白き世界  5

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 朝も十時に差し掛かった午前。
 里には太陽の光が注がれ、明るく賑やかな声があちこちから聞こえてくる。

 だがそんな明るい雰囲気とは掛け離れた、酷くドス黒い内情を胸に抱きながら、イタチはもの凄いスピードで木の葉の里中を走り回っていた。

 理由は明確。
 昨日サスケを襲った連中を、虱潰しに探しているのだ。
 火影三代目の水晶で捜して頂けるのならばそれが一番手っ取り早いのだが、力を借りるような内容ではないし、自分ならば一日くらい掛ければ十分見つけられるだろう。


 …見つけて、サスケを襲った報いを、必ずその身に受けてもらう。

 ああ、二度とサスケに手を出そうという気が起きないくらいに、再起不能にしてやろうか。


 建物の屋根上や木の枝へと俊足で飛んでいきながら、昨日の夜に覚えた気配を探していく。
 任務で遠出していない限りは、里にいる筈。

 しかしふと、走り回る自分へと真正面から向かってくるチャクラを感じ取り、イタチは眉間に皺を寄せた。
 知っている相手なせいで、足を止めざるを得なくなる。

 相手もまた、イタチの目の前で止まった。
 屋根の上で真っ向から対峙した男は、逆立てた銀髪を揺らし、いつものように飄々とした態度で軽く手を挙げてくる。


「やぁ、イタチ」
「カカシさん…」


 同じ暗部の仲間でありながら仮面の下も互いに知っている男に、イタチは思いっきり不快を露わにした。
 こちらの反応を見てカカシが目元を和らげるものだから、余計に苛立ちが募ってくる。
 何を考えているのか、わかるからだ。

 案の定、彼は笑みを浮かべたまま明るくおどけてみせた。


「珍し〜いねぇ、お前がそんなに感情露わにしちゃって。今日はお赤飯かな?」
「…何か、用ですか」


 イタチは地の這う声を出し、怒りを隠そうともしなかった。

 彼の言う通り、珍しくも心から沸き上がってくる負の感情を抑えきれない。
 サスケを大切に思うあまり、苛立って苛立って仕方が無い。

 カカシは小さく肩を上げ、やれやれと呟く。


「いつも冷静沈着なお前が、朝っぱらから怒りを放出しながら里中を走り回ってるって、みんな大騒ぎしてるよ。上忍達は気配に鋭いからね。三代目も酷く心配していらしたし」


 三代目という言葉にイタチの心が揺れ動き、微かに眉が動いた。

 既に三代目にまで耳に届いてしまっているとなると、このまま動くのは得策ではない。
 普段から世話になっている火影に、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないだろう。

 ……だが、こんな自分でも許容出来無い事だってあるのだ。


 唯一、サスケの事だけは、どうしても。


 イタチは漆黒から鮮血へと変わった鋭い眼をカカシに向け、戦闘態勢へと移行しながら静かに声を発した。


「それで。貴方は何故、わざわざ俺の前に現れたのですか」
「何故?それはこっちが聞きたいね。どうしたの、そんなに取り乱して」
「私情です」


 サラリと告げれば、カカシはやはりにっこりと笑みを浮かべたまま。


「弟さんが襲われかけたって?」
「っ…!」


 カッと血が上り、イタチはクナイを手に取った。

 だがそれは、掌から離れず。
 投げなかったのは、先にカカシに腕を捕まれたからだ。


「違う違う。三代目が心配してたって言ったでしょ?呼び出されて、お前をどうにか止めてこいって言われたのよ。うちはのお前が殺気立たせて里中走り回ってるなんて、他のお偉いさんの耳に入ったらヤバイでしょ」


 冷静になりな、と落ち着いた声でゆっくり言われ、イタチは小さく溜め息をつきクナイの持つ手の力を緩めた。
 今の、感情が揺れ動いている自分では、彼とやり合ったら負けるとわかっていたから。
 それだけの判断が出来るくらいには、まだ冷静だった。

 カカシは満足そうに頷いてから、腕を放す。


「良いんじゃないの、時々はさ。君はまだ十三歳の子供なのに、普段ものすごーく大人だから。むしろ、お前でも気が乱れる事もあるんだと思って安心しちゃったよ、俺。…で、どうするの?行く?行かない?」
「…どういう意味ですか?」


 問えば、こちらを見下ろしてくるカカシは、軽く首を傾けた。
 やはり笑みを浮かべたまま。


「殺さないって約束してくれるなら、お前が求めているものの場所を教えるよ。三代目がうっかり!独り言、言ってるの聞いちゃったからさ。あ、ついでに俺も行くけどね。…でも感情に任せて殺すと言うのなら、何が何でも今ここで、俺がお前を止める」


