大輪の華  
後篇

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 いつの間にか陽は完全に落ち、深い夜が訪れている。

 夜空には星がキラキラと瞬き、頬を撫でる風も緩やかなものだ。
 花火には打ってつけの天候だろう。

 ナルトは現在、両側に屋台の並ぶ人通りの多い道を歩くサスケの斜め後ろを、ちょこちょこと付いて歩いていた。
 彼の両手は先程屋台で買ったたこ焼きの袋と、飲み物のペットボトル二本で空いていないので、はぐれないようにサスケの浴衣の袖をぎゅっと握っている。

 しかしどうにも、たいした会話が出来無い。
 それは夕方よりも人が多くなり、喋ったところで殆ど聞こえない状況なせいかもしれないが。
 声を張り上げれば良いのだろうが、どうにもそんな雰囲気ではないような気がした。

 ちなみに先程まで一緒にいた友人達は、サスケを見た途端にナルトの背を押し彼に押付け、カカシを引っ張って何処かに行ってしまっていた。
 ありがたい心遣いに感謝をしつつも、二人きりになった事による気まずさも少々ある。


 今回はどうだったのかと、聞きたい気持ち。
 しかし言葉にした途端、サスケは無言のまま何処かに行ってしまうのではないかという不安が湧き上がる。

 彼の心の、何処までに立ち入って良いものなのかわからなくて、気まずい。


 サスケが足を止めたのは、賑やかな屋台の道から少し外れた大きな広場だった。
 均等に立ち並んでいる木々に囲まれた、噴水のある広場。

 そこにも多くの人がいた。
 ベンチや芝生の上に座り、皆花火が打ち上がるのを待っている様子である。
 
 サスケは辺りを見渡し、空いている場所を見つけたのか、そちらに歩いていく。
 ナルトも何も言わずに付いていく。


「…ここで良いな?」
「あ、うん。良いってばよ」


 静かに掛けられた声をどうにか聞き取り、コクコクと頷く。
 かなり暗がりな場所だったせいもあってか、ちょうど一本の木の下が空いていて、ナルトは促されるようにその根元に腰を下ろした。
 そしてサスケも、ナルトの横に座る。
 腕が触れ合うほどの距離と伝わってくる体温に、ナルトはほっと一息を付いた。

 ―――ああ、今回もちゃんとサスケは帰ってきてくれたのだ、と。

 ようやく安心する。


「ほら、ナルト。腹減っただろ?喰おうぜ」


 目線が近くなり、周りが騒がしくても今度はきちんと声が聞こえてくる。
 たこ焼きと飲み物を差し出してくるサスケは、いつもの彼だった。
 浮かべられている笑みに、先程見えた儚さは無い。

 ナルトは渡されたパックを開けて、頂きますと呟き、添え付けの爪楊枝で焼きたてのたこ焼きを齧る。


「ん…、美味いっ」
「ああ。やっぱ屋台で買う飯って、祭の醍醐味だよな」
「へへ、サクラちゃんに誘われて良かったってば」


 ニコニコと笑顔を浮かべながら、たこ焼きを頬張る。

 去年はこの時期、任務が入っていたから祭の存在に気が付かなかった。
 一昨年はどういう理由があったかは記憶に無いが、やっぱり祭には行っていない。
 その前も。

 そう考えると、祭に足を運ぶという行為は本当に久しぶりだ。
 しかも、サスケと一緒なのだ。
 彼も紺色の浴衣を着ていて、二人で肩を並べてたこ焼きを食べるなんて、幸せである。

 そこまで思考が巡ると同時にふと疑問が浮かび、ナルトは間近にあるサスケの顔を覗き込んだ。


「そういえば、サスケはどうして浴衣着てるんだってば?今日が祭だって知ってたのか?」
「いや。たまたまカカシに会って、祭があるから浴衣でも着ろって言われたんだよ」
「ふーん?」
「初めは来るつもりは無かったんだがな。お前が家にいねぇもんだから、ああ祭に行ったのかと思って、結局浴衣を借りた。サクラといのが殺気立っていてくれたお陰ですぐに見つけられたから、感謝だな」


