互いが互いを、見失わないように…。




   大輪の華  
前篇

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





「暑いってばよ…」


 気付けば、その言葉が出ていた。

 七月も終わる頃、クーラーの付いていない小さな部屋で過ごすのは無理に等しい。
 床に寝転がって扇風機を回していても、生暖かい風しか来なくて涼しくなんかならない。

 しかもまだ、昼にもなっていない時間帯。
 これからもっと暑くなるだろう。

 ナルトはハァと大きく溜め息をつくと、着ているキャミソールを引っ張り、胸の谷間の汗をタオルで拭った。
 こういう時、女は損だと思ってしまう。
 男ならば、胸に汗が溜まって汗疹が出来るという事が無いのだから。

 サスケの大きな風通しの良い家にいるという選択肢もあったのだが、本人がいないのにそれはしたくなかった。

 そんな彼が出掛けたのは、昨日の夕方だ。



『悪い、ナルト。少しの間、出掛けてくる』


 相変わらずの微かに笑みを浮かべた表情と、躰に響く低音の美声。
 クーラーの効いた涼しい部屋で散々セックスした後だったので、サスケが出て行く時、ナルトは裸のまま毛布の中から見送った。

 唐突の言葉に対し、何処に行くのかなんて無粋な事は聞かなかった。
 聞かなくても、なんとなく見当は付いたから。

 いつもの通りの、あの場所に行くのだろう。


 そのまま昨日はサスケの部屋で寝て、起きたらすぐ自分の部屋に戻ってきた。
 正直なところ、サスケがいなくてつまらないと感じているし、早く帰ってこいってばよとも思っている。

 だからこそ、彼の部屋で待つ事はしたくなかった。



 暑いってば、と呟く。
 外は、太陽が燦々と照っていた。
 陽が入ってこないようにと閉じているカーテンが、時折風が吹くとふわりと上がり、一瞬にして薄暗い部屋が眩しいくらいに明るくなる。

 今日も一日任務が入っていなくて暇であるので、いっそ誰か遊びに来てくれないだろうか…。
 なんて思った矢先にチャイムが鳴り、ナルトは驚いて飛び上がった。


「ぅわ…。だ、誰だってば?」


 躰を起こし、ドアへと眼を向け気配を探る。

 ナルトの部屋に訪れる人間なんて、そうそういない。
 もしサスケが帰ってくるにしても、彼はチャイムなんて鳴らさない。
 それに、このチャクラの持主は。


「サクラちゃん!?」


 誰かわかったと同時に、この太陽の照る暑さの中で待たせてしまっているのだと気付き、ナルトは慌てて立ち上がりドアを開けた。
 すると案の定そこには、友人であるサクラの姿が。
 綺麗な桃色の髪を一つに纏め、汗を流しながらもにっこりと笑う。


「やほー、ナルト」
「サクラちゃん!どうしたってば?あ、とりあえず上がって上がってっ」
「そうね、お邪魔するわ」


 やはり太陽の日差しが大変暑かったようで、サクラは部屋に上がると真っ先に扇風機の前に座った。
 ナルトは冷たい麦茶を注ぎ、タオルと一緒にサクラに渡す。
 彼女は笑みを浮かべて麦茶を受け取り、ごくごくと一気に半分まで飲んだ。


「…はぁ、生き返るわぁ。ありがとナルト。それにしても今日はサスケ君、出掛けていたのね。アンタはサスケ君の所にいるもんだと思って、向こうに行っちゃったわ」
「えっ。それは申し訳無かったってば」


 サクラの横に座りぺこっと頭を下げると、サクラはカラカラと明るく笑った。
 寂しいわねぇと言って。

 彼女はとても優しい。
 下忍の時から仲良くしてくれて、遊んだり、時には喧嘩をして。
 抜け忍をしたサスケが、再び木の葉に戻ってきてくれてからもあれこれとあって。
 そうして、恋人同士になった時、サクラは笑顔で祝福してくれた。

 今もこんなに気に掛けてくれて、やっぱり嬉しくなってしまう。


「でね、ナルト。今日って祭じゃない?その前から色々な催しがやってるし、屋台も昼過ぎには出ている筈だから、そろそろ行ってみないかって誘いに来たんだけれど」
「あっ、そういえばそうだったっけ。すっかり忘れてたってば」
「やっぱり。どうせナルトもサスケ君も忘れてるんだろうなぁって思ったのよ。なのにサスケ君なんて、ナルト置いてどっか行っちゃってるし」


 酷い彼氏よねとぼやくサクラに、ナルトは苦笑を浮かべる。

 サスケがこの時期にいないのは、いつもの事だ。
 ついこの間、彼は誕生日を迎えたばかり。
 その時は二人で一緒に過ごし祝ったけれど、その後いつも彼は出掛けてしまう。


 今年もまた独り、歳を取ったと報告する為に。

 彼の慕った兄に、その成長した姿を見せに行く為に。


 それを繰り返して、もう何年になっただろう。
 自分達は、サスケのお兄さんが死んだ時の歳などもう越えていた。
 それでも毎年毎年、サスケはお兄さんの死んだ場所へと足を運ぶ。

