桜舞い散る夜 後篇
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「機嫌直せってば」
「ウルセェ」
「むぅ」
隣に座るサスケに話しかけても、ムスッとしているだけで相手にしてくれない。
折角の花見、これ程までに美しい夜桜の下で花びらの舞い散る景色を見ているというのに、つまらない。
しかし、賑やかな先生達の方に行こうにも、酒を勧められると困るのであまり近づけなかった。
結果、騒いでいる所から少し離れ、こうしてサスケと二人で避難している状況に落ち着いてしまっている。
誰かが傍にいるというのに、話せないのは残念だが…。
「でもま、こうして大勢で一緒にいられているだけでも、滅茶苦茶嬉しいってば」
桜を見上げながらそう呟き、ナルトは笑みを浮かべた。
初めは、独りで花見をするつもりだったのだから。
黙ったままのサスケを余所に、ナルトは持っていた手作り弁当の包みを広げた。
まだ作ってからさほど時間が経っていないおかげか、暖かい。
パカリと蓋を開ければ、色とりどりのおかず。
箸を持ち一口食べれば、頑張って作った甲斐があって美味しく感じた。
この美しい桜と、先生達の賑やかさが美味さを倍増させているのだろう。
先生達が一発芸と表して、あれこれやり始める。
初めはそれに笑いながら食べているナルトであったが。
じっと傍から見られている視線にふと気付いてからは、どうにも食べづらくなった。
もくもくと噛んでいる様子まで見られていれば、居心地も悪くなってしまう。
流石に耐えきれなくなって、持っていた弁当を少しだけサスケの方に差し出し、首を傾げる。
「サ…サスケも食べるってば?」
「………………」
うう、何だろう…沈黙が痛い。
しかも、じっと顔ばかり見られているのだが。
否、これは睨まれていると言うべきか。
「サ、スケ?何かあったってば?」
「アイツ等…殺してやりてぇ」
「ぇ?」
ぼそりと呟かれた言葉に、ナルトは驚き、微かに声を上げる。
今、彼は何と言った?
殺す、と言ったか。
…何故?
ナルトの沈黙をどう取ったのか、サスケはバツが悪そうにそっぽを向き、手元にあった瓶に口を付ける。
しかしそれでもじっとサスケの顔を見つめていると。
やはりそっぽを向いたままであったが、今度は強い口調で言い放った。
「あの時カカシが出てきていなかったら、きっと殺ってた」
「え?…え!?な、何でそんな…」
「このドベッ、仲間だからに決まってんだろ!」
そう堰き切ったサスケの顔は、心なしか赤く。
言われた言葉に、ナルトもまた、顔を赤らめた。
涙が出そうだった。
でも今度は、哀しいからじゃない。
嬉しいからだ。
――凄く、嬉しいから。
仲間だと、思ってくれている。
自分が誰かに苛められたら、こんなふうに怒りを露わにしてくれる人がいる。
それが凄く、凄く。
嬉しい。
「…これ、貰うからな」
「あ、うん。どうぞ」
サスケが手掴みで、ナルトの差し出していた弁当の中身を口に放り込む。
一口食べて、モクモクと噛んで。
しばらくしてゴクンと飲み込むと、また手を出してきて、違うおかずを掴む。
「…美味しい?」
それを何度も繰り返すものだから、味は気に入ってくれたのだろうかと聞いてみた。
すると。
「……ああ。すげぇ、美味い」
ふわりと、笑ってくれた。
そんなサスケの笑みは、初めて見るもの。
あまりにも綺麗で、格好良くて、ナルトは思わず顔を真っ赤にした。
ドキン、ドキンと心臓が鳴り、躰中が火照ってくる。
どどどどどどうしたってば!?今日のサスケ!
何か悪いものでも食べたってば!??
妙に艶っぽくて、しかも凄く優しい気が…って。
スッと弁当を取られ、シートの上に置かれる。
空いた手をサスケに握られ。
それを、あろう事かサスケは自分の唇に持っていったのだ。
「な、なな、なっ」
掌にちゅっとキスをされ、頭は混乱状態。
その上、サスケは口付けたままニヤリと唇の端を上げる。
「お前、良いお嫁さんになるよな」
「おおおおおおおお嫁さん!?」
「なぁ、なんなら俺んちに来るか?…お前なら大歓迎だ」
「ぅぇええええ!???」
確かに、いつか結婚してお嫁さんになるのが夢だと、常々思っている。
しかしまさかいきなり、こんな人がたくさんいるような場所で、こ、こ、告白!