 肩を竦めつつ苦笑を零すサスケに、ナルトもそっかと笑った。
 経緯がどうであれ、こうして二人で祭に来れたのは本当に嬉しい。

 モクモクと口を動かし食べていると、いつの間にやらまた自分達の間に沈黙が降りていた。
 そして、先に食べ終わっていたサスケがこちらを見ているのに気付く。
 気付くとどうにも居た堪れなくなってきた。
 喋りながらだったらまだしも、無言でずっと見られているのだ。

 かなり食べづらくなってしまい、ナルトはぎっとサスケを睨む。


「な、なんだってば。俺の顔に何か付いてる?」
「いや?綺麗だと思ってな」
「へっ?」
「ナルト。お前の浴衣姿、凄く綺麗だ」
「……な、…ぁ、う」


 顔を寄せられ囁かれた言葉に、ナルトはカァッと頬を紅潮させた。
 そんな耳元で、しかもそんな擦れた甘い声を出さなくたって良いのに、どうしてこの男は。
 挙句に、綺麗……だなんて台詞を平気で吐くなんて。

 最後のたこ焼きをごくりと飲み込み、羞恥と照れにしどろもどろになりながら、ナルトも必死になって言葉を紡ぐ。


「さ、ささ、さ、サスケも、凄く格好良いってばよ?」
「そいつはどうも。食べたならちょっとゴミ捨ててくるから、ここにいろよ」
「何でそんなにアッサリとしてるかなお前は!ちょっとは嬉しがれってば!」
「はいはい」


 ヒラヒラと手を振りゴミを捨てに立ち上がったサスケを睨み付け。
 だがその後ろ姿に、ナルトはすぐに表情を曇らせた。

 このまま、またいなくなってしまうのではないか…と。


「何を今更…」


 至ってしまった考えに、自嘲気味に呟く。

 今更、不安に感じる必要なんて無い筈だ。
 サスケはいつも、帰ってきてくれる。
 今回もきちんと、自分の元へと帰ってきてくれた。

 …だがそれでも。

 いつかは本当に、そのまま何処かに行ってしまうのではないかと不安に駆られる。
 死者の亡霊に取り付かれ、ふらりと消えてしまわないかと。

 またサスケと戦うなんて事になってしまったら…そう思うと、酷く怖い。

 ナルトは辺りを見渡した。
 何処までゴミを捨てに行ったのか、帰ってくるのが遅い気がする。
 我慢出来無くなって、捜しに行こうかと立ち上がり。

 ドォン。

 と、心臓に響くような大きな音が鳴る。


「あ」


 ナルトは小さく声を上げ、思わず夜空を見上げた。

 打ち上げられた花火。
 深い夜空に広げられた華の光は、赤や青や緑で鮮やかに彩られ、パラパラと散っていく。
 すぐにまた上がり、そしてまた消えていく。
 ドォン、ドォンと、大きな音を立てながら、いくつもの花火が夜空を飾る。

