この思い この言葉に乗せて…。




   柔らかな色彩

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 かけていた眼鏡を外し、一息ついた。
 読み終わった本をテーブルに置き、その上に眼鏡を置く。
 それからソファに深く背を預けると、アッシュは静かに眼を閉じた。

 窓が開いているせいか、時折聞こえてくる風の音、そして草木の匂いが感じる。
 緩やかに流れる空気は柔らかい。

 その中で、ふと人の気配が近づいてくるのがわかり、ゆっくりと眼を開けた。
 かちゃりと扉が開き、ルークが部屋へと入ってくる。
 その手には、メイドに用意してもらったのだろう、陶器のポットやらティーカップや菓子が乗ったトレイがあった。


「あれ、もう読んだのか?」
「ああ、ページ数が多かった訳でもないしな」
「でもまだ読み始めてから一時間しか経ってないぜ?」
「ほう…計っていたのか?」


 意地悪く笑ってやると、ルークは自分の失言に気付いたのか、頬をほんのりと赤く染めた。
 アッシュ的にはトレイを落とさないかどうかが気になったのだが、向こうはそれどころではないらしい。


「な、な…なん」
「俺に構ってもらえなくて寂しかったか」
「ちっ……げーよ!」


 ガシャン、と乱暴に置いてくれたのは良いが、ポットから少し紅茶が零れてしまっている。
 ふんっ、とあらぬ方向を向きながら隣に座ってきたルークは、文句を言いつつも明らかにさっきよりも顔が赤くなっていて、思わず笑ってしまった。

 何だかんだと言いつつも、寂しかったのだろう。
 本を読んでいた最初十分程、ルークは今のように隣に座って剣の手入れをしていたのだが、たまにこちらの方へチラチラと眼をくれていたのだ。
 構ってもらいたかったのが、あからさまだった。

 ずっとくつくつ笑っていると、ルークはちくしょ、と小さく呟きポットを手に取った。
 あまり器用とは言えない手付きであったが、二人分の紅茶をカップへと注ぐ。


「ほら出来たぜっ。いつまで笑っているつもりだよ、早く飲めよな」
「ああ、わかった」


 可愛い奴だなと思いながらも、それを声には出さず、素直にルークの言葉に従った。








「さっき、何の本読んでたんだ?」


 ささやかなティータイムが終わり、食器はそのままに二人で中庭に出た。
 そしてのんびりと花を見る。

 もうすぐ季節は冬に移行しようとしていた。
 ほんのりと静かな色彩をしている小さな花達は、茶色や金色となった枯れ葉の世界で、それでも誇ったように咲いている。


「気になるのか?」
「別にそういう訳じゃねーけど」


 そう言いながらも、ルークは後ろにある部屋の扉に眼をやった。
 アッシュが読んでいた時には、あの本を買った店のカバーがかけてあって題名が見えず、どんな内容なのか想像する事は出来無かっただろう。

 しかし気になりはしても、読もうとまでは思わないらしい。
 そこがルークらしいと言えばらしいのだが。

 アッシュは庭にあるベンチに腰を下ろすと、まだ突っ立っているルークをチラリと見上げた。


「そうだな。例えば『死ぬ瞬間は、生まれる瞬間と同じ感覚』」
「…は……?」
「『死んだ直後は、無くした筈の体の一部を取り戻せる』。まぁ、病気や怪我なども全て治るって事だな」
「………」
「そして『魂が肉体から離れ完全に死ぬと、死後にはこの世の何よりも勝った永遠の幸福が待っている』」


 強い風が吹き、自分達の赤い長い髪が靡いた。
 アッシュは顔に掛かってきた髪を、手で掻き揚げるようにどかした。

 花々がさわさわと音を立て、葉は木から離れまいと一生懸命縋りつき、風が吹き止んでもまた次に来る風の為に力を緩める事無く待ち構えている。
 それでも耐え切れず、何枚もの枯れ葉がひらひらと舞い落ちてきた。
 透き通った雲は、同じように透き通っている青空に溶け込み、流れ消えていく。

 黙り込んでしまったルークは、眉間に皺を寄せ、珍しくも何やら考えているようだ。
 …と、思ったのも束の間、無言で部屋の中に入っていった。


「…ルーク?」


 気になってルークの背を追うと、ルークはソファに座っていた。
 上に乗っていた眼鏡を横へとどかし、本を手に取る。
 題名の部分で一瞬躊躇うように指が止まったが、すぐにまたページを捲り始めた。

