君の未来を

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 もそり。

 一つ寝返りを打ち、毛布を引き上げる。
 もぞもぞと身じろぎし。


「………?」


 違和感を覚え、イタチは微かに眼を開けた。
 と、いきなり飛び込んできたものに、らしくもなく眼を見開き驚いてしまう。

 しばらくの間の停止。

 それからようやく動き出した脳で思考を巡らし、頷く。


「…あぁ」


 そうか、今日は両親とも任務があって、朝早くからいないのだ。
 一度起きて両親の姿が見えなく、寂しくなったのだろうか?
 いつの間にか人の隣ですやすやと眠っている、五つ下の小さな弟。

 自分が下忍になって、ちょっと。
 久しぶりに任務も演習も無くてゆっくり出来る日、自宅だからと気を抜いて寝ていたので、気付かなかった。

 それともまだ三歳ばかりのこの子が、気配を消して布団に入り込んだのだろうか?
 もしそうならば、なかなかに忍の素質がある弟だ。

 しばらくの間、弟の寝顔をぼんやりと見ていたイタチであった。
 が、折角の休日だ、眠れる時に寝溜めしておいた方が良いだろうと、小さく暖かな躰を引き寄せてまた眠りに入った。










 もぞもぞ。

 微かにだが腕の中のものが動き、イタチは意識を覚醒させる。
 眼を開け自分の抱えているものを覗き込めば、今度は先程と打って変わって、ぱっちりと開いた大きな黒い眼とぶつかった。


「起きたのか、サスケ」
「ん…」


 頭を撫でると、気持ち良さそうにほわりと顔を和らげるサスケに、イタチも笑みを浮かべた。
 畳の上に置いてある時計を確認すると、十時近くを指している。
 随分眠ったなと、ぼぅとした頭で考え、もう一度抱き締めているサスケを覗いた。


「おはようサスケ。そろそろ起きるか」
「ん。おはよ、兄ちゃ」


 サスケもまだ少し頭が働いていないのか、瞬きを繰り返す可愛らしい仕草に、イタチは笑みを溢し小さな頭を撫でていたが。
 ふと思い立ち、上体を起こしてサスケの躰をひょいと持ち上げると、布団の上に立たせた。


「お前オネショは……してないな。よし、偉いぞ」
「ぅん。…へへ」


 褒められた事が嬉しかったのか、サスケはほわりと笑顔を咲かせる。
 この歳だと普通ならまだあれこれ手が掛かるような気もするが、サスケは両親の躾のおかげか年齢の割にしっかりしている。

 そんな自分も、殆ど両親の手を煩わせたつもりはないのだが、どうだったろうか三歳の時の記憶など既に無い。


「今日は良い天気だな…」


 布団から出てカーテンを開ければ、薄い紙越しに太陽の日差しが一斉に室内に入ってきた。
 障子も開けて外を見ると、昨日雨が降っていた為か、庭園の植物達は水滴を纏いキラキラと光っている。
 この青空の広がる天気ならば、サスケを連れてどこかに出掛けても良いかもしれない。


「サスケ、朝ご飯食べたら俺と一緒に出掛けようか?」
「ぇ…いいの?兄ちゃ、今日折角の休みでしょ?」


 隣に立ったサスケがこちらを見上げてくる。
 イタチの事を考えての言葉だとわかるが、くりくりした眼が期待に満ちていて、美しい庭園に負けないくらいにキラキラと輝いている。

 イタチはサスケと眼の高さが同じくらいになるように屈み、苦笑を漏らす。


「サスケは俺と二人でお外に行きたくないのか?兄さん、哀しいな…」
「違っ…行く、一緒に行く!」


 ぎゅ〜っ!と目いっぱいしがみ付いてくるサスケを抱き上げると、サスケは首元で嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 二人で出掛ける折角の機会なので、まだ一度も一族の町より出た事がないであろう弟を、連れ出してみようか。

 とりあえずはトイレに行かせ歯を磨かせなければと、サスケを抱えたまま、イタチは自室を出た。




















 母親の作ってくれていたおにぎりを食べ、いつも着る動きやすい簡単な服に着替え、身支度を整える。
 それからサスケの着替えも手伝ってやり、自力で靴を履くのを見届けてから、手を握って玄関をくぐった。

 小さな弟は、一族の町でもなかなかに可愛がられている。
 その為、歩けば大人達から良く声を掛けられた。

 しかし自分にとっては正直彼等などどうでも良い存在である為、取り繕った笑顔と会釈で大抵を通り過ぎた。
 そもそも全てを相手にしていたら、それだけで日が暮れてしまいそうだ。
 サスケ自身もイタチに付いてくる事だけ考えているらしく、声を掛けられれば時々顔を上げるものの、何かを喋ろうとはしない。
 サッサッと歩く自分に合わせ、一生懸命小走りをしている。

 だがこれでは、サスケがすぐに疲れてしまう。
 スピードを落とした方が良いだろうかと考え、見下ろして。
 これくらいのサイズならば、いっそ運んでしまった方が早いかと思い直す。

 繋いでいた手を離し、代わりにサスケをひょいと抱えた。


「兄ちゃ?」
「ちょっと早く走るから、落ちないようにな」
「ぅ、うん」


 おずおずと、首に腕を回してきたサスケ。
 イタチも落とさないように膝裏と腰に腕を回し、トンと地を蹴って跳躍した。

 立ち並ぶ屋根の上に一足、そこからまたすぐに飛んで、近くの高い木の上に足を付ける。

 トン、トン、トン。
 木から木へと、かなり離れている場所でも難なく移り、すぐに町を抜けた。

 そのまま暫くは、高速で里の街中を駆け抜けていく。
 いつもよりはスピードを落として移動しているのだが、サスケは怖いのか躰を硬くしてイタチの胸に顔を押し付けてしまっていた。
 クナイの練習だとかチャクラの練りだとか、一応少しずつ忍術の修行はし始めている弟でも、こうして空を移動していくのは初めてなのだろうか?

