消えてなくなるその光は、いずこへ。
永遠を誓え
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冷たい風が吹いていた。
肌に突き刺すようなそれは、ひどく残酷で、痛い。
空は闇に包まれ、雲で覆われているのか星一つ見えない。
けれど。
ここからは眼下に広がる街の光が見える。
そう、それは、この寒さにも負けない、強き光。
アーリグリフ城の物見の塔。
アルベルはそこで、アーリグリフの街を見下ろしていた。
以前と変わらない街並み。
けれど決定的に変わった風景。
雪の、やんだ街。
シーハーツとの戦争が終わりを告げた時、この街を覆っていたはずの雪がやんだ。
それは神が齎したものか。
人々は負けたのにもかかわらず、喜びを分かち合い、白く廃れたような街は雪がやんだだけで、あそこまで活気付く。
戦争で死んだ奴等の魂を弔う儀式が行われ、もう二度と戦争が起きないようにと、人々は祈りを捧げた。
だが、己はどうだろうか。
この現実を受け入れる事は出来る。
戦争に負けたのだ、と……それだけの事なら。
だけど、それ以上に――自分はどうすればいいのか、わからなくなる。
これから、何を求め生きていけばいいのか。
戦う事しか知らない己に、戦争のない世界でどう、生きていけばいい?
風がいっそう強く吹き、アルベルは少し身震いをした。
「寒ぃ…な」
雪が降らなくてもこんなに寒い。
以前と変わらないはずなのに……やはり、変わっていて。
でも俺は、そこに己がいる事に認めたくないのかもしれない。
自分は戦いがすべてだと。
ずっと戦争で死ぬ為に剣を振り続けていた。
それが、どうだ?
地下牢に閉じ込められている間に、戦争は終わり、俺の居場所は、俺の知らぬ間になくなっていた。
ならばいっそ、あのまま地下牢で死んでしまえば。
俺は、戦争という名と共に消えられたのかもしれない。
「……ふざけた妄想だな」
アルベルは自嘲気味に笑った。
不意に、かつんと物音がし、後ろを振り向く。
「!?」
こには一人の男がテラスに寄りかかり、こちらを見てにやりと笑った。
「よう、やっと気付いたか」
「き、さま…。いつからそこに」
クリフがいた事に、アルベルはうろたえた。
自分の背後をこうもやすやすと他に晒すなど、今まで無かったのだ。
しかも、クリフはアルベルが殺気を籠めて今すぐ刀を抜きそうな程に睨みつけても、全く動じない。
「んー……ちょっと前だぜ?お前よくこんなところに、んな薄着でいるよな」
そう言うとクリフはアルベルの横に立ち、先程までアルベルがそうしていたようにアーリグリフの街を見渡す。
「何しに、来た」
「別に?暇だったしよ」
暇だからと言って、なぜ俺のいるところに来るのかがわからない。
こいつは…俺が牢から出た時からずっとそうだ。
用も無いのに俺にまとわりつく。
そして横でどうでもいい事を一方的に話すのだ。
「あそこ宿屋だろ?今フェイト達が夕飯作ってんだぜ?俺も何かした方が良いかって聞いたんだけどよ。マリアから追い出されちまった」
やはり、俺にはどうでもいい事だ。
アルベルはまた石畳の塀に肘をついて、街の光を見つめた。
寄り添うようにして灯っている、いくつもの光。
なぜだろう、見ていると、無性に腹が立つ。
そしてそれ以上に。
心の中が空洞になったような、何とも言えない感情が湧き上がる。
手を伸ばしても、俺には決して触れる事の出来ないあの光に。
「マリアとフェイトって最近会ったばっかだけど、ようやく仲良くなれたみたいだよな。シランドにいた時もそれなりには良かったんだけどよ」
「貴様は……」
「ん?」
「この光を見て、どう思う?」
言った瞬間、アルベルは微かに笑った。
俺が誰かの意見を聞きたがるなんて、どうしたんだろうか。
今までだってすべて自分で解決してきた。
己の意見を信じ、その道を辿ってきたはずだ。
…………それでも。
もしかしたら答えが欲しいのかもしれない。
消えてしまった、目の前にあったはずの光は、必ず己の進む道の上にあった。
なのになぜ、消えてしまったのか。
そのせいで、これから俺はどこに行けばいいのか、わからなくなってしまった。
だから、見つけたいんだ。
それこそ、俺の道に、一つでも良いから光が見えればと。
