君に幸あれafter 後篇
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「だ、いじょうぶ、だから…っぅ…」
押し込もうとすればする程感じてしまう快楽に、ルークはがたがたと躰を震わせた。
口に手を宛て漏れる喘ぎを止める。
ミュウの奴、後で覚えていろよ…と矛先を違う方向へと向ける事で、この熱い燻りを忘れようと試みる。
それでも息は激しく上がり、心臓は爆発しそうな程大きく脈打っていた。
鉛のように躰が重く、思考も霞んでしまって間々ならない。
苦しい。
苦しくて、そして情けなくて、じわりと涙が浮かぶ。
「…っ…う?」
ぼんやりとした視界の中、アッシュの顔がより近くなり、ふと触れてきた優しいものに対し反射的に眼を閉じた。
眦に溜まっている涙を舐められ、そのまま頬にもキスされる。
「悪いが」
「な、に…ぅわ!」
一体何が悪いのか、と考えるだけの思考が定まっていないまま、いきなり躰全体が浮遊感に襲われた。
ビックリして抵抗するのも忘れ、すぐそこにあるアッシュの顔を呆然と見つめる。
背中から脇の方へと腕を回され抱えられ、膝裏にも同じように回されて持ち上げられている状況。
すぐに下ろされたのだが、場所はソファでなくベッドの上だった。
横に寝かせられ、ベッドは微かに軋む音を立てた。
「…悪いが、お前の要求には答えられない」
「っあっ!?」
ずるりと簡単にパジャマの下を、しかも下着と一緒に脱がされ、ルークは驚愕した。
脱がされる時に下着が擦れ、それだけで恐ろしい程の絶頂感に襲われる。
その上、外気に触れて余計にどくどくと脈打つ熱を感じてしまう。
視界に入ってしまったものは既に反り立ち、もの欲しそうに震え、トロトロと蜜を流していた。
それが、蝋燭の炎の光によって妖しげな輝きを出している。
ルークは慌ててパジャマの裾を引っ張り、下肢を隠した。
快楽の熱だけでは無く、羞恥に顔が火照る。
今更見られたところで気にするような間柄では無いのだが、それでもこんな情けない姿を晒したのは初めてに等しい。
もう嫌だ、と何度も首を振った。
チッとアッシュから舌打ちが漏れ、腕を掴まれる。
「手をどかせ、屑が」
「い、やだ…ふ、ぁ…あっ」
抵抗しようとしても、力の入らない状態で敵う筈も無く、アッシュはルークの手を無理矢理どかせた。
抑えるものが無くなったパジャマの隙間から、震えるペニスに触る。
「ひぅ! …や、たの、頼むからっ。…やめて、くれ…ぅう…」
大きく腰が揺れて、射精しそうになるのを我慢するのが精一杯だった。
すすり泣く懇願の言葉に何か思ったのだろうか、アッシュはずずいとルークを覗き込むように顔を近づけてくる。
泣きそうになるのを堪え、唇が触れそうになる程の距離に来たアッシュの顔を、ただ止めて欲しいと思いながら見返した。
だがその間にも、アッシュに握られているペニスからは先走りが零れていく。
触れる指は冷たくて気持ち良くて、けれど心が悲鳴を上げ。
熱く荒い呼吸を繰り返し、全身から汗が流れていく。
あまりの切羽詰った状況に、また泣き言を吐きそうになった、その時。
「俺が、お前を欲しいと言ったら?」
「…ぇ……?」
囁かれた言葉は、甘美だった。
擦れたような、静かで艶やかな音色。
甘くて、一瞬にして身を暖かく包んでくれる程に、優しい。
すっと取られた手が、アッシュの下半身へと導かれる。
触れたそれは、とても熱くて硬くて。
ルークは思わず眼を見開いた。
アッシュがくすりと声を漏らし、優しく笑みを浮かべる。
「お前を気持ち良くしてやりたい。お前の感じる声を聞きたい。躰中余す所無く触って、よがらせて。お前の中に突き入れて…揺さ振って」
「あ…しゅ」
「そんなふうに、俺を感じるお前が見たい。お前が欲しい。これでは駄目か?」
卑怯だ、と。
そんな言葉が過ぎった。
もしかしたらアッシュはわかっているのかもしれない。
