変わらないもの  
前篇

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「やめておけ、ナルト」
「…サスケ」


 顔を上げたナルトは、突然現われた自分を視界に入れると、薄い笑みを返してきた。
 だがその整った顔には赤い血が付き、手には半分気絶しかけている男の胸倉が掴まれている。

 足元には、他にも三人ほどの男が横たわっていた。
 が、全て原型を殆ど留めていないほどに、肉が破壊されていた。

 暗い、路地裏。
 冷たい地面の上には、どす黒く見える血が流れている。

 その臭いにサスケは微かに眼を眇めながらも、暗闇でも艶やかに光る黒い双眸で、ナルトだけを捉えた。
 真っ直ぐに、射抜くように彼を見つめる。


「それ以上やったら、全員殺す事になる」
「良いってばよ。殺す為にやっているんだから」
「ナルト」


 きつく名を呼べば、ナルトは苦笑しながらも掴んでいた男の胸倉をようやく離した。
 男が地面に崩れ落ち、完全に意識を手放す。

 ナルトの蒼の双眸は、まるで人形のように美しく、そして冷たかった。
 その眼が、自分だけに向けられる。
 何も読み取れない、感情が一切隠された微笑は、ともすればただ優しく微笑んでいるようにも見える。

 いつの間に、こんな眼をするようになったのだろうか。
 自分が記憶していた男とは、まるで別人のようだ。

 昔は、こんな凍りつくような笑みを浮かべる男では無かった。


「サスケは、こんな所まで何しに来たんだ?」
「お前を止める為に決まっているだろ」
「何故?コイツ等を殺す事が俺の仕事だぜ?」
「だからって、せめて一人くらいは残せ。情報を聞き出せない」
「敵の目星は付いてるってばよ」


 そう言って相変わらず笑みを浮かべているナルトに、サスケは眉を寄せた。

 目星が付いているからと言って、必ずしもその憶測が当たっているかはわからないではないか。
 それに、彼の任務はこの先にいる見えない敵を探る事であり、下の連中を全員殺せとは命じられていない。
 忍、しかも上忍でありながら、殺戮衝動に流されて任務失敗でもしたらどうするつもりなのか。

 …否。
 違うなと、サスケは心の中で自嘲した。

 ナルトは感情に流されているのではない。
 人を殺す事に、昔のように心を痛めなくなっただけだ。
 平気で人を殺せるようになった。

 それは何も、ナルトだけでは無い。
 自分を含め、多くの忍達が成長するにつれて忘れていく事である。
 そしてそれは、忍として悪い事でもない。

 それでも、自分がこうしてナルトの様子を見に来た理由があるのだとすれば…単なるエゴだ。

 彼には、昔のままでいてほしい。
 自分をこの里に戻す為に必死だった頃の、太陽のように眩しく暖かな命の光を放っていた彼に。
 明るく暖かく、たった一つの命さえも大事にしていた頃に、戻ってほしい。

 敵が向かってくる以上、殺せとは言わない。
 任務なのだから仕方が無い。

 けれども、今のナルトは望んで殺戮を行っているのだ。
 血に飢え、肉を切り裂く感触を求めている。

 ―――まるで、冷酷な獣のように。


「もうやめろ。今後一切だ」


 言っても意味が無い事は、重々承知していた。
 だがそれでも、ナルトにはこれ以上心を壊してほしくないと願う自分がいた。

 ナルトがこちらに近づいてくる。
 ゆっくりとした足取り。
 そして、すっと伸ばされた手。
 それがサスケの頬を触り、ねっとりとした赤い血を付けていく。

 間近に迫った宝石のような冷たい蒼眼から、視線を逸らす事はしない。


「無理だってばよ、サスケ。……無理なんだ。こうしないと俺は、お前を…」
「…ナルト?」


 聞き返しても、ナルトは微笑で誤魔化し、それ以上言わなかった。
 その代わりどんどんと彼の顔が自分へと近づいてくる。

 何故か金縛りにあったように動けなくて。
 ゆっくりと迫ってくる、男として申し分無い端整な顔から眼が離せず、しっとりと濡れた唇もなすがままに受け入れる事しか出来無い。

 重ねられただけの、キス。

 ああ、いつの間にか、目線の高さが同じになっている。
 いつの間にか、追い付かれてしまっている。

 唇はすぐに遠ざかった。
 蒼の双眸がぼんやりとしか見えないほどに、近くにある顔。
 そしてそれが諦めたような哀しそうな笑みを浮かべた時、ドクン、と心臓が跳ねた。


「ナ…ルト?」


 滑稽にも、サスケにはそれしか喋る事が出来無かった。
 ナルトが無言のまま自分の横を通り過ぎ、その場から去っていっても、ただ後姿を見送るだけ。
 すぐに闇に紛れて見えなくなる。