しかも、相手はサスケときた。
あの、普段はスカしていてドベだとかウスラトンカチだとか酷い事を言ってくる、サスケだ。
……うん、まぁ強いし、頭も良いし、凄く格好良いけれど。
凄く女の子にモテるのだって知ってるし、サクラちゃんもキャーキャー言ってるし、自分だって…それなりに、良いなぁなんて思っちゃったりして。
危なくなった時には、守ってくれた事も何度かあったし。
さっきだって、酒瓶投げつけられたのを守ってくれて。
でも。
「…お、俺。狐付きだってばよ?」
「だから何だ」
「だから、その…ぇと。き、気持ち悪いってば?」
「ぁあ?テメェはたかだかそんな理由で、俺のプロポーズを断るのか?良い度胸してんなオイ」
「ややややややっぱプロポーズだったってば!?」
十二歳にして、お嫁さんなんて、そんな!
いやまぁ、サスケも家族がいなくなってしまったし、自分は元より独りなので障害は無い。
だが、サスケの事が好きかと言われると。
…友人としては好きだ。
しかしそれが恋愛感情かと問われると、わからない。
「サ、サスケ。とりあえずお友達から…」
「ウスラトンカチ、もうとっくに友人だろうが」
「うう、そうだけれど」
「………なぁ、ナルト?」
擦れた声で囁かれた、自分の名前。
またしても心臓が高鳴り、口を閉ざしてしまう。
見つめてくる黒曜石の双眸は、とてつもなく艶やかに濡れている。
腰に腕を回され凄く密着しても、抵抗なんて出来無い。
むしろ包んでくる暖かさに、自分から擦り寄ってしまいそうになって。
それでも必死に自制していると、いつの間にかすぐそこに、サスケの端整な顔が。
ゆっくり、ゆっくり、近づいてきて。
「…んっ……」
唇が、触れ合う。
それはしっとりとした暖かさで、優しくて、気持ち良くて。
嫌悪を感じるかもしれないと思っていたが、全くだ。
ちゅっと吸われて、サスケの唇が離れていく。
かと思えば今度は深く合わさってきて、咥内にちろりと舌を入れられる。
「ん、んんっ…ふ、ぁ」
「…ナルト、」
何度も唇が離れてはくっ付いて、その度に名前を呼ばれる。
頭がぼぅっとしてきて、躰がふわふわ浮いた感じになって。
いつの間にか閉じていた眼を薄っすらと開ければ、サスケの長い睫がぼんやりと見える。
そっと。
自分の胸に、手が置かれた。
ぴくんと小さく躰が跳ねる。
「ゃ…、サスケ」
慌てて顔を背け、その手を掴んだ。
しかしサスケは、服の上からナルトの小さな乳房を揉んでくる。
うう、もしかして、もしかするのかなぁ。
と、首筋を吸われ胸を揉まれ、施される愛撫に気持ち良くなって、声が出そうになった。
…その時。
「はいはいはいはい、そこまで。それ以上は、ここでやらないの」
ナルトに引っ付いていたサスケをベリと剥がしたのは、カカシであった。
サスケが、またカカシの肩に抱えられてジタバタともがいている。
その様子をぼんやり見ていたナルトは、大きな手でぽふぽふと頭を撫でられ、ふいに我に返った。
「ぅわ、わ、わわわ」
「…大丈夫?ナルト。全く…駄目でしょサスケ、お酒なんて飲んじゃ。酔っぱらっちゃって、女の子押し倒すなんて…」
「ウッセェ…」
カカシは呻くサスケをまたナルトの隣に下ろし、次には先程サスケが煽っていた瓶を拾い上げた。
「それに誰よ、こんな所に酒瓶置いたの」
「おいカカシ、止めるなよな。これからだったってのに」
「そうよ、可愛いショーが楽しめたかもしれないじゃない」
「お前等ね……まさかこれ、お前等?」
周りから来た野次にカカシがブツブツと言い、また元の場所に戻っていく。
その後ろ姿を見ながら、ナルトは呆けていた。
「さ、酒。サスケ、お酒飲んでたってば…?」
じゃあ、今のキスは…酔った勢い?