 どうして読書の苦手なルークが読む気になったのかはわからない。
 だが、別に止める事でも無かった。

 アッシュは一度だけ部屋の中へと入り、近くに立て掛けられていた木刀を手に取ると、すぐにまた外へと出た。
 それ程久しぶりという訳では無いのだが、それでも剣の稽古はなるべく欠かさずやった方が良いだろう。

 そうしてルークが本を閉じた…とアッシュが認識したのは、既にもう空が夕焼けへと変わっている頃、読み始めてから大体二時間程経ってからだった。






 直接脳へと聞こえてきた、己を求めるような声に、アッシュは木刀を振り翳していた手を止めた。
 何処か辛そうな、絞り出すような声で名を呼んでいるルークに不思議に思いつつ、滲んでいた汗を腕で拭きながら部屋へと戻る。


「ルーク、終わったのか?」


 声をかけても、ルークは俯いたまま顔を上げようとしなかった。
 そんな悲しむような内容であっただろうか。

 まさか泣いている訳ではなさそうだが、どうにも先程までとは全く異なった状態に、アッシュは心配になって傍に歩み寄った。
 すると、はっきりとした、けれどいつもより幾分か抑揚された声が聞こえてくる。


「なぁアッシュ。これ、買ったのいつ?」
「昨日だが」


 そう答えるとルークは店のカバーを外し、ハードカバーの表紙を眺める。
 一体何だというのだろう。
 わからないのだが、とりあえず立っていてもどうにもならないので、ルークの隣に座った。

 やたらと口数が少ないが、怒っている訳ではないし、悲しんでる訳でもない。
 たどたどしく本を弄っているその手を眺め、それから長い髪の落ちるその隙間からルークの顔を覗くと、やはりさっきのように眉間に皺を寄せていた。

 これは…悩んでいるのか。
 言いたいけれど言えない、そんな状況のようだ。

 アッシュは、思わず苦笑しそうになるのを我慢した。
 こういう時は黙って待っていれば良い。
 迷った挙句言わなくて済む問題ならば、ルークはきっと言わないし、言わないとどうしようもなければ言うだろう。

 そうしてしばらくの間、ルークはずっと本を触っていたが、意を決したのか口を開いた。


「あの、さ」
「何だ」
「この本、捨てて」
「わかった」


 頷くと、ルークはこれ程無い、というくらいに驚いていた。


「おま……何でそんなにアッサリしてるんだよっ!」
「は?」


 何でと言われても、むしろ何故ルークが怒っているのか、判断が付かなかった。
 アッサリだとかどうこうという問題では無い。
 この状況は果たして「駄目だ」と断るべきだったであろうか。

 そんなこちらの気持ちを察したのか、ルークは深く長い溜め息をつく。


「普通さ…昨日買ったばかりの本を、次の日いきなり捨てるような事ってしないんだろ?」


 なるほど、いつの間にかルークにはそれなりの常識というものが備わっていたようだ。
 昔の…自分達が出会った当初のこいつは、それはもうどうしようも無い程のお坊ちゃまだったので、これはかなり成長したと言えよう。

 しかし、それならば。


「それでも捨てたいと思う程に、お前はこの内容が嫌だったのか」


 ルークが言葉を詰まらせる。
 そして、顔を歪ませた。


「だって、変だろ。俺達は今を生きて、幸せっていうのを手に入れようと頑張っているのに。頑張ってきたのに。こんな…死後に永遠の幸福が手に入るなんて。それが何よりも勝ってるなんて。それじゃあ今の俺達を全て否定されているみたいじゃないか」
「だがこの本には、今生きている事は死後に役立つ為の勉強場所だと、そう書いてあった筈だが」


 己からすると、そんな概念自体はどうにもくだらない、理解し難いものだった。
 だが内容や、この優しく語り掛け諭すような文章から、どうやら自我の発達していない子供か…あるいは迷いを持つ青少年というものに向けての一つの考えを伝えているものだと思ったのだ。

 既に成熟した己にはこんなものかとしか感じず、こんな考えを持っている人間もいるのだとしか思わなかった。
 ただ発行日を見ると、時期的にも予言というものが無くなった、つい最近に書かれた本であるから、大人の中にも迷いのある者はこういうものを求めるのだろうと。