今のルークが、プライドの為に必死になって抗っているのを。
快楽を与えてくれるのなら、誰でも良い…そんな事さえ思ってしまえるような状態であるが為に、激しい抵抗を繰り返している事に。
そもそも互いの本当に強い思いは、わざわざフォンスロットを開こうと意識しなくとも、聞こえてしまう事があるような自分達だ。
もちろん稀な事だが。
しかしこれだけ必死になっていれば、アッシュに伝わらない筈が無いだろう。
わかっていて、それでも楽にしようとしてくれる。
求めているのは互いにであり、一方的なものでは無いからと。
アッシュが、ルークを欲しいのだと。
だから抱きたい、そう優しい声で囁やいて、ずくずくと蝕む熱を余計に浸透させていく。
本当に、卑怯だ。
こんなんじゃ、もう逃げられない。
「…れ、も。俺も…っ、あ…アッシュが、ほし…い」
そう言うと、堰切れたようにぶわりと涙が零れた。
縋りたくなって力の入らない手を必死に伸ばそうとすれば、アッシュは上から覆い被さり、ぼろぼろと落ちていく涙を、舐めてくれる。
いつも感じる重みに、安心する。
「ほら…」
「ぁ…ぁあ、っんああ!」
握っていたペニスをそのまま指でつぅと上の方へ撫で上げ、先端をくりくりと抉られる。
それだけでルークは呆気無く射精した。
びくんと大きく躰を撓らせ軽い痙攣を起こしながら、ベッドへと深く沈む。
それでもペニスは萎える事が無く、次の快楽を望む。
「ぁ、んんっ…い、入れてぇ…アッシュ、早く入れてくれっ!」
叫ぶような懇願に、すぐさま口付けが降りてくる。
「いきなり入れても平気か…?」
「平気っ…だから。は、早くっ」
もう、自分が何を言っているのかさえ良くわかっていなかった。
ただ、早く欲しい。
早く…そうしないと、相手がアッシュである事を認識出来なくなってしまいそうで。
わかっているうちに、入れてほしい。
つ、と奥の方へ触れてきたものを感じる。
ルークは自分から足を開いた。
「いくぞ」
「ん…アッシュ…あ、ぁあ、あああっ!」
アッシュが一言発すると共に、腰を進め。
ルークは朦朧としながらも、胎内へと入ってきたモノを悦んで受け入れた。
蝋燭の火は、全ての蝋を溶かして消えている。
カーテンも閉めている為、部屋の中は真っ暗になっていた。
アッシュは傍にあるランプを付けようかと思ったが、寝ているルークが起きてしまう可能性もあるだろうと、伸ばしかけた手を元に戻した。
眠る愛しき者の顔を探り、指先でそっと触れ、そのまま確かめるように頬を包む。
赤みを通り越して青白くさえなっていた顔は、今はどうなっているのだろう。
静かで規則正しい寝息から、ゆったりと眠れてはいるようだが。
頬を包む指に付いている指輪が冷たいのか、ルークは少し左手の方に擦り寄ってきた。
思わず笑みが零れる。
「ルーク…」
名を呼ぶと、暗闇の中でルークが笑った、と。
そんな気さえしてくる。
今日のパーティーで彼から指輪と短刀を見せられたあの時、そのような選択肢を提案してくるなど、随分と狡猾な手段だと思ったものだ。
それぞれに「結婚」と「絶遠」を意味する、指輪と短刀。
そんな二択に、策に嵌ってしまったのかと……己に短刀を選べる訳が無いとわかっていての二択であり、この心がきちんとルークに向いているのかを確かめる為に、わざとあのような事をしたのかとも疑った。
だが、きっとそうではない。
そんなものは確かめなくても、わかりきっているのだから。
あの時のルークは、真剣だった。
本気で旅に出ようとしていた。
あれは、覚悟をした眼だ。
己の元から離れるか、そうでないかと、瀬戸際に立っていた。
ならばその二つの道具は、ルークが考えた事では無いのだろう。
十中八九、あの男だ。
あの時、ルークと意味不明な会話を交わした眼鏡が一枚噛んでいる。
きっとルークはあれこれ悩んでいた事をジェイドに相談しにでも行ったのだ。
そして、ジェイドは二つの選択肢をルークに勧めた。
