liar


 落ちた白い大きな部屋に、待ち人はいた。
 ルークは慌てて立ち上がり、一瞬躊躇いはしたものの彼の方へと歩いた。
 近づくと、自分を待っていた彼はゆっくりと顔を上げる。


「来たか、ルーク」
「お兄様」


 出会えた喜びに顔を綻ばし、ルークは笑みを浮かべた。
 嬉しさや愛しさで胸がどくんと高鳴る。
 自分よりも深い色をした紅い髪に、整っていて男性にしてはやけに綺麗な顔に、抱き締められるとすっぽりと覆ってくれる躰に、自ずと頬が紅潮する。

 だが更に近づくと、アッシュはルークへと剣を向けた。ローレライの剣のその白い刃に、ルークは歩いていた足を止め、哀しげに眉を寄せた。


「…本当に、戦わなければならないの?そんなものに意味は、無いのに」
「ルーク、剣を抜け」
「いやです。お兄様と戦うなんて出来無い」
「ルーク!!」


 怒鳴られ、ルークはひくんと躰を揺らした。
 いつも仏頂面だが、それでも優しい声で自分に話しかけてくれるアッシュなのに、今はまるで憎んでいるかのように翡翠の双眸がルークを睨んでいる。

 いや、出会う前は憎まれていたのだ…オリジナルと、レプリカという関係で。

 けれど初めて出会ったあの日、女だった自分にアッシュは驚き、ルークもまた男ではあるが自分と同じ顔である人物に驚きながら、何かに引かれるように自分達は触れ合った。
 あの時から何度も何度も出会い、初めは兄妹として…いつしか躰を繋げる関係になって、自分達は愛し合った。

 今も、愛し合っている、筈なのに。

 なぜこんな事をしなければならないのだろう。
 共に師匠の所に行って、戦えば良いのに…なぜ。

 戸惑い、けれど目の前の自分を突き刺すかのような剣先に、ルークはとうとう自分の剣を取り構えた。


「それで良い、ルーク」


 にやりと笑うアッシュに、余計に哀しみへと引き摺られる感覚がする。
 けれどもう剣を抜いてしまった以上、戦いは避けられない。


「アッシュお兄様…」
「……いくぞっ」


 ルークの呟きに答えるように、むしろ振り払うかのようにアッシュは駆け出し、ルークへと剣を振り翳した。






 互いに同じ技を繰り出し、剣を振り上げ。
 ガキンッ…と金属音のぶつかり合う音が、白く大きな部屋の中で木霊する。


「はぁあ!!」


 何度も何度も、互いの刃がぶつかり、音楽を奏でるかのように響き合う。
 アッシュの重い一振りを受け止め、ルークは痺れる手に苦しみで顔を歪めた。
 こんなにも自分は弱い…弱くて、それでも彼に近づきたいと強くなった。

 ―――そう、強く、なったんだ。

 戦闘という本能が剥き出しになる中でいつしか哀しみは薄れていき、ルークはアッシュを睨み付けた。
 アッシュが剣技を放つ。
 ルークはそれを後ろに大きく跳ねる事で避け、そして足が地面へと付いた瞬間、アッシュへと剣を振り翳した。
 技を打ち終わったその刹那の隙を狙った。
 防御に入ろうとする剣とぶつかり、そして。


 カラン……と一つの剣が地面を滑っていった。

 白い床に広がる、紅い髪。


「…殺せ」


 床に横たわったアッシュは、その上に乗っかっているルークへと冷たく声を放った。
 自分を見つめる瞳に、ルークは彼に向かって剣を下ろす。

 その切先は。


「………どうして」
「ルーク…」


 剣はアッシュの首元をほんの微かに離れ、頑丈な床をザックリと突き刺していた。
 怒りにまかせ、ルークはアッシュの服をぎゅと掴む。


「どうして、手を抜いたの!!お兄様なら、私を殺せる筈なのにどうして!!」


 悲痛に叫ぶルークは、真上からアッシュを睨んでいた。
 アッシュならば、あの一振りなど簡単に防御出来た筈なのに。
 それなのに予想に反してローレライの剣はアッシュの手から落ちた。


「俺が、お前を殺せる筈無いだろうが」
「それでは、お兄様は私に殺されたかったという事ですか…なんでこんな、こんなにっ……死に急ぐような真似をするのっ!?」
「ルーク」


 ぽたり、と涙が零れ、アッシュの頬へと落ちた。
 アッシュの手がルークへと差し出され、それを拭うようにゆっくりと柔らかな頬を撫でる。

 優しい手つきに、そして自分を見上げてくる眼がいつものように優しい事に、涙が溢れた。
 ルークは自分よりも大きな手にそっと小さな手を沿え、暖かな掌に頬を摺り寄せた。