 何を思い、死者の眠る場所に佇むのか。
 何を願い、天を仰ぎ見、そして足下を見つめるのか。

 自分には、わからない。


「ねね、サクラちゃんと一緒に、祭見て回っても良いってば?」


 湧き上がってしまった不安に独りで居たくなくなって、堰き切ったように問うた。
 そうすれば、サクラはニッコリと笑みを浮かべてくれる。


「もちろんよ。いのやヒナタと待ち合わせもしているの。あ、その前に私の家に寄りましょう。折角だし、浴衣を着ないとね!当然ナルトも!」
「わ、貸してくれるの?嬉しいってばサクラちゃんーっ」


 喜びを表現しヒシッとサクラに抱き付けば、サクラは暑い暑い!と喚きながらも、楽しげに笑ってくれた。


















 空が美しい赤の夕焼けに包まれる頃。
 昼間と比べ少しは涼しくなったおかげなのか、沢山の人が祭り場に集まっていた。
 まだ夜になっていないにも拘らず流れる人の多さは半端無く、もし万が一でも友人達と離れたら、捜すのはかなり困難かもしれない。


「はぁ、凄いわよねぇ。流石は木の葉全体で行われる一大イベントだわ」
「そうだね。さっきの太鼓演奏も、凄い迫力だったね」
「しかも良い男が勢ぞろいだったわ」


 サクラとヒナタといのがほぅと溜め息を付きながら、先程まで聞いていた太鼓の感想を述べる。
 いのの台詞には微妙に首を傾げたものの、ナルトも良かったと一緒に頷いた。

 十人ほどの男達が広場で演奏した太鼓。
 心臓まで届くような音は、時に地鳴りのように激しく、時に漣のように静かな鼓動を響かせながら曲を奏でていた。
 勢いのある掛け声、撥を打ちつける際の腕の力強さ。
 雄雄しい演奏に、ついつい聞き惚れてしまった。

 だが何よりも、こうして不安な時に、友人達と一緒に居られて良かった。


「さて、じゃあ屋台でご飯買って、何処かで食べましょ」


 もうすぐ太陽が沈み夜が訪れようとしている時間であり、ちょうど夕飯時だ。
 サクラの出した提案に、いのが頷く。


「そうね。焼きそばと、牛櫛と、たこ焼きと、クレープと…あ、から揚げも欲しいわね」
「いの…。アンタ、そんなに食べると太るわよ」
「あーらサクラ。貴方のお腹みたいにはならないから安心して」
「なんですって!?私の何処が太っているというの!?」
「まぁ、わからないなんて流石はサクラね」
「はんっ、アンタみたいにぺったんこの胸よりマシよ!」
「ヌァーンですってぇ!!」


 サクラは深紅に花舞い、いのは紫に月夜萩模様。
 そんな二人とも綺麗な浴衣を着て、いつもよりも数段と着飾っている。
 なのに、いつもと同じようにもの凄い形相をして睨み合っているのには、思わず笑みを誘われてしまう。

 ちなみに隣に立ってオロオロしているヒナタは白と黒い蝶の模様、そしてナルトは濃紺に鮮やかな花と蝶の飛ぶ絵柄だ。

 こうして皆で浴衣を着て、髪を結ったり上げたり、化粧をしたりして着飾って。
 年に一度の、盛大な祭りを楽しむ。
 なんて心躍る一時であろうか。

 しかしそんなふうにいつもとは違った雰囲気の中でも、目の前の二人は相変わらずである。
 仕方無いなぁと笑いながらも、ずっとこのまま喧嘩をされてしまうとそれはそれで困りものだ。
 正直、お腹が減った。


「二人とも、喧嘩は止めろってばよ」
「そうだよ。周りの迷惑になってるよ〜?」
「へ?」


 唐突に聞こえてきた第三者の声にナルトやヒナタ、そしてサクラやいのも辺りを見渡した。
 こんな人が密集しているような場所にも拘らず、自分達の所だけ明らかに人が避けている。
 中には遠巻きに見ている人もいて。

 言い争っていた二人は、恥ずかしげにコホンと同時に咳払いを零した。
 そして皆で、声のした方へと眼を向ける。


「カカシ先生!………と」


 朗らかな笑みを浮かべ、こちらにヒラヒラと手を振り歩いてくる、自分やサクラにとって最初の師であるカカシ。
 彼も祭りを楽しむべく、浴衣に身を包んでいる。

 だがそんな事よりも、ナルトはカカシの後ろにいた人物を見て、大きく眼を開けた。


「サスケ…」


 どうしてか浴衣姿で現れた彼は、たかだか一日しか離れていなかったのに、確実に何かが変わっていたように見えた。
 それ程に、自分を見つめてくる漆黒の眼は、酷く静かで……儚さを帯びている。

 柔らかくも憂いを湛えた眼差しに、ナルトは引き寄せられるように。


 ただただ自分の恋人へと視線を注いだ。





  to be continued...



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

サスケ誕生日のお話のつもり。

2008.07.23
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

←Back