桜舞い散る夜 前篇
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季節は寒かった冬から、いつの間にか長閑な春へと移行していた。
暖かな空気の生み出す果てしなく透き通った美しい青空が、頭上一面に広がり。
太陽の光が優しく地上へと降り注ぐ、そんな柔らかな午後。
「じゃあ、今日はこれで終わりだね」
演習の終了を、上忍であるカカシから部下の子供達全員を見下ろし告げられる。
ナルトはその言葉を聞いた途端、くるりと背を向けた。
「ちょ、ナルト!?まだ」
「さよならだってばよー!」
サクラの声を気にもせず、ダッと走っていってしまう金髪の少女。
まだ大人しくその場に留まっているサスケとサクラは、何事だろうかと小さくなっていく仲間の背を見送った。
カカシも、ふぅと小さく息を吐く。
「相変わらずナルトは落ち着き無いねぇ。明日の予定、聞かずに行っちゃって」
「…何かあったのか?」
普段は回りに無関心であるサスケが珍しく他人の行動に興味を示し、いぶかしむ声を出す。
だがハッキリとした答えを持つ者は、既にここにはいなかった。
火影の里を駆ける少女は、若干十二歳。
長い金色の髪をツインテールの髪型に結び、橙色のジャンパーと七分のズボンで小柄な身を包む彼女の顔は、とても明るい。
この青空と同じ透き通ったブルーの瞳は、幸せそうな色をしている。
だが、それは彼女の持つ精神力であり、決して本当に幸せなのかと言えば、そうではない。
両親は、気付いた時にはいなかった。
しかもナルトは、里の大人達から嫌われている。
そしてその本来ならば隠されている筈の理由を、彼女は知っていた。
――自分は、狐付きであると。
十二年前に里を襲った九尾の、入れ物となったのだ。
それが例え自らは望んでいない、意志を持たない赤ん坊だったとしても、大人達は彼女を忌み嫌う。
しかしそれでも、ナルトは自分が不幸だとは思っていなかった。
思ったところで、この現状から抜け出せる事は出来無いから。
不幸だと嘆くのは疲れるし、涙を流し続けるだけでは何も生まれない。
だから、少女は自らの力で強く光り輝く。
「ただいま〜」
独り住まいの小さなアパートのドアを開け、中に入る。
演習が終わってから夕飯の為の食材を買い、こうして帰ってきた頃にはもう空は夕焼けに包まれていた。
寂れた小さな部屋にも金色の淡い光が射し込んでいて、ここから見る夕日が少し哀しい気持ちにさせられる。
ナルトは一つ小さく息を吐くと、いつの間にか歪めてしまっていた顔を殊更明るい笑顔に変えた。
「さぁて、作るってばよ!」
誰もいないのに明るい声を出し、明るく振る舞う。
買い物袋をキッチンに置き、買ってきた食材を出していき、早速夕飯作りに取り掛かった。
今は、春。
春と言えば、桜。
そう、桜が咲いているのだ。
それも、今日が満開を迎えるだろう日。
きっと既にたくさんの人達が花見をする為に、何百と咲いている桜林の下にシートを敷き陣取っている事だろう。
仲間達で騒ぐのはもちろん、家族連れも多いのだろうなぁと思う。
そんな家族幸せに笑う光景を見るのが、ナルトは好きだった。
いつか自分にも好きな人が出来て、結婚したいなぁ等と考えるのだ。
そしてたくさん子供を産んで、家族幸せに暮らしてみたいという、俗に言う乙女心である。
もちろん火影になるのも夢だが、これは夢と言うより目標だ。
達成する為に、身を削ってでも努力する。
しかし結婚云々は本当に夢だ。
叶うかどうかなんてわからない、夢幻。
心の何処かでは狐付きである自分には一生無理かもしれないと思うからこそ、こっそりと遠くから幸せな家族を盗み見て、自分も幸せを貰うのだ。
洒落た小さなおにぎりをいくつか並べ、色とりどりのおかずを可愛く見えるようにお弁当に積めて。
完成した出来映えに、ナルトはにっこりと笑みを浮かべる。
「うん、上出来だってば」
浮かれていた為、いつの間にか一人分にしてはかなり多めに作ってしまったが、まぁ良いだろう。
弁当を風呂敷で包み、水筒と小さなシートを持って、浮き浮きと家を出た。
闇夜に浮かぶ、美しい月。
今日は一段とまた輝かしく地上を照らし、月光を浴びたたくさんの桜が幻想的な姿を見せる。
「綺麗だってば…」
目の前の桜群衆に、ナルトはウットリとした表情で眺めた。
今日が本当に満開で、既に散り始めている桜もあり、はらはらと落ちていく様がまた美しい。
夜はまだ少し肌寒いけれど、美しい火影の里の桜名所は思った通りたくさんの人で賑わっている。
大人達の中には既に酔っ払っている人もいて、破目を外していたり。
小さな子供なんかはもう眠そうにしていて、そんな子を母親が抱いて子守り歌を歌っていたり。
「ぁ」
そんな賑わう宴会場のように広々とした空間の中に、見知った顔を見つけた。
いつも世話になっているイルカやカカシだ。
一瞬声を掛けようかと思ったけれど、回りにもたくさんの忍達がいた。
どうやら時間の空いている上忍や中忍で集まり、楽しくやっているようだ。
しかし、そんな状況でもイルカもカカシも気付いてくれて、しかも二人して手を振ってきたものだから思わずクスリと笑みを浮かべる。
そしてそこへと行こうとした矢先、ナルトは躰を強張らせ足を止めた。
「おい、あれ…」
「ああ、狐付きかよ」
そんな囁き声が、何処かから聞こえたのだ。
気にせず先生達の所に行こうとしたけれど、どうしてか足が動かない。
やっぱ、ショックだってば…?
