掌のぬくもり
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ふわり、ふわり。
暖かな日差しが森の隙間から地上へと降り注ぎ、柔らかな春の風が頬を撫でる。
「あぁ、良い天気だ…」
あまりの長閑さに呟き、深い森の下から、お面を付けた顔を上げた。
お面は暗部のものだ。
だが今は気配を一切消さず、穏やかな空気を放ち、土の上を歩く。
さわり。
少し強めの風が吹き、跳ねている自分の金髪を揺らした。
風の吹いてきた方向へと、視線を向ければ。
立ち並ぶ木々が目の前から無くなり、ぽっかりとした空間が現れていた。
先程まで葉の群衆により隠れていた太陽の姿がはっきりと見え、土だった地面も青々とした芝生に変わる。
そして。
「…見つけた」
お面の下で、溜め息をつく。
ぽっかりと空いた空間の端の、木陰に横たわっている者。
近づけば、その者は静かな寝息を立てていた。
「はぁ、暢気に寝やがって」
上司に急かされ捜しに来てみれば、なんとまぁ素顔を晒して寝こけているではないか。
一応近くにお面を置いている様子を見ると、今日暗部の集会がある事は記憶していたようだ。
しかし、むしろこれは不用心ではないか?
自分は暗部だと周りに公言しているようなものだ。
それとも、誰にも見つからないという自信の現れだろうか。
確かに、コイツは眠っていても気配を全て絶っている。
自分に見つける事が出来たのは、この穏やかな場所が、コイツのお気に入りだと知っていたから。
「…サスケ。おい、サスケ?」
その男の名を呼んでも、反応無し。
無理矢理起こそうかとも思ったが、あまりにも気持ち良さそうに眠っている様子を見ていると、気も削がれてしまう。
…惚れた弱み、か。
隣に座っても起きない男を、軽く殺気を含み睨めつけ。
しかしやはり起きずに眠っている男、うちはサスケ、現在十八歳。
忍のくせに、と思うものの、もしかしたら傍にいるのが自分だから、起きないのかもしれない。
…なんて、夢のような事をうっかり思ってみる。
「何処の乙女だよ、くそ」
馬鹿げた思考に舌打ちを一つ。
苛立ちを露わにしても、現在自分とツーマンセルを組んでいるこの男は、起きる気配無し。
まぁ、コイツがサボる理由もわからないでもない。
面倒なのだ、たかだか集会などとは。
新しい者が暗部に入り、またマンセルの組み合わせを変えるだとか、それぞれの小部隊の隊長を変えるだとか、そんなところだ。
今まで二年間マンセルを変えていない自分達には、あまり関係無いとも言える。
以前抜け忍であったうちはサスケの監視を、五代目火影から直々に頼まれているのだから。
ああ、いっそ俺もサボってしまおうか…と暖かな陽の中、のんびり木陰の動く様を見つめた。
ふと、また強めの風が吹いてくる。
「ん…」
微かに呻きを上げるサスケを見れば、真っ黒な髪が風に浚われ、白い頬に掛かってしまっていた。
すべらかな髪を梳いて、頬からどかしてやる。
そしてつい、そのまま彼の姿に魅入ってしまった。
閉じられた瞼。
白い頬。
すっと延びた鼻筋に、薄い唇。
そんな、美しい寝顔はとても穏やかで。
昔は中性的であり、雰囲気は刺々しかったけれど。
大人になった今は、性格も顔つきも随分と柔らかになり、それでいて男らしくなった。
こんな寝顔さえ、格好良く見えてしまう。
「…サスケ」
そっと呟き、起きないのを良い事に、滑らかな頬を撫でる。
――この男が、自分はずっと好きだった。
昔は気づかなかった想い。
そして共に暗部になって働いている今は、彼が好きだとはっきりわかっている。
だが、この想いを伝えてはいない。
…伝えて良い感情では、無いから。
自分は男、けれどコイツも明らかに男だから。
同姓から告白なんざされれば、気持ち悪いと思うのが当然。
それに、今の関係に満足もしている。
淡い愛だとか、儚い恋だとかではない。
男と男の、単純明快な、けれどとてつもなく強く深い友情。
きっとどれだけ年を取っても、この契りは繋がれているであろう。
ならば、もうこのままで十分である。
「…………おい?」
流石にずっと、頬やら額やら頭を撫でていれば、気づくものだろう。
サスケの美しい漆黒の双眸が、ゆっくりと姿を現す。
「起きたか…」
もう一度だけ頭を撫で、触れていた手を慌てずゆっくりと引く。
しかし、サスケの手に掴まれ制止させられてしまう。
暖かい掌だ。
サスケの手は強く、しっかりとしていて……いや違う、そうではないだろう。
どうしたのだろうかと見れば、彼は眩しげに目を細め、軽く眉根を寄せていた。
「……面」
「サスケ?」
「面、取らねぇのか?」
「ああ…」
そういえば、付けっぱなしだったか。
いや、取ってはいけない気がしなくもないのだが…。
ふむ。
まぁ、良いか。
サボり決定。
「わかった、取るから。手、離してくれ」
「ああ」
サスケのぬくもりが離れて手が自由になると、そっとお面を外した。
それを、サスケのお面の傍に置く。
「んー…良い空気だってばよっ」
ぐっと伸びをして、青空をその青い目に映せば、自然と笑顔が浮かんだ。
お面を付けているのは、少し窮屈だ。
「ナルト」
「何だってば?」
いつもの自分の名を呼ばれ振り向けば、体を起こしたサスケがこちらを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「これで、お前も同罪な」
