取り込まれる……その、未知なる時に。




   awake from a dream

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 辺りは暗く寝静まり、風に揺られる木々がさわさわと音を奏でている頃。
 とある古びたアパートの一室。
 薄暗い部屋の中、ぎし、ぎし、と一定のリズムで、ベッドが軋みを上げていた。


「は……ん、あ、…うあぁっ」


 結合部分からは、突かれるたびにぐちゅぐちゅと淫猥な水温が鳴り、それに混じる自分の喘ぎ声は、己のものだと頷くにはかなり抵抗を感じるもので。
 だが、もう一つの、耳元から聞こえてくる艶やかな吐息には、必要以上に躰の奥が疼く。

 部屋の中は窓が少し開いている為か、ちょうど良い空調を保ち、時折カーテンの隙間から微かな風の流れを感じた。
 季節は秋。
 夜中である今はわからないが、日が昇っている時間帯では、カーテンを開けると一面に鮮やかな金と赤で埋め尽くされる。


 ふと、突き上げてくる動きが止まり、汗で額に張り付いた前髪を優しい手つきで上げられた。
 眼を開けると、そこには細くも美しく整った筋肉を纏う腕。
 暗闇に浮かび上がる白い躰は汗で輝き、普段はまるで硬質な人形のように冷たい雰囲気を持つ彼が、生身の人間である事を伝えていた。


 それだけで、なんだか泣きたくなる。


 じんわりと熱くなった目頭を隠すようにまた眼を閉じると、顔を見られないように、剥き出しの背中に回している腕に力を込め、より一層強くしがみ付いた。
 白い首筋に顔を埋め、息を大きく吐く。


「ん…は…っ……」


 泣きたくなくて涙を押し込めようとしているのに、ふわりと漂ってくる優しい匂いを嗅いでしまい、切なさに涙が浮かんだ。


 感じる。
 聴覚から、嗅覚。
 触れ合う素肌、流れる汗。
 本来受け入れるべき機能では無い場所から、躰の奥へと挿入されている熱い昂ぶり。


 感じる、生きている証を。

 一人の個という存在の、強く輝く命を。




 せめてとばかりに、アキラはぎゅっと眼を瞑った。
 これ以上は耐え切れない。
 だがまるでその反応が気に入らないとでも言うように、止まっていた律動が一度だけ動き、深く最奥を突かれた。


「ひっ……っんぁ…、」
「アキラ」
「あ…っシ、キ……」


 耳元で名を囁かれた声に、アキラは答えるように眼の前にいる男の名を呼び返す。


「アキラ、お前の眼が見たい」
「………?」


 少しかすれた、腰にずんと響くトーンで告げられた言葉に、アキラは思わずその眼を開く。
 とたんに見えた、赤い眼。
 暗闇の中でもはっきりとわかる、強く輝く双眸。
 その眼が、はっきりと自分を見つめ返している。


 ……駄目だ。
 そう思った時にはもう、涙が流れていた。

 眦からこめかみへと伝い、白いシーツへと落ちていく。
 けれど、見つめられる赤い眼から逃れる事は、出来無い。
 シキはまた先程と同じように優しく髪を梳きながら、アキラの泣き顔をじっと見ていた。
 揶揄する事も笑顔を見せる事もない、ただの無表情。
 だがそれでも、その光の先では多くの感情を持ち、伝えてくる。


 一年前、彼はしゃべらなかった。
 その眼に光は無く、見つめても、見つめ返されなどはしない。
 どれだけ温もりを求め抱きしめても、自分よりも白く長い腕は、抱き返したりしなかった。

 あの時も、ちょうどこの季節だった。
 そしてこんな静かな夜だった。







『ああ、開けっ放しにしていたのか』


 シキのいる部屋へと入り見てみると、赤い落ち葉が一枚入り込み、座っているシキの膝の上に落ちていた。
 少し開いていた窓を閉め、俯いているシキへと話しかける。


『やっぱり、どことなくシキに似ている色だな。シキもそう思うだろ?とても、綺麗だ』


 それをシキの手のひらに乗せ、壊れないようにそっとシキを抱き締めた。
 いつもと同じ行為。

 それだけの筈だった。
 けれど。


『……っ!?』



 背中に、感じる温もり。



 初めは何が起こったのか、全く理解出来なかった。
 頭の中が真っ白になって、次は一瞬にして今までの記憶が溢れ出し、混乱した。
 錯覚か、あるいは夢かとも思った。
 いきなりの事に、膨れ上がる期待と、それを裏切られ絶望に陥らないようにと否定する心、双方が混ざり合う不安。


 そして、全てを凌駕した、


『…………アキラ』



 現実。







「お前の眼は美しいな。透き通った、深緑をしている」
「そう、か……?」
「ああ」


 なぜ泣いているのか、シキは聞かなかった。
 シキもわかっているのだろう……もしかしたら思い出しているのかもしれない。
 己の眼に、再び光を宿した、あの瞬間を。

 アキラはあの時、今と同じように涙を流した。
 何度も何度もシキの名を呼び、そしてシキは何も言わず、あやすように背中をさすってくれていた。


 いつか、シキが自分を見てくれるかもしれない。
 そう夢見る事はあった。
 夢は甘美、現実はそれを裏切る、残酷なものだと、諦めもしていた。


 けれど現実は、時に夢よりも甘く、切なく、優しい。



「シキ…ん、……」


 アキラの涙を止めるように、シキはその目元に何度もキスを施していく。
 くすぐったいような、むず痒いような不思議な感覚に酔わされる。

 そんな彼の気遣いに陶酔しきっていた矢先、いきなり強い快楽に躰が震えた。
 チャリ……と臍の辺りから金属音が聞こえ、臍に付けられたピアスを弄ばれているのだと知る。
 もうずっと躰の中にシキがいるせいか、下半身の感覚がぐずぐずと溶けていて、音を聞かなければどこを触られているのかわからなくなってきていた。