つまりは、本気じゃなかったとか。
…ファーストキスだったのに。
サスケも我に返ったのか、こちらを見ようとせず、余計に先程の告白は嘘だったと言われている気がした。
じわりと涙が滲む。
なんだか、情けない。
抱き寄せられて、キスされて。
それが凄く気持ち良くて。
あ、自分もサスケが好きかもしれない…なんて、思ってみたりして。
でも実は、サスケの方が全く本気では無かったのかと思うと…。
これでも忍なのに、たかだか一人の男に振り回されてしまうなんて、見っともない。
じわりじわり、涙が滲んで零れ落ちそうになる。
せめて先生達に見られないように、俯いてやり過ごそうとした。
と。
「……………サスケ?」
手を握られ、何かと反射的に顔を上げる。
そっぽを向いていると思っていたサスケは、眉を寄せて困ったような表情をして、こちらを見ていた。
既に酔いは醒めたようで、いつもの顔色に戻っている。
サスケが立ち上がる。
くいと繋がった手を引っ張られ、ナルトも立ち上がると、サスケはシーツから出てスタスタと歩く。
「ど、どこに行くってば?」
「…いいから」
かなり早く歩くサスケに引っ張られ、たたらを踏みながらもどうにか付いていく。
どうしたのかと聞く暇も無く。
人の多い所から、どんどん離れていく。
サスケが止まったのは、全く人気のしなくなってしまった桜群集の中だった。
灯りが一切無い、月だけが地上を照らすような、街から遠ざかった場所。
けれども、だからこそとてつもなく幻想的で、美しい。
はらり、はらり。
いくつも落ちてくる桜の花びら一枚一枚が月の光に反射され淡く浮き立ち、まるで雪のようだ。
まだ木に付いているたくさんの桜も、自分達の頭上で淡い姿を見せていて。
言葉も失うほどに。
魅せられる。
夢中で舞い散る桜を見上げていると、隣から何かを言われた気がした。
「…ふぇ?」
「だから。…さっきの、嘘じゃねぇから」
見れば、まだ手を繋いだまま横に立っていたサスケも、桜を見上げていた。
その顔は白く無表情で、月光を浴びて美しく浮かび上がっている。
照れるだとか、仏頂面だとか、そういうもので無く。
だからこそ、真剣なのだと理解出来る。
桜から、ナルトの方へと移された眼。
黒の眼球は、しっかりと自分を映している。
「お前の事。好きなんだ」
「……ぅん、ありがとう…ってば」
精一杯の返答だった。
まだ、自分も好きだと返せるような程、心が付いていっていない。
サスケが好きなのかもしれないと、そんな状態だから。
けれども、ぎゅっとサスケの手を握り返した。
嬉しいのだと、ちゃんと伝わるように。
こんな自分を好きになってくれた人に、感謝の気持ちを込めた、ありがとうを。
「そういえば、何でサスケ、花見に来てたってば?」
帰り道。
カラになったお弁当と水筒をサスケが持ってくれて、二人でのんびりと歩いていると、ふと思った。
サスケはあまり、ああいうものを見たがるような性格をしていない気がするのだが。
不思議に思いじっと横顔を見つめていると、サスケは一つ溜め息をついた。
「…お前を探してたに決まってるだろ」
「へ?」
「本当は、その…誘うつもりだったんだ。一緒に桜を見に行かないかって。なのにテメェは演習が終わった途端帰っちまうし。でも夜に誘えばと思って、修行をしてからお前んちに行ったら、いねぇし」
ぽつぽつと話す彼は、眉を寄せ、けれどどこか嬉しそうな表情をしている。
いきなりお嫁さんは無理だけれど、何回もデートしようと約束したから、そのせいかもしれない。
少しずつ少しずつ、距離を縮めていって。
いつかは自分からきちんと好きだと言えるようになったら、お嫁さんになるという約束。
サスケが自分を好きだっただなんて、全く気付かなかった。
でも告白されて、気付く。
ああ確かに、好かれていたかもしれない、と。
さり気無く傍にいてくれていた彼の、目一杯の優しさが身に沁みる。
「俺、サスケと一緒に桜が見れて、凄く凄くすっごく、良かったってば」
「そーかよ」
笑顔で言えば、サスケもクツリと咽を鳴らし笑う。
来年もまた一緒に桜を見に来よう……なんて言葉は、言わなかったけれど。
こうして一緒にいるだけで、隣を歩くサスケには伝わっている気がした。
...end.
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とにかく12歳らしく、可愛い感じを目指しました。
しかしこの様子だと、一ヶ月もすれば同棲しているようなイメージが…。
2008.05.01
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