共に送る季節
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アクセルを踏み込み、ハンドルを握り締めた。
左手には黒い皮製の手袋を身につけ。
三車線の道で、どんどん車を追い抜いていく。
寒い季節にもかかわらずオープンカーに乗り、先端に行くにしたがって金髪に光る髪を靡かせ。
ハンドルを握る腕はコートの上からですらわかるほどほっそりしているが、弱さは微塵も感じられない。
唇はきりりと引き締められ、眼は前だけを見据えている。
アルベルは、切れ長の紅い双眸を車体内に組み込まれている時計に走り、舌打ちをした。
「間に合わなかったか」
ウインカーを出し、速度を減らしハンドルを切る。
そして道を曲がり地上への降り道を下る。
地上に着くと、エンジンを入れ替えタイヤで走るように操作した。
それが、この地球という星でのルール。
速度も減速させなければならない。
それでも規則ギリギリの速度で目的地へと急いだ。
…いた。
目的の場所に、既に待ち人二人は来ていた。
ゆっくりとブレーキを踏み、その二人の前で車を止める。
「遅い」
「悪かった」
第一声でそう言ったマリアに、アルベルは言葉を返しながらも溜め息を吐いた。
遅れたのは五分やそこらだが、絶対何か言われると思っていた。
だがまぁ、それが彼女の厳しさであり、良い所なのだから仕方無いだろう。
一応どんな理由であれ、遅れてしまったのは自分なのだし。
「こんにちは、アルベルさん」
「ああ、こんにちは」
マリアの隣にいたソフィアが、相変わらずの笑顔で挨拶をしてきた。
礼儀正しい彼女は、会うと必ずまず挨拶を交わそうとする。
それには自分もきちんと礼儀で返さねばと、アルベルは右手を上げた。
もちろん出会った当初は抵抗があった。
朝起きて、宿屋の廊下で顔を会わせた時は無視して落ち込ませた事もあった。
だがクリフに、挨拶された時は挨拶を返す、それが友達というもんだと言われてからは、挨拶を返せるように努力した。
「とりあえずここで立ち話もどうかと思うし、移動しましょ」
「そうですね。アルベルさん、後ろの席乗っても良いですか?」
「ああ、構わねぇよ」
折角待ち合わせしたのに、お前等置いて俺だけ先に行くのか?
そう言ってアルベルがクッと喉を鳴らすと、二人も笑った。
「でも、助手席は誰かさんの指定席なのよね」
「当たり前だろ。それだけの事をしてやれる男なんだよ。…俺にとってはな」
「言うようになったわね」
二人が車に乗り込むと、オープンカーの上を閉めボイラーを入れる。
そしてゆっくりとアクセルを踏んだ。
「そういえば、結局遅刻した理由はなんだったの?」
車を発進させて間も無くの事、マリアが尋ねてきた。
車内が程よく暖かくなり、ぽつりぽつりと話していた会話がそろそろ弾み始める頃だ。
「クリフがいろいろと煩かっただけだ。セーターは着たか、コートはちゃんと用意したか。手袋にマフラー」
「相変わらず仲良いんですねぇ」
「ソフィア、これは単なる惚れ気よ。ああ、熱い熱い。それにしてもクリフの過保護ぶりは日に日に増すわねぇ」
「そうでもねぇぜ。仕事ん時や、家でゴロゴロしている時は結構ほっとかれる事が多いしな」
「そうなんですか。ああ、フェイトも確かにそういうところあるかも。家で一緒にいる時はそうでもないのに、外に行く時になるといきなり、いろいろと言い出すんですよ」
「近くにいるだけで安心するけれど、外で、他人がたくさんいると無意識に守ろうと必死になるって事かしら」
「マリアさんは?」
「私?私は…そうねぇ。アイツの場合、むしろこっちが心配になるくらいよ。明日だって仕事があるらしくて、会えるかどうかも微妙なのよね」
そう言ってマリアがふぅと溜め息をついた。
もう、あれから…あの日から約二年経っていた。
仲間と離れ、それぞれがそれぞれの生活を送っている毎日。
自分はクリフと宇宙を駆け巡っており、時たま、この地球にも来る。
車の免許も取ったし、戦艦の操縦もクリフから褒められるほどに出来るようになった。
それに昔に比べれば、随分と穏やかになったと思う。
声をかけられれば必ず返事はするようになったし、我ながら笑う事が増えたんじゃなかろうか。
ソフィアは、現在はこの地球でフェイトと同じ大学に行っている。
学校生活に恋愛にと、充実した日々を送っているというのが、本人の言葉だ。
そしてマリアも、宇宙はクリフに任せ、地球に来てフェイトやソフィアと同じ大学に通っていた。
大学では勉学に励み、将来は再び宇宙に出たいそうだ。
リーベルとの遠距離恋愛は少しずつだが発展し、卒業後には結婚するとかなんとか。
ちなみに今回は、たまたま地球に滞在していたところを二人に誘われ、買い物に付き合わされる事となった。
「ああ、明日はバレンタインデーか。やっぱり手作りにしようかな」
「いいわねぇ、近くに彼氏がいると」
