その視線の先には…ほら、お前がいる。




   愛する人へ

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 空からやわらかな雪が降り注ぐ街。
 真っ白な雪を踏み締め、早足で宿屋への道を急ぐ。
 コートを着込んでも冬の寒さは体に染み込み、アルベルは身震いをした。

 寒ぃな…早く戻ろう……。

 脳裏に暖かな暖炉を思い浮かべ、自然と足が速くなっていった。
 昼頃なせいか、街の人通りは結構賑わっている。
 その中で一際聞こえてくるのは、子供達のはしゃぐ声だ。
 どこからか楽しそうに遊んでいる声が響いてくる。
 この寒さの中でも、外に出て雪で遊ぶ子供達はなんと逞しい事か。

 きっと、皆一人一人がこの星のこれからの未来を担っていくのだ。


 そう……あいつなら言うだろう。


 ふ、と微笑みアルベルは宿屋のドアを開けた。
 頭や肩に降り注いだ雪を払い、入り口のすぐ近くの階段を上って割り当てられた部屋に入る。
 しかし暖炉の火は付いて暖かくなっていたものの、そこに我知らず求めていた人物の姿はなく。
 だがアルベル自身はなぜ落胆してしまったのか理解出来ず、部屋の入り口で止まった。


「あ、お帰りアルベル」
「ああ」


 部屋のベッドに座り自分の剣の手入れをしているフェイトが、入ってきたアルベルに気付き顔を上げた。
 あやふやな感情にどうでもいい事だと一掃し、その隣のベッドにコートを投げ置き、どかりと座る。


「どこに行ってきたの?」
「鍛冶屋にちょっとな。刀の整備するのに」
「そうなんだ。やっぱ僕もそういうところに行った方が良いかなぁ」
「どうだろうな。自分で出来るならそれに越した事はねんじゃねーか?」
「そう。じゃあどうしてわざわざ?」
「鍛冶屋の親父が、父の古い友人なんだ。父はその親父にこの刀の整備を任せていた……親友、と言うものだったんだろうな」


 鞘からクリムゾン・ヘイトを抜き、掲げてみせる。
 妖艶に輝く刃は、どこまでも美しく。
 その魂は、己が生きゆく先を凛と見据えている。


「凄い…綺麗だ」
「そりゃ、最高の鍛冶職人だからな。こいつも喜んでいる」


 感嘆したフェイトを見て嬉しそうに笑ったアルベルは、愛しそうに刀の刃を指でゆっくりとなぞり鞘に収める。
 そんなアルベルを見てフェイトは自分の持っていた剣を壁に立てかけると、ふわりと、けれど寂しそうに笑った。


「いい人なんだね、その人…アルベルの父さんも。なんだか羨ましいよ」
「……ああ、そうだな。いい人だった」


 頷き、あえて過去形にして言い換えた。
 もうこの世にはいないのだ。
 アルベルが父を亡くしてもう十年くらい経っている。
 しかし羨ましいと言ったその裏に、フェイトは誰の事を思い浮かべているのか。

 沈黙になったその場で、アルベルはこっそりと息を吐いた。
 ここにもしクリフがいれば、もっと気の利いた言葉をかけてやっていただろう。
 けれど自分は、こんな時どうすればいいのかわからない。
 下手な言葉をかけたところで余計に落ち込ませるだけではないだろうか。


 俺には、現実以外の戯言を言葉にする事が出来ない。



 でも…それでも。
 これだけは言っといてやろうか。


「俺の父は、俺にとって最高の人だった。死して尚追いつかない程に素晴らしい人だ。だが母の前では抜けた部分もよく見せていた。それでも俺にとっては憧れだ。今もずっと追いかけ続けている。俺の中に、いる」


 ―――――忘れない限り。




 アルベルの言葉に、フェイトは力強く頷いた。


「……うん、そうだね。確かに子供の前で『そんな事していいのか?!』って部分もあったけど。でも凄い人だったよ。仕事している時の顔は真剣で格好良かった。尊敬してた。忘れない、絶対に」
「そうか」
「ありがとうアルベル。元気出たよ」


