ガラス玉

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 肌寒い季節になり、吹き付けてくる冷たい風を避ける為に、必ず寝床を探さなければ状況になっていた。
 辺りは闇に包まれ、どんよりと黒い雲が空を覆い、雨がコンクリートを塗らしている。
 人の気配が全くしないような崩れたビルの中で、比較的汚れていない場所に、かき集めた、少し埃を被っていたカーテンを敷いていた。

 トシマから出て、一ヶ月か、二ヶ月か。
 まだそれだけしか経っていないのに、あの時がまるでもう夢のような気がしていた。
 それでも夢ではない事は確かである……この現状は、あの時がなければありえない状況なのだから。

 雨の降る、全てを遮断するような音が聞こえてくる。
 そんな音を聞きながら、アキラは躰を振るわせた。


「あ、あ…んっ…」
「っ……」


 ずくりと中に入っているものが蠢き、それを締め付ける。
 ぐちゅ、ぐちゅ、とした粘着を帯びた水音が、雨の音に混じり、耳に届いた。
 カーテンの上に座っているシキの、その上にアキラは座り、シキの突き上げに合わせて自ら腰を動かしていた。


「シキ、んっ、ああ、シキ……っ」
「…………アキラ」


 名前を呼び、それに答えるようにかすれた声で呼んでくれるシキに、アキラはうっそりと笑みを浮かべた。
 気持ちが良くて、頭がふわふわとして、どうにかなってしまいそうな感覚。
 快楽に溺れ、ただシキだけを求めているのだ……躰も…きっと、心も。



 雨が降ろうが、降っていなかろうが、アキラとシキは毎夜のようにこうしてセックスをしていた。
 それはトシマにいた時のように陵辱に似たものではない、互いに求め、互いが感じ合うセックスだった。

 どこへでも、好きな所に行け。
 そう、シキに言われても、アキラはシキから離れなかった。

 いや、離れられなかった。

 シキから離れたら、きっともう自分は生きていけないのだろう、と。
 また以前のような生活に戻る事は出来ない。
 ずっと傍にいたものは、大切だと気付いた時にそれを失い。

 そして新たなものを手に入れていたのだから。
 その新たなものから離れるなどという選択肢は、全く浮かばなかった。


 だがシキが何を考えているのかは、今もよくわからない。
 こうして寄り添っていても、その意図は掴めなかった。
 なぜこうしてついていく事に対し何も言わず、共にいてくれるのか。
 確かに何回かは離れろと言われもしたが、そんな時は必ずシキは苦しそうに眼を瞑っていた。
 そして結局、共に行く事を、許してくれていた。

 シキはあの時の……トシマでの、強さというものに対する執着がなくなって以来、あまり感情を表に出さなくなっていた。
 以前のような、人を馬鹿にする事もなくなり、見下す事もなかった。
 怒りも、憎しみも、あの強烈な感情が何一つ感じられない。
 その代わり、時々自分に優しい、困ったような笑みを向けてくれるようになった。



「あ、あぁんっ……は、あっ」
「…はっ……」


 こうやって、シキの感じる顔を見ていると、なんだか不思議な気分になってくる。
 嬉しい……のだろうか。
 自分の躰で感じてくれている事が。
 快楽に浮かされ靄のかかった頭で考えても、やはりわからないけれど。


「んは……あ、…んんっ」


 熱い昂ぶりで躰の中をいっぱいに埋め尽くされている。
 めいっぱいに入り口を広げられ、奥まで受け入れ、何度も突き上げられて、がくがくと震える。
 自分のペニスも、もう限界を訴え、精液を零し始めていた。
 ふとシキがこの躰を思い切り抱しめてきた。
 ずくり、と奥深くまでシキを受け入れ、アキラは咽を仰け反らせた。


「ひ、あ…あ、イク、あ……んあああっ!」
「ぅっ……く…」


 真っ白になった視界の中で、射精を迎える。
 自分の胸の辺りでシキが呻いたのが聞こえ、奥に熱いものを吐き出され、また躰が震えた。


「あ、ぁ……」
「アキラ」


 じわりと涙が滲んだ。
 暖かい……と、ぼんやりと思った。









「なぜ、お前は俺の傍にいる?」


 裸のままシキに抱きかかえられ、二人で同じカーテンに包まれながら眠りに落ちようという時、シキがそう聞いてきた。
 アキラは眠い瞼を開け自分を見ているシキを見上げた。
 なぜ、傍に……?


