いつか、必ず……その時が訪れる。




   Can you believe?

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 からからと風に流され地面を歩く枯れ葉に、笑みを浮かべる。
 虚ろな眼を開けているシキの座る車椅子を押しながら、アキラは青空の下、並木道を歩いた。

 続く公園にはたくさんどんぐりが落ちていて、子供達がはしゃぎながら手いっぱいになるほど拾っている。
 それを見つめる母親達もまた穏やかだった。


 第三次世界大戦が終結してからもう10年近くになるのだから、愛情というものに満ちた、血のつながりのある家庭というものがあって当然だった。
 人を殺す為ではない、ごく普通の教育をする学校が存在し、休日にはこうやって公園に親子連れが集まる。
 彼女達にはきっと愛する夫というのも存在しているのだろう。

 自分達の時とはえらい違いだが、だが確かにまだ大戦と、そしてつい最近までの東西内乱の名残も消えてはいなかった。
 明るく穏やかな場所から少し離れれば、そこには血に飢えた若者達のたむろいがいくつでもある。

 力を求め、強い者が全てである弱肉強食の世界。


 その為か、こうやって刀を持ち歩いたところで誰も文句など言わないし、そんな法律もまだ無かった。
 それにこんな穏やかな場所だからこそ、武器を持てば、不用意に自分達に近づいてくる者などいない。
 穏やかな世界や血に飢えた世界などといった、そんな両方の世界にすら自分達は属せない……殺戮を行う、本当の意味での裏の世界にいるのだ。

 人間の汚い部分だけが露わになっている世界。
 この世界が求めているものは血ではない。
 くだらない名誉や利益を求め、自分以外の人間は踏み台、もしくは道具である。

 アキラもまた、自分達を狙うそんな世界の人間達は、ゴミのように切り捨てた。
 容赦などする気は毛頭ない。
 シキを傷つけようとするならば、排除するだけの事だ。




 公園へと入り、親子連れから随分と離れた、人気のしない森の方へと向かう。
 そこには高い木々から作られた色とりどりの綺麗な落ち葉が地面に敷き詰められていた。
 きっと俯いているシキの眼を楽しませてくれるだろう。
 アキラは車椅子を止め、シキの顔を覗き込み、ふと笑った。
 そして顔を上げた時には、感情の起伏をいっさい感じさせない無表情だった。


「無粋……だな」


 聞こえるか聞こえないか程度の呟きとともに、木陰から差し込む太陽の光を反射させ、眩しい輝きが現れる。
 と、ほぼ同時にキンッ、と金属音が鳴った。
 襲いかかってきた者の舌打ちが聞こえる。

 自分を囲んだ相手は三人。
 シキから離れぬまま、アキラは刀を構え直した。
 見たところ相手は銃などを持ち合わせてはいないようだ。
 ならば多少はシキから離れても平気だろうか。

 後ろから飛びかかってきた男の鉄パイプを受け止め、そのまま勢いよく引き、がら空きになった胴体に刀を突き刺す。
 せめて苦しまずにと心臓を狙った。


「がっ……」


 呻きと共に大量の血を口から吐き出し、そのままシキの足元に崩れ落ちる。
 その男が完全に地面に倒れた時には、アキラの持った刀はまた一人を斬り殺していた。
 血が舞い散るその赤い液体を通して残ったもう一人に眼を向けると、その人間は脅え怯み、喉に引っかかったような小さな悲鳴を上げる。


「逃がしはしない」


 その相手へと向かって刀を振りかざす。
 だがこうやって襲ってくるような行動に対する、その力量が少しはあるらしく、キンッとアキラの刀を形状の珍しいナイフで受け止めた。
 だが力に負けてナイフは地面に落ちる。
 そしてまた血が流れた。


 殺気立った空気はそのとたんに消え失せた。
 アキラは初めから殺気など出してはいないし、出すと少し離れた親子連れ達に気づかれかねない。
 だが周りの気配に変わった空気は見られないので、とりあえずは大丈夫だろう。

