夢見る石
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窓の向こうからは日が出ていた。
この季節特有の、暖かなものを感じる光。
その光に満たされた部屋の中で、三人の人物がそれぞれに寛いでいた。
一番窓に近いところで椅子に座っているネルは、読書に耽り。
テーブルに向かい、趣味の細工を作っているのがソフィア。
そしてクリフはその向かいに座り、ぼんやりとしていた。
「その石、綺麗ですね」
細工をしてあそんでいたソフィアが、ふと顔を上げ、目の前に座っている自分を見てくる。
指摘してきたものは、その手に持って弄っていた小さな丸い石に対してだ。
その声につられ、ネルが本から顔を上げる。
「へぇ、珍しいもの持っているね」
「珍しいのか?」
「なんだい。知らずに持っていたのかい」
不思議そうに聞くとネルは呆れ顔になり、持っていた本を閉じる。
外を見て目を眇め、そしてその光を受け止め輝く石に目を向けた。
「『竜の夢』と呼ばれている代物さ。ドラゴンが死んだ時、ごく稀にその体が消滅し、代わりに小さな石のようなものが残される。その中には何千何万と生きてきたドラゴンの記憶が凝縮され、それはそれはとてつもない力を秘めているという。『夢』と評されるのは、そのドラゴンがこの世に未練を残し、その為に自分の体を違う物質に変えてでも果たしたい願いだから、だとか」
「なんか意味深だな…」
「そうですね」
「色は多種多様にあるけれど、真紅は初めて見たよ」
そのドラゴンは紅かったのかねぇ、などとネルが呟く。
ソフィアはクリフの持っている竜の夢をまじまじと見つめた。
「それ、ずっとそうやって持っていたんですか?」
「ん?ああ、そうだが」
「すぐ落としたりして、失くしちゃいそうですね。首飾りとかにしてあげましょうか?」
「う〜ん。どうだろうな。これをそういう風にして良いもんかどうか、わかんねぇんだよな」
これは人から貰ったものだった。
この石と同じ輝きする双眸をした人。
彼がどういう経緯でこの石を手に入れたのか、つい先程まではそこらで買ったものかと思っていたのだが…今の話を聞くと、どうも違う気がしてきた。
しかしソフィアは、くしゃりと顔を歪める。
「でも…大切なものでしたら尚更、肌身離さず持っていた方が良いんじゃないですか?その方が、くれた方も安心するでしょうし」
何故か、彼女はとてもつらそうにする。
一体、この石に何を見たのか。
「……わかった。頼んでいいか?」
その瞬間、彼女はパァと顔を明るくさせた。
「はいっ!わかりましたっ。ええと…じゃあ工房に行ってきますね。ここには材料が無いので」
クリフからその石を受け取ると、ソフィアは勢い込んで部屋の外に出て行った。
残ったネルと自分は、思わず顔を見合わせる。
「何か、あの子にとってこういう石に思い出でもあるのかね」
「…だな。何かあったのかもな」
「まぁあの子なら大丈夫さ。きっと悪いようにはしない」
「知ってるさ」
相槌を打ち、クリフは笑う。
彼はどう思うだろうか。
その細工の施された石を見た時。
憤るだろうか。
自分がせっかくあげたのに、と。
それとも全くの無関心だったら。
…それは、ちょっと痛ぇかもな。
窓越しの外を眺めた。
広い空が、紅く染まろうとしていた。
空を見上げ、白い月を眺めていた。
その手に、紅い石を握り締め。
祈るような、その姿。
後悔に苛まれるように。
悲しみを耐えるように。
見たのは偶然だった。
野宿をしていた時の事。
夜早めに目が覚めて、テントを抜け出した時、一本の木の下に彼は座っていた。
声をかけようと近づいて、途中で止まってしまった。
なんて表情を、しているのだろう。
遠目で、しかも横顔しか見えなかったが。
あの時、彼は泣いていたのだろうか。
それほどに、つらく見えた。
手の中が紅く光るのが見え、きっと宝石を持っていたのだと思う。
迷惑な事かもしれないし、お節介な事だとはわかっている。
自分には触ってほしくないのかもしれない。
それでも。
それでも、大切なものなら絶対に失くしちゃいけないから。
彼らに後悔して欲しくない。
クリフは真っ暗になった外にいた。
もうすぐ、夜が明けようとしている。
夕食の時こっそりソフィアに言われた事なのだが、細工の施しに時間がかかっているらしく、まだ出来ていないそうだ。
彼女は今も工房に篭っている。
いつでも良いから休めと言ったのだが、聞き入れはしなかった。
本当、何があったんだろうか。
仲間である以上、彼女の事が気になるのは当然。
しかも、こんな日に篭らなくてもいいだろうに。
夕食中にフェイトが言ったのだ。
今日は地球での一年の終わりだと。
自分はすっかり忘れていたが、その為に酒やなにやらとマリアやフェイトは用意していて。
夕食を食べたあと、新しい一年の始まる瞬間まで、仲間全員でいつになく馬鹿騒ぎをした。
そのあとネルは部屋を出ていき、アルベルもどこかに行ってしまった。
寝室の方を覗いたが、アルベルの姿は無かった。
もうすぐ日の出てくる空の方向を見る。
太陽の出てくる様を見るのは何度もある事だが、それでも今日という日は一年の始まりとして、見る者を魅了するのだ。
