secret

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 ND二〇二〇年。
 一度は滅びかけた世界をどうにか復興させようと多くの者が奮闘していた最中、死んだはずの英雄達が大地オールドラントへと帰還した。
 世界を救った二人の赤き英雄は、今度は世界を安定させる為に各国を駆けずり回り、結果、人々の暮らしは目覚しい速度で平穏を取り戻していく。

 そんな彼らが生活している、キムラスカ国の首都バチカルの頂上に構えてあるファブレ公爵家の一角にも、世界を象徴するかのような穏やかな朝の日差しが注いでいた。
 窓を開ければ風も柔らかで、聞こえてくる鳥の囀りは、心を軽やかにするような美しい音色を奏でている。

 しかし朝食を食べて自室に戻ったアッシュの心は、すがすがしい朝には似合わず酷く乱れていた。
 不安や焦燥などではない。
 純粋な、怒りである。


「あんの、屑が!」


 グシャッと手に持っていた紙を握り潰し、わなわなと躰を震わせながら力の限り罵声を吐き出す。
 だが怒鳴り声が部屋中に響きわたっても、返事は無い。
 つい三十分ほど前までベッドから出ずにグズグズしていたはずのルークは、今はこの寝室から忽然と姿を消していた。

 なぁにが、昨日セックスし過ぎて腰重くて起き上がれないからアッシュ先に飯食ってきてよ、ついでに俺の分に何か持ってきてくれると嬉しいなぁ、だぁ!?
 こんな置き手紙なんて用意しやがって、出ていく気満々じゃねぇか!
 しかもなんなんだ、この内容は!

 ――旅に出ます。捜して下さい。ルーク――


「お前はアホか! 本音は捜してほしくても、一応捜さないで下さいって書いとけ!」


 もしそうならば、きっと彼に何があったのかと心配して、今すぐにでも屋敷を飛び出していただろう。
 拒否されようが必死にフォンスロットを繋げようとしたはずだ。

 だがこんな内容では、たとえ心配を掛けない為だとわかっていても捜す気が失せてしまう。
 無事な相手を、どうしてわざわざ捜しに行かなければならない?

 こちらとて暇ではないのだ。
 人々が毎日を生きて時を刻むだけ、英雄の仕事も増える。
 たとえキムラスカやマルクトにそれぞれ王がいて、優秀な重臣達がいても、世界の民は英雄という存在を必要とするのだ。
 世界を救った象徴に縋ろうとする。

 しかしまぁ、英雄の片割れであるルークが何を目的としてこんな手紙を置いて姿を消したか、わからないわけでもない。

 ベッドに腰掛け、怒りのままに丸めて床に叩きつけていた紙を拾い、破かないように皺を伸ばした。
 広げた手紙には、メッセージの他にもう一つ書かれているものがある。
 ド下手くそではあるが、城の絵だ。

 じっとそれを見つめていると、コンコンとドアがノックされた。


「アッシュ、いるか?」
「……ああ、開いている」


 促すと、現在自分達専用の使用人をしているガイが、部屋の中に入ってきた。
 彼を一別し、呆れたように溜め息をつく。


「用件は、早くルークを追え、か?」
「さすがはご主人様。わかっていらっしゃる」
「…………」


 零された苦笑に、思わず眉間に皺が寄った。
 わかっているというより、このタイミングで来られれば、そう思わざるを得ないだけだ。
 特にガイはルークに甘いので、何の文句も言わず力を貸そうとする。
 どうしてルークが屋敷から出て行ったのか、その理由すらきっと聞いてはいないのだろう。


「で、アッシュはルークを追ってくれるんだろ?」
「これは休暇扱いなのか?」
「はい。前々から公爵様には許可して頂いているので、安心してゆっくりしてきて下さい。……行き場所は、わかるよな?」
「城の絵。とりあえずはナタリアの所に行けって事だろうな」
「さすがはアッシュ。ルークの事なら何でもわかっている」


 先程と似たような言葉を口にしたガイに、やはり溜め息が零れてしまった。










「いらっしゃいまし、アッシュ。お待ちしておりましたわ」


 バチカル城を訪れてすぐにナタリアの部屋に案内された。
 笑顔で挨拶してきた彼女に、返事をする。


「おはようナタリア。こんな朝から訪れてしまって、悪いな」
「いいえ、構いませんわ。元よりルークから今日は貴方が訪れる事は聞いておりましたもの。むしろ来て下さらなかったら、いつ来るのかと気が気じゃありませんでしたわ。お茶を用意しますから座っていて下さいな」
「はぁ。……全く、アイツはナタリアまで巻き込みやがって」


 王女である彼女とて暇では無いのに、なんて事をしてくれるのか。
 しかし小言を零してもナタリア本人が気にした様子もなく茶を用意し始めたので、ソファに腰掛けた。
 王女自らが出すものを頂かないなどという、失礼な真似は出来無い。

 テーブルに置かれたカップに口を付け一口飲むと、柔らかな味わいが広がる。
 彼女は紅茶を入れるのだけは上手い。

 ナタリアが向かいに座ると、カップをテーブルに戻し、改めて対峙した。


「それで早速なんだが、ルークの居場所の手掛かりは?」
「手掛かりって。もしかしてガイが全部話してしまいましたの?」
「いや、アイツは何も話してないさ。俺が勝手に推察しただけだ。ここにはいないとな」


 アイツは、わざわざ休暇を取ってあんな置き手紙までしておいて、終着点をこんなすぐ近くにするような性格ではない。
 むしろ、かなり遠くまで行かされるのだろうという予測は簡単に付く。