 だから、時折見かける専門的用語や内容だけを知識としてしか受け入れなかった。
 そもそも暇つぶしに適当に手に取った、本当にそれだけで買ってきた本だったのだ。

 そう言うと、ルークはわかってるさ、と頷いた。


「それでも俺は―――嫌だ。これじゃああの時、あのまま…俺達は消えていなくなった方が良かったみたいじゃねぇ?生きたいって…何度も願って。生きて欲しいって。何度も祈ったのに……馬鹿みたいじゃねぇか」


 泣きそうな声は徐々に小さくなり、後の方は呟く程度にしか聞こえなかった。

 近いうちに己は消えてしまうのだろうと思っていた、あの時。
 それでも、自分達は確かに互いの生存を願った。
 互いを生かす為に、剣を交え。

 そして、己は多くの剣に突き刺され、死んだ。

 あの時、絶対的な幸福を感じただろうか?
 いつの間にか、全ての痛みを感じなくなっていただろうか?
 母から生まれたような、暖かなものに包まれた…そんな気がしただろうか?

 あまり、記憶に残っていない。


「そりゃさ…今の状況は、確かに絶対的な幸福じゃないかもしれない。もしかしたら、全然幸福じゃないのかもしれない」


 多くの命を奪った事実は消えず、ずっと…このまま生き続ける以上ずっと、その罪は押しかかっているだろう。
 大切な者を失った、その悲しみから、自分を憎む者も沢山いるだろう。
 それは時に、とてもつらく心が軋む程に重く、耐え切れなくなる程の憎悪となる。


「けれど、誰からもただ愛されるだけの幸福なんて、そんなものいらねぇ。努力しなくても手に入る事が既に約束されているものなんて…俺は絶対欲しくない。愛される努力をして、それで誰かに愛してもらえるのなら――――たった一人きりからでも、良いのに」


 その時、内心かなり動揺した事を、ルークはわからなかっただろう。

 愛されるのなら、一人きりからでも良いなんて。
 きっとルーク自身も、どれ程の事を口にしているか、わかっていない。
 天然とはこいつの事を言うのだろうな、とアッシュは小さく息を吐いた。


 ―――アッシュが愛してくれるなら。


 そう、無意識に語り掛けてきた事すら気付いていないのだから。


「…それで、満足か?」
「ああ。多分それが何よりも価値のあるものだと思う…って何言ってんだろ俺」


 今度は照れ隠しで顔を伏せた。

 ルークは、どれだけの人間から…そしてレプリカから、己が愛されているのか知らない。
 両親だけでない、仲間達からだけでない、名も知らない多くの者達から愛されている事を。
 それが今言ったように、本当にルークの努力というものから手に入れたものなのだと…こいつは気付いていない。

 臆病過ぎるせいか。
 それとも、多くの人間を殺した、多くのレプリカの命を犠牲にしてしまった、そんな罪からか。

 しかし、それでも愛されたいと願う。
 生きたいと強く願う。

 多くの者を…愛したいと。


 そしてこいつが、こんな奴だからこそ、俺もまた…。


 アッシュはソファから立ち上がり、ルークの手から本を抜き取った。
 顔を上げたルークの眼を他所に、仕事でいらなくなった書類やら今日の新聞の上にその本を置く。
 その内メイド達が、一緒に破棄してくれる事だろう。


「本当に捨てる奴がいるかよ」
「捨てろと言ったのはお前だろ」
「そうだけど。アッシュってアッサリしてるって言うよりも、あまり何かに対して執着しない感じがする。何でもかんでも率無くこなすし。アッシュを見ていると、その、何て言うか…」


 それ以上ルークは言おうとしなかった。
 必死に耐えようと思ったけれども、今度は流石に耐えられなくて笑ってしまった。
 止めようと思っても、全然止まらない。


「く…ははっ」
「な、何だよ!俺、何か変な事言ったかよっ」


 拗ねたようなルークの声。
 真っ赤な顔。
 固く結ばれた唇。
 射抜かれるようなきつい眼差し。

 全く…本当に。


「天然だな、お前」
「はあ?!って、ちょ…アッシュ!」


 ルークが素っ頓狂な声を上げる。
 ルークの肩を掴み躰をソファへと押し倒し、頭をぶつけないようにクッションを引っ張って、頭の下へと置く。
 逃げたり暴れたり出来無いように上へと覆い被さり、まだどうにもなっていない下半身を服の上から撫でた。


