美しき世界

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 柔らかな風が吹き、暖かな日差しが差し込んでいる。
 屋敷の中にまで太陽の光は注ぎ、メイド達の明るく賑やかな声が聞こえる。

 しかも久しぶりに子爵としての仕事も無く、一日のんびりと過ごせる日だった。


 ルークは、休日に合わせて遊びにきたアニスと城下でお茶をしていた。

 しかも、普段のファブレ家の者としての格好とは違って、少しばかり変装をしてきている。
 仮にも王族であり子爵である身分であり、そして世界を救った英雄と呼ばれている者が、民間人の利用するような一般的な場所でのんびりお茶を飲むのは可笑しいかと思っての事だ。
 それに民間人としたおいた方が、同席しているアニスも気が楽だろう。

 と言っても、黒いキャスケットをかぶり、服装も民間っぽく随分と身軽で目立たない茶色や黒や白といった大人しめの色調に整えているだけで、真っ赤で艶やかに光を反射させる長い髪はそのままだ。


「ねぇルーク」
「んー?」
「それ、意味無くない?」


 目の前の席に座ってパフェを頬張っているアニスに、ふと帽子を指差され、ルークもまたパフェを食べていた手を止めた。
 アニスはこの変装の事を言っているのだろうが、一体これのどこが意味が無いのかわからず、首をかしげる。


「そうか?目立たないようにしてきたんだけど」
「いや、超目立ち過ぎ!有り得ないくらい目立ってる!」
「え、もしかしてバレバレか?」
「違う違う!」


 ぶんぶんと首を横に振るアニスに、ルークは本気でわからずに、今度は先程と逆側に首をかしげた。
 はぁぁ、と盛大にアニスが溜め息をつく。


「あのねルーク。今のルーク、女の子に見えるよ?」
「……はぁ?」
「自覚無しだし」


 じとりとアニスがルークを睨むが、ルークはそれどころではないらしく、自分の服装をきょろきょろと見始めた。

 一体そんな服装をどこから手に入れてきたのか、正直その指先がちょこんと出てる長い袖はなんだとか、なぜにそんな躰にフィットするズボンなのかとか、なんでその上にスカートのようなものを巻いてるんだとか、171pという男にしては低めの身長とえらく長い髪が特に女性に見せているのだが、意外と肩幅狭かったんだねぇとか。

 突っ込む所が多過ぎて、突っ込む気が失せるというものである。
 アニスは自分の持っていたスプーンで、ルークのパフェのグラスをチンチンと鳴らした。


「ほらほら、もう良いから、早く食べちゃおう。アイスとかクリームとか、溶けちゃうよ」
「おお、そうだった。これ、すっげー美味いよなっ」


 へへ、と笑い、ルークはまたフルーツがたくさん乗ったパフェを食べ始める。

 そう、何よりもこの笑顔だ。
 オープンカフェという外でもお茶が出来るこの店の、少しばかり小さくもアンティークのような洒落た椅子やテーブルにちゃんと収まり、どでんと置かれた美味しそうなパフェを嬉しそうに顔を綻ばせながら食べるその姿が男に見える人がいるのなら、ぜひとも手を上げてもらいたいくらいだ。

 まぁ女の子に見える分、眼元も帽子で隠れているし、どれだけ髪が赤かろうがこれをルーク・フォン・ファブレと気付く人は殆どいないだろう。
 ある意味、上出来な変装と言っても過言ではない。
 …が、如何せんその表情や些細な行動が明るく素直なのか、やたらと大げさで可愛いのか、目立つ目立つ。

 先程からちらちらと道行く人達がこちらを見ているのだが、殆どがルークへとその視線を注いでいた。
 気付いていないのは本人ばかりだ。

 アニスちゃんより可愛いなんてちょっとムカつきますけどね、とぼそっと呟いたが、食べる事に夢中なルークには聞こえなかったようだ。
 聞こえたところで、その対象が自分だとわからないだろうから、どうでも良い事ではあるが。


「そういえばアニス。フローリアンは元気か?」
「うん、元気だよー。なんか近頃は読書が趣味みたいで、よく図書室に行ってる。ああ、でも相変わらず、笑顔はとっても明るいよ」


 イオンの笑顔はとても静かな感じだったが、フローリアンはアニスの影響か、とても明るい青年として成長していた。
 そんなアニスもまた、二ヶ月ぶりかに会うのだが、たった二カ月だと言うのにまた以前よりも成長しているように見えた。
 もう十六だが十七歳なのだから、外見も随分と大人っぽくなっている。

