どうすればいいのかわからない……でも誰も 教えてはくれなかった。




   

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 アルベルは、シランドの街を足早に歩いていた。
 アーリグリフの、しかも団長がこの街を歩いているという光景はこの城下の人々には受け入れがたい事だろう、いくつもの視線が不躾に刺さるのを感じる。
 だからここに来るのは嫌だったんだ、と内心では愚痴るが、一応仲間という事になっている連中がシランドに来たがったので仕方無い。
 俺は仲間なんて思っていない、利害が一致したから一緒にいるだけなのに。
 馴れ合うなどというのは、鬱陶しくてかなわない。

 優しくなんてしなくていい……どうせ、すぐに裏切られるものだから。
 初めから失う事をわかっているのに、どうしてそんなものを欲する事が出来ようか?

 ならばせめて一緒にいなければいいのだ、と思って城を出たのに、結局この視線に晒される破目になった。
 どこか、誰にも見られないような場所で、一人になりたい。

 しかしこういう時に限って、不運は続くものだ。
 いつの間にか城から出ていっていた、長身の金髪男が向こうから歩いてくるではないか。
 しかもあの抱えているでかい荷物はなんなんだ。


「お、アルベルじゃねぇか。ちょうど良いところにいたな。これ、城まで運ぶの手伝ってくれ」


 爽やかに笑い、声をかけてくる相手に、アルベルは無視して横を通り過ぎようとした。
 だいたい手伝ってくれ、と言いながら持っている荷物はでかい袋が一つだ。
 だが過ぎる前に、腕を掴まれる。


「アルベル?どうした、そんな顔して」


 アルベルの腕を引っ張り、顔を覗きこんだクリフの顔が、すぐそこにある。
 アルベルはその心配そうな視線から逃れるように顔を逸らした。

 見るな、触るな、声なんてかけてくるな。

 …本当は怖いんだ、いつかその視線がまるでゴミくずを見るように変わってしまうのではないかと。
 怖いんだ、誰かのぬくもりを覚えてしまう事が・・・必ず別れが来るというのに。
 嫌なんだ、所詮かりそめでしかない言葉を信じたくなってしまう己が。


「……なんて」
「え?」
「仲間なんて、出来なければよかった」


 独りだったなら、孤独である事さえ感じなかったのに。

 アルベルの台詞をどう受け取ったのか、クリフは意地悪くにやりと笑い、アルベルを引っ張った。


「うわっ、ちょ……何をする!離しやがれ!!」
「いいからいいから、早く来いよ」


 城にいるのが嫌で出てきたのに、そんな場所に逆戻りなんて阿呆丸出しだ。
 しかしこの馬鹿力に抵抗出来る程の力が、自分にはない。
 抵抗も虚しく、なぜか楽しそうに笑っているクリフに、結局ずるずると引きずられてしまった。







「よう、戻ったぜ〜」


 クリフが入った会議室には他のメンバー達が揃っていた。
 しかし机の上に置いてあるものが蝋燭やら布やら変な形の帽子やらなにやらと、なんだか怪しく見えるのは気のせいか。
 一番入り口付近にいたフェイトが声をかけてくる。


「お帰りクリフ、買ってきてくれた?あ、アルベルもお帰り」


 すぐにフン、と顔を逸らし会議室の椅子にどかりと座ったアルベルに、フェイトは苦笑した。
 ソフィアとマリアがクリフの方に駆け寄ってくる。


「クリフさんお帰りなさい」
「早く出して頂戴。時間が無くなってしまうわ」
「了〜解。ほらよ」


 そう言って、クリフが持っていた荷物から出したのは、大量のかぼちゃだった。


「じゃあ、さっさとくり抜いちゃいましょ」
「あ、中身は何か料理にしても良いですか?」
「そうね、それはソフィアに後で任せる事にするわね」
「はい!その間に私の衣装、用意しておいて下さいね」
「わかったわ。じゃあ、作業に取り掛かりましょう」


 この場を仕切っているマリアが、ぱんっ、と手を叩き、合図を送った。
 そして、皆かぼちゃを受け取り、それぞれに作業をし始める。
 アルベルは、扉の前に相変わらずフェイトが立っているもんだから出るにも出られず、眉を寄せ思いっきり不快を現していた。
 しかもこいつ等が何をやっているのか全く理解出来ない。