 にっこりと笑って礼を言うと、アルベルはふん、とそっぽを向いた。
 どうでもいいような素振りをしても、その横顔は少し赤くなっている。
 そんなアルベルが可笑しくて、耐えようと思ってもどうも耐え切れず、フェイトは肩を震わせ声を漏らした。


「…てんめぇ、何笑ってやがる!!」
「ぶはっ。だ、だってアルベル、顔赤くしてるし。はははっ。照れてるのがバレバレだよっ。あはははは」
「煩ぇ!」


 腹を抱えて笑い出したフェイトに、アルベルはそれこそ顔を真っ赤に染めた。
 笑い続けるフェイトに掴みかかろうとした、その時。


「「…あ……」」


 同時に声を上げた。
 二人で顔を見合わせて、今しがた聞こえたものが空耳でないか、もう一度聞こえるのを待ち。


「…やっぱり。今のクリフの声だよね?」
「近くにいるのか?」


 アルベルはベッドから立ち上がり窓の外を覗いた。
 と、そこには、宿屋の入り口の前の広い道で、何人もの子供達に囲まれて遊んでいるクリフの姿があった。

 雪が降り注ぐ中、子供達とじゃれあいながら雪合戦をしている。
 雪合戦と言っても二つのチームに分かれているとかではなく、投げられたら投げ返すようなもので。
 とにかく自分で作った雪玉をどこでもいいから投げているのだ。

 一人の子供がクリフに雪玉を投げつけて、それが腹の辺りに当たった。
 やったな〜…とクリフの声が聞こえ、その子供の体を持ち上げる。
 すると他の子供達もクリフの腰に取り巻いて両手を上げ、私も!僕も!!と、はしゃぎ。
 クリフは困ったように笑い、けれど順々に子供を持ち上げていった。
 子供達の楽しそうないくつもの笑い声が聞こえる。


「なんかクリフって、父親みたいだ」


 隣に立ったフェイトが呟く。
 アルベルは確かに、と頷いた。

 確かに子供達に囲まれ遊ぶ姿も、優しそうに子供達を見つめる眼も、父親そのもので。
 傍から見れば微笑ましい、と言うのだろう。
 自分もよく、父からああいう事をされた気がする。
 構って欲しくて、小さな身長で一生懸命手を伸ばして。
 足が中に浮いて、抱きかかえてもらえたとわかった時は凄く嬉しくて。

 だけど、今のあいつの笑顔を見ていると……なぜだろう、やけに腹が立ってくる。

 なんでガキなんかと遊んでるんだよ。
 なんで…抱きしめてやったりしてるんだよ。

 俺がこんなに近くにいるのに。

 気付けよ。


 こっち見ろよ。



 俺を…






 俺を見ろ!!



「……っ?!」


 ばっ、とアルベルは顔を上げた。
 気付けばそのガントレットの装備してある左手が、今にも窓を叩き割りそうになっていて。
 テラスにかけていた右手は強く握り締めてられて、やけに汗ばんでいた。

 今何を考えた?
 俺を…………見ろ?

 だらりと、振り上げていた左手を下ろす。
 そして、くつくつ、と自嘲気味に笑った。

 どうしてそんな事を思ってしまったのか。
 権力しか能のない奴らの侮蔑も、弱い奴らの鬱陶しい畏怖とやらも。
 誰の視線も気にせず、孤高に生きてきたはずだった己が。


 …己から、見てほしいなどと。


「つくづく俺は阿呆だな……」
「誰が阿呆だって?」
「!!?」


 いきなりかけられた声と共に、後ろから腰を抱きしめられアルベルは声にならない叫びを上げた。


「あ〜……あったけ〜」


 そう言ってクリフはアルベルの首筋に顔を埋める。
 外にいた躰は、暖かいところに来るとどれだけ冷えていたかがわかる。
 呆けているアルベルを余所に、クリフはその冷たくなった指先でアルベルの出ている腹に手を置いた。