「大丈夫ですよ。リーベルさん優しいですから、絶対会いに来てくれますよ」
「そうよね、それがアイツの良いところだものね」
「ですから今日ちゃんと贈り物買って、明日驚かせちゃいましょう!」
女性二人が後ろ席ではしゃぐ中、アルベルはふと自分の疑問を言った。
「ところで、明日って何の日だ?」
「………………」
「…………」
「…ちょっと、あんた知らないで今日来たの!?」
「アルベルさん、去年はどうしてたんですかっ?」
大声で怒鳴られると同時に後ろから殺気のようなものを感じ、ブレーキを踏みそうになるのをアルベルは何とか思いとどまる。
「知らないも何も、誰も教えてくれてないぜ。去年は宇宙にいたから、地球の時期感覚はよくわからなかった」
「そしてその前はエリクールにいた、か。それじゃあ、わからないわよね」
「ええと、明日は地球のイベントで、二月十四日はバレンタインと言って恋人や家族に贈り物をする日なんです。自分の大事な人と過ごす日なんですよ」
「それで通信で、贈り物を一緒に買いに行こうって言っていた訳か」
「まったく。クリフは教えてくれなかったの?」
「あいつはそんな奴じゃない。俺から聞けば、教えてくれるが」
「まぁ、良いわ。折角だし、今日はクリフが喜びそうなものを買ってあげなさい」
「そうする」
アルベルは頷いた。
頭の中には、普段大人の余裕が醸し出されているクリフの、珍しく驚いた顔が浮かんでいた。
彼女達をそれぞれ家まで送り、アルベルもまた家に戻るが、いつもは玄関まで出迎えてくれるはずのクリフが来ない。
訝しげに中に入ると、彼はソファに座って寝ていた。
たぶん昨日も仕事だったからだろう。
通信で夜遅くまで対応をしていたようだ。
朝起きた時にクリフも起きていたからまさかと思ったが、やはり一晩中寝ていなかったらしい。
暖炉の火がついていたのは救いだった。
こんなところで寝ていて風邪でもひかれてしまうと、折角楽しみにしているバレンタインというものが、無くなってしまう。
アルベルは、クリフの顔を覗き淡く微笑んだ。
もうすぐ四十路で、男としての貫禄が日々増していくクリフだが、眼を瞑っていると意外とあどけなく見える。
朝の弱い自分はこんなふうに彼の寝顔を見る事が滅多に無いから、普段とは違う部分を見ていられて嬉しい。
手袋とマフラーを外しコートを脱ぎ、木で作られた服掛けに掛けると、暖炉に新しい薪を入れる。
今の時代、この世界ではこのような一軒家の、しかも暖炉などの付いたレンガの家は値が凄く張るらしい。
どうせ仕事の合間の短い時間しか滞在などしないのだから、もっと安い場所で良かったのに、クリフは譲らなかった。
『折角家に帰るんだ。帰ってきたって実感出来る空間にしたいだろ?』
そう言って、エリクールに建っている建物と同じ造りにしてくれた。
このような家は、クラウストロにも建ててある。
昼にマリアに言われた、過保護という言葉を思い出す。
確かに過保護かもしれない。
けれど、それが自分にとっては心地良いものであった。
この家に帰ってきて、暖炉の淡い光に照らされたクリフの寝顔を見つける。
それだけでこんなに暖かくなれる。
穏やかになれる。
俺がつい二年前まで知らなかったものを、いくつもくれる。
お前に出会うまで、想像すらしなかった世界。
暖炉の中を火が通るように掻き混ぜると、アルベルはキッチンに立った。
どうせまだ夕食までは時間があるのだ。
ここ二年間で料理の腕を上げたアルベルは、早速包丁を持ち野菜に向き合った。
ふわりと良い匂いがしてきて、クリフはぼんやりと眼を開けた。
ああ、寝ちまってたのか。
ソファから頭を上げ、あたりを見回し。
そして自然と笑みを浮かべる。
キッチンに、アルベルの姿があったのだ。
鍋の中を混ぜて、時たま味見をしている。
何度か繰り返し、そして満足そうに頷いて視線を何度かキッチンの中に走らせ、その後。
こちらを向いて、互いの視線が絡んだ。
「起きたのか」
嬉しそうにソファまで寄ってきたアルベルを、クリフは抱きしめた。
そしてキスを一つ。
「ああ、今さっきな。悪ぃな、寝ちまってて」
彼の左手を取り、火傷の後の残った薬指にしてあるリングに、唇を寄せそのまま掌に辿っていく。
するとアルベルは、擽ったそうに笑った。
「気にするな。寝てなかったんだろ?それより飯、出来たぜ」
「ああ、食べる」
もう一度軽く唇を合わせてから、立ち上がり共に夕食を食べた。
これが休日の、いつもの自分達。
他愛ない話をしながら食後のコーヒーを飲み。
風呂に入ったり、ソファに座ってテレビを見たり雑誌を捲ったり、互いが部屋の中にいる事を感じながらのんびりと過ごしている。
けれども必ず肩が触れるくらい傍にいた。
そしてふとテレビの番組が終わって視線を彷徨わせたり、やる事が無くなって手持ち無沙汰になったりして相手が気になって。
