変わらないもの  
後篇

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 月光を反射するナルトの艶やかな眼に射抜かれたまま、サスケは動けずにいた。

 半ば呆然とした状態で口を開き、しかし出てくる言葉が見当たらずにまだ口を閉ざす。
 それを何度も繰り返す。

 …殺せ、と言ったか。
 本気で嫌なら、と。

 コイツは、そう言ったか。


 トク、トク、トク。

 掌に伝わってくる暖かな音を、この俺に止めろと言うのか。


 ようやく。
 ようやく、この強烈なまでに強い太陽の光を、嫉妬も憎しみも何も無くただ穏やかに浴びれるようになったのに。

 なのに、この手で消せと。


「……サスケ」


 ナルトが、静かな声で囁いてくる。
 だが頭の痛みはより一層酷くなっていて、ガンガンと殴られているような感覚に苛まれていた。

 ―――涙が、止まらない。


「サスケ」


 あやすような優しい声、少しばかり困惑しながらも熱を含んだ蒼の双眸。
 そしてナルトの心臓の上に置いたままの掌から伝わってくる鼓動に、何故こんなにも己の心臓が締め付けられるのだろうと疑問に思う。
 何故こんなにも、涙が溢れるのだろう。

 ナルトの唇が、濡れた眦に落ちてきた。
 雫を掬われ、舐められる。
 サスケはそれを、ただ静かに受け止めた。


「サスケ。ちょっとばかし、我慢してくれってばよ」
「…、……ぅく」


 耳元で囁かれたかと思えば、下肢に埋められたままだった指が、くん、くん、と動き始めた。
 それなりに長い間入っていたせいか、本来受け入れるような場所で無いにも関わらず、異物に対する痛みは薄れている。
 ゆっくりとした動作で腸壁を撫でられていき、弄られる。

 悪態は出てこなかった。
 コイツを殺して光を失うくらいならば、男の身でありがなら抱かれるくらい、たいした事では無いと思えた。

 ああ、己のプライドなど、端から微かなものでしかなかったのだ。
 幼い頃から多くの守るものを持ち、その為に強くなった目の前の存在に比べれば、自分など小さな存在だった。

 だが昔は自尊心が強すぎて、負けたくなくて、あらゆる手段で力を得た。
 生きる為には何が必要なのか、生きるという事がどういう事なのか、幼かった自分は気付けなかった。
 そしていつの間にか、多くのものを失っていた。

 つ、と。
 腹側の方を触られた時、サスケは躰中を駆け巡っていった感覚に、大きく眼を見開いた。
 息が詰まり、腰が勝手に跳ね上がっていく。


「ぁ、ぅあっ」
「前立腺、見つけた」


 こちらの反応に、ナルトが小さく息を吐く。
 安心したような、それでいて少し切なげな、瞳。

 どうしてそんな眼を自分に向けてくるのかと、問う事は叶わない。
 感じる前立腺を擦られるたび、ガクガクと腰が震えた。


「ぅ、…あ、ナルトっやめ、……っぁあ、う」
「止めない。こうして溶かしておかないと、サスケはもっと傷付いちまう」
「はっ、あ…可笑しく、なるっ…、」
「うん。可笑しくなってくれってばよ。うんと、気持ち良くしてやるから」


 くちゅ、くちゅり。
 艶めかしい音が耳に届く。

 先程よりも穴が大きく広げられて、もう一本指が入ってきたのだと知れた。
 二本の指が、前立腺を執拗に嬲ってくる。


「ん、んっ、んく…ぅあ、ん」


 もうナルトの顔を見ている余裕なんて無かった。
 施される愛撫と、そこから混みあがってくる快楽の強さに流されないように強く眼を瞑る。
 自分の上に覆い被さっている背中に腕を回して、縋りついて。

 ぼろぼろと流れて涙が止まらないのは、きっとコイツの心がとても暖かいからだ。

 …ああ、変わっていない。
 どれだけ他者に命を奪っても、どれだけ守るべきものを守れない事があっても。
 自分の力の無さに打ちひしがれる時あっても。

 コイツは、変わっていない。


 それが、こうして触れ合う事によって実感出来た。
 暖かな心と、そして躰に触れる事によって。


「サスケ。ちょっと、つらいかもしれねぇけど。…もうちょっと泣かせちまうかもしれないけど、……我慢して」


 間近に感じたナルトの声に、サスケは閉じていた眼を薄っすらと開けた。
 視界に飛び込んできた顔は、近頃頻繁に見るようになっていた冷酷な獣のようで。
 だがそこに、隠し切れない熱情が滲み出ている事に気付く。