 成長が止まってしまったルークとしては、少し羨ましくもあった。
 空白の二年間があるものの、一応はもう成人を過ぎてしまっていて、これ以上の成長は有り得ないだろうなと思うと、余計にだ。


「そっか、良かったな」
「そういうそっちはどうですか〜?アッシュとさ」
「…へ?え、あ…アッシュ、と?」


 しみじみとした声がいきなり裏返り、顔を真っ赤にしたルークに、アニスはにへへと意地悪く笑った。

 アッシュとルークが仲良い事は、本当につい最近だが風の便りに聞いていた。
 それを聞いて初めに思い浮かべたのはティアやナタリアだったが、会いに行ったら「仕方無いわよね」と二人で吹っ切れたように笑っていたのだ。

 女性に仕方無いと言わせる程に、どうやらラブラブらしい…と見当を付けて、今日はルークに会いに来たのだから、その状況をぜひともこの眼に収めなければ来た意味が半減してしまう。
 だが、なるほどこれは、もう一目瞭然かもしれない。


「え、ななななんで、俺が、アッシュ…、アッシュ、と…その」
「ごめん、私が悪かったから。落ち着こうルーク」


 可哀想なほど顔を真っ赤にして涙目になってしまったルークに、アニスは椅子から立ち上がり、テーブル越しにキャスケットの上からルークの頭をぽんぽんと撫でた。
 流石生まれてからまだ八歳だか九歳だか、恋愛というものに全く慣れていないらしい。

 あのツンデレめ、こんな純情なルークを落とすとは、なかなかやりおるな。

 うーうー唸るルークに、いつもフローリアンに向けているような優しい笑みを浮かべ、だが内心では物凄い言葉を発していたアニスだった。










「あ、ルーク。あそこに寄って良い?」
「ん?別に構わないぞ」


 ルークの支払いでカフェを出てから、街をぶらぶらしていると、ふとアニスがルークの腕を引っ張った。
 成長しているといってもルークより10pは低いアニスなので、結局見上げる形になる。
 だが、それでも男女が仲良く歩いているよいうより、女友達で遊んでいるという風に見えるのだから、不思議なものだ。

 アニスが寄りたいと言ってルークを引っ張って行ったのは、こじんまりとした花屋だった。
 そこには色とりどりの花が溢れんばかりにたくさん置いてあった。
 ルークは、へぇ、と思わず感嘆の声を上げた。


「すごーい、綺麗ー!!大感激ー!」
「ホント凄いな、うちの庭なんかじゃ咲いていない花がたくさんある…ここもだいぶ流通が盛んになったんだな。フローリアンのお土産にでもするか?」
「何言ってるの。花を持ち帰ったって、ダアトに帰る頃には萎れちゃってるよ。こっちこっち」


 手招きをされてアニスの傍に寄ると、その目の前には花の模造品が置かれていた。
 それだけではない、花の髪飾りやブレスレットのようなものまでが置かれている。
 どれだけ手先の器用な人間が作ったのだろう、かなりの細工が施されているようだ。

 アニスはその中の一つを手に取り、何を思ったのかルークのこめかみの少し上辺りに宛てた。


「アニス?」
「むむ、やっぱり白い色が似合うのかなー?」


 また違う髪飾りを手に取り、先程と同じ場所に宛てる。
 されるがままのルークだったが、なんでわざわざ自分に宛てるのかわからず、眉を寄せた。
 まさかこれをフローリアンに買って行ってあげるつもりだろうか…いや、フローリアンは男である。

 きっとアニスが欲しいのだけど、遠慮して言えないんだろう。
 欲しいなら欲しいと言えば、買ってやるくらいの金は持っているのに。


「アニス、欲しいのか?欲しいなら…」
「違う違う、私じゃなくて、ルークが付けるの!」
「へ?俺??」
「はい、これに決定!私が選んだんだから、ちゃんと付けるんだよ。あ、もちろんお金はルークが自分で払うようにっ」


 なんで俺?と思うのだが、笑顔で押し付けられて、何も言えなくなってしまった。
 アニスに持たされたのは、少し青み掛かった白い花の飾りだった。
 掌くらいの花で、一見本物のように見える、綺麗な細工だ。