 顔を上げれば気持ち良い風を感じ、眼を開ければ晴れやかな青空や空を飛びまわる鳥や、他にも色んなものが見えるのに…勿体無い。

 それでも、とある場所の近くまで来ると、イタチは顔を上げるように促した。


「ほらサスケ。見てみろ」
「ゃ……怖い」
「…仕方無いな。わかった、ちょっと待ってろよ」


 トン、トン、いくつかの建物から建物へと移動していき、岩の高台で着地をする。
 ここからなら、よく見える。


「サスケ、もう怖くないから」


 ぽんぽんと背中を叩き、下に降ろしてやった。
 恐る恐るという様子でちらりと背後に眼を向けたサスケだが、すぐにまた自分にしがみ付いてしまった。


「サスケ?」
「…………ここ、高い」
「高いの、嫌なのか?」
「ぅん…」


 高い所が怖いようならと、イタチはその場に座った。
 胡坐を掻き、そこにサスケを座らせ後ろから腕を回し、抱き込む。
 こうすれば背中には自分がいるし、尻も付いて安定しているし、腕を回しているので前に落ちるという危惧も無くなるので平気だろう。


「ほら、もう大丈夫だから見てみろよ。良い眺めだぞ?」
「…わぁ、ホントだ」
「初めて見るだろう?里の景色」
「うん!」


 サスケは初めての景色に興奮し、頬を紅潮させ眼をキラキラ輝かせ、あちこちを見渡し始めた。
 いつもの視点とは違って、全部の建物が下にある。
 空がいつもよりも近い。

 そして、とあるものに気付きサスケが首を傾げる。
 つと小さな指が指したものは、イタチが見せようと思っていたもの。


「兄ちゃ、あれは?」
「歴代の火影の顔だよ」
「火影…」


 名称は聞いた事があるのだろう、サスケは興味津々で岸壁に浮かび上がる火影達の顔を見つめ始めた。
 イタチも、四つある顔を見つめる。

 この火の里を守る忍のトップである、火影。
 けれども四代目の火影は、つい三年前に、若くして死んでしまった。

 突如里を襲った九尾の狐のせいだというが、もっとその根本を。
 ……何故狐が火の里を襲ってきたのかを、自分は…―――知っていた。
 何となく、だけれども。

 推測出来てしまった。

 自ずと眉が寄っていく。
 思うのは、今日は任務に行ってしまっている両親の顔。

 この里を、潰す気だったのか。
 滅ぼすつもりだったのか。

 …わからない。

 けれども、結果的に四代目火影は死んだ。


 一体うちは一族は何を…



「…兄ちゃ?」


 声を掛けられ、ハッと我に返った。
 慌てて見れば、サスケが眉を寄せて自分を見上げている。


「ぁ…ごめん、苦しかったか?」


 笑顔を取り繕い、いつの間にか力を込めてしまっていた手を緩めた。
 しかしサスケはきゅっと口を結び、すくっと立ち上がった。
 怖いだろう?無理して立つな、なんて言う事など叶わず。

 気付けば、サスケの小さな胸に抱き締められていた。
 一生懸命イタチの頭を抱き込んで、小さな手で頭を撫でてくる。

 いつもイタチがサスケにしてやるように、何度も何度も撫でてくる。

 何度も、何度も。


「サスケ…」


 どうした事だろう、今まで生きてきて、初めて自らの意思で泣きたくなった。
 この弟が、あまりにも暖かかったせいかもしれない。
 優しかったせいかもしれない。
 穢れなく純粋だったからかもしれない。

 ――自分がまだ、あまりにも子供だったからかもしれない。

 この内に溜めておくには、大き過ぎる秘め事。
 けれども、きっと誰にも話せない。
 今の自分にはまだ、何も出来無いから…この事を、内に隠し続けるしか出来無いから。

 だけど、いつの日か。

 自分がもっと成長して、強くなった時には―――。


 ぎゅっと、サスケの背に腕を回す。
 とく、とく、と聞こえてくる心音は、とても心地良い。


「なぁサスケ」
「ん」
「…俺は、お前を……守るから。どんな事があっても、絶対」
「兄ちゃ」
「どんな手段を使っても、…絶対に」


 自分が本当に信じられるのは、きっと、サスケしかいない。

 だから絶対に、守ってみせる。


 お前の……未来を。



 この、無垢な魂を。









 風を感じた。
 静かで、優しい風を。

 ふと、顔を上げれば。


 美しく澄み渡った青空を背にした、サスケが。



 柔らかく、微笑んでいた。





  ...end.

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小さな頃は兄弟仲良く幸せであったらいいなぁと思い、書きました。
弟大好きな兄と、兄大好きな弟仕様。

2008.05.09
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