 生み出された大輪の華は、一瞬の美しさを伝えると同時に、一瞬という短い時の儚さまでも伝えてくる。


「花火、始まったな」
「……うん」


 花火が上がってすぐに、サスケは戻ってきた。
 ナルトの横で木に寄り掛かり、同じように夜空を見上げる。

 暫くはそうして花火を見上げていた。
 心臓に響く音が次第に心地良いものになり、上がっては消えゆく華の美しさに魅入られていく。

 ただ、綺麗だと。


 だが、ナルトはふと我に返った。
 またもや言いようの無い不安に襲われる。

 美しさにあまりにも囚われ過ぎて、自分が独りきりだという感覚に陥ってしまったから。

 サスケの兄は、若くして亡くなった。
 最後はサスケ自身の手によって、二十年と言う年月で命を散らして。

 だけどその魂は、この大輪の華の如く、一瞬の輝きと儚さを持つ事となる。
 残された者の、記憶の中で。


 サスケは今も、その魂に囚われている。


 大丈夫だという事はわかっているのだ。
 彼と恋仲になった時、もう二度と離れないと約束してくれたから。

 でもこうして美しい花火に囚われ独りきりのような感覚に陥ると、本当に今サスケが自分の隣にいるのかもあやふやになってしまう。

 ナルトは花火を見上げたまま、そっとサスケの腕に肩を寄せた。
 ちゃんと触れられて。
 ああ、サスケは傍にいてくれているんだと、確認する。

 そしてまた花火の上がる瞬間。
 ドン、と鳴る音と共に、ナルトは顎を軽く掴まれていた。
 あまりの驚愕に、抗う事など皆無。


「んっ……」


 パラパラと、花火の散る音が聞こえてくる。

 すぐ間近にあるサスケの整った顔は、本当に綺麗だった。
 眼が閉ざされて普段よりも人形めいて見える顔を、花火の放つ色彩豊かな光が色付けている。
 そのあまりにも壮絶としか喩えようのない美しい顔を、ただ見ている事しか出来無い。

 どれほどの時間だったのか、一瞬だったのかもわからないまま、サスケの唇が静かに離れていく。


「ナルト」


 息が掛かるほどの近くで呟かれる、甘い囁き。
 腰を引き寄せられ、抱き締められて、暖かな体温と心地良い匂いに包まれる。


「サスケ……」
「ナルト」
「…ん」


 頭を撫でてくる手に、敵わないなぁと思った。
 この男には、全部お見通しだったようだ。

 不安に駆られる心の全てを、見透かされている。


「…こんなところで、キスなんて。場所考えろってば」
「大丈夫だ。皆花火に夢中だからな。周りも暗いし、誰も見てねぇよ」
「当たり前だってばよ。そうじゃなきゃ、ぶん殴ってる」


 照れ隠しで呟いた言葉にサスケは苦笑して、ナルトを抱き締めたまま、また花火を見上げた。
 ナルトも、サスケの胸に躰を預けたまま、花火に視線を戻す。

 ドンドンドンと消える間も無く、金色一色の美しい花火が、次々と打ち上げられて夜空をいっぱいに埋め尽くす。
 金の光は、まるで血のように地上へと流れ落ちてくる。

 美しい、美しい粒子。


「…どう、だった?」


 聞こえていなければ、それはそれで別に良かった。
 一度も問うた事の無い質問に、答えてもらうというのも少し怖くて。

 しかし、サスケは答えてくれる。


「俺の帰るべき場所は、ここだけだ」
「え?」


 一瞬何を言われたのか理解出来無くて。
 サスケを見上げれば、彼は緩やかな笑みを湛えていた。
 帰ってきた時に見た、あの静かで憂いを帯びた表情。

 けれども、儚いと思っていたその笑みは、自分へと向けられるものだった。

 愛しいと、伝えてくれる柔らかな微笑。


「お前の隣にいると、安心する。お前の顔を見て、おかえりって言われて、キスをして。お前が待っていてくれるとわかるから、俺は毎年過去を振り返られる。自分の行った過ちを心に刻み、受け入れられる」
「…そっか」


 ナルトはふわりと笑みを浮かべた。

 嬉しかった。
 サスケの帰ってくる場所は、自分の傍なのだと。

 ただ待つのは、凄くつらい事だと思っていた。
 けれども、サスケも毎年毎年過去を振り返り、そのたびにつらい気持ちになっていたのだ。

 血を分けた兄弟の死。
 親愛なる人の命を、その手で奪った重み。
 自分だけがどんどんと歳を取っていく事。

 でも、それでもサスケは過去を振り返る。
 振り返る事が出来るのだと、言ってくれた。


 それは、自分が待っているからだと。


 そんな事を言われて、喜ばない筈が無い。


 二人でまた、花火を見つめる。
 やはり美しくも儚い華に魅せられるも、今度はちゃんとサスケがいてくれているのだと認識出来た。

 こうして、不安に駆られた自分を抱き締めてくれるから。


「な、サスケ」
「何だ?」


 周りは賑やかで、花火の音が鳴り響いて。
 それでもこれだけ近くにいると、互いの声が聞こえる距離。

 花火を見ながら、それでも間髪入れずに返された声に、華やかな笑みを浮かべ。



「…もう一回、キス。しよう?」



 驚いてこちらを見てきたサスケに、ナルトはそっと唇を掠めた。





  ...end.



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サスケの誕生日に合わせての作品ですが、もうそろそろ祭りもあるなぁと思って書きました。


2008.07.23
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