「うおおい!ひでえってばよ!」
ばっと彼の方を見れば、サスケはクツクツと喉を震わせている。
その間近にある笑顔に、ドキリと心臓が高鳴った。
やばい、良い笑顔だ。
意地悪い笑みのくせに、大人っぽくて、優しげで。
どうわぁ、やばい…格好良すぎるってばよ…。
しかもサスケは、ナルトの肩に額を押しつけてきた。
ドキドキ鳴っている心音がバレないだろうかと、冷や冷やしてしまう。
そのままの体勢で、しばらくジッとしていた。
盗み見たサスケも、口元に淡く微笑を浮かべたまま、また目を閉じている。
そして、俯いている事によって気づいた事があった。
「…サスケ。疲れてるってば?」
顔にある陰りが、いつもより深い。
問うと、サスケはゆるりと目を開け、視線を寄越してくる。
「ああ…。昨日まで、普通に上忍としての任務があったからな」
「ぁ、あ〜…あのBランクの?昨日までだってば?」
「そう」
「それはまた…」
お疲れさまだってばよ、と肩に寄っかかっているサスケの頭をぽふぽふと撫でてやる。
サスケが一週間ほど与えられていた任務は、上忍なのにBランク。
しかし、上忍でなければならない。
つまりは、下忍達の代理先生だ。
どこかの下忍を受け持っている班の先生が一週間ほど有給を取り、その埋め合わせが今回はサスケだった。
ナルトも一度やった事はあるが、その時は問題など起きなくて平和そのものだったのだが。
「…今時の女は、ガキでも怖いな。しかも何で、二人も女のいる班に当たるんだ。毎日毎日具合悪くなりそうだったぜ。今日だって、朝っぱらから見つかって追いかけられた」
「サスケってば超モテるから。昔からキャーキャー言われてたってば。年頃の女の子は盲目だしなぁ。つかガキでもって、サスケ、普段から女性を怖がってるみたいな、その言い方」
「……チクるなよ」
「ははっ、サクラちゃんには黙っておくってばよー。ラーメン奢ってくれたら」
「…わかった」
しぶしぶといった様子で頷いたサスケに、ナルトは笑みをこぼす。
労るように背中や肩も撫でてやれば、サスケは躰の力を抜いて、ずるずるとナルトの太股まで頭を落としてきた。
膝枕の状態に少し驚いていると、サスケが微かに笑う。
「お前とこうしているのも、一週間ぶりだ…」
「サスケ…」
呟かれた言葉に、つい頬が紅潮してしまった。
俺に、会いたかった?
こうして一緒に、のんびりしたかった?
躰を触れ合わせて、甘えて…それを、誰でもない、この俺に求めてくれている?
サスケは寝転がる顔向きを、半回転させナルトの腹の方に向ける。
そして腰に腕を回して、くっついてきた。
ああ、そんな事をされたら期待してしまいそうだ。
サスケも、俺の事が好きなんじゃないかって。
――そう思っても、良いってば?
「サスケ」
「……ん?」
「俺…」
サスケの頭を撫でながら、言葉を発しようとする。
「……いや」
…けれども、やはり言う事に躊躇してしまった。
今の関係が、凄く心地良いから。
それを壊し失うのは、怖いから。
「…なんでも無いってばよ」
「………そうか」
サスケは追求せず、淡い笑みを浮かべたまま、また目を閉じた。
穏やかな、笑み。
こんなサスケを見ていられるのならば、このままで良い。
それ以上を望む必要が、何処にある?
こんな…
「お前の掌は、とても暖かいな…」
嬉しい言葉をくれる彼が、傍にいてくれるのに。
良いのだ、今は、まだ。
「さってと。サスケ、そろそろラーメン食いに行こうってば」
「ああ?」
「俺、腹減った。ほらほら、立つ立つ!」
サスケの頭をペシペシ叩き促せば、サスケは渋々と上体を起こした。
ナルトは先に立ち上がり二人分のお面を掴むと、未だに座っている彼に手を差し伸べた。
「ほら、行くってばよ」
そう笑いかけると、サスケはふわりと目を少し細める。
太陽の光が眩しいのだろうか?
しばらくこちらを見ていたかと思えば、次にはどうしてか苦笑を漏らす。
不思議に思い首を傾げると、サスケは何でもねぇよと呟き、手を掴んできた。
引っ張り、彼を立たせ。
「さぁて、行くってばよサスケ!」
そのまま手を離さずに、ナルトは歩き出した。
人目に付かない、この森の中にいる間だけでも、良いかな、と。
何か言われるかとも思ったが、サスケは何も言わずそのままにしてくれた。
むしろ、軽くではあるが握り返してくれる。
それがまた嬉しくて。
勝手に頬がゆるんでいく。
「……全く、お前は色気より、食い気か…」
「ん?なんか言ったってばよ?サスケ」
「いや?ラーメンに目の色を変えるのが、お前らしいなと言ったんだ」
「そりゃ、サスケの奢りだもんよ」
「はいはい」
ニシシと笑えば、サスケは息を一つ吐き、ナルトの手を強く握ってきた。
サスケはナルトの手が暖かいと言ってくれたが。
そんなサスケの掌も、とても優しく、暖かかった。
...end.
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ラブラブな雰囲気を出しまくっているくせに、微妙なすれ違いをしている二人です。
そして、ぼそりと本音を漏らすサスケ。
2008.04.22
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