つまりは自分がというよりも、ルークが、ジェイドの策によって落ち着かせられた方が正しい。
奴は己が必ず指輪を取るとわかっていて、この二つを用意させたのだ。
ルークを、ここに残らせる為に。
そう思うと、どうにも腹立たしくなってくる。
アイツに借りを作ってしまったようで。
しかしながらルークの用意した指輪のデザインは、聖なる焔の光をモチーフとしたものなのだろう、シンプルで且つ格好良さを求めたのか、男である己がすんなりと付けられるものだった。
なかなかセンスの良いものだ。
これに関しては、素直に喜べる。
ルークは何もいらないと言ったが、もしこちらからも何か返せるのならば、もっと色んなものに触れさせてやりたいと思っている。
お前の望む、近くからの民達との触れ合いが出来れば良いのに。
――そうすればお前は、こんな小さな箱庭から、無理に出ようとしなくなるかもしれない。
「馬鹿だな、お前も…俺も」
呟き、己と同じ造形をしている躰をそっと抱き締める。
するとルークは少しだけ身動ぎして、こちらに擦り寄ってきた。
それにまた微かな笑みが浮かぶ。
今回のように現状から逃れる事を選ぼうとしても、きっと自分達は離れられないのだろう。
それぞれに捨てられない夢や目標を持っているくせに、時としてそれがどうでも良くなる程にお互い依存してしまっているから。
喜びや不安や、哀しみや怒りも全て、共有してしまっているから。
心だけではない。
たとえ薬の影響でのものであったとしても、コイツが快楽を望めば、己もまた同じように望んでしまうのだ。
肉体も精神も。
全てにおいて、共鳴し合っている。
小さな箱庭にルークを縛り付ける事が、良い事なのかはわからない。
世界は広いのだ。
たくさんの生命が存在している。
もしかしたら、互いに別々の道を進んだ方が良かったのかもしれない。
お前ならばきっとどんな環境でも、笑顔を浮かべられるだろう。
周りの者達に愛されるだろう。
そして、必ず誰かを救える存在となるだろう。
そうしたら自分は、毎日民を近くで感じるお前の事を思いながら、それでもやはりこの世界の為に王族という地位を捨てずにここで働くのだろう。
ここで働く事が一番世界を救える近道になると考えている以上、己にはこの地位を捨てる事は出来無い。
そしてそれが一番、お前の為に出来る事だから、きっと傍からいなくなったお前を追う事はしない。
だが、心の根底ではわかっている。
そんな考えは、無駄でしかないと。
何処までいっても、仮定でしかない。
自分達はもう二度と、離れられるわけが無いのだ。
そもそもお互いが傍にいなければ生きていけない、この世に存在出来無い。
それ程に、愛しているのだから。
そしてその深い依存とも呼べるものがまた、多くの不安や喜びを生んでいくのだろう。
これからもずっと。
それが少しばかり、狂ってしまっているのではないかと思う事もあるが…―――
「―――…え?…ぇ?」
眼を開けぼんやりしていたかと思えば、いきなり間抜けな声を出してきょろきょろ辺りを見渡すルーク。
いつもと違う景色に不思議に思っているのか、それとも一定に感じられる振動に何か可笑しいと感じたか。
己の胸辺りに乗っている顔を見下ろしていると、ようやくこちらに気付いたのか、首を傾げてきた。
「なぁアッシュ」
「…どうした」
「ここ、何処だ?」
「馬車の中だな」
「何で馬車の中にベッドが…じゃなくて!」
「母上の特注だ」
「いやだからっ」
がぁっと噛み付かんばかりに顔を近づけてくるルークの唇に軽くキスを落とすと、それだけで彼は大人しくなった。
じっとこちらを見つめ答えを待っているその姿は、まるで犬のようで思わず笑ってしまう。
「俺からのプレゼント、だ。一ヶ月の旅行、父上からもぎ取った」
「え。ま、マジ…?」
「本当はアルビオールを呼ぼうかともしたのだが、それではつまらない気がしてな。そしたら、母上がすぐにこの馬車を用意してくれた」
