた、どこにも存在していないのだと。
みんな、自分に敵意を持つ者を容赦無く殺していくくせに、力無き者は守れなんて、よく言う。
何も知らずアクゼリュスを崩落させた自分と、何が違う?
何も違わない。
そうして、自らよりも弱い命を奪っているのだから。
これ以上犠牲が出ないようにする為に?
ふざけるな。
犠牲になりたくなければ、そいつらが勝手に、自分が生き残れるだけの力を付ければ良い。
強くなれば良い。
弱さなんざ、理由にならない。
人は誰でも強くなれる。
剣を握れる。
それをしないだけだ。
「縋りやがって。守られて当然なんて顔しやがって。自分では何も出来無いくせに……やろうともしないくせに!」
涙の向こうに、優しく接してくれていた師匠の顔が浮かんだ。
ずっと慕っていたし、大好きだったし、騙されたのだと知っても今なお憎む事は出来無い。
それでもこの先、世界に住む人間達を守る為に、彼の命を奪いに行こうとしている。
だが大好きな人を犠牲にした結果、名も知らない誰かの笑みを守る事に、果たして何の意味があるというのか。
「テメェらの命くらい、テメェらで守れよ! 勝手に生きろよ! 弱さを人のせいにしてんじゃねぇよっ!」
もう頭の中はごちゃごちゃだった。
自分が何を言っているのかさえ、よくわからない。
ぽたぽたと涙が落ちる。
堰き出す感情が、制御出来無い。
「っ……うう、うっ……」
ルークは雪の中に膝を付き、自分の躰を抱き締めた。
ガタガタと震えているのは、きっと寒さのせいだけではない。
わからなかった。
これからどうすれば良いのか。
もうこれ以上、何も奪いたくないのに。
今すぐに死んで、何もかもから逃げてしまいたいのに、何故かそれすらも出来無い。
もう、本当に何もわからない。
零度以下の気温のせいか、だんだんと涙が凍っていく感じがした。
頬に張り付き、その上にまた涙が通っていく。
躰を抱き締めている腕を引っ張られた。
全てが億劫に感じたけれども、強く引っ張られる為、立ち上がる事を余儀なくされる。
アッシュの方を見ないまま、ぽつりと呟いた。
「……どうせ、馬鹿だとか思ってんだろ」
「いや、さっぱりした」
「は?」
思いがけない言葉に、泣いている顔をアッシュへと向けてしまった。
ああ、今日は混乱する事ばかりだ。
だって、あのアッシュが笑みを浮かべている。
しかも嘲笑いではなく、柔らかい微笑。
「……来い」
一言、耳元で囁かれた言葉に、反射的に頷いていた。
to be continued...
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2013.05.14
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