 ナタリアも理解したようで、クスリと笑みを零して頷いた。


「そうですわね。アッシュはルークの事などお見通しなのでしょう。私はルークに言われた通りの対応は出来ますが、何故いきなりこんな事をしようと思ったのか、その理由は皆目見当が付きませんもの」
「何故、か。……そうだな。今日、だからなんだろう」


 今日という日を迎えると、どうしても色々と考えずにはいられない。
 自分も、ルークも。
 そう、だかアイツは屋敷を飛び出したのだ。
 幼いレプリカであった過去を、乗り越えるように。
 そしてきっと、この俺に追ってほしくて。


「これが、ルークから預かったものですわ」


 ナタリアから差し出されたものは、花だった。
 白くて、凛とした美しさをしている花。


「ありがとう、もうわかった」
「そうなんですの? この花、私は見た事もありませんけれど」
「そうだな。つい最近見つかったばかりの新種だ」


 この花が咲いている唯一の場所の話題を、つい最近ルークと話したばかりだった。
 いつか、共に見に行ければ良いとも。


「しかし、かなり遠い場所だな」


 場所はマルクトにある森の中。
 しかも普通に歩いては辿り着けない場所だ。


「それについては安心して下さいまし。街の外に、ギンジがアルビオールと待機しておりますわ」


 なるほど。
 どうりでここに寄らされたはずである。










 今日が自分達にとって、一体どんな日なのか。
 それをガイもナタリアも、ここまで送ってくれたギンジも聞いてはこなかった。
 多分聞いても、答えは返ってこないとわかっていたから。

 実は屋敷から飛び出したルークも、あの日の事など覚えてはいない。
 ただ、今日がどういう日かは知っている。

 自分は……今でもハッキリとあの日を思い出せた。
 あの日。
 レプリカであるルークが生まれ、同時にアッシュという存在が生まれた瞬間の日の事を。
 名も場所も、それまで培ってきた全てをアイツに奪われ、憎悪にまみれた。
 幼いながらに心の底から殺したい存在が出来、いつか必ず復讐すると誓った。

 だが一方で、ルークは籠の中の鳥のように屋敷から出られない生活を余儀なくされた。
 己の代わりに生まれ、誘拐されて記憶喪失になってしまったなどと周囲から思われたせいで。
 成長し飛ぶ羽を持ちながらも、飛ばせてもらえないのだ。

 なんと哀れな。
 今なら素直にそう思う。

 世界は広い。
 あれから世界を駆けずり回った自分達でもまだ、行った事の無い未知の場所があるほどに。


「……ルーク」


 眼前に見えた者の名を呼ぶと、壮大とも呼べる滝を眺めていた彼は、赤い髪を靡かせながらゆっくりと振り返った。
 そしてこちらを見止めると、笑みを浮かべる。


「アッシュ、早かったな」
「すぐに出てきたからな」
「そっか」


 この森は過去に周辺が瘴気で溢れ、今まで誰も近寄れなかった地帯である。
 しかし瘴気に充てられながらも、緑生い茂る森は美しく成長し続けていた。
 そうやってある意味今まで荒らされずに守られてきた森は、大地が幾層にも分かれ、川や谷が入り乱れていて、容易には奥へと進めない。

 現在自分達が立っている場所は特に、道無き道を進み続け、険しい岩垣を降りて降りて降りて、ようやく辿り着く森の中心部だ。
 地底深くにあり、上から注ぐいくつもの滝によって囲まれている為、現在はまだアルビオールで空から降り立たなければ辿り付けない。

 しかし未知なる空間の足下に広がるは、美しく咲き誇る花達。
 まだ名前も付いていないこれらは、数時間前にナタリアから渡された花である。

 不可思議にも光輝く粒子をたくさん飛ばす花は、この水に囲まれた地底をとてつもなく幻想的な光景へと変えていた。
 深い感嘆を与えてくれる、心が癒されるような光景。


「綺麗、だよな……」
「ああ」
「こんな場所があるなんて、やっぱ世界って凄ぇよ」


 隣に立ち、肩を触れ合わせ、ぽつりぽつりと会話をする。
 今日という記念日に、心に思う事は多々あった。
 しかしそれを互いに口にはしない。

 もうとうに過ぎたのだ。
 レプリカであったルークに憎しみを抱き、剣を振り続けた事も。
 ぶつかり合い、殺し合った事も。
 全ては過ぎ去りし思い出。

 今はもう、己は彼を許し憎悪という感情を消し、彼も昔とは違い無知ではなくなり、卑屈にもならなくなった。
 だから追ってきた。
 羽を広げ、鳥籠から飛び出した彼を。
 昔とは違い、自由に外へと出られるルークを。


「アッシュ、おめでとう」


 隣にいたルークがふいにこちらへと躰を向け、笑みを浮かべた。
 儚くも美しい微笑は、数年前までは決して出来無かった表情。
 生きて大人になって、共に過ごして、初めて互いに穏やかな笑みを浮かべ合えるようになった。


「ああ。ルーク、お前もおめでとう」


 そうやって一年、また一年と積み重ねながら、自分達はこれからも成長していくのだろう。

 今日は世間一般に出回っている英雄の誕生日ではなく、アッシュという存在とルークという存在が生まれた、本当の誕生日。
 互いだけが記憶していれば良い、秘密で特別な日。

 互いに見つめ合っていると、ゆっくりとルークの顔が近づいてきた。
 その背に腕を回し抱き締め、目を瞑っていく顔をじっと見つめながら、静かに次に来る感触を待った。





  ...end.

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お互いだけの秘密っていいなと思って書いたものです。

2013.11.16
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