「……いたいから」
「なぜだ」
「なぜって…」


 今までこんな事を聞いてきた事は一度もなかった。
 何かあったのだろうか。
 ぼんやりとした思考で、とにかく聞かれた事に対しての答えを探した。
 自分でもよくわからない事なのだ……一緒にいたい理由というのは。
 でも、多分。


「…アンタの事が好きだから」


 俺はシキの事が好きなのだろう、と思う。
 その言葉がどんなものなのか、実はよくわかっていない。
 だがこの胸の疼きを説明する為の言葉ならば、それが一番合っているような気がした。
シキを見返すと、シキは驚いたようにこちらを見ていた。


「……シキ?」
「…………そうか」


 どうしたのだろうかと声をかけると、シキはすぐに無表情になり頷くと、眼を閉じてしまった。
 なんだったのだろうかと思うのだが、それよりも眠気に襲われてしまい、結局はアキラもすぐに眼を閉じた。

 雨の音は小さくなっていた。


 そして………。




 朝が、来る。
















「ん……」


 瞼の裏からでも感じる、眩しい光にアキラは眼をゆっくり開けた。
 昨日の雨は上がったようで、近くの窓からは見違えるような青空が覗いていた。

 アキラはシキの腕の中で、もぞり、と躰を動かす。
 そしてふとシキの顔を見上げた。


 シキは、眼を開けていた。
 けれど……それだけだった。
 赤い眼が、ガラス玉のように透明で、綺麗だった。


「シ、キ……?」


 声をかけても、何の反応も返ってこない。
 アキラはすぐそこにあるシキの顔に手を伸ばした。
 そっと頬に触れる。
 それでもやはり、何の反応もない。


「シキ……」


 眠ってしまったのだ……とうとう。
 いつかは来るかもしれないと思っていた事が、来てしまったのだ。


 永遠の、眠りが。


 アキラはシキの頬に自分の頬を合わせ、抱きしめた。
 シキの躰は普段と変わらない、いつもの抱き心地だった。


「っ…あ、んたの頬……濡れて、しまうな…」


 涙が流れた。
 胸が苦しくて、握りつぶされそうに痛い。
 視界は涙によって、よくわからなくなっていた。


「っ、っ……う」


 嗚咽が漏れるのを止められない。
 次から次へと流れてくる涙も、止まらない。


「っは……」


 嗚咽の中、大きく息を吐き、アキラは抱しめていたシキから、少し離れた。
 涙で濡れてしまった頬をゆっくりとなぞり、シキの虚ろな眼を見つめる。
 溢れ零れ落ちる涙を拭おうとはしなかった。

 失うと同時に……全てを手に入れた。
 シキという存在全てを、己が所有する事。
 それが、こんなにも悲しくて、淋しくて、つらい。

 それでもこれがシキにとっての永遠の旅立ちならば。
 自分は笑顔で見送ろう。



 アキラは涙を零しながらも、シキに微笑みかけた。


「……お休み…シキ…」


 そして、そっとシキの唇にキスをした。





 優しい、優しいキスを……貴方に贈ろう。












 ―――優しい眠りを……、愛しい、貴方に。





  ...end.

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「cross」読んでいただけるとわかるのですが、
私的設定でシキの廃人になっちゃった理由はアキラ、という事にしてます。
多分アキラに好きだと言われて、それでシキ様がアキラの事を
はっきりと大切な存在と認識してしまったのかなぁ、と思います。

2005.12.04

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