一応言葉にする事は禁忌とされているらしいが、この酒の席でポロリと出てしまったのだろう。
立ち竦み、前に進めない代わりに笑顔を先生達に向け、手を振り返す。
涙が出そうになるのを我慢しているのが、バレなければ良い。
そう思うのに。
笑いながら、一筋涙が零れ落ちた。
「っ……う」
一度流れてしまったせいか、そのままいくつもボロボロと流れ落ちていく涙。
慌てて俯き拭うも、止まってくれない。
こそこそと、こんな所にどうしているんだとか、どっか行っちまえとか、罵声が聞こえてくる。
何か小さな物を投げられ目の前を横切っていき、当たらなかったもののそれは明らかに敵意を持っていた。
そしてすぐにまた、何かが飛んでくる気配を感じた。
慌ててそちらを見れば、なんと目の前に酒瓶がある。
ああ、これは当たったら痛いだろうなぁなんて思って、ナルトはぎゅっと眼を閉じた。
痛みに堪えようと歯を食い縛り、持っている弁当を落とさないように握りしめ、しばし停止。
………
………………?
何も衝撃が来ないのに不思議に思い、おそるおそる眼を開ける。
すると、そこには。
「……ぅえ?」
手、だ。
投げられた酒瓶を持っている。
しかも随分と聞き覚えのある声が。
「このウスラトンカチ、こんな所でボケッと突っ立って何やってるんだ?」
「さ、サスケ…」
黒い髪がサラリと揺れ、耳元で囁かれた言葉が耳元を擽っていく。
サスケは掴んだ酒瓶を足元に放り、ナルトを見ていた視線をちらりと反対側に向けた。
ナルトもそちらへと眼をやれば。
「あ、カカシ先生…」
「やほ、ナルト。駄目だねぇこんな酒の席は。皆ふらふらに酔っちゃってさ」
にこりと笑ったカカシの尻の下には、多分ナルトに酒瓶を投げたであろう男が、呻きを上げながら敷かれていた。
呆然としていたナルトに、突如ぐわしと躰に衝撃が来る。
何事かと見上げれば、イルカの心配そうな顔がすぐそこに。
「大丈夫だったか?ナルト。怪我は……無いな。はぁ、良かった」
抱き締められ、頭を調べられ、血が出ていない事に安心したのかもっと強く抱き締められた。
ぎゅうぎゅうされて、あったかかったけれど息が出来無い。
「い、イルカ先生、苦しいってばっ」
「ああ悪い、ごめんな。サスケも大丈夫か?」
そう言ってサスケの手を取り、酒瓶を掴んだ掌を調べる。
サスケが顔を顰めるも、イルカ先生も酒を飲んでいるのかいつもより大胆だ。
怪我が無い事を確認して、サスケの頭を撫でた。
「ちょ、おいやめろ…っ!うわ!」
「はいはい、とりあえずこっち来てねー。先生達と飲もう!」
「ふざけんな酔っ払い!なんで俺がっ」
後ろからカカシに持ち上げられたサスケが、じたばたと暴れる。
しかし流石上忍、もとろもせず肩にサスケを抱えたまま、他の忍達のいるシートに連れて行く。
こちらに顔を向けているが、向こうから見るとサスケの尻しか見えないような無様な格好が丸わかりなんだろうなぁと思ったら、可笑しくなってしまった。
「……ぷっ」
「おいナルト、今笑っただろ!」
「わ、笑ってないってばよ?」
「嘘をつくなウスラトンカチ、思いっきり笑ってるじゃねぇか!」
「はいはいはい、大人しくしてね〜」
「ほらナルトも、こっち来なさい」
そう言ってイルカが手を優しく握ってくれる。
ナルトは笑顔で頷くと、そのまま引かれてカカシとサスケの後を追った。
to be continued...
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ナルトが女の子という設定がすでに色々と捏造。
2008.04.18
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