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ささやかな、けれど……とてつもない幸せ。
願い
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キンッ、キンッ、と金属音のぶつかり合う音が鳴り響く。
断絶的に訪れるそれらを、空から降ってくる白い雪が吸い込み、誰かが聞く事はない。
地面は既に白に覆い尽くされ、辺りは銀世界となっていた。
木々は葉を落とし、その枝はやはり雪を被っていて少々寒そうにも思える。
そんな真っ白な林の中で、浮かび上がるような鮮やかな黒を纏った二人の男が対峙していた。
互いに相手を睨み、一瞬のタイミングを伺う。
チラリと儚い雪が頬に落ち、刹那に溶け消えたとたん先に仕掛けたのは、辺り一面にある全ての雪を溶かしそうな程、赤い灼熱の眼をした男だった。
積もっている雪を諸ともせず駆け抜け、間合いを積める。
持っていた刀を瞬時に振り落とし、だがその早さにもう一人の人間は同じ系統の武器でもって、それを受け止めた。
キンッ……と一際大きなぶつかり合う音が鳴る。
「ぐ……」
重い一筋にアキラは歯を食いしばり、赤い眼を睨み付けた。
シキはニヤリと口の端を上げ、アキラの眼を見返し、アキラが構える暇を与えない程に攻撃を繰り返す。
「はぁっ!」
「くっ……」
シキの剣は一筋一筋が強力で重く、ぶつかり合うたびに手が痺れ、だんだん刀を持っているのにつらくなってくる。
アキラは隙のないシキの動きを見ながら、それでも一瞬を見定めようと、血と肉に飢えた獣のような眼でもって繰り出される刀の筋を追っていく。
そしてシキが右斜めから刀を振り落とし、刃がぶつかろうとしたそのとたん、眼を見開き、上体を前へと倒していった。
深く躰を傾け、方足に全体重を乗せる。
風など吹いていないのに、髪が舞い、黒いコートが靡く。
銀色に輝く刃をシキの長い刃に火花が飛び散る程に滑らせ、ガキンッと鍔の辺りでぶつかると、周囲にあった真新しいさらさらとした雪がぶわりと舞い上がった。
二人の顔が一層近くなり、ふとアキラは緊張感が張り詰めた中で、優しげな笑みを浮かべた。
シキも鋭利な美しさを持った顔立ちの上に微笑を乗せ、嬉しそうに眼を細める。
互いが攻撃態勢に入った事によって、二人の漆黒のコートはそのスピードに舞い、まるで音楽を奏でるように、銀の光を散らしながら早い金属音が繰り返された。
雪の中で戦う二人の動きは美しく、そして早い。
アキラが刀を振り落とし、それをシキが受け止め払い除け、だがアキラはすぐさま次の攻撃へと転換していく。
シキも刀を振り翳し攻撃を仕掛けると、ちょうど同じ間隔で刀がぶつかり、悲鳴を鳴らす。
二人は度々、こうして刃を交える事があった。
互いを高めより強くなる為に、腕を磨く。
長年刀を振り続け、けれど数年の間ほとんどの躰の機能を自ら動かす事がなかったシキと、その数年の間にシキを守り、強くなっていったアキラと。
今現在の力は、ほぼ互角か。
シキの太刀筋を予測し、アキラはそれをかわした。
だがすぐに追ってくる刀に、結局止める事しか出来ない。
シキと剣を交える時、身を守っているだけでは絶対に勝てない。
「っ!??」
また刀がぶつかり合う、と思いきや、いきなりシキの躰がひらりと横に動き、アキラの刀が空を切る。
しまった、と思った時には遅く、身動きが出来なくなっていた。
「……俺の勝ちだ」
そう刀をアキラの首筋に突きつけ、息を切らしながらも、本気で嬉しそうに笑みを浮かべるシキに、アキラはむっと眉を寄せる。
その勝ち誇った顔を見たら、無性に悔しくなった。
「…………昨日は俺が勝った」
「ふん。昨日は昨日、今日は今日だろうが」
シキはそう言って刀を下ろすと、そこらに落としていた鞘を拾いにいってしまった。
仕方ないので、アキラもその後をついていく。
シキが二本の鞘を拾い上げると、アキラの方のものを投げて寄越した。
