shining
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買ってきた荷物を抱え玄関を潜り、部屋に入った。
ただいまと一応言ったのだが、予想通り返事は返ってこない。
「……ふぅ」
小さな溜め息を吐き、サスケは買ってきた食材をキッチンの上に置いた。
そして端から冷蔵庫の中に詰めていく。
整理しながら入れていくのは己の性分であろうか、冷蔵庫の何処に何があるのか一発でわかるようになっている。
冷蔵庫の扉を閉め、部屋に掛けてある時計を見れば、もうすぐ昼時。
飯を作らなければと思いはしたのだが、躰がダルくてそこまではやる気が出なかった。
相当に、疲れが溜まっていたらしい。
それでも腹は減る。
ぐぅぅと、自分の腹から鳴った音がやけに馬鹿らしく聞こえてしまい、サスケはテーブルの上に突っ伏してしまった。
ああ、情けない事に腹が減って力が出ない。
…などと、そんな事を感じられるくらい今日はのんびりとした日だった。
久しぶりの休日であり、かなり気が抜けてしまっている。
現在火影補佐をしているサスケは、その火影本人であるナルトと一緒に火影邸に住んでいた。
仕事関係でパートナーとして働いているが、互いに甘い睦言を交わすくらいには仲も良い。
そんなナルトは現在夢の中である。
もう昼になるというのに、まだ眠っていた。
しかしそろそろ起こしてやらなければ、拗ねられてしまう。
折角の休みなのに、サスケと一緒にいる時間が短くなってしまったとか、なんとか。
仕方無くサスケはキッチンを出て、寝室のドアを開けてやった。
が、やはりカーテンの締め切っている部屋の中は少し薄暗く、微かな寝息が聞こえるだけ。
そして、ベッドの中にはナルトの姿。
「…起きねぇか」
それなりに音を立てたというのに、全く眼を覚ます気配が無かった。
忍、しかも木の葉の里の長だというのに、他人の気配が近づいていても寝ているだなんて何たるザマか。
それがサスケだからというのがわかっていても、少々呆れてしまう。
はぁ、と盛大な溜め息をつき、ナルトに近づく。
どっかりと床に座り込みベッドに肘を掛け、ナルトの顔を覗いた。
「ナルト、もう昼だぞ」
呟いてみるものの、やはり寝ている彼には聞こえていない。
気持ち良さそうに眠っている。
かと言って無理矢理叩き起こすには、どうしても気が引けてしまう。
疲れて、いるのだろう。
火影という存在がどれ程のものなのか、傍で見ている自分には彼の大変さがよくわかる。
補佐として彼の日々を支えているつもりであるが、どうしたってナルトは忙しいし、常に気を張っている。
そんな中で取れた、休日である。
屋敷の周りは暗部達が見張っているし、本当に急な用事が無い限りは誰も中にまで入ってこない。
仕事の方はサクラやシカマル、その他大勢いる優秀な部下達がどうにかしている筈。
その為、火影は久しぶりに気を抜いてグースカ眠っている。
「ナルト…」
サスケはそのままナルトの寝顔を眺めた。
昔よりかなり長くなった金色の髪を梳き、頭を撫でてやる。
彼が穏やかな寝息を繰り返し、自分達の間に平穏を告げる。
ナルトと共にいるようになってから、こんなふうに自分の中に緩やかな時間が流れるようになった。
初めにそう感じたのはまだ彼が火影になる前、里抜けした自分の監視として、ナルトが狭いサスケの部屋で一緒に暮らす事になった時だ。
ドアを開けてすぐに見える部屋に、ナルトが頷く。
『へぇ、これがお前の部屋か。うん。サスケらしいってばよ』
『は?』
一体何処から、らしい、という言葉に繋がるのかわからなくて、後ろにいるナルトを凝視してしまった。
一族の町から火影邸の近くにある小さなアパートに移動させられた、小さな部屋。
それでもまだ牢屋でないだけ、うちは一族に対する懺悔があったのかもしれないが。
しかしサスケらしいとは、どういう事か。
返答に困りナルトを見つめていると、彼はニッと明るい笑みを浮かべた。
『狭さといい、カーテンの色といい、シンプルな折り畳み式のベッドから隅に服が積んであるだけのところまで全部含めて、サスケの部屋だって雰囲気がする』
サスケの脇を通りお邪魔しますと上がり、少ないナルトの荷物が狭い部屋の隅に置かれた時。
里に戻されてからの数ヶ月存在していなかった、暖かなものが部屋に広がった。
そしてナルトがサスケの部屋に上がりこんでから、一ヶ月後。
ナルトが傍にいれば忍として任務に就いて構わないという当時五代目火影からの通達に、祝いのような気分で、小さな部屋でナルトと酒を交わした。
