proof 1
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ゆっくりと撫でる手は暖かで、辿っていく唇は自分では知り得ない感じる場所を的確に探り当てていく。
絡み合った足や触れ合う素肌は、まるで微温湯の中に漂い浮かんでいるような錯覚すら覚えるほどに優しく。
しかしそれが人に抱かれているのだと認識出来るのは、時折襲ってくる激しい快感と耳元で囁かれる言葉があるからだ。
何度も何度も―――『愛している』と。
ああ、なんて夢なのだろう。
こんな事が有り得るはずは無いとわかっているのに、いつも見てしまうなんて。
痛みと快感が躰中を駆け巡り、涙が零れる。
違う、これはきっと心が軋んでいるのだ。
歓喜と同時に、とてつもない罪悪が生み出されていくから。
「――また、か」
森田は一筋零れていた涙を拭きながら、呟いた。
もそりとベッドから躰を起こし、篭った熱を逃がすように息を吐く。
また、見てしまった。
あの人に抱かれる夢を。
………見たくは、ないのに。
あんなものを見て、一体どうしろというんだ。
絶対に有り得ない夢だとわかっているのに、現実でもあるかもしれないと期待して?
バカらしい、愚の骨頂だ。
眉間に寄る皺を握った拳で擦り、あんな夢に流されそうになる心を叱咤する。
今日も仕事なのだから、しっかりしなければ。
周囲を見渡すと、カーテンの隙間からは光が漏れて既に朝が訪れていた。
扉の向こうからは、もうあの人が起きて、コーヒーを入れている音が聞こえてくる。
ベッドから立ち上がり、森田は部屋から出ようとした。
しかし一瞬、脳裏に声が過ぎる。
――『愛している』。
「っ……」
ぎくり、と躰が強張り、掴んでいたドアノブから手を放してしまう。
ガチャリと音が鳴り、しかしドアは開かない。
「森田?」
ああ、銀さんに気付かれた。
でもドアの向こうから聞こえてくる声は、過ぎった甘いものではなく、訝しげでありながらも彼らしい淡々とした声だ。
そうだ、あれは夢なのだ。
「…しっかりしないと」
気を引き締めるように呟いて、森田はもう一度ドアノブに手を掛けた。
晴れやかな空。
和やかな風が吹き、緑の爽やかな匂いが運ばれてくる昼。
開け放った窓から昼寝でもしたくなるような空気が入ってくるリビングルームで、平井銀二はソファに座り、難しい顔をして書類を睨んでいた。
その場には巽や安田もいるという、まぁいつもの光景であるが、むさい男どもの顔を見続けるというのも微妙に萎えるものだ。
多分、その二人もそんな事を思っているだろう。
溜まった疲れと共にふぅと小さく息を吐いたその時、森田がコーヒーを運んできた。
「そろそろ休憩にしませんか。あとちょっとで飯も出来ますから」
「ああ。悪いな」
「ごちそうになるぜ」
「じゃあこっちに運びますから、片付けておいて下さい」
それぞれの前にコーヒーを置いていくと、森田はすぐにまたキッチンへと姿を消した。
銀二はカップに口を付け、ブラックのコーヒーを一口頂く。
挽いたコーヒー豆と湯との絶妙な割合は、口当たりが良く美味い。
ここに来た当初に比べれば格段と腕が上がっている味に、思わず笑みが浮かぶ。
コーヒーを飲みつつ手に持っていた書類をまとめ、封筒にしまってから机に放った。
視界の片隅で、先に片付けた安田がやれやれと首を振る。
「タイミングの良いコーヒーに、昼飯の用意。まるで嫁さんだな」
「おいおい。本人が聞いたら凹むぜ」
巽が笑いを零しながら、煙草に火を付ける。
銀二は微かに顔を顰めたまま、キッチンで昼飯を用意をしている森田を見た。
ここ一、二週間か、森田は自分に対して変な態度である事が多い。
嫁さんと揶揄されてしまう程度には一歩引いた場所から、こちらをチラチラ伺ってくる。
だが何か言いたそうにしているくせに、何も言わないのだ。
「ちょっと、少しはこっち手伝いに来て下さいよー」
キッチンからの声に、しょうがねぇなぁと呟きながら安田が立ち上がった。
「しょうがないって…。そんな事言ってると昼飯抜きですよ」
「まぁまぁ良いじゃねぇか。お、美味そうだな」
「そりゃあ、毎日精進していますから」
軽いノリでそんな会話をしている森田だが、彼の傍に行ったのが自分だったならきっと、ガチガチに固まって顔を引き攣らせていただろう。
全く、何故そうなるのか…。
「……さっぱりわからん」