呆けるルークに、アッシュはくっと咽を震わせた。
確かに、普通ならば昨日の今日で唐突に、しかも一ヶ月間も休暇が取れるのかと言えば、子爵である自分達には難しい事だ。
ルークもそれで驚いているのだろう。
だが、この旅の目的は民と触れ合う事。
各地を回り、この眼で現在の世界状況を見てくるのだ。
つまり半分は仕事のようなものだった。
しかしそんな事をルークに言わなくとも、コイツならば期待以上の成果を持って、両親に事細かに話すだろう。
むしろ気軽に楽しめる旅行としておいた方が良いくらいだ。
「すげぇ…」
ルークはまたきょろきょろと辺りを見回し始めた。
馬車自体にあまり乗った経験が無いのかもしれない。
それにベッド付きの馬車なんてそうそうに見つかりはしないので、珍しくも感じるだろう。
内装も普通の馬車に比べて随分と綺麗だ。
馬車の動きに合わせて、微かに揺れる跳ねた髪を撫でながら、のんびりと窓から見える外の景色を眺める。
蹄の音を聞きながら、草原と、岸壁と、そして青空と流れる雲の移り変わりを楽しめるとは、存外に贅沢な状況ではないか?
ルークも、いつの間にか外ばかりを見つめていた。
「躰はもう大丈夫か?」
「あ、ああ…うん。平気みたいだ」
声を掛けると、昨夜の出来事を今思い出したらしく、今更自分の躰を確かめ出す。
らしいと言えばらしいのだが、抜けているルークに少しばかり呆れてしまった。
こちらがどれだけ心配したか、わかっていないのか。
しかし、ふと顔を上げてこちらを見上げてきた。
何か不都合な事があったのかと思ったのだが。
「えっと、もしかして俺、裸のままここまで運ばれて…」
「…ああ。俺が運んだな」
「マジかよ。何で起こさなかったんだよ!」
「昨夜アレだけよがっていた奴を、起こせるとでも? 安心しろ、毛布で包んでやってたから」
笑ってやると、うう…と顔を赤らめ呻きながらも、己へと抱き付いてきた。
何も身に付けていない背中を何度か撫で、そしてそのまま尻までゆっくりと撫で下ろしていく。
気持ち良いのかか細い声が漏れてきて、それだけで己もすぐにコイツが欲しくなるのだから、本当に狂っているなと苦笑してしまった。
「お前を逃す事なんざ、一生出来そうに無いが。せめて、お前の望みを叶えてやる事くらいはしてやりたいからな。一緒なら、悩む必要も無いだろう?」
一生は無理だが、たった一ヶ月だけならば共に箱庭から抜け出すのも悪くは無い。
そう、共にだ。
そして思い切り羽を伸ばして、自由気ままにゆっくりと世界の有様を見ていこう。
近くに置いてあったルークの服の上に手を伸ばし、銀の短刀を掴んだ。
それをルークに持たせる。
「これ…」
「お前が使うべきものだ。これで一ヶ月間、お前の出来る事をやってみせろ。その為にこれも用意したんだろう?」
「…おぅ」
ルークは、銀に輝く柄を強く握り締めた。
本来は絶遠の意味のものだけれど、そこには彼の、民達を救いたいという願いが込められている。
そして、共にいると約束の証である指輪。
狂っているなんて、そんな事どうでも良いのだ。
それでも絶対に、このレプリカを手放す気は無い。
二つが離れる必要など、どこにも無い。
これから一ヶ月。
自分達は色々なもの見つめるだろう。
多くの人と触れ合い、笑いながら、同じものを同じ視線で見つめる。
二人、どこまでも共に。
―――さぁ、旅をしようか。
...end.
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オフ本「Azure」で書いたものです。
君に幸あれの後書きでオフ本にて続きがあると書きましたが、以前アップしてほしいとのリクエストを頂き、
その本が発行からだいぶ経っていたというのと、まぁ続きだから良いか…と思ってアップしました。
2010.05.22
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