 なんだか腑に落ちないまま、笑顔のアニスに見守られる中、それを買ってしまった。
 そして、すぐにそれをアニスによって器用にも帽子と耳の隙間の髪に付けられる。


「なぁ、可笑しくないかこれ?」
「全然!凄く似合ってるよ。私が言うんだから間違い無し!あ、今日ぐらいは外さないでね。折角私が選んだんだから」
「うーん、まぁ良いけどよ…」


 髪飾りにしてはかなり大きくて、しかも明らかに女性ものだろうそれに、ルークは一瞬嫌そうに顔を眇めた。
 だが結局は、流されるままそれを付けて街を歩いたのだった。















 太陽が西の方へと沈もうとしている頃。
 ルークは、今日はこれからナタリアの所へ行くと言ったアニスと城の前で別れて、一人屋敷へと戻った。


「お帰りなさいませ、ルーク様」
「ああ」


 自分の方を見てはいつも以上に笑みを深くするメイドや白光騎士団に、やっぱりこの飾りが可笑しいんだろうなぁと、こっそり溜め息をつく。

 バチカルにある自宅の中庭は、朝からずっと浴びていた太陽の日差しで、まだぽかぽかと暖かかった。
 中庭に出てすぐに自室へと戻ろうとして、ふとそこにあるベンチに座っている人の姿を見つけた。
 自分と同じような長く赤い髪が、夕焼けに彩られてより一層赤く輝いている。


「アッシュ」


 嬉しくなって笑顔で声をかけるも、反応は全く返ってこない。
 変だなと思いつつ、ベンチの後ろからそっと近づき顔を覗くと、珍しくもアッシュは座ったまま眠っていた。
 黒一色の服に身を包み、その膝の上には、やたらと分厚い本が開いたまま置かれている。

 普通こういう場所で座ったまま眠っていたら、頭がかくかく動いたりとかするような気がするのだが、アッシュは全く動かず、ただ微かな寝息だけを立てているだけだった。
 ルークはベンチの前へと移動すると、アッシュの隣に腰掛けた。
 そしてまたアッシュの寝顔を覗き込む。

 端整で綺麗な顔に長めの睫は、アッシュの寝顔を美しく凛々しく見せていた。
 自分はアッシュのレプリカという存在なのだから同じ顔であるのだろうに、正直アッシュの方が格好良く見えてしまうのは、意識の違いからだろうか。
 けれど以前はよく怒っていたのに、こうして一緒にいるようになってからは、あまり眉間に皺が寄らなくなった。
 そう言ったらアッシュは怒りそうだから、あえて口に出しては言わないけれど。

 ベンチに置かれていたアッシュの手にそっと自分の手を重ね、ルークは深くベンチの背凭れに躰を預けた。
 西の空が赤みを帯びた金色に光り、中庭もまた夕焼けの静かな太陽の輝きに照らされていた。
 城下で見た花には敵わないかもしれないけれど、それでもこの庭もまたたくさんの花が植えられていた。



 以前は、この庭があまり好きではなかった。
 元々花なんてものは殆ど無く、そもそもそんなものどうでも良かった。
 ただ、この箱庭のような狭い庭が息苦しかったのだ。
 ずっと、ここから見える広い空だけに、羨望を抱いていた。

 けれどいざ外に出てみると、言いようも無い不安に襲われてしまい、それを躍起になって隠そうと、あの時はそうなってしまった原因のティアに当り散らしていたような気がする。
 愚かだった、としか言いようがない自分が、そこにいた。

 多くの人々の命を奪い、そして自分がレプリカだと知り、オリジナルであるアッシュと何度も衝突し。
 世界から戦争が消え、予言も消えて、そしてまたここに戻ってきた時。
 母上が、死んだと思っていた『ルーク』の為にたくさんの花を弔いとして植えてくれていて、昔よりもずっとたくさんの花で賑やかになっていた。
 けれど、そんなこの庭がとても哀しく見えていた。

 俺一人だけが戻ってきた。
 俺だけが生きているのだと、本来なら戻ってくるのは俺ではなかったはずなのにと、『ルーク』の帰りを待っていた人達に懺悔せずにはいられなかった。
 ここは、たくさんの命を奪うだけ奪ってしまった、愚かな模造品でしかない自分の居場所では無いのだと。

 だからいなくなったと思っていた『ルーク』がまた自分の前へと現れた時。
 そしてその人が、自分のオリジナルではない、自分が知っているのは『アッシュ』という人間なのだ、と意識出来た時。