そうすれば、俺はまた生きていけるのだから。
「綺麗だよな」
「!?それだけか?」
「それだけだろ」
「ふん。貴様に聞いた俺が阿……」
「お前さ」
不真面目に適当に答えていると思っていたクリフの顔は、えらく真剣だった。
なのに、すごく。
優しい顔で、クリフはアルベルを見ていた。
「考えすぎなんだよ。いろいろと」
「な」
「綺麗なものは綺麗。それ以上に何かを見つけようとしすぎると、お前みたいに」
クリフがアルベルに腕を伸ばす。
アルベルはとっさに逃げようとしたが間に合わず、腕を掴まれ引っ張られた。
状態がぐらつき、クリフに抱き寄せられる。
文句を言おうとしたアルベルが顔を上げると、とん、とクリフの指がアルベルの眉間にあたる。
「こーこ。皴よるんだぜ。もっと素直になりゃいいんだよ」
「素直…」
「おう。お前、知ってるか?いっつも置いてきぼり食らったみたいに寂しそうな顔してよ。んでもって俺が話しかけるとすごく嬉しそうにして。そいつを顔に出さないように頑張ってんの」
「う、そだ」
「嘘じゃない。嬉しければ嬉しいでいいんだぜ?寂しければ寂しいって言えよ」
「だって……」
「ん?」
アルベルは俯き、ぐっと苦しそうに眉を寄せた。
「光が、無いんだ。自分の道に見つからない。なのに、街の光はあんなに強くて。ほんの前までは、あれほど荒んでいたように見えたのに。……周りの光が強すぎて、目の前にあるはずの光が…消えてしまった。俺の道が、見えないんだ」
何かを訴えるように一生懸命に話すアルベルに、何を思ったのかクリフは苦笑した。
そしてアルベルの冷え切った体を包むようにして自分の着ているコートの中に入れる。
ビクリと体を小さく揺らし、少し迷惑そうに視線を向けたアルベルに、だがクリフは気にせず笑いかけた。
「可能性が増えたって事だろ」
「可能性、だと?」
「さっき、お前はこの街の光がどう見えるか聞いたな。以前とは違うって。そう見えるようになったのは、お前が変わったからだ。どうしてそうなったのか…お前が今までどんなものを見ながら進んでいたかは、俺にはわからないがな。だが、前よりもずっと周りが見えてきたんだ。いろいろな光が見えるようになった。それはとても遠くにあるもので、簡単には手に入らなねぇ。けれど、お前が望みさえすれば、努力次第でいつかは手に入れられる」
「俺が望むもの……」
クリフの手が、静かにアルベルの頬を包む。
「そう。お前は、何を望む?」
今まで失ったものは多かった。
親であったり部下であったり。
そしてまた、多くの命を奪ってきた。
けれど、何よりも失ったのは。
自分自身。
だったのかもしれない。
戦争というものに身を投じ、戦う事で自分を見出していた。
いや、それでしか自分を見出せなかった。
知らなかった。
戦い以外に、生きる道があるなどと。
いくつもの光があるなどと。
それらは、今までは本当にどうでもいいような、荒んだものにしか見えなかったから。
欲しいものがあるんだ。
戦争が終わって、見えてきたもの。
部下としてではなく、俺を仲間と呼び。
この短い時間の中、喩えかりそめでも俺の傍にいてくれる者達が教えてくれた。
「俺は…」
欲しいもの……それは絶対に手に入らないかもしれない。
けれど、努力すれば必ず手に入ると、今、目の前にいる男が言ってくれた。
「……永遠が、欲しい」
もう、二度と置いていかれるのは嫌だから。
あんな思いをしたくないから。
だから。
永遠を、俺に誓ってくれる者が欲しい。
俺の力を信じてくれる者が。
俺がその者を信じられるだけの、力のある者が。
この力を分かち合えるような、共に生きてゆける相手が……。
俺が生涯死ぬまで、ずっと共に生きてくれる者。
俺は、俺を守ってくれるその者の為に、今持っているこの力を使いたい。
そして俺もまた、その者を守る為に、今以上の力を手に入れたい。
「そんな――――永遠が欲しい」
ふわり、と視界に白いものが見えた。
それがアルベルとクリフの間をゆっくりと通り、アルベルの頬を包んでいるクリフの手に落ち。
一瞬にして消えた。
けれど、それは空から幾多も降ってくる。
「雪。だな」
クリフが呟くと、アルベルは微かに頷き空を見上げる。
ゆっくりと、ゆっくりと降ってくる雪。
それは本当にとても綺麗だった。