「つ、めてっ!?な、何やってんだてめぇ!!だいたい外にいたんじゃねぇのかよ!」
「いたな、さっきまで」


 触れられ、その冷たさから逃げたくて、アルベルはクリフの腕の中でもがく。
 だがクリフは離す気など更々無いようで、余計に力を込めて抱き付いてきた。


「っ…ちょ、やめっ…!フェイトが……」
「フェイトならいねーぞ?」
「は?」


 言われて慌ててアルベルは抱きしめられたまま横を振り返ったが、隣で一緒に窓の外を見ていたはずのフェイトはいなくなっていた。
 クリフがコンッと窓を叩き外を指差す。
 その示すクリフの指を追っていく先には、子供達と遊んでいるソフィアと、隣にいたはずのフェイトがいた。


「お前、本当に気付いてなかったのか?」
「…………」


 後ろから顔を覗かれ、アルベルは俯いた。

 まさかあんな程度の事でまわりが全然見えていなくなっていたなんて、情けなくてやりきれない。
 しかも戯言をクリフに聞かれてしまった。
 己を卑下するのは、あくまで己の未熟な部分を叱咤する為のものであって、本来誰かに聞かせるべきものではない。
 他人が聞けば単なる自惚れにしか聞こえないだろう。
 しかし、クリフでなくても、もしかしたら自分の隣にはフェイトがいたのかもしれないのだ。
 それすらも眼に入らなかったのか…。


「んでたまたま帰ってきたソフィアが交代してくれるって言ったから俺は部屋に戻ってきたわけだ。フェイトは俺が階段上がる時に擦れ違ったぜ。…って、こーら。何一人で凹んでるんだよ」
「別にそういうわけじゃねぇ」
「嬉しいぜ?俺は。お前のあっつい視線を送られてよ」
「…なん、の……事だ」


 心中を見破られて、アルベルは焦った。
 否定したくても、本当の事だからうまく否定も出来ない。
 顔を赤くしながらもぎろりと睨みつけるアルベルに、クリフはにやりと笑う。


「俺が気付かないとでも思ってるのか?お前じっと俺の事見てたろ」


 なんで、気付いてるんだよ、貴様は。
 あの時の……あれは身勝手な願望だった。
 普通なら気付くはずないんだ。
 たかだか投げかけられた視線など。


「気付くわけがない」
「あのなぁ。よ〜く聞けよ?誰かから話しかけられたら、言葉は返さねぇと寂しいだろ。さっき下で雪合戦やってたけどな。それだって投げられたら投げ返すから成り立つんだぜ?受け取った以上は反応を返してやんねぇと」
「どうでもいい奴等には返す気さえ失せるがな」
「そりゃ、まぁそうだが。それは人間なんだから仕方ねぇ。鬱陶しい時もあるだろうよ。でもお前は俺にとって、大切なもんなんだ。あんな熱いもん投げかけられて、無視するなんてすげぇ勿体ねぇだろうが」


 それに、嬉しいだろ?


 耳元で囁かれアルベルは顔を真っ赤にしながらも、ふん、と精一杯の意地を張る。

 背中から感じるぬくもり。
 抱きしめられた逞しい腕。
 囁かれる言葉。

 これらが、昔小さな頃にしか感じなかった嫉妬と、そんなものを感じてしまった後悔への報復ならば。

 それも良いかもしれない。




 子供達の声が聞こえる。

 けれど、お前は俺を見ていて。
 俺はお前を見ている。

 それは当たり前のような事で。


 とても特別な事。


「……何ニヤニヤしてやがる」
「微笑んでるって言ってほしいね」
「……阿呆」











 愛する人へ。

 どうか、寂しい眼をしないで。
 大丈夫。
 俺は、いつもお前を捜してる。

 お前の事を、何よりも求めているから。
 だから今みたいに笑って俺を見ていてくれ。



 そしたら俺も、きっと笑えるから。





  ...end.

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アルベルの持つクリムゾン・ヘイトには、きっと色んな思い入れがあると思います。
過去お父さんが持ってた刀だし、きっと大事にしてるんだろうな、と。

2006.03.09
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