プレゼント

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 ぽかぽかとした昼下がり。
 近くでチチチと小鳥の鳴き声がしてふと窓の外を見れば、可愛らしいと形容出来る小さい鳥が数羽、木の枝に止まっているのが見えた。
 思わず笑みが零れる光景だ。

 今日は鳥が明るい声を出したくなるような、良い天気である。
 空は青く鮮やかに澄み渡り、風は緑を揺らしている。
 その青葉達も太陽の光に反射し輝く程に、みずみずしく艶やかな美しさだった。

 鮮やかな自然が見る眼を癒してくれる、明るく暖かで心休まる静かな日。
 眠くなる天候とはこういう日の事を言うのだろう、自ずと欠伸が出てしまう。

 ふわりと一つ、抗う事も無く欠伸をすると、ジワリと滲んだ涙を服の裾で拭いながらアッシュは窓から視線を外した。
 次に視界に入るのは、部屋の真ん中に置いてある二つのベッド。

 生憎と言うべきか、もう一人の住人は城下に買い物に出かけていて居ない。
 己も付いていこうかと言ったのだが、来んなっと言い放たれてしまったので、こうして一人部屋で本を読んでいた。

 何やら今日はルークにとって重要な日らしく、己には来てほしくないのだと。
 来るなと突き放たれたからといって逆上する程子供でもなければ、己に言えない事に対して疚しい行為でもしているのかと疑う程、浅い関係でもない。
 ただ、暇ではある。


「…寝ちまうか」


 久しぶりにやる事も無い、のんびりと出来る日ではあるのだが、こんな長閑な天気の中で本の世界に没頭してしまうのも勿体無い気がした。
 外を見てぼんやりし、気ままに流され昼寝をするというのも、たまには乙ではないか。

 そうとなればと早速窓辺からベッドへと移動し、横たわって眼を瞑った。
 ふわりと感触を返してくるベッドの柔らかさにも、気持ち良くなってくる。

 瞼が下がり暗くなった視界の中ですら湧き上がってくる心の躍動感は、もしかしたら己のものだけでは無いのかもしれない。
 浮き足立っている感覚がルークのものであり、嬉しさから無意識に伝わってきているのだとすれば、この心地良さにも頷ける。

 アッシュは薄っすらと口元に笑みを浮かべた。


 ああ本当に、凄く楽しそうだ。















 唇に何かが触れた。
 しっとりとしたものはいつも感じているものであり、少し離れまた押し付けられた時には、自ら口を開き受け入れた。
 入ってくる舌を甘噛みし、腕を伸ばして相手の後頭部を撫でる。


「ん…」


 微かな吐息と長い髪の柔らかな感触に、口の端を上げた。
 こちらが起きた事に満足したのか、向こうから唇が離れていく。
 眼を開ければ、ルークは間近で嬉しげに己の顔を覗き込んでいた。


「お帰り」
「おう、ただいま」


 声を掛けるとルークはニッと笑う。
 本当に機嫌が良いらしく、そのままじゃれ付いてきた。
 乗り掛かって肩口にぐりぐりと顔を押し付けられると、眼の前の髪が揺れてくすぐったく感じる。


「落ち着けルーク。どうした?」
「だって、すげぇ嬉しいんだ」


 まるで人懐っこい犬の様に人の上で甘えてハシャいでいるルークに、アッシュは溜め息を一つついて頭を撫でてやった。
 髪を梳き背中まで撫でていくと、ルークはうっとりと眼を細め大人しくなる。

 嬉しいと伝えてくる。
 幸せだと、心が穏やかな波に揺られている。

 だが何故こんなにも喜びを滲ませているのか、アッシュにはわからなかった。

 自分達の深い関係から互いの思いが心の奥に響く事はあっても、回路を繋げているわけではないので具体的に何を考えているのかわからない。
 こんな様子で帰ってきたのは良いが、結局ルークが何しに出掛けていたのかという事もわかっていない。
 ただそれは己に関係しているのだろうと、見ていればわかる。
 顔を上げたルークが、凄く聞いてほしそうにこちらを見るのだから。


「何が嬉しいんだ?」
「アッシュが傍に居てくれるから」
「いつも居るだろう?」
「それが嬉しいんだよ。だって今日はアッシュがこの屋敷に帰ってきてからちょうど一年だぜ?」


 抱きついて笑ってくるルークに、アッシュは眼を見張った。


「そうだったか?よく覚えていたな」
「そりゃ、日記つけてんだからわかるだろう。あ、今ちょっと女々しいとか思ったんじゃねぇ?」


 己の浮かべた表情をどう取ったのか、ルークがむくれる。
 つまりルーク的に今日は己が帰ってきた記念日だという事なのだろうと思うと、笑みが零れた。
 勘違いしたらしく、ひでぇ奴!と拗ねたルークの、その頭をぽふぽふと叩いて宥める。


「そうじゃない…それだけ俺の事を大切にしてくれているのだと思ったら、嬉しくてな」
「あったりめーだっつうの。ほい、プレゼント」


 テーブルへ手を伸ばしルークがひょいと己の眼の前に掲げたものを受け取る。
 飾りっ気も何も無いシンプルなペンだが、見た瞬間高価なものだと判断出来た。
 美しく滑らかで持ちやすいペンだ。

 今日出かけた理由は、確実にこのプレゼントを買う為だったのだろう。
 それなら己に付いて来るなと言うのも頷ける。

 しかしそれ以上に、プレゼントと言いながら包みもされていないものを渡してくる辺りがルークらしいと思った。
 そして、言葉も。


「いつも俺の傍に居てくれて、ありがとな」


 率直でわかりやすい言葉だ。
 嬉しさと、感謝とを、言葉と表情と行動全てで伝えてくる。

 そんなルークの態度に、己は何度も救われた。
 ここに居て良いのだと、傍にいてほしいと全身で語りかけてくれるのだ。

 己の方こそ、お前に傍に居てほしいと、常に願っているというのに。



「こっちこそ、お前には感謝がつきない。ありがとう」



 貰ったペンをテーブルに戻し、アッシュはルークの頭を引き寄せ口付けをした。

 この傍にいる一瞬一瞬という時の流れの中で、愛しき貴方が笑顔を絶やさぬようにと。



 伝わったのかはわからない。

 ただルークが嬉しそうに笑うのを見て、己もまた笑っていた。





  ...end.

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感謝の気持ちって良いよなと思います。

2010.01.18
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