「な、やめ……んっ…」


 きつく眼を瞑り、アッシュを押しのけようと肩をぐいぐい押すも、その腕にあまり力は入っていない。
 逃げようとするルークの晒された首筋に唇を落とすと、ルークの躰がひくりと揺れた。
 感じるように、舌を這わしていく。


「ちょ、ま…まだ、話は終わってなっ…ぅっ」
「煽ったのは、お前だからな」
「何、を。あ……」


 元より緩いズボンを履いているのだから、ベルトを外してしまえば簡単にその中に手を入れる事が出来る。
 男というものは大抵、心はそれ程望んでいなくても触られれば勃ち上がってしまうもので。
 少しずつ擡げ熱を持ち始めたペニスを直に握ると、ルークは荒い吐息を零した。


「あ…こっちは、真剣に、話して…る、っつうのに…ん!」
「ルーク…」
「ん…ん……、は…んっ」


 悪態を吐くも、びくびくと腰を揺らし感じているルークに、アッシュはニヤリと笑みを浮かべた。
 指で先端を引っ掻いたり、全体を擦ってやったり。
 ゆっくり嬲っていると、だんだんと先走りが零れてくる。


「ルーク、感じるか?」
「ふ…ぅん……」


 そっと耳元で囁くと、それだけでルークは声を漏らした。
 物欲しげに腰を揺らし、腕に縋り付いてくる。

 少し性急であるような気もしたのだが、どうにも己の方が我慢出来そうに無く、奥の方へと指を滑らせていった。
 しかしアッシュの気懸かりは必要無かった程、そこは物欲しげにひくひくと小さく収縮していた。

 一度そこから手を退け、ペニスの先端を弄りながら流れる精液を指に絡める。
 そしてまた下の方へと指を動かしていった。
 ぬるぬるとした液を塗って入り口を解し、傷が付かないようにゆっくりと中へ埋めていくと、ルークは堪らないとばかりに首を何度も左右に振る。


「ぁ…あ、…あ…っ!…く!」


 掻き回しながら中を探り、すぐに前立腺を刺激した。
 そこを強く押すたび、ルークの腰が大きく跳ねる。

 焦らすという事は全くしなかった。
 早く中に埋め込んでしまいたい、早く中に入れて感じさせてやりたい、と。
 そんな気持ちがルークを急激に快楽の底へと落としていく。

 言葉よりも、行動で手っ取り早く、この感情を伝えたかった。

 きっと言葉だけでは伝わらないのだ…この屑には。
 何度も何度も、既にもう飽きるのではないだろうかという程に何度も伝えているのに。
 それでも、こんなにも不安がるのだから。

 アッシュは器用に片手で自分のベルトを緩め、前を寛げた。
 ルークの痴態を見て、興奮し勃ったペニスが現れる。
 熱い柔らかな中から指を抜き太腿を押し上げ腰を浮かせると、ほぼ一切の間を置かずに、ずぶりと突き入れた。


「ひぃっ?…あ、ぁ…?」


 快楽に浮かされて、一瞬何が起こったのか理解出来無かったのだろう、ルークはぼんやりと下半身を見つめた。
 だが少しだけズボンや下着がずれているだけの、殆ど衣類は乱れていない状態であり、ルークからではどうなっているのか見えないだろう。
 緩く腰を揺らしてやると、ようやく中に入れられた事がわかったのか、ぎゅっと眼を瞑った。

 暖かく柔らかで、それでいてとても熱く感じる場所。
 少し動くだけでもの凄い締め付けを施してきて、アッシュも熱い吐息を吐き出した。


「く…ん…っ……」


 はぁ…、とルークが悩ましげな息を漏らす。
 そっと、汗の掻いている額や頬に無造作に散らばっている髪の毛を梳いてやる。


「わかるか?お前の中に、俺がいる事を」
「ッ…はぅっ」


 埋め込まれているであろう下腹部を撫で、一度突き上げてやるとルークは躰を撓らせ嬌声を上げた。
 中にあるものを締め付けながら何度も荒い呼吸を繰り返し、涙の溜まった眼で睨んでくる。