今までそんな風に思った事などなかったのに、やはり綺麗としか、言いようがなくて。
「どうして、戦争が終わって雪がやんで。どうしてまた、降り始めたんだろうな。貴様は、どう答える?」
「天が祝福してくれてるんだろ、お前を。戦争が終わって、迷っているお前を導く為に視界を遮る雪はやんで。今降ってる雪はお前の新たに見つけた生きる導きを、祝ってんだ。きっと」
「都合の良い話だ」
「言ったろ?深く考えすぎんなって。意味なんて自分の良いように持って行けばいいんだよ」
「そう、だな」
そう言って、楽しそうにアルベルは笑った。
可笑しかった。
今まで考えてきた事が、この男の前では、これ程までにちっぽけなものだったなんて。
笑うアルベルを見て、つられてクリフも笑い始める。
顔を寄せ合って、二人で秘め事をした子供のように、笑った。
「なぁ、アルベル」
ふとクリフは不意に真剣な顔をした。
怪訝に思いながらも、アルベルはそんなクリフを見る。
「さっきのお前が言った事。俺が、誓ってもいいか?」
驚いて、どう答えればいいのかわからず、ただただ見返すアルベルにクリフは苦笑した。
「本気だぜ?お前を見ていて、なんでかすげぇつらそうに見えて。敵だったのに気になって仕方無かった。どうしてなんて理由は聞くつもりもないが、俺に出来る事ならどうにかしてやりたかった」
「……ほう?」
その言葉を聴き、アルベルはゆっくりと目を閉じる。
また静かに目を開き、クリフとの距離を数歩広げた。
その距離は、ちょうど刀を手に取り相手に向ける長さと同じ。
アルベルの抜いた刀の先が、クリフの咽喉に触れる。
そのまま、少し押せばその咽喉を突き刺せる状況だった。
しかし、クリフは憮然とアルベルを見つめる。
「貴様は、変な奴だな。誰も、俺をそんな風に見ていた奴は一人もいなかったぜ?なのになぜ、貴様にはわかるんだ。俺は……俺自身でさえもわからないのに。今もよく、わかっていないというのに」
「さぁな。好きだからだろ?誰かを好きになるのにだって理由はいらないんだぜ?」
ぐっ、とアルベルが手に力を入れる。
少しだけ、クリフの喉から血が流れた。
「俺の言った事を理解しているのか?貴様の命を俺に捧げと言っているようなものなんだぞ」
「ああ。そしてその代わりに、お前は俺にその命を捧げてくれる」
にやり、とクリフは笑う。
刀を向けているのは己のはずなのに、それ以上に何かが鋭く突き刺さるようだった。
それ程の、目の前の男から発せられる威圧感。
すぅ、とアルベルは息を吐いた。
そして目を細め、目の前にいる相手を見据える。
その笑みは、見惚れる程に美しく、艶然たる、とてつもなく強き意志の篭った微笑だった。
「ならば、俺に永遠を誓え」
まるで、剣を交え、互いの強さに己の全てをぶつけられるような、この高揚感。
眼を逸らせば、一瞬にして、自分の命がなくなる程に危うい緊張感。
長く感じる、しかし短い沈黙の後、クリフは頷いた。
「お前に、お前の望む永遠を捧げてやるよ」
その言葉にアルベルはふと笑い、ゆっくりと刀を下ろた。
鞘に収めクリフに歩み寄ると、喉に唇を押し付け流れた血を舐める。
顔を上げると、すぐ近くにあるクリフの深海の瞳とぶつかった。
クリフはふわりと笑みを浮かべた。
そして、引き寄せられるように、そのままゆっくりと唇を合わせた。
空を見上げた。
あの時から、このアーリグリフに降る雪はまだ一度もやんではいない。
あの時、永遠を誓ったはずの相手はここにはもういなかった。
本当に、一緒にいたのは短かった時間。
それでも。
信じられた。
この雪がやまない限り、あいつと俺の永遠は続くのだと。
また、きっとすぐにでも会えるのだと。
「自分の都合の良いように、解釈していいんだろ?」
アルベルは笑った。
来るべき再会を、信じて。
それは、永遠の誓い。
...end.
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アルベルは父が死んだその時からずっと独りだったのでは、という想定から書いたお話です。
かなり幻想的なイメージにしてみました。
2006.03.09
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