 ――何だ、そういう事なのかと。

 あまりにも簡単で、それなのに今まで気付かなかった自分に、笑いたくなった。

 ナルトという存在は、誰もが惹かれる。
 沢山の憎しみを受け続けながら、それでも真っ直ぐなまでの美しい強さを持って成長した彼に。

 そして彼もまた、誰にでも屈託無い笑みを浮かべ、守ろうとする。


 なのにまさか、その光が自分をこれほどの熱情で見つめていただなんて。


 こんなにも強く、求められていただなんて。

 どうしてナルトが俺を、と信じられない気持ちが湧き上がってくるが、それ以上に。


「……サスケ?」


 クツクツと。
 笑い出した自分に、ナルトが訝しげに眉を寄せた。
 こんな場面で笑うべきではないと思っていても、可笑しくて止まらない。

 そしてやはり、涙も止まらなかった。

 やばい、こんなに嬉しいと思った事は、初めてだ。
 どうすれば良いのかわからない。

 わからないから、泣き笑いをしながら思いっきり抱き締めてやった。
 頭に手を回して、自分の肩口に埋め込むようにして。
 自分から逃げられないように、熱情に塗れた熱い躰を、強く、強く、強く抱き締める。

 それから、もっと欲情するようにと、ありったけの羞恥をかなぐり捨てて甘い声で囁いてやる。


「―――来いよ」


 囁いて一拍後、ぐんっ、と躰の奥に衝撃が襲ってきた。
 覚悟していたけれども、あまりの圧迫感に全身が硬直した。

 歯を食い縛って、痛みと吐き気に耐える。
 ナルトもまた、この身を抱き締めながらぐっと息を詰まらせていた。

 抱き締め合って、互いの心音を聞きながら荒い息を吐き出して、どうにか躰の力を緩めようとする。


「はっ、は……、は」
「っ…、ぁ」


 指で解かされていたおかげか、暫くすれば徐々に痛みが薄れていった。

 その代わり、ナルトの熱がわかるようになる。
 尻の穴を大きく広げて、ペニスが胎内の奥にまで埋め込まれているのが。
 緩んだ自分の胎内が、ドクドクと脈打つナルトのペニスを柔らかく締め付けながら、快楽を感じている事も。

 熱い。
 もの凄く熱くて、溶けそうになる。


「サスケ」
「んぅ、あっ…?んぁ!……は、ぁあ、あっ!」
「っ…サスケ、サスケッ、サスケ」


 こんな行為をするのは初めてだというのに、馬鹿みたいに人の名前を呼んできて、ガツガツと遠慮なく腰を打ち付けてくる。
 先程までの気遣いも、遠慮も、何も無い。
 そのせいで、正直快楽よりも苦しさの方が勝ってしまい、堪ったもんじゃなかった。

 でも、その方がコイツらしいと思った。
 何事においてもいつも全身全霊でぶつかっていくのが、コイツらしいじゃないか。


「ぁ、あぅ…あ、ぅん、…ぃ、」


 苦しいながらも胎内を擦られて突かれて、いつの間にか自分のペニスがまた勃起している事に気付いた。
 トロトロと、先走りを零している。
 それがナルトの腹で擦れて、快楽に震える。

 ヤバイ、と思った時には、尻の穴でも有り得ないくらいに感じていた。
 奥を突かれるたびに、びくん、びくん、と腰が跳ねる。
 出した事の無い、自分のものだとはにわかに信じがたい嬌声が漏れていく。

 ナルトも動きやすくなったのか執拗に前立腺を突いてきて、がくがくと躰が痙攣し始めた。
 まさかケツなんかでここまで気持ち良くなるなんて思っていなくて、我を失ってしまいそうな感覚に混乱して、サスケは必死になってナルトにしがみ付いた。