 静かな声のトーンと、殺気。
 しかし本気では無い。

 三代目も、自分やサスケの事をそれなりに気に掛けて下さっている。
 しかもカカシがいる前でうっかり独り言とは、なかなかに粋な人だ。

 イタチは微かに口元に弧を描き、表情を和らげた。


「半殺しなら、了承してくれますか」
「ん〜、武器無し写輪眼無しなら許す。元々悪いのは向こうだしね」
「感謝します」


 礼と共に軽く頭を下げると、カカシはヒラヒラと手を振り、気にするなと笑った。




















 白い。
 白い。

 白くふわふわとした、柔らかな光に包まれている感覚。

 暖かなそれに酔いしれて、なかなか眼が開かない。
 あまりの気持ち良さに、サスケは緩やかな笑みを浮かべた。


 ふわり、ふわり。
 何かが頭を撫でている。

 ふわり。

 ふわり、と。

 この優しく暖かなものを、自分は知っている気がした。
 何度も何度も撫でてくる、緩やかなそれは…――ああそうだ、やっぱり人の手だ。

 そう、自分の大好きな…。


「兄さん…?」


 サスケは薄っすらと眼を開けた。
 視界は真っ白。
 だがそれは、カーテンの開け放たれた窓から注ぐ、太陽の光だ。

 寝起きのシパシパした視界がどうにかはっきりしてくると、ベッドに寝ている自分を見下ろしてくる兄の顔があった。

 太陽の光に彩られた、暖かな白き世界に自分達はいるような。
 眩しくも優しい世界に、二人きり。

 きちんと眼が合うと、イタチは頭を撫でてくる手をそのままに、柔らかく笑みを浮かべた。


「おはようサスケ。もう昼過ぎだぞ」
「ぁ……うん、おはよう兄さん」


 もう昼なのか、随分寝たな。
 寝すぎたのだろうか、どうしてか瞼が腫れぼったい気がする。

 そんな事をぼんやり思っていて、ふと気付いた。

 昨日の夜、自分はいつの間に眠っていたのか、記憶が無い。
 いつ頃帰ってきて、いつ頃自室のベッドに入ったのか…。


「腰は大丈夫か?」
「え、…腰?」


 心配そうな声と表情に、サスケは首を傾げながらもその意味を考えた。

 腰。
 腰か。

 そう言われると、起き上がれないくらいにだるい。


「…かなり重い」
「そうか。無茶させたな」


 毛布の上からサスケの腰を触れてきたイタチの掌が、ぽぅと蒼い光を帯びる。
 それで労わるように何度か撫でられると、重いものがすっと取れた気がした。

 そういえば、昨日の夜もこんなふうに怪我を治して貰って…。


「ぁ」


 ようやく、思い出した。
 そうだ、昨日の夕方頃にイタチの強さを妬む男共に追われて、自ら谷底に落ちて川に流されて。
 捜しに来てくれたイタチと…。


「あー……」
「どうした?」
「や、何でもないから」


 うっかり全部思い出してしまい、恥ずかしさに紅潮してきた頬を枕に押し付け、毛布を頭まで被った。

 暗がりだったし、躰を見られるくらいなら何とも思わない。
 だがあんなふうに尻の穴を弄られて、ペニスを入れられて。
 自分は変な声を出しまくって、泣きまくってしまったのだ。

 そりゃ、瞼も重い筈だ。


「はぁ、情けねぇ…」
「サスケ?」


 降ってくる声には、少し戸惑いが混じっていた。
 もしかして、あのような行為をした事に対して、後ろめたさでもあるのだろうか。

 情けないのはボロボロに泣いてしまった事であって、イタチとの行為自体は凄く気持ち良かったし、またしてくれても全然構わないのだが。
 が、そういうのをわざわざ口にするのは、男としてどうだろう。

 しかし多分、いや絶対。
 イタチは勘違いして、勝手に後悔している。
 それは、もの凄く嫌だ。


 ―――兄さんが、大好きだ。


 その事だけはちゃんとわかっていて欲しい。


「ぁ、あのさ兄さん」
「ぅん?」
「俺。いつか絶対、兄さんよりも強くなって。必ず、兄さんを守れるような男になってみせるから」


 毛布からバッと顔を出して、捲くし立てた言葉に。
 イタチはポカーンとした表情を浮かべた。

 珍しい表情ではあるが、この反応はもしかしたら、言いたい事が全然伝わらなかったのかもしれない。

 …違う、言葉が足りないんだ。


「だ、だからさ。ずっと俺の傍にいてくれるよね?」
「サスケ…」


 おそるおそる続きを言えば、今度は眼を見開いてこちらを凝視してくる兄。
 けれども、すぐに破顔してくれた。

 いつもの優しい笑みに、サスケも吊られるように笑みを浮かべる。

 そしていつものように手を伸ばせば、握り返してくれて。
 両手を差し出せば、腕を引き、そのまま背中にまでイタチの腕が回ってギュッと抱き締めてくれる。

 イタチのくれる暖かな抱擁の心地良さに、サスケは酔いしれる。


「兄さん…」


 そっと眼を閉じて。

 大好きな匂いや温もりに包まれている、瞼の裏からでも感じる、この白き世界の中で。


 ずっと一緒だ、と。



 微かな甘い囁きが、届いた。





  ...end.



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題名の「白き世界」とは、サスケにとってのイタチお兄さんの事、そしてイタチにとってのサスケの事です。
お互いがいるから幸せであれると、そんな意味合いを込めて。

2008.08.20
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