 ああ、この庭は、こんなにも美しき世界だったのだと。 


 隣に立つアッシュと共にこの花庭を見ながら、そう思った。
 俺がアッシュに向かって笑ったら、アッシュは凄く驚いた顔をして、顔を背けてしまって。
 まだ受け入れてもらえていないのかと、ちょっと哀しく思って俯いていたら、いきなり強く引っ張られて抱き締められて。


 とても、嬉しかった。
 自分の存在を認めれもらえたみたいで。

 自分は、ここにいて良いのだ、と。



「アッシュ…ありがとな」


 アッシュが戻ってきてから三ヵ月が経った今。
 こうして一緒にいるだけで、本当に幸せなんだと思える。

 かぶっていた黒いキャスケットのつばを掴み、夕焼けが見えなくなる程に深く下げた。
 目元を覆い隠し、俯く。
 この夕焼けの景色は、自分には少し眩しいから、とそんな言い訳をして。

 ふいに繋いでいた手をぎゅっと強く握られ、ルークはもっと俯いた。
 ぽたり、と膝の上に水が落ちる。


「何泣いてやがる、屑が」
「っ……だって」


 言い訳をしようと思ったけれど、出た声がやけに震えてしまっていて、それ以上何も言えなくなった。

 一緒に、こうして生きていられるなんて、あまりにも幸せ過ぎて。
 そう実感するたびに、涙が溢れる。
 嬉しくて嬉しくて、そしてやっぱり申し訳無くもあって。

 犯した罪が大きければ大きい程、忘れるなんて出来無くて、けれど逃げる事さえ許されなくて。
 それでもやはり、生きている事に感謝したくて。

 溢れ出てくる涙が、一時的にでも全てを忘れさせてくれるから、だからきっとこんなにも泣いてしまうんだ。


 ぼろぼろと流れ頬を伝う涙を掬うように、自分のものではない指が頬に触れる。
 引かれるように、戸惑いながらもアッシュの方へと向くと、ぼんやりとした視界の中、アッシュはなぜか苦しそうに自分を見ていた。


「アッシュ…?」
「馬鹿が。くだらない事ばかり考えやがって」
「…ごめん」


 ぐず、と鼻を鳴らし、袖で涙を拭こうと腕を持ち上げたが、手首をアッシュに取られた。
 何、と疑問が浮かんでアッシュの方を振り向くと同時に、腕を引かれ、そのまま抱き寄せられた。
 ばふんと、アッシュの膝の上にあった分厚い本が、地面へと落ちる。
 強く抱き締められて、暖かなぬくもりに包まれた。

 頭を撫でられ、背中をさすってくれる手つきが優しくて、またじわりと涙が溢れた。










 太陽がもうだいぶ西へと行っているのか、あたりは薄暗くなってきていた。
 風も昼間より冷たくなってきている。
 触れ合った部分は暖かく、けれど撫でてくる外気にルークの躰が少し震えた。
 気付いたアッシュがルークの顔を覗き込む。


「中、入るか」
「うん。もうそろそろ夕食時になるだろうし…」


 そう呟き、ルークはそろそろと顔を上げて、アッシュから躰を離した。
 アッシュはふと遠ざかったルークの頬を撫でると、そのまま右のこめかみあたりに移動させた。
 そっと帽子を取られ、ようやく気付いたルークが、あ、と声を上げる。


「どうしたんだ、この花。いや、これはガラス細工か」


 ルークのかぶっていた帽子をベンチの空いている場所に置きながらも、見入るようにその花を観賞していた。
 随分と美しい花の形をした半透明のガラス細工は、花びらの細かい筋がまるで本物のようにすっと引かれていて、触るまでは本物と間違ってしまうほどによく出来た代物だった。
 ルークが涙で腫らした眼でもって、苦笑した。


「今日アニスと会う約束があるって言ったよな。それで、街を歩いてたら」
「そのガキが買って寄越したのか?」
「ガキって……」


 得意の眉間に皺寄せをしたアッシュだったが、ルークは俯いて苦笑していた為に気付かなかった。


「違う、自分で買ったんだ。そりゃもちろん、買えって押し付けられたんだけど…金は自分で払った。でも、似合わないよな、これ。どう見ても女物だし…」
「いや、そういう訳ではない…が、どうにも気に入らんな」