「ほら、これお前の分。俺が教えてやるから一緒にやろうぜ」


 さすがはクリフというべきか、アルベルの滲み出る不機嫌オーラにもろともせず、隣に座った。
 二つ持っているかぼちゃの、一つをアルベルの前に置く。


 ……頼むから放っておいてくれ。
 独りにしておいてくれ。

 もう、どうすればいいのかわからないんだ。


 本当は、独りになりたくないなんて、気づかれたくないのに。


 ……誰も、こんな時どうすればいいかなんて、教えてくれなかった。


「ほら、簡単だろ?お前もやってみろよ」
「………嫌だ」


 ぽつりと呟いただけだったから賑やかな周りには聞こえないが、クリフはしっかりと聞き取っていた。


「アルベル」
「嫌だ、もう。俺にかまうな」
「そう言われてもな。仲間だろ?俺達」


 今の言葉は絶対わざとだ。
 明らかにさっき外でアルベルの言った台詞を指摘していた。


「楽しいだろ?こうやって皆で一つの事を作業して。折角一緒に戦う仲間なんだ。他の……こういう特別な日くらいは、皆で馬鹿騒ぎしてぇじゃねぇか」
「特別?」
「そうかお前は知らないんだよな。今日はハロウィンっていって、一種の祭りなんだよ。こうやってかぼちゃをくり抜いて、その中に蝋燭を灯して飾り付けして。仮装したり、ゲームしたり。子供達はこの日、家の門を叩いてTrick or Treat?って言ってお菓子を貰ったり」
「ああ、それであのお子様二人はいつも以上にはしゃいでいるのか」


 スフレとロジャーの方を見ながら、アルベルは何ともなしに言った。
 だがクリフは嬉しそうに笑う。


「ちゃんと見てるじゃねぇか。仲間の事」
「なっ…!」


 指摘された事が恥ずかしくてクリフの方を慌てて見ると、てっきり馬鹿にされているのかと危惧したのに、クリフは相変わらずただ微笑んでいただけだった。


「お前の事、わからなくもないぜ?怖いんだよな。今までの自分のイメージが確立されていると、自分の変化に戸惑っちまう。変わってしまった自分が、他の奴等に変に思われないかってな」
「そんな事……」
「でも、な。皆受け入れてくれるぜ?受け入れてもらえないんじゃないかって心配してるのは自分だけなんだ」


 本当に?
 本当に、変わる事を許してくれるのか?

 一緒にいても良いのか?


「とりあえず俺は、お前は結局お前だと思うぜ。ははは、生意気で意地っ張りでよ。それで実は寂しがり屋」
「おい……」
「事実だろ?」


 ひょい、と方眉を上げ、勝気に笑うクリフ。
 表面上ではそんなクリフに怒りつつも、内心ではアルベルもまた楽しげだった。

 たまには……素直になってみるのも良いかもしれない。
 受け入れてもらえなくても、一緒にいたいという気持ちを伝えてみても良いのかもしれない。


「クリフ」
「ん?」
「『Trick or Treat?』」


 その言葉とアルベルの上目遣いに、クリフは間抜けにもぽかんと口を開けてしまった。
 それが妙に可笑しくて、いつも飄々として笑っているだけのクリフにそんな顔をさせた事が嬉しくて、アルベルはしてやったりと、笑った。
 ようやく我に返ったクリフは、肩を竦めてみせた。


「やられた。まさかお前にからかわれるとは」
「俺もお前がそんなに驚くとは思わなかった」
「そりゃおま…」
「あ――――!!!今アルベルちゃん笑った!!」
「は?」


 いきなりそんな指摘を受けて、アルベルは先程のクリフと同じようにぽかんとなった。


「そうだね、私も初めて見たよ、アンタが笑ったの」
「お兄様の笑顔、素敵でしたよ〜ぐふっ…ネ、ネルお姉さま痛いです…」
「変な事、言うんじゃないよっ」
「あら、でも案外可愛かったわよ」
「ですね〜」
「は、え…え……?」


 口々に言われる事によって、だんだんアルベルの顔が真っ赤に染まっていく。
 たじたじと慌てるアルベルにフェイトが追い討ちをかけた。


「じゃあ今日の仮装、アルベルは魔女にしようか。この帽子被って、箒持ってさ」
「お、いいんじゃねぇか?きっと似合うぞ。良かったなアルベル」
「〜〜〜〜っ良くねーよ!!」


 だん、と机を叩きながら怒ったアルベルの声に、誰も畏怖などという感情は持ってなどい無かった。
 仲間となってからもうだいぶ月日が過ぎているのだ。
 そう、元々すでにそのような感情など無かった。


 ただ本人だけが恐怖に脅えていただけ。

 それももう大丈夫だろう。
 これからは、きっと良い仲間としての関係を築きあげていける。

 別れに脅える事など無くなる程の絆が、いつか必ず出来るだろう。







 それにしても……Trick or Treat?って意味、こいつは全くわからず使ったんだろうなぁ。

 ぎゃーぎゃー言い合っている仲間達の姿を見ながら、クリフはこっそりと溜め息をついた。
 実は少し期待してた、なんて事はこの友好関係を潰さない為にも黙っておこうと、心に誓ったのだった。





  ...end.

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ハロウィンネタでした。
自分が変わろうとする時、変わりたいと思ってもなかなか周りが気になって
出来ないものなのかなぁ…という想像で書きました。

2006.03.09
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