もう二度と、時は、元には戻らない。
悲しい思い出
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窓からは月が輝きを放ち、辺りが寝静まっている頃。
大量の血が、ベッドの白いシーツに飛び散った。
部屋の中に、一つの肉の塊が床に転がっている。
それを見下ろすのは、青い眼。
黒い軍服を身に着け、日本の頂点に立ち日本を纏めている、総帥と呼ばれている男。
リンはそれに向かってにやりと笑みを浮かべながら見下ろし、動かなくなった死体から、突き刺した刀を無造作に抜いた。
そこからまた、大量の血が流れ、絨毯が血でじわじわと濡れていく。
くすくす、と、美しい軽やかな笑い声が聞こえ、部屋の中に響き渡った。
リンは刀を鞘に納めると、真っ赤になったベッドの方へと近づいていった。
「ごめん、汚しちゃったね……シキ」
リンは先程までの鋭い、国の頂点に立つ凶悪な笑みでない、静かな笑みを浮かべた。
ベッドに座っていた為に血を被ってしまった、その相手にだけに向けられる、優しい笑み。
シキは、そんなリンに向かって、にこりと微笑み返し、ふわふわとした声で話しかけた。
「ううん、とても、面白かったよ……。ふふ、良い声で、鳴いてたね……」
「喜んでもらえて良かった」
今死んだ人間が、何かをしたわけではない。
ただ、シキを楽しませる為に殺したのだ。
どうせいてもいなくても、どうでもいい……ただ、たまたま総帥の名で誰か一人余興に付き合えるものを連れてこい、と部下に命令しただけだった。
それが三日程遠征でいなかった間ずっと、大人しく自分を待っていてくれたシキへのご褒美だった。
シキはいつも部屋に篭って、ただじっと自分を待っていてくれているのだ。
リンの身に纏っている軍服は黒い為にわからないが、少しばかり血が飛んでしまっている。
だが、シキの羽織っている白いシャツは真っ赤になっていた。
それしか着ていない為、剥き出しの下半身や胸も、血で濡れ、流れている。
それが、そう……。
「綺麗だね、シキ」
そう、とても綺麗だった……まるで、あの赤い花のように。
リンは赤くなったベッドに気にせず、シキの隣に腰掛けると、黒いレザーの手袋を取り、シキの白い頬を撫でる。
シキは嬉しそうに微笑み、リンへと抱きついてきた。
その細く白い腰を、壊れないように抱き返す。
シキの躰はガラスのように透き通っているが、すぐにでも割れてしまいそうな危うさもあった。
「ねぇシキ。彼岸花って、知っている?」
耳元で囁くと、シキはふるりと躰を震わせた。
それからリンの蒼い眼を覗き込んでくる。
「ひがん……ばな。……知ってるよ」
歌うような声が、ゆっくりとその赤い艶やかな唇から発せられた。
「悲しい……思い出…………」
「花言葉、よく知ってたね」
ちゅ、っと頬にキスをすると、シキはお返しにリンの唇にキスをした。
リンの唇を舐め、舌を絡め、一生懸命にせがんで欲しがってくるシキに、だがリンはシキの躰を手で押し、距離を置いた。
「……もっと」
「うん、後であげるから。ちょっとだけ、俺の話、聞いてくれる?」
そう言うと、シキは少し首を傾げ、こくりと頷いた。
またその躰を抱きしめてやる。
「俺はね……シキの事、ずっと愛していたんだよ。それこそずっとね」
「うん、しきも……りんの事、愛してる」
「そうだったね。そうなんだよね。でもね、俺は……一時期、シキの事を憎んでいた事があった。殺してしまいたいと、思ってしまっていた」
「…………しきが、悪い……?」
少し泣きそうになっていたシキに、リンは首を振った。
そのさらさらとした黒い髪を撫で、赤い眼を見返す。
「俺が、気付いてなかったんだ。……俺の為に……シキが、みんなを殺した事。…………何も言わず、俺にシキを憎ませ、俺を生きさせていた事。そうやってずっと俺を守っていてくれていた事。……何も気付いてなかったんだよ」
「……?何のこと……?」
「んー……まぁだから、シキが彼岸花に似てるなっていう話かな」
「そうなんだ」
シキが嬉しそうにころころと笑った。
血を浴びたシキは、本当に彼岸花のように美しく、そして艶やかだった。
話が終わったとたん、シキはまたリンにキスをした。
ちゅ、ちゅ、と唇を落とし、そしてリンを上目遣いで見て、薄っすらと笑みを浮かべる。
「ねぇ、りん……ごほうび、ちょうだい……?」
「さっきあげたよね?シキが見たいって言ったから殺してあげたんだよ?」
「それじゃ、足りない……」
シキが眉を寄せ、む、と口を曲げる。
はは、とリンは声を上げて笑った。
「嘘だよ。ちゃんとあげるから。……ね?」
「ほんと?」
「ああ、いっぱいあげるよ」
そう言い、リンはシキを、赤いベッドへと押し倒した。
笑みを浮かべ自分を見上げてくるシキは、まるで彼岸花の中で横たわっているようだ、と思った。
悲しい思い出だった。
何も気付けなかったせいで、自分を守っていてくれていたシキのプライドを粉々に破壊した。
身動き出来ないように縛り付け、毎日のようにその躰に快楽を覚えさせた。
必死に耐えようとするシキを嘲笑い、蔑んだ。
シキにとって、弟である自分の言葉が何よりも重いのだと知らずに。
自分がどれ程愛されていたのかも知らずに。
傷つけ心を抉り…………そして、シキは壊れた。
けれど、それは所詮、思い出でしかない。
そう……もう過ぎた、思い出だった。
...end.
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日記で書いたお話なので短いです、総帥×淫靡なデカリンシキ第二段。
「歌声」のすぐ続きになります。
どうにもこうにも普通シキといえば薔薇のような気がするのに、私のシキのイメージは彼岸花です。
まあ、私が彼岸花好きだというのもありますが。
2005.12.03
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