 手に持ったままの鞘に刀を納め、シキへと振り返る。
 そこにはいつもと変わらない、虚ろな眼をしたシキがいた。


「怪我はなかったか?シキ」


 歩み寄り、声をかける。
 返事が返ってくる事など無いとわかっていても、アキラは常にシキに話しかけた。
 少しでもその閉ざされた心に自分の声が届くように。
 いつかまた、シキが己の意思で眼を開き、自分を見つめてくるように。

 無駄かもしれない、と思った事も何度もあるし、その度に虚しさを感じた事もあった。
 けれど、信じなければ前には進めない。
 諦めてしまったら、その瞬間、本当にシキは二度と自分を見てくれる事が無くなってしまいそうだから。

 それが、怖かった。
 たった何パーセントかの可能性でも、ゼロでは無いのなら、諦めたくはないのだ。

 アキラはシキの頬をそっと自分の手で包むと、その唇に自分の唇を落とした。
 少しだけかさついているのは、多分今が秋だからだろう。
 ちゅ、と音を鳴らし、そのままシキの唇を舐め、そしてまた唇を合わせる。


「シキ……愛してるよ」


 唇が殆ど触れたまま、いつもの言葉を囁く。
 トシマから脱出して、まだシキが起きている時には伝えられなかった言葉。
 いつかまた伝えられる事を、信じながら。




 シキの唇にもう一度キスをすると、アキラは背を真っ直ぐに伸ばし、車椅子をゆっくりと押した。
 とりあえず、この血の臭いのする場所からシキを遠ざけたかった。
 先程の人気のする場所へと戻り、そのままアキラは歩いた。

 どこかに行きたい訳ではないが、このまま宛ても無く散歩するのは良いかもしれない。
 そう思わせるくらい良い天気で、気持ち良い風だ。
 風が優しく頬を撫で、誘われるように眼を閉じる。


「…………ぇ」


 慌てて眼を開けた。
 何か、何かが聞こえたような気がした。
 その何かが、はっきりとはわからなかったけれど。

 気のせいかと思い、もう一度眼を閉じた。
 風の音が微かに耳を過ぎ去り、木々のざわめきが聞こえ、そして。


「……シキ?」


 そう、何だったかはわからなかったのだが、なぜか……シキの声のような気がしたのだ。
 自分の名前を呼んでくれたような気がした。


「俺の名前、呼んだのか?」


 そう聞いてみた。
 俯いているシキから、やはり返事が返ってくる事はなかったけれど。


「なぁ、シキ。アンタは本当にいつか、また俺の名前を呼んでくれる事があるのかな」


 アキラは笑みを浮かべていた。
 なんだろう、本当に今ならその可能性があるんじゃないかと思えた。
 本当にその内、シキが眼を覚ますような予感がする。


 その時が来たら、自分はどうするだろう?


「そうだな、なんで置いて行ったんだって殴るかもしれない。アンタに泣き縋るかもな。みっともないかもしれないけど、それくらいは許して欲しいよ。ずっと待ってるんだからさ……それくらいは」


 シキの耳元で可笑しそうに笑う。
 車椅子を止めると、後ろから抱き締めて、シキの首筋に顔を埋めた。
 いつも通りのシキの匂いがする。
 シキを感じながら、また眼を閉じる。


「あと、アンタが俺から眼を逸らせなくなるくらいに、アンタに惚れ込んでもらいたいな。……それくらいに、強くなったんだ」


 アキラは耐え切れずに、くすくすと声を出して笑った。
 なんだか、これからいたずらでもしようかと打算する子供の気分だ。
 シキが眼を覚ますかもしれない、とそう思うだけで、楽しくて仕方が無い。


「……早く、起きろよ」


 ぎゅっとシキを抱き締めている腕に、力が篭る。
 先程までの楽しい表情は、少し悲しそうな笑みへと変わっていた。

 やはりまだ反応の無いシキに、切なくもなる。
 確信の無い未来がどれだけ甘く残酷であるかも、知っている。

 それでも、期待しても……良いだろうか。



「―――俺を裏切るなよ、シキ」



 いつか必ず、訪れるその瞬間を胸に思い描いて。


 静かだった風が、答えるように少しだけ強く吹き、二人の髪を靡かせた。





  ...end.

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とにかく格好良いアキラをと思って書いてみました。

2006.02.16

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