かさり、と草を踏みしめる音が聞こえ、クリフは振り返る。
「酔い覚ましでもしてるのか?」
「俺が酔うように見えるか?」
「見えねぇな」
くすくすとアルベルは笑った。
「何やってやがる、こんなところで」
「初日の出」
「あん?」
「年の一番初めの日に見る日の出の事だよ。別に何かが特別に始まるってわけでも無いがな。ま、寝れねぇから折角だしと思ってよ」
「…ふん」
アルベルは納得したのか、自分の見ている方角と同じ場所に眼をやる。
何も言葉のないまま、互いにじっと空を見つめ。
太陽のゆっくりと出るその様を、眺めた。
徐々に空が紅くなり。
光が、強さを増し。
姿を、現す。
「綺麗じゃねぇか」
「だろ?」
「ああ。…紅いな」
紅い。
アルベルの双眸と同じ色を、今の空はしている。
「あ…のよ。アルベル。お前から貰った石なんだけど…あれ」
「知ってる。これ。だろ?」
後ろめたそうに言うクリフの言葉を遮り、アルベルは自分の手を差し出した。
その手に乗っていたのは、あの石だった。
ドラゴンの細工をされた、紅い石。
銀のドラゴンの体が石を包むようになっていて、長い丈夫そうな鎖が付いている。
「あの女が俺のところに来てな。いきなり工房に引っ張られて何事かと思えば、これをいきなり見せられて、しかも謝ってきやがった。ごめんなさいって」
「は?何で謝るんだ?ってか、俺これをアルベルからもらったなんて一言も言っちゃいないが」
「そうなのか?まぁいい。とにかく、その後どんな細工にしようかと俺に聞いてきて、しかも一緒にやらされた。アイツらと飲んだ後もやってたんだ」
「……上手だな。サンキュ」
「べ、…つに。最後に手直しをしたのはアイツだ」
「それでも」
クリフは安心した。
初めは細工を施す事にどう反応されるかが気がかりだったが、それもアルベル自身がした事なら、何も問題は無い。
むしろ、それ以上に嬉しかった。
渡されたそのドラゴンの細工を受け取り、じっと見る。
「これ、やっぱお前の眼のようだな。こうやって比べるとよくわかる。紅くて深くて…綺麗だ」
「……そ、うか?」
「ああ、すごく」
アルベルは困ったように顔を顰めた。
太陽の姿が完全に空に出て光を放ち、青く染まる。
冷たい空気に暖かい光。
こんなにも、綺麗。
「これは、父の形見なんだ」
「…そうか」
「竜の夢って言うんだが」
「知ってる。ネルから聞いた」
「んじゃ説明する必要はねぇ訳だ。それ、ドラゴンが死んで消えた時に、俺もその場にいたんだ。銀色の鱗で覆われていた。俺はまだ自分の身しか守れなかったが、それでも父がそのドラゴンを殺す瞬間を、この目で見ていた。初めて父に連れられて戦いに赴いた時の事だ。憧れていたんだと、思う」
この太陽の光のように。
羨望の眼差しを、向けていた。
「なぁ、聞いていいか?」
クリフが石を見ながらアルベルに問う。
アルベルは無言で頷く。
「どうして、これを俺に渡した?」
「…そ、れは」
ほんのり赤く染まる顔を見て、クリフはまた問う。
「これを、お前自身だと取って良いわけだ?だから俺に持っていて欲しかった。違うか?」
問いというよりは、確信を持ったその確認だった。
アルベルがぐっと押し黙る。
図星だった。
その様子を見て、クリフは笑う。
そして、石を握り、眼を瞑る。
「今年一年も、アルベルと一緒にいれますように」
「はぁ!?」
唐突なクリフの言葉にアルベルは素っ頓狂な声を上げた。
「一年の始まりには、願い事を言うのが普通なんだよ。神頼みってやつか」
「はん。くだらねぇな。神なんて」
「だ・か・ら、お前に頼んでんじゃねぇか。この石はお前そのものだからな。もちろん、叶えてくれるのもお前」
にやりと笑うと、アルベルはぐっと喉を詰まらせ、真っ赤な顔になった。
そっぽを向き。
「阿呆…」
小さく呟く。
そんなアルベルに、また笑ってしまう。
目の前にいる人物は今年も何も変わらない。
もちろん、自分も。
「眠い。俺は寝る!!」
いたたまれなくなったのかアルベルは自棄に騒ぎ、ごろりと草の上に寝転がった。
もともとかなり眠かったのだろう、すぐに寝息が聞こえてくる。
ついさっきまでソフィアと工房でこの細工を作っていたのだ。
呆れつつも、頑張ってくれた事が嬉しくて。
クリフはアルベルのすぐ横に座り、寝入ったアルベルの体を自分の腕にゆっくりと抱く。
腕の中で身じろぎをし、またすぐに寝息が聞こえた。
夢を、見ればいい。
この世に未練を残し、その為に自分の体を違う物質に変えてでも果たしたい願いがあるならば。
今度こそ、果たせばいい。
その紅い双眸の中で。
いつか自分の憧れた者に追いつき、そして越えたい。
それが、この紅い双眸を持つ者の願い。
アルベルを抱く腕に少しだけ力を込め、クリフは眼を閉じた。
…そしてその隣には、必ず自分がいれば良い。
...end.
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「聖夜の贈り物」の続きです。
2011.02.03
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