「お兄様、愛してる」
「…ああ。ルーク、愛している」


 アッシュは突き刺さった剣に当たらないように注意を払いながら上体を起すと、細く柔らかな躰を抱き締める。
 ルークもまた、アッシュの胸に押し付け、ほわりと笑顔を浮かべながら背中に手を回した。


 こうやって抱き合うのが好き。
 耳元で囁いて、笑い合うのが好き。
 唇を寄せて、眼を瞑ると、貴方の匂いに包まれる、それが好き。

 けれど。


 アッシュは、ルークを抱き締めたまま半ば強引に立ち上がった。人の、しかも大勢の気配を感じ、ルークもそちらの方を凝視する。


「ルーク、行け」
「お兄様!?」
「どうせ一人はここに残って扉を開けないといけねぇんだ。だからお前が行け」
「でもっ!」


 ルークを後ろへと押しのけると、アッシュは一度だけルークへと視線を寄越した。
 そしてまた敵の気配がする方へと眼を向ける。


「…お前の事は俺が必ず守ってやる」
「お兄様…」


 扉が開き、そこに現れたのは大勢の兵士達だった。
 殺気立ち、剣を二人へと向けている。


「早く行け」


 アッシュは真ん中へと歩いていき、そこにある円の上に立った。
 もう片方の扉が開く。
 
それでもルークはアッシュの背を見つめた。

「必ず…生きて、来てくれるよね!?約束してくれるよね!??」
「ああ、してやるさ。だから早く行けっ」


 堰切るアッシュの声に、顔を歪めながらもルークは背を向け、走り出した。
 と同時に、殺気が膨れ上がり、兵士達の雄叫びが聞こえる。
 途中、床に落ちてしまったローレライの剣を拾い上げ、ルークは扉を潜る瞬間、もう一度アッシュへと振り返った。


「…必ず、生きて!!!」
「……ああ」


 もうこちらを向きはしなかったけれど、それでも頷いてくれたアッシュに、ルークは駆け出した。






 生きて。

 生きると、約束したのに。






 なぜ…貴方は。






「ルーク?」
「あ…あぁ、あ」


 立ち止まったルークに、先を歩く仲間達が振り向いた。
 けれどルークは彼等の姿をその眼に映してはいない。


「あぁ、お兄様…お、にい……お兄様ーーーー!!」


 叫びを上げ、溢れる涙を拭こうともせず、ルークは今来た道を振り返る。
 駆け出し、だがそれは仲間達に阻まれて出来なかった。
 必死に戻ろうとするルークの躰を、ジェイドとティアで止める。


「駄目よルーク!!戻ったら駄目!!」
「嫌だ、離せ!!!いや、お兄様、いやぁーーー!!」
「ルーク、落ち着きなさい!」


 二人の腕を振り払おうと暴れるルークを、他の面々は哀しそうに見ていた。
 彼女の行動で理解出来たのだ…アッシュが、死んだと。

 ナタリアは涙を零し、その場にしゃがみ込んだ。
 ルークの叫びは、聞いているだけでも苦しく、哀しかった。
 溢れる涙が飛び散り、地面に落ちる。


「お兄様、お兄様!!生きて、生きると約束したのに!!!なんでっ」


 脳裏に見えた、鮮明なビジョン。
 沢山の剣がその躰に刺さり、紅い血が大量に流れ。
 それでも尚戦う姿。
 雄雄しく、全ての命がその場から無くなるまでずっと剣を振り。

 そして、笑った…とても綺麗に。
 安らかな、幸せそうなその笑顔に、けれどもう暖かな温もりを感じない。


「お兄様…ぅ、うう、う、う…うわぁぁぁ」


 ルークは諦めたようにその場に座り込み、あまりの哀しみに泣き叫んだ。




 貴方はもう、この涙を拭ってくれはしない。
 貴方はもう、この躰を抱き締めてはくれない。
 貴方はもう、この心を暖かくしてはくれない。


 貴方は初めて、嘘をついた。

 今まで一度も私を裏切った事など無かったのに。
 少し我が儘かなと思っても、貴方は頭を撫でて願いを叶えてくれた。


 それなのに…最初で最後の、この嘘は。






 あまりにも優しく、そして残酷だった。






アッシュ×ルーク(♀)。
おまけ文章は、一応お兄様にしていたから、口調も合わせて丁寧にしてみました。……既にルークじゃないとかそういう問題。題名は「liar」(嘘つき)。

2006.05.14
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