貴方の背中

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 サク、サク、と少しばかり積もった雪に足跡を残しながら歩いていく。
 前を歩いているシキの足跡が消えないように、アキラはそのすぐ横に跡を付けていた。

 ちらちらと雪が降り、静かな街が一層静かに感じられる。
 壊れかけたビルも、ひび割れている筈の道路のコンクリートも、今は雪を被り、綺麗になっていた。

 ふとアキラは立ち止まり、後ろを振り返った。
 そこには自分達の付けた足跡が見えるだけで、何も変わった事はない。
 一面が雪に覆われて、真っ白だ。
 しかしその足跡を見て、アキラは眉を寄せた。
 そして自分の足元に眼を落とす。

 シキの方が、大きい…。

 隣にあるシキの足跡と、自分の足を比べて、アキラはふぅと溜め息をついた。
 身長が全然違うのだから当たり前といえば当たり前なのだが、なんだか悔しい。


「……どうした」
「ぁ……」


 アキラが止まった事に気付いたのか、シキは少し離れた所から振り返っていた。
 慌ててアキラはシキの傍まで近寄る。


「何でもない」
「何でもなくて、お前は立ち止まるのか?」


呆れたように呟いたシキを、アキラは見上げた。
そして、やはり見上げなければならないほどに差があるのだ、と改めて実感してしまった。


「アンタ、でかいな」
「…………何を今更」
「いや、そうなんだけど」


 これは男としてどうだろう、という気分になってくるではないか。
 しかしシキは、既にどうでも良さそうに、また歩き出した。
 アキラはしぶしぶとそのすぐ斜め後ろをついていく。

 サク、サク、と。
 やはり自分の足元を見て、時折振り返り、シキとの足跡と自分のものを比べながら歩く。

 少し行くと、シキは何を思ったのか、アキラの方へと振り返った。
 アキラが気付き、シキの眼を見返す。
 何だろうかと聞く前に、シキはアキラの方へと手を伸ばした。
 そして、その頭にその手を置き、くしゃと撫でた。


「お前はこのサイズでちょうど合っているな」
「…どういう意味だよ、それ」


 む、としてアキラは言い返した…が、頭を撫でている手はどかさなかった。
 シキが、珍しく笑みを浮かべた。


「人には、それぞれに見合ったサイズがあるだけだ。無理はする必要などない。それも含めて、アキラという一つの個が存在しているのだからな」
「……アンタ、たまには良い事言うんだな」


 感心してアキラがそう言ったのだが、シキはぴく、と眉を動かした。
 アキラを撫でていた手が、いきなり乱暴なものに変わる。


「痛い、いたっ……ちょ、何するんだよ」
「貴様がふざけた事抜かすからだ」


 アキラから手をどかすと、ふん、と鼻を鳴らし、シキはまた先に歩き始めてしまった。
 そんな怒られても、珍しいものは珍しい。

 だが、確かにトシマから出た後のシキは、以前のシキよりもかなり穏やかになっていた。
 しかも一度眠りに付いて、また目覚めてからは、シキは本当に優しく感じる。
 もちろん出会った頃からのシキらしい一面もある・・・特に、阻む者を容赦無く殺すところは、相変わらずだ。

 どんどんシキの背中が遠ざかっていく。
 その背中を、アキラは見つめた。


「…アンタは、色んなものを……しょいこんでるんだな」


 真っ直ぐに伸ばされて、ぴんと筋の通っている背中は、力強く。
 けれどほっそりとしていて、冷たい雪の降る中で、酷く儚げに見えた。
 とても脆く、崩れそうになるのを、それでも必死になって伸ばしている背中。


「本当、強いよ」


 そんなシキを好きになったのだ、とその背中を追いながら、思った。
 雪に消されそうになっても、それでもシキは消えない。
 アキラはシキに追いつくと、そっとシキの背中に抱きついた。


「……何だ」
「何でもない」


 その台詞に、今度はシキは言い返さなかった。
 ただ歩く足を止め、前に回っているアキラの腕に手を置いた。
 アキラはそんなシキに微笑み、より一層強く後ろからシキの躰を抱しめ、背中に頬を押し付けた。
 徐々にシキの体温が伝わってくる。



シキの体温は、この雪より、暖かかった。

生きている、人の体温だった。





  ...end.

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足跡を誰かと比べるとか、雪降ってるとしたくなるよね、と思って書きました。
日記で書いたので、短いお話です。

2005.12.04

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