 そう、とても似合っていた。
 清楚なイメージを放つ、花びらの先がほんのりと青く色付いているその花細工は、ルークという人間の美しさを引き立てていた。
 明るい笑顔がより明るくなるような、涙を流す姿をより一層儚く見せる、そんな花である。
 しかもあまり認めたくは無いが、元より中性的な容姿をしている自分達だ。

 この馬鹿はわかっていないのだろう。
 男が付けているから似合わない、ではなく、ルークが付けているから可愛らしい女性に見える、という事が。
 自分のレプリカという存在の者に言うのもかなりどうかと思うのだが、それでも可愛いものは可愛いし、美しいものは美しい。

 だからこそ余計に気に入らないのだ。
 これのこんな姿を、街の連中達が見ていたのだと思うとどうにも怒りが沸いてくる。
 しかも、それを買ったのはこいつでも、選んだのはこいつではないのだ。

 大体なんだその格好は、女装でもしているつもりか!
 本気でどこぞの女にしか見えないぞ!!


「ア、アッシュ?」


 なぜか不機嫌なオーラを出し始めたアッシュに、ルークは理由がわからずおどおどとしつつも、アッシュの顔を見返した。
 ちっ、と舌打ちをするのを聞いて、またアッシュが顔を逸らすのだと思った。
 だがそれが寂しいと思う前に、アッシュの腕はルークの脇下へと伸び、そのまままたぐいと引き寄せられた。


 ……え。


 すぐそこにアッシュの眼があり、近過ぎてぼんやりとしか見えない。
 もしかして触れ合っているのは唇だろうかとそんな事を頭の片隅で考えるが、顎を掴まれ口の中に何かが入ってきて弄られると、ぼーとなってしまい、もう気持ち良いと思う事すら曖昧だった。


「…ん、ふ…ふ……んぅ」


 ひく、と驚いて引っ込む舌を追いかけ、より深く隙間が無くなる程に口を合わせようとすると、遠慮がちにだがルークがアッシュの舌に自分の舌を触れさせてきた。
 くちゅくちゅと絡めると、ルークが眼をそっと瞑る。
 互いの唾液が混ざり、吐息も混ざり、生温くも官能的な気持ち良さを堪能し、ようやくアッシュは唇を離した。

 ルークは薄っすらと目を開け、とろんとした表情でアッシュを見ていた。
 こつん、とおでこを合わせると、はぁ…と、ルークが熱く艶かしい吐息を吐く。


「ア…シュ?」
「…っ」


 呂律の回っていない声で名前を呼ばれ、ようやくアッシュは今自分が何をしたのか自覚した。
 ばっと顔を離し、気持ち良さから来る熱に浮かされほんのりと頬を染めるルークの顔を見て、そして。


「く、くく、く、く、屑が!!!!」


 自分からしたというのに、顔を真っ赤にして怒鳴った。
 勢い良くベンチから立ち上がり、ルークを置いてどかどかと部屋の方へと行ってしまう。

 取り残されたルークは、その背中と靡く綺麗な髪をぼーと見ていたが。
 バタンと勢い良く閉じられた扉によって、だんだんぼんやりとしていた思考が戻ってくると、これまたアッシュと同じように顔を真っ赤にした。

 濡れた唇を掌で覆い、バクバクと高鳴る心臓の上で、鷲掴みするように手を握り締める。


「な、な、なんで!??」


 もう何が何だかわからず、ただ煩い程に鳴る心臓がやけに痛く、そして恥ずかしくてどこか狭い場所にでも隠れたい気分になっていた。
 だが頭の片隅のではやけに冷静で、屋敷のどこに行っても騎士団やらメイドがいるし、アッシュと二人の部屋には、アッシュが行ってしまっている事くらいわかる。
 結局ルークの取った行動と言えば、ずるずるとベンチから落ちて、アッシュの置いていった分厚い本の横で膝を抱えて小さくなっただけだった。

 辺りはもうすっかり暗くなり、屋敷からはカーテンの引かれたその向こうから明かりが漏れてきている。


「ど、どうしよう…どうしよう俺…」


 いまだにバクバクとなり続ける心臓に泣きそうになりながら、今日の夕食時をどうすれば良いのか、ぐるぐると考え始めた。

 ガラスで出来た花細工は空から注ぐ月光を浴びて、美しき世界の中、静かに輝いていた。





  ...end.

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のんびりほのぼの行き過ぎた双子愛…?
ルークはファーストキスだと可愛いと思う。
アニスは妹みたいで大好きです。

2006.03.11
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