「っ…は…ぁ、シキ……っ」
「どうした?」


 ふ、とシキが笑う。
 これだけ密着していて、しかもずっと中に入っていれば自分が抱いている躰の変化なんてすぐにでもわかるだろうに、シキはわざと焦らす。
 まるでそれが楽しいのだとでも言うように、ゆっくり、じわじわと追い詰めていこうとする。


「…ぅ……っんん、…ぁう」


 早く、もう……動いてくれ、と心では思うのに、羞恥に阻まれて口に出す事が出来ない。
 しかもその眼にじっくり見つめられると、余計に躰が熱くなって泣きたくなる。
 もう泣いているから、今更かもしれないが。


「アキラ、顔が赤くなってるぞ」
「ぬ、けぬけ……と…っ!……ああっ」
「それに凄い締め付けてくるな。吸い付いてくる……感じるだろう?ここに入っているものが」
「ぅあ!…あ……ふっ、あん!」


 ピアスの上から腹を撫でられ、アキラは躰を撓らせた。
 まざまざと感じられる、シキの昂ぶり。
 ぴったりと、まるで一対のピースのように嵌り、その熱も、形も、リアルに感じる。

 その昂ぶりで、もっと躰の奥まで突き上げて欲しい。
 感じる所を擦って、揺さぶって、イかせて欲しい。

 想像するだけで、堪らなかった。


「ぅ……も、シキ……っ」
「欲しい、か?」
「…っん……っ」


 耳元で囁かれた言葉に、素直に頷く。
 けれどそれは、自分がどれほど浅ましく淫らなのかを認めるようで、居た堪れなかった。
 男としてあまりにも情けなくて、悔しくて、またぼろぼろと涙が出てきてしまう。
 それでも。


「ぁ、ああっ、ん…あっ、あ、あ」


 この男に抱かれる事が、こんなにも満たされる。

 動きが再開され、アキラはなすすべも無く、シキの背中に腕を回し、縋りついた。
 恍惚とした表情を浮かべ、開かれた口からは絶え間なく喘ぎ声が漏れ、涎が顎へと伝う。


「あ、あ、あっ…あ…はぁっ」
「……っ…は」


 膝裏から足を持ち上げられ、もう片方の手で尻を掴まれ、より深くシキが入ってきた。
 何度も何度も抽出を繰り返され、突かれるたびに鳴る精液の音に、だんだん恥じる余裕が無くなってくる。


「う…ああっ!あっ……」
「……アキ、ラ…っ」


 シキに揺さぶられ、快楽に酔いしれ涙を流しながらも、その眼を閉じる事はしなかった。
 自分を抱いている時の、シキの表情が好きだ。
 薄っすらと汗をかき、眉を寄せ、快楽を求めるシキ。
 名を呼ぶ声もどことなく余裕が無くて、シキがこの躰で感じてくれているのだとわかるから。

 突き上げる速度は徐々に早くなり、的確に自分の感じるポイントを当ててくる。
 激しい快感に躰がついていけなくなり、もう限界が来ているのだろう、とぼんやりと思った。


「シキ、あ……んぅ…、っ、いいっ…」
「くっ…」
「あっ、ぁんっ……ふぁ、くぅ…んんんっ!!」


 強烈な快楽に躰がひくひくと痙攣し、アキラは射精した。
 自分の腹に精液が飛び散ったと同時に、どくり、と躰の奥にシキの熱いものが放たれるのを感じた。


「…ぁ、はぁ……ん」
「…は……」


 大きく息を吐き、無意識に入っていた力を抜く。
 シキも動いて体力を消耗したのか、ゆっくりアキラの上へと落ちてくる。
 アキラは自分の顔のすぐ横で荒く呼吸を繰り返しているシキを、そっと抱きしめた。


「アキラ……?」


 訝しげに呼んでくるシキに、アキラはふわりと笑った。





 あの時、シキの中で何があったのか、自分には知る事が出来無い。
 シキ自身も、ほとんど理解出来ていないと言う。
 なぜその瞳に光が戻ったのか、その切っ掛けは一体何だったのか、気にならないでもない。

 けれどそんな事はきっと、とても些細な事で。
 今、目の前にいるシキが、自分を見返してくれる。


 そう……それだけで、十分なのだ。

 今ある、現実だけで。





「なぁシキ……もっと、俺の名前を呼んでくれ」
「今日は、やけに甘えてくるな」


 溜め息をつきながらも、シキは少しだけ躰を起こして、アキラの顔を覗いた。


「アキラ……相変わらず可愛いな、お前は」


 そんな、いらない言葉までおまけに付いた事に、思わずアキラは笑みを零した。
 シキらしいと言えば、らしいのだが。

 シキの声が聞ける事、シキが自分の名を呼んでくれる事、こんな戯れが出来る事。
 そんな中に、今まで知らなかった事を発見する。
 シキに出会い、五年という月日が流れた、今だからこそ。


 アキラは少し離れたシキの躰を、また自分の方へと引き寄せた。
 シキも、アキラの腰に腕を回す。






 知らなかった。
 そう。

 人というものが、これ程までに愛しいのだと。





  ...end.

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設定は五年後なので、年齢は私的に29と22というところでしょうか。
車椅子エンドのその後は、格好良くも甘甘でいてほしいな、という願望。

2005.09.22

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