 すると、優しく頭を撫でられた。
 下半身は馬鹿みたいにがっついているくせに、余裕が出てきたのか、緩やかな手付きで涙を拭われる。

 そして眼が合うと、そっと…唇にキスされた。
 驚いて瞬きをしたのも束の間、またぐちゅぐちゅと胎内を掻き回されて、躰が引き攣った。


「ぅあっ、ん、んんっ」
「サスケ、すげぇ、気持ち良いってばよ、っ…」
「っ…ぅあ、ナルトッ、ああ、い、…イクっ、あ、あぐ」
「ん、俺もっ…ぁ、」
「あぅ、っ、―――――ッ」


 自分が射精をしたとほぼ同時にドクンと胎内に灼熱の熱さを感じ、サスケはナルトにしがみ付いたまま、弓なりに躰を撓らせた。
 ナルトのペニスを思いっきり締め付けながら、震える。
 ドクドクと、全身の血が脈打って熱い。


「は、…は、っ、……ぁ」
「っ…サスケ。大丈夫、か?」
「……、………ん」


 荒い息をつきながらも心配そうに覗いてくるナルトに、サスケは熱に浮かされたまま頷いた。
 暫くすれば震える躰が治まってきて、徐々に涙も止まる。

 泣きすぎたのか少し瞼が重いが、サスケってばすげぇ綺麗、とうわごとのように囁くナルトのせいで、罵ろうとしていた口を閉ざす破目になった。
 全身が汗だくで、ベッドのシーツもべた付いている気がする。
 だが未だに埋まっているペニスを早く抜けと言うのも、何だか馬鹿馬鹿しい。

 初めは無理矢理だったかもしれないが、結局この行為を受け入れたのだから、剣呑な態度を取るべきではないのだろう。
 んな事をしたら、絶対にコイツは傷付く。
 それに、背中に回され優しく抱き締めてくる腕は、とても心地良い。

 ナルトは殴られるくらいの気持ちでいるのだろう、じっとこちらを見つめてくる眼には、既に諦めのようなものが混じっていた。


「ウスラトンカチ」


 小さく呟けば、ナルトはごめんと謝ってくる。


「でも、後悔はしてない」


 馬鹿みたいに真っ直ぐな眼で、そう告げてくる。
 昔から変わらない蒼の双眸に、サスケは静かに眼を眇めた。

 綺麗なのは一体どっちだ。
 こんなに綺麗な人間を、俺はお前以外に見た事が無い。


「…サスケ?」


 ナルトの頬に、そっと手を伸ばした。
 暖かいと思いながら包むようにして撫でれば、ナルトはどう反応するべきか困っているようで、微かに眉間に皺を寄せる。

 こういう表情は、大人になったなと感じさせる。
 大人になって複雑な内情を滲ませる表情を出すようになり、内情を隠す顔まで作るようなったナルトだけれど、きっと彼はこれからも変わらない。


 これからもずっとこの里を守る為に、馬鹿みたいに真っ直ぐ、生きていくのだろう。


 生きるとは、憎しみに任せて奪う事ではない。
 誰かを犠牲にしてでも、自分の命を守る事なんかではない。

 生きるとは、大切なものを守る事。
 守るべき大切なものがある時、人は本当に強くなれる。


 それを、コイツが教えてくれた。



 守りたい。

 常に生死を分かつ世界に生きている自分であっても、この輝かしい光だけは。


 昔から変わらない情熱を持つ、この存在だけは。


「……ナルト」


 ああ…コイツを失いたくないと、今ほど本気で思った事は無いだろう。

 そして、愛しいと思った事も。


「抱き締めていろ、俺を。ずっと…俺の傍にいろ」
「さ、すけ?」


 困惑を隠し切れないナルトの頭に手を回し、引き寄せて、今度はサスケから唇を合わせる。
 触れるだけの口付けは、しっとりとしていて気持ち良い。

 唇を離したら、ナルトは放心していた。
 サスケは間近でナルトの双眸を見つめたまま、クツリと咽を鳴らし、口の端を上げる。



「……この手を離したら、殺すぜ?」



 ナルトに抱かれた、この日。

 熱烈なまでの愛の告白を伝えたのは、自分からだった。





  ...end.



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サスケから告白しているのは、これでもナルト誕生日記念のお話だからです。

2009.01.09
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