陽だまり

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++






 木々の葉がはらはらと落ち、外気は冷たく肌寒い。
 耳が寒さで痛くなり、吐く息は白く、空中へと消えていく。
 空はいつもより透き通り、薄い水色が広がっていて、太陽が輝いている分、心は晴れやかになっていった。

 そんな、もうすぐ冬になろうとしているこの季節の移り変わりの中を、ゆっくりとした歩調で歩いていく。
 上着のポケットに手を突っ込み、腕にぶら下がっているコンビニ袋をかさかさと揺らしながら、上を向いて思いっきり息を吐いてみた。


「うーん、真っ白」


 寒いなぁ、と呟くも、どこか面白そうに蒼い双眸を細め、リンは岐路に立った。
 少し長い金髪が風に流され、きらきらと光り、もうすぐ冬の訪れを感じさせるこの静かな外界に溶け込んでいた。

 長い刀をポケットに入れている手の反対の手に持っているものの、これだけ見晴らしが良いと、襲ってこようと思う馬鹿もいないようだ。
 平和だなと思う。
 トシマから出て随分と月日が経ったが、あの時の自分はかなり飢えていたのだろう……平和が、退屈だったのだろう。

 憎しみや怒り、高揚感や優越感。

 仲間を殺されたからとトシマへ行ったが、やはり人より優れる事を、どこかで望んでいたようにも思う。
 憎悪でもって生き、生かされていたが、それ以上に自分は、貪欲に生き抜こうとしていた。












 住んでいるマンションに着き、玄関の鍵を開ける。


「ただいま」


 声をかけるものの、返事は返ってこなかった。
 どうしたのだろうかと、中に入ってみる。


「兄貴?…………ああ、なんだ」


 かさりとテーブルの上にコンビニ袋を置き、刀も静かに床に置き、リンはシキへと近づいていった。
 シキは、太陽の光が注ぐ窓際の、フローリングの上ですやすやと眠っていた。
 傍には、読んでいたらしい本が開かれたまま置かれていた。
 よほど気持ち良いのだろうか、リンが近づいていっても、起きる気配はない。


「珍しい」


 リンは、横になっているシキの傍に座った。
 外と違って、太陽の日差しだけが注いでくる室内は暖かく、光の当たっているフローリングも心地よい温度になっていた。

 すー、すー、と寝息を立てて寝ているシキを、リンはじっくりと見てみた。
 白い頬に漆黒の髪が散らばり、眼が伏せられていて、長い睫がいっそう際立って見える。
 寝息を立てている唇は、薄っすらと開いていて、綺麗な薄い赤色をしていた。

 リンは、引かれる様にその唇にキスをする。
 ちゅ、と音を鳴らしながらその唇に吸い付き、顎を掴みもっと口を開けさせると、その中に舌を差し入れた。
 ふるりとシキの躰が振るえ、起きる気配がし、長い睫の間から赤い双眸が覗く。

 リンはそんなシキの表情を、近すぎて焦点の合わないぼんやりとした視点で見ながら、シキの舌を突き、そのまま絡め嘗め回し、堪能する。
 舌を動かすたびに、ちゅくちゅくと唾液の混ざる音が鳴っていた。
 起きたはずのシキは、ぎゅっと眼を瞑っていた。
 それ以外は、為すがままで、合わさった唇の隙間から時折空気が漏れる。


「ん、ん……ふ」


 じっくりじっくりと、シキの口内の感触を味わう。
 互いの舌がねっとりと合わさる度に、気持ち良くて、もっと欲しくなる。
 けれどとりあえずはまだいいか、とリンは長い長いキスをして、ようやく唇を離した。


「んは、は……」


 混ざり合っていた唾液の糸が絡み合っていた舌同士の間にツー、と伸びて、そして途切れた。
 シキの唇からは唾液が零れ、顎へと伝い、開いた眼は涙の膜を張っていた。


「は……」
「気持ちよかった?」
「…………いきなり、何をする」


 はぁ、と大きく息をつき、シキは顔を間近から覗き込んでいるリンを見返した。
 リンは、シキに付いている唾液を拭いながら、にっこりと笑った。


「兄貴の寝顔が美人で可愛かったから、つい出来心が」


 そういうと、シキは嫌そうに眉を寄せた。
 この顔がまた可愛く見えるなどと言ったら、怒鳴られそうなので止めておく。


「いつ帰ってきていた」
「さっきだよ。珍しいね、兄貴がこんな時間に昼寝だなんて」
「……いつの間にか寝ていただけだ」


 ぶす、とした声で答えたシキに、リンはなるほどと頷いた。
 ゆったりとした空気に、ぱかぽかとした窓際。
 そんな中、のんびりと本を読んでいたら、瞼がいつの間にか閉じていたと言う事だ。

 リンは、傍にあった本をどかすと、シキの隣に横になった。
 そして、シキの腰に腕を回し、ぎゅっと抱しめた。


「何をしてる。……おいっ、なんだこの腕は!」
「いいからいいから、大人しくしていてよ」
「一体何を……」
「俺も寝るから。一緒に寝よ」
「一緒にって、俺を起したのはお前だろうが」


 悪態をつくシキを放っておいて、リンはシキの胸元へと顔をうずめた。
 ここで寝ていたせいか、シキの匂いと一緒に、少しばかり太陽のふわりとした匂いがする。


「良い匂い……」


 そう呟き、暖かな日差しの中、リンは眼を閉じた。
 シキの溜め息が、リンの髪を揺らした。





 血を流し、戦い、そしてこうやってシキを手に入れた。
 初めはどうしようもない程の憎悪に、けれど人が苛立ちを向けても、殺そうとしても、シキは何もして来なかった。
 ただ、「お前の好きにしろ」と、それだけを告げた。

 そこに諦めがあったわけじゃなくて、あるがままの状況を受け入れていたのだ。
 それからは自分も、そんな自分達の状況を受け入れるようになった。
 ……大人、というものになったのだろう。
 シキと共に過ごしてから数年が経ったが、あの時のように平和というものに対して退屈だとも思わなくなっていた。

 そして気が付いた事があった。
 彼の事をずっと欲しかったのだ、と。

 愛していたのだ、自分の兄の事を。
 ずっとずっと欲しくて、ずっと追い続けていた。


 だからこそ手に入れた今は、全てを彼と共有し、穏やかな日々を暮らせればいいと思う。
 互いに好きだと言い合って、抱き合って。
 平和に、ただただ、この陽だまりのように暖かな温もりに包まれて。



 たゆたゆと、眠れれば良い。





  ...end.

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

設定はトシマから出て、何年か経った後の事。
二人とも大人になった為、昔のように憎しみ合う事がなくなり、ゆっくりと毎日を過ごしている設定。
きっとシキは30代前半…いや、20代後半でもいいか。
それでリンが20代前半かな。
とにかくも大人になったらきっと凄く穏やかになるだろうなぁと思って書きました。

2005.12.03
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

←Back