それを上手く受け取り、刀を鞘へと戻す。
「街に戻るか?」
「……そうだな」
アキラが聞くと、シキは頷き、先に歩き出した。
その横に並び、アキラも足を進める。
今二人が住んでいる街は、ここから少し離れた場所にあった。
まさか街中で剣を交えるわけにはいかないので、こうやって人の気配のしない、何も無い林までやって来ているのだ。
「ああそういえば、今日の夕食用に何か材料を買っていきたいんだが、いいか?」
少し歩く歩調の遅い自分に合わせ横を歩くシキを見上げると、シキはちらりとだけアキラに視線をくれた。
「……好きにしろ」
「アンタ、荷物持てよ」
「なぜ俺がそんなものを持たなければならん」
「シキに買い物袋って意外と似合うと思わないか?それに今日はアンタが勝ったんだし、それくらいはしてくれ」
シキはほんの少し嫌そうに眉を顰めたが、一応は頷いた。
それを見てアキラは笑みを浮かべた……のだが。
「ぅわっ!」
と、いきなり奇声を上げた。
ドスン、と妙に間の抜けた音が聞こえてきて、それと一緒にアキラは尻餅をつく。
「……い、た」
「間抜けが」
「…………煩いな」
足元を見ていなかったせいで、雪で滑って転んでしまったのだが、思いっきり呆れて鼻で笑ったシキにアキラは顔を赤くしながらも睨みつけた。
だが、すっと差し出された手に、アキラはほんの少し驚いてしまった。
じっとその手を見つめる。
「何をしている?早く立て。それとも、お前はずっとそこに座っているつもりか?」
「あ、いや……」
慌ててそのシキの手を掴むと、シキはしっかりと握り、引き起こしてくれた。
そして、そのままふわりと抱しめられる。
「……シキ?」
なぜいきなり抱しめてきているのか、よくわからなくて、アキラはシキの顔を見ようと名前を呼んだ。
しかし抱しめられる腕の力が強くなり、しかも首筋にシキが顔をうずめてくるおかげで顔も動かせず、表情どころか降る雪と雪を被った木々と、白い空しか見えない。
どうしたんだろうかとも思うのだが、なんだか暖かくなってきて、離れるのが勿体無く思ってきた。
アキラはそのままシキの背に手を回し、抱しめ返す。
すると、ほんの微かな声が、聞こえた。
「―――アキラ」
あ。
……ああ、そうか。
そういえばシキが目覚めてから、今日、初めてシキが勝ったのだ。
廃人のまま何年も経ち、そして意識を戻した時、初めはもちろんシキは刀を持つ事さえ出来なかった。
それでもシキは刀を握った。
それからシキはまた強くなった。
もちろんいつもアキラが勝っていたが、ここ最近はかなり僅差だったのだ。
本当に最後の最後で勝ち、何度も危うい事があったので、今日シキが勝ってもそれが普通だと思い込んでいてしまっていた。
――――そんな事を、忘れていたなんて。
きっと今、シキは凄く嬉しいのだろう。
そういう事をあまり表情として表には出さないけれど、溢れる感情をどう表現していいかわからなくて、こうやって抱きつかれているのだろう。
目覚めてから今まで、ずっとシキは努力してきた。
それを自分はずっと見守っていたのだ。
アキラはシキの背に回していた手で、そっとシキのさらさらとした髪を撫でた。
「おめでとう……シキ」
囁くと、より強くシキが抱きついてきた。
少し痛かったけれど、それでもアキラは笑みを浮かべた。
こうして、一緒にまた成長していければいい。
これからもずっと、共に強くなればいい。
一歩一歩、共に。
……そうありたいと、願う。
...end.
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本気で嬉しくって喜ぶシキってどんな感じだろう?と思ったのですが。
…そういった感情を表すのには、かなり不器用な人のような気がします。
2005.12.04
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