視線を感じそちらに顔を向け、互いの目線が合うと、そのまま躰を寄せる。
何度もつばむようなキスを繰り返し、どちらともなく誘う、言葉。
「ベッド、行くか」
じゃれ合って、笑いながら寝室のベッドに転がり込む。
くすくすと秘め事を楽しむようなアルベルの笑い声は、いつしか艶かしい喘ぎへと変わっていった。
カーテンの隙間から漏れる光が部屋を薄暗く照らし、朝が来た事を告げる。
自分の腕の中でまだ気持ち良さそうに寝ているアルベルの顔を覗き、クリフはその頬にそっと唇を寄せた。
その優しさに答えるように彼は小さな笑みを浮かべ、頬を摺り寄せてくる。
クリフはそんなアルベルの髪を梳きながら、彼が起きるのを待つ。
幸せと呼べる時間。
安らぎと呼べる空間。
それらを手に入れて、今日でちょうど二年になる。
自分達が出会う前は、自分も…アルベルもきっと、こんな生活を手に入れられるとは思っていなかっただろう。
戦争に明け暮れ、血を流し。
多くの命を失くし、また奪っていた。
だから。
だからこそ、この平和な刻を大切にしたい。
いつかまた失う事を恐れるよりも、今この幸せに全力を尽くして守る。
それが、俺とアルベルの誓い。
「ん…」
睫を震わせ、ゆっくりと現れる深紅の瞳を見つめ。
とろんとした眼はまだ覚醒できていないのか、何度かゆっくりと瞬きを繰り返す。
クリフから見つめられている事に気付いたのか、ゆるゆると顔を上げ。
「おはよう」
そう言ったクリフの言葉に首を傾げた。
顔を上げた為に外気の寒さに触れたせいか、アルベルはまたもぞもぞとクリフの胸に顔をうずめる。
「こらこら、二度寝も良いけどな。そろそろ起きようぜ?」
「…ん……おはよ。クリフ…」
「ああ」
「………あ」
「ん?」
何かを思いついたような声を上げたアルベルは、ちょっと待ってろ、と言ってのそのそとベッドを出ていった。
しかも裸のまま部屋を出て行く、
何だろうかと思っていると、すぐに戻ってきて一瞬にして冷えた躰をベッドに埋めてきた。
しかしその手には、包装紙に包まれリボンのされた箱が。
「今日はバレンタインという日らしい。大事な人にプレゼントを送る日なんだろ?」
「…ああ、そうだが」
「ふふ、驚いたか?」
意地悪くニヤリと笑うアルベルに、それこそ呆気に取られてしまう。
そんな自分を見て、アルベルは心底楽しそうに笑い声を上げた。
クリフもまた我に返ると、喉を鳴らしながら苦笑する。
「やられたな。まさかアルベルが知っているとは思わなかった」
「俺だって昨日知ったんだ。でも、こういうのもたまにはいいだろ?」
「ああ、すげぇ嬉しい」
頷いて、その包装紙を取り除く。
中からはネクタイの入った箱が出てきた。
思わずクリフの顔から笑みが零れる。
「サンキュ。大事にする」
「ん」
先ほどまでの余裕はどこに行ったのか、気恥ずかしそうに顔を赤らめているアルベルを抱きしめた。
慣れない事をしたせいだろう。
そんなアルベルが愛しくて。
どんなアルベルでも、自分にとっては愛しくて大切な存在。
たくさん笑うようになったところも、素直になったところも、相変わらず照れ屋なところも、変わらない野性的な眼つきも。
何もかもが愛しい。
「好きだ」
「?…ああ」
「お前とこうしてられる事に、感謝するよ」
「………俺も、クリフと一緒で良かったぜ?」
変わった、と誰かに会う度に言われて、ほんの少し怖くなる。
変わっていく自分をいつか、目の前にいる人は見てくれなくなるんじゃないか。
昔の方が好きだった、そう言われるんじゃないかと、脅えるけれど。
もし、本当に自分が変わっていっているのなら。
それは俺だけじゃないんだ。
ほら、こんなにも嬉しそうに笑うようになった。
ああ、前よりももっと優しくなったか?
でも…。
でも…変わってないな、やっぱり。
このぬくもりも、安心する匂いも。
変わらない。
たくさんの愛情を貰い、たくさんの幸せをくれて。
そして知らなかった世界を見る事が出来た。
いろいろな事を教えてくれて、いろいろな事を覚えて。
そんな時、二人で歩んできたと実感できるんだ。
ほら、少しずつ、少しずつ。
一秒先には、今以上にお前を好きになっている。
自分達の過去がどうであれ。
たとえ先の未来に何があろうとも。
俺は、お前が好きだ。
共に送る季節。
流れている時は、いつも一緒。
変わっていく時も、変わらないまま時間を過ごす時も、いつも一緒だから。
怒ったり泣いたり、笑ったりしながら、俺達はこれからも共に歩み、生きていくのだろう。
...end.
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エンド後設定で書きました。
アルベルはエリクールを出て、他の星の事を少しずつ勉強していけば良いと思う。
2011.02.03
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