些細な事で笑い合って。
色々な話をして。
いつの間にか凄い量の缶を開けて、買ってきた酒が全部無くなり、そろそろ寝ようかと思った時、気付けば。
キス、されていた。
『…ナルト?』
呼び掛けたらもう一回唇を合わせられ、いつの間にか間近に迫ってきていたナルトは、普段の彼からは想像も出来無いほどに静かで柔らかな笑みを向けてきた。
ふわりと、雄雄しくも美しい微笑。
『好き、だってばよ』
そっと囁いてくる言葉。
彼は、いつの間にかこんなにも大人になっていた。
ずっとずっと、昔と変わっていない子供のような奴だと思っていたのに。
こんなにも、静かで柔らかな笑みを浮かべるようになった。
そんな初めて見るようなナルトの表情に、気付けば頷いていた。
途端、抱き締められる。
暖かな抱擁を与えられる。
そのぬくもりがあまりにも優しくて、心にじわりと沁み込んで。
ああ、自分はナルトに傍にいて欲しいのだと、わかった途端。
涙が出た。
『サスケ…?』
『……っ』
『サスケ…』
知るべきではなかった。
こんな感情。
ずっと、自分は強くなれたのだと思っていた。
多くの死を乗り越え、泣く事が出来無くなってしまった己は、独りでも立てるようになれたのだと勘違いしていた。
暴かれる、弱さ。
一体こんな自分の何処が強くなったというのか。
強いと思い込んで、虚勢を張っていただけだ。
独りで生きていけるのだと思い込んでいただけだ。
だが、違っていた。
本来、忍は独りでも生きていかなければならないのだろう。
強い心を持たなければならない。
しかしそれでも、自分は弱いのだと気付かされた。
何処かに凭れ掛からなければ、生きていけないのだと。
そして自分は、ナルトという存在に、きっと初めから凭れ掛かっていた。
弱くて、弱過ぎる自分が憎しみを糧に強がっていたところに、差し込まれた明るい光。
独りでなくて良いのだと言ってくれる、暖かな光だった。
『…ナルト。俺は弱くて…でも、それでも独りで生きていかなきゃいけねぇんだ。俺は、うちは一族で、この里の色んなモノを奪おうとしたから。その結果の、報いを受けなければならない』
なのに、こんな心地良過ぎる場所にいて良いのか。
手を伸ばせば、その手を繋ぎ返してくれる存在。
優しいキスをくれて、抱き締めてくれて……そんな胸の中で、泣いていて良いのか。
ああ、それでも…俺は。
『サスケ』
この髪を梳く手が気持ち良くて、振り払うなんて出来そうに無い。
忘れていた筈の涙が、止まらない。
『なぁ、サスケ?俺ってば難しい事はあまりわからないけれど…でも、弱い事は決して悪い事じゃないってばよ。弱いと思えばこれから先、人はいくらでも強くなれる。それに、自分の弱さを知れる奴は強いと思う。自分を見つめて、限界を知って、その中で自分がどう動けば良いのか理解しているって事だから。自分にとって一番何が必要なのかも、きっと見えている』
『……ナルト』
『それに』
ニシシとナルトが意地悪っぽく笑う。
何だよ、と訝しげに問うと。
『俺に好かれている時点で、お前ってば滅茶苦茶強いってばよ』
だろ?と同意を求めるナルトに、思わず笑ってしまった。
いつか、火影になる男。
強さを求め、今なお求め続けるほど、心の強い男に。
傍にいてほしいのだと。
支えてほしいのだと、願われた瞬間。
眠るナルトが寝返りを打った。
左腕が毛布からはみ出る。
サスケはその左手に、そっと唇で触れた。
ゆっくりと、指先から手の甲へ、そして手首へと辿っていく。
何も着ていない剥き出しの腕を辿り、二の腕、肩へと唇を滑らせていく。
そして鎖骨に噛みついて痕を付けると、ナルトは少し呻いた。
気にせずぺろりと赤くなった痕を舐めて、首へ顎へと辿り、それから……唇に触れる。
眼を開ける気配がしたけれども、唇は離さなかった。
頬を両手で包むように触って、唇の隙間から舌を入れる。
そのままナルトの舌と絡めると、彼の右手が動き、サスケの後頭部を慈しむように何度も撫でてきた。
ナルトに告白された時よりもまた、自分達は歳を取り成長した。
彼は念願の火影となり、今やこの里の全てを支えている存在。
そんな彼に支えてほしいと願われながら、それ以上に自分はナルトから色々なものを貰っている。
ちょっとした笑顔や、些細な気遣い。
安らぎと呼べる日々。
そして俺が、俺であれるという事。
そんな大きなものを与えてくれるお前に、俺は何をしてやれているだろうか?