 何を考え、キスなんかしてきたのか。
 最後に見せた、哀しそうな笑顔の理由は?
 一体ナルトは、何を求めているというのか。

 何故だろう。
 ナルトがこうなってしまった理由の全てが、まるで自分にあるようで。

 サスケはナルトの消えた闇を見つめながら、彼の感触の残る唇を、そっと自分の指で辿った。




















 ナルトが請け負った任務は、無事に相手方の頭を取って終了したというのを風の便りで聞いていた。
 任務が終わったのだから、彼の自宅に行けば多分会えるのだろう。
 だがサスケは、それが出来無いでいた。

 会いに行って、どうする?
 またあんな眼をしたナルトと対峙して、何と声を掛ければ良い?

 何故そんな眼をするのかと…聞ける雰囲気であれば、とっくに聞いている。


「ったく、あのウスラトンカチが」
「…本人に言いなさいよね」


 あそこにいるんだから、と隣に座っていたサクラに言われ、サスケはブスッとした表情で彼女を睨みつけた。

 そう、テーブルが違ってお互い隅と隅でも、大きな声を出せば聞こえるような位置にナルトがいた。
 彼の横にはヒナタ、そしてその横にはシノが座っている。
 他にも見知った顔ばかり、同期九人にサイがプラスされた計十人がこの場に揃って酒と肉を前に騒いでいる、いわゆる飲み会である。

 こうして全員が揃うのはとても珍しい事ではなかろうか。
 仮にも全員上忍だ。
 そう呟けば、サスケがこういう場に来ている事が一番珍しいと言われてしまう始末。

 当然だ、どうしてこんな場所に自分が来なければならない?
 馴れ合いは昔からあまり好かない。
 飲み会をするから来いという声は前々から掛けられていたものの、今回も全く行くつもりは無かった。

 無かったのに、運悪くサクラに掴まってしまい、こうして飲み屋の一席に座って酒を飲んでいる状況である。


「来たくて来たんじゃねぇ。お前が無理矢理」
「はいはい、サスケ君がナルトの事を心配しているのはよぉくわかったわ。あと、酔ってる事も」
「……酔ってねぇよ」
「そうかしら?いつもより、かなり饒舌になってるわよ?」
「………」


 指摘され、思わず眉を寄せる。
 そんなに喋っただろうか…。
 サクラに、最近のナルトはどんな様子かと聞いただけだったつもりなのだが。

 しかし改めて手元を見てみると、焼酎の酒瓶が三つほど転がっていた。
 もしかして、これを全部自分一人で飲んでしまったのか?
 それは、気付かなかった。

 サクラがようやく気付いた自分にやれやれと肩を竦めつつ、また肉を焼き始める。


「でも…そうね。最近のナルトは、少し無理して笑っているかもしれないわね。明るく振舞っているけれど、ふとした瞬間、何かに悩んでいるような表情になる」
「冷めた眼になったりは」
「どうだったかしら。私が見る限り、そこまで酷い様子ではないと思うけど。…でも、ナルトにとってサスケ君は特別だもの。サスケ君にしか見せない表情があっても、不思議じゃ無いわよ」
「特別…、ね」


 サクラの言葉を聴きながら、またグラスに口を付ける。
 ああ、確かにかなり飲んでしまっているかもしれない。
 少しばかり頭がふらついている。

 そんな状況で、特別という言葉だけがくわんくわんと頭の中で反響していく。

 ナルトの特別。
 それが自分なのかと。

 本当にそうであるなら、……少しだけ、ほんの少しだけ、嬉しいかも…しれない。


「おいそっちのサスケにサクラ!!こそこそ喋ってないでもっと盛り上がれよ!」
「ちょ、サクラ!アンタ何一人でサスケ君取ってるの!?私も、私も混ぜまさい!」
「あぁら残念ね、こっちは四人席だもの。私以外の女がサスケ君の横を座れると思って!?」
「痛っ…いの、髪引っ張んな。抜けるだろぉがよ」
「落ち着け。酔っているぞ」
「そうだよ。まだまだ肉は来るんだから、座って食べたら?」
「君は食いすぎだけどね。僕の分まで取らないでくれるかな」
「ふふ、みんな相変わらずだね。ね、ナルト君」
「ん?ああ、そうだってばね」


 全員してあれこれと言っている声が、だんだん遠くのもののように聞こえてきた。





  to be continued...



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ナルトお誕生日のつもり小説。
ちょっとばかり遅いですが。

2008.10.23
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