「は、なし…終わって、な……っうう」
「俺の方では、終わったんだが…」


 というよりも、いくら話してもルークは不安から逃れる事は出来そうに無いので、さっさと躰に教え込んでやろうとしたのだが。
 それでもやはり、言葉にした方が良いのか。

 こんな入れた状態で話をするというのも間抜けなような気がしたが、ルークが望むのなら、とアッシュは口を開いた。


「そうだな。お前は俺の事を、何に対しても執着していないと言ったな。だが、明らかに間違っている」
「ど、こが」
「気付いてないのか?だから天然だと言うんだ。俺は、お前にもの凄く執着してる。それはもう、お前以外何もいらない程…ずぶずぶに」


 歪められる顔。
 言葉に感じたのだろう、ひくり、と内壁が大きく波打ち、熱く勃ち上がっているものを締め付けてきた。
 腰を打ち付けると、ルークは背中を撓らせ、すすり泣くような擦れた嬌声を上げる。


「や、あ…ァ。ふ…あ、あん…」
「あの本だって、普通ならば捨てたりしない。だが、昔ならばともかく…今のお前が我が儘を言う事など滅多に無いからな。言わなければならない程に、苦しいものだったんだろ?だから捨てた」
「…でも、んっ」


 これ以上何かを言われる前に、ルークの唇を塞いだ。
 つばむような触れるだけの口付けを繰り返すと、次第にルークの体から力が抜けていくのがわかる。
 腕が背中に回され、それに答えるように深く唇を合わせて舌を絡ませた。
 くちゅくちゅと混ざり合う唾液を、ルークが何度か嚥下する。
 唇を離すと、唾液の糸が伸びて切れた。


「…お前と共に生きたいと願った。そして共に帰ってきた。確かに死は、幸福であるかもしれない。だが、それだけだ。死後の世界などどうでも良い。俺にとっては、お前と共にいられる事が…何よりも幸福だと思う」
「だっ、たらっ!」


 まるで叫ぶような声だった。
 胸元を掴む手に力が篭ったのか、ぎゅっと服を引っ張られる。
 そして首筋に埋められたルークの頭が、微かに揺れる。


「だったらも…二度と、消えんな。絶対、俺の前から、いなくなるな」


 肩辺りがじわりと湿ったのが感じ取れた。

 震える躰。
 縋り付かれるように回された腕。
 漏れてくる嗚咽。

 何度も憎しみをぶつけた。
 お前が憎くて、お前をいつか殺そうと。
 その為だけに強くなった。

 その時から…ずっと昔から、己はこのレプリカにもの凄い執着していたのだと気付いたのは、こういう関係になってからだ。
 憎しみでもって、ずっとお前だけを見ていて、いつしか憎しみは違うものへと変わっていった。


 お前が、変わったように。


 変わっていくお前を見て、己もまた変わっていった。

 いつの間にか憎しみが無くなり、しかし変化した感情に付いていけず持て余してしまい、姿をくらました事もあったが。

 それでも、今。


「―――ああ。俺は、全ての者を愛そうとするお前を、愛してやりたい」


 大丈夫だ、そう言って子供をあやすように何度も頭を撫でてやった。
 ペニスを埋め込んだままの状態だったせいか、ルークはひくひくと躰を震わせるも、その表情は隠れて見えなかった。
 男の意地だろうか、涙を見られたくは無いらしい。



 憎しみをぶつけて、何度も何度もすれ違い。
 一度は死を体験し、生き返っても己はルークの元から姿を消して。

 そう思うと、ルークがこんなに愛情に対して臆病になってしまうのは、半分くらい己のせいかもしれない。
 だが、こいつがこんなにも臆病であるが故に、己はルークに愛されているのだと知れる。


 だからこそ、「何が大丈夫なんだっ」と涙を流しながら意地を張るルークに、少しでも安心してもらう為に。


 望むものは、たった一人からでも良いと言った、それでも愛して欲しいと切なる願いを抱くその心に。



…何度も、この言葉を囁いてやる。






「ルーク…愛している」


 半分程開いていた窓から、ふわり、と気持ち良い風が流れ込んできた。





  ...end.

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アッシュもルークも格好良いよなぁ…と思って書いたものです。

2006.09.13
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