「銀さん?」
「いや、こっちの話だ」
「そうかい?眉間、皺寄ってるようだが」
巽は自らの眉間に指を宛てて、どうしたんだいと先を促してきた。
しかしそれでもこちらが首を振ると、話すつもりが無い事を察したようで、軽く肩を上げて了解を示される。
とりあえず、仕事に支障は無いので当分は様子見をするつもりでいる。
ずっとこの状況でいるのは流石にスッキリとしないが、森田が何を考えているのかわからない以上、動きようも無い。
煙草を吸い終えた巽も森田の手伝いの為に腰を上げ、銀二は一人ソファに座ったまま、小さく溜め息をついた。
「さて、どうしたもんか」
面倒くさそうな呟きを零し、透き通った雲の流れる青空を仰ぎ見た。
夕方に知人と会い、一仕事終えてマンションに帰ってきた銀二は、自室で一人ちびちびと酒を舐めていた。
時刻は深夜。
外は深い闇に染まっている。
だが窓の外を眺めるも、こんな都会からは星のひとつ見えやしない。
同居人である森田は、安田や巽と共に行動したまままだ帰ってこないので、彼もきっとどこかで飲んでいるのだろう。
もしかしたら自分には言えない何かを相談しているのかもしれない。
内容はサッパリ見当付かないが、少しでも彼の態度が緩和されるのであれば、いくらでも話してくれば良いというものだ。
ふぁと小さく欠伸が出て、時計を見ればもう夜中の一時だった。
そろそろ眠らなければ。
そう思い、部屋を出て。
「…………」
リビングに足を踏み入れた途端、微妙に顔を顰める事となる。
……いつの間に帰ってきたのだろうか。
帰ってきたのなら一言声を掛ければ良いものを、リビングのソファに座ったまま、こちらには全く気付かない。
眠っているのかとも思ったが、眼は微かに開いていた。
照明が暗いせいでわかりにくいけれども、やはりだいぶ酒を飲んでいるのか、顔が赤い。
「おい森田。こんなところで寝るな」
近づいて声を掛けても、気付きもしない。
彼の肩に手を置き揺さぶると、ようやく森田は顔を上げた。
「銀さん…?」
かなり眠いらしく、うつろな眼でこちらを見返してくる。
ここのところずっとこのように間近で見る事は無かったが、酒に酔っているせいか、それとも問題が解決したのか、視線を逸らされる事は無かった。
「お前、いつからここにいたんだ?だいぶ酔っているみたいだが」
「貴方には関係無いでしょう」
「関係無いって…」
何の説明もされていないのに関係無いと言われても、説得力に欠ける。
しかしとりあえず、問題が解決したわけではなく、ただ酔っているだけだというのはわかった。
こりゃあ二日酔いになるんじゃないか?
…まぁ明日は一日フリーなので、具合が悪ければ寝かせとくが。
森田は何が気に入らないのか、ムッとして睨んでくる。
それを見下ろしつつ、銀二は頭を捻らせた。
本当、どうして怒っているのかさっぱりわからない。
怒っている人間に対してこちらも怒るなんて事が出来るほど自分は若くなく、とにかく現状を打破する切っ掛けを模索するばかり。
金を持っている連中との腹の探り合いの方が簡単に感じるのは、きっと気のせいではない。
「おい森田。もしかして俺ぁ、お前に何かしたのか?」
あれこれと考えるのも面倒になってきたので、単刀直入に聞いてみた。
憤慨するだろうかと様子を伺いつつ、返事を待ってみて。
「…べ、つに。銀さんが悪いわけじゃないです。俺が…。……」
それきり、森田は俯き口を閉ざした。
やはりまだ話す事は出来無いらしい。
「はぁ、わかった。話はまた明日だ。今日はもう寝ろ」
「……はい」
頷き自力で立ち上がった森田だったが、すぐにぐらりと躰を傾かせバランスを崩した。
その瞬間に腕を掴んだので倒れてテーブルに頭を打つ事はなかったが、一人で歩けそうにないほど、ぐったりとしている。
銀二は森田の背中と膝裏に腕を回し、ぐっと引き上げた。
「……あの、銀さん?」
「大人しくしていろよ。落としたかねぇからな」
窘めるように囁くと、森田は素直に頷いた。
to be continued...
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可愛い雰囲気になっていれば良いです。
銀森はやはり公式が素敵過ぎる。
2010.04.17
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