何をくれてやれている?
お前は今、俺に何を求めている?
そっと唇を離すと、ナルトの青空色の双眸とぶつかった。
「どうしたってば?」
「…なんでもねーよ、っておい!」
自分の考えていた事を知られたくなくて素っ気無く返したのだが、いきなり腕を引っ張られ、ナルトに覆い被さる状態にさせられた。
しかも下からぎゅっと抱き締められて、なかなかどうして身動きが取れない。
「んー?」
「んー?じゃねぇ!」
「サスケ、朝から元気だってばよ…」
くすくすと耳元で笑うものだから、びくっと躰が反応してしまった。
なんだか恥ずかしくなり、誤魔化すように捲し上げる。
「もう朝じゃねーよ昼だぞ昼いつまで寝てるんだ馬鹿野郎さっさと起き上がれウスラトンカチ!」
「…ノンブレス」
「うるせぇ」
「でも、俺はもうちょっとこのままでいたい」
「……あ?」
ナルトが腕に力を込め、肩に顔を押し付ける。
振り解こうと思えば、きっと出来たのかもしれない。
だがそれでも、彼のぬくもりは自分にとってかけがえの無いものであり、こちらから手放すのは難しい。
眼についた、寝ている間にくしゃくしゃになった黄金の髪をゆっくり梳いてやると、ナルトはふんわりと笑った。
「気持ち良い」
「お前、こういう事されるの好きだよな」
「サスケも好きだろ?」
「お前にされるならな」
ナルトが自分の顔を覗いてくる。
「…なんだよ」
「ビックリしたから」
「……俺も言って後悔した」
「サスケ、顔真っ赤」
「わかっているから、いちいち指摘するんじゃねぇ」
「悪ぃ」
「全くだ」
暫くは二人して無言だったが、微妙な雰囲気に耐え切れなくて、サスケがちくしょうと悪態をついた。
するといきなりナルトが笑い始める。
しかも全く笑い収まらないし、ナルトの自分を抱く手が離れていき起き上がると、腹まで抱えやがってマジでムカついてくる。
が、腹が減っていて怒る気力は出ない。
「俺ってば、超幸せだってばよ」
笑いが収まったと思ったら、次は幸せだとか抜かしやがる。
この状況の何処をどう見て、幸せなんて言葉が出てくるのか。
「幸せだよ。こうして笑えるんだから」
こちらの考えている事を見抜いたように、ナルトが見てくる。
何故か、その言葉を聞いて心臓の辺りがずきりと痛んだ。
ただ笑っているだけなのに、それがまるでもの凄く特別なように言うから。
こうしてここに自分がいる事が、とても奇跡であるように。
殺し合いをした。
自分達は、本気で刃を交えた。
それが今、こうして共にいて、笑っていられるのだと。
なぁ、今のお前は、俺に何を望んでいる?
これから先、お前に何をしてやれる?
…知りたいけれど、絶対に聞きはしない。
「さて、起きるかなぁ」
「当たり前だ。ったく、折角人が起こしに来てやっているんだから、もう少しくらい早く眼を覚ませ。お前が眠っている間に買い物だって行ってきてやったんだからな?」
「ああ、そういや冷蔵庫の中、ほとんど空だったっけ。助かったってばよ」
ナルトがベッドから立ち上がり、カーテンを開ける。
一瞬にして、寝室の中が暖かな日の光で満たされる。
絶対聞かないけれど、その代わりこの手で必ず見つけてやる。
お前の心が、何よりも俺に望む事。
「なんだよサスケ、なんか嬉しい事でもあった?」
「いや?ただお前に感謝しなくちゃならないと思ってな。俺の昼飯、作ってくれるわけだからな?」
サスケがにやりと笑うと、なるほど、と納得したようにナルトが苦笑した。
長閑な時間の、長閑な会話。
幸せな、幸せな一時。
ナルトがくれた光のように、大きいものは与えてやれていないかもしれない。
けれどもずっと、傍にいよう。
お前の望む、限り。
―――この命、尽きるまで。
...end.
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大体20代後半な二人のイメージ。
ナルトの事が大切なサスケの様子が出ていれば良いです。
2008.06.12
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