言葉にならない想い

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 心静かな森。

 まるで空に届くのではという程の高さを誇る木々達が、風に揺れてサワサワと囁き合っている。
 自然の生み出す優しく涼しげな音だけが聞こえてくる、清涼な森の中。


 そんな人の気配など一切しそうにない場所に、一人の少年がいた。

 艶やかな黒髪と、深い黒燿石の双眸。
 そして白い肌。
 着ている服の背中には、団扇の家紋が描かれている。

 その家紋に恥じないような顔付きを、少年はしていた。
 幼くも、美しく凛々しく、強く。
 実際の実力は、まだ十歳という子供の為にさほど強くないものの、心だけは清々しいまでに強く美しく輝いている。

 そして少年…うちはサスケは、実際の強さを得る為に一人、森の中で修行していた。



「はぁ、はぁ…」


 土の地面に座り込み、荒い呼吸を繰り返す。

 ハーフパンツの為、剥き出しになっている膝からは血が出ていた。
 クナイを握っている掌も、皮が剥けて血が滲んでいる。
 他にも、あちこちと傷だらけだ。

 しかしサスケは痛みなど全く気にせず息を整え終えると、もう一度立ち上がった。

 目の前には、自分で作った細工があった。
 木々の枝に縄を結び、それに形大きさのバラバラな木を吊したものが計二十個。
 丸太は三十センチのものから一メートルあるものまで、本当にバラバラだ。
 どれも自分の高さに合わせた場所で吊してある。

 足に力を入れ、眼球を鋭くさせ目的を定めると。
 ダッと勢い良く駆け走り、一番大きな丸太を渾身の力を込めた足で蹴飛ばす。
 それが振り子の如く斜め上へと上がっていく間に、他のものも全部蹴り飛ばしていった。
 そして初めのものが降りてきた時、それを避けながらクナイで切りつける。

 次々と元の位置に戻ってくる木々を時に避け、時に切りつけ、時にはまた蹴飛ばし。
 そんなふうに丸太を敵に見立て、戦う体術練習を一人でしていた。

 形の悪い丸太達は不規則な動きで振り動いたり、他のものとぶつかっていきなりサスケの方に戻ったりしてくる。
 それを避ける、瞬発的スピードを上げる試みでもある。


 忍術にしろ体術にしろ、努力しなければ上達する筈がない。

 現在サスケの通っているアカデミーでは、サスケは優秀だと言われている。
 しかし、そんなものでは嬉しさなど微塵も沸き上がってこないのだ。


 もっと。

 もっと強くなりたい。


 兄さんと、同じくらいに。



「くっ!」


 神経を張りつめたまま木と格闘して、持続するのは三十分が今のサスケの限界。
 しかも休み休みやってるとは言え、もう四時間はこうして修行しているのだ、疲れから隙が出来やすくなってしまう。

 ガッ、ガッ。

 クナイで小さな木を弾いていき、背後から迫ってきていた中くらいの木を右に避ける。


「っ!」


 その途端、目の前にまたでかい丸太が押し寄せてきていた。
 気付けずに判断を誤ってしまった。
 しかも疲れ過ぎていて、もう一足右に跳ぶという事が出来無い。


「…っがは!」


 丸太は、サスケの腹を直撃した。
 後ろに吹き飛ばされ、倒れかけたサスケの頭に、他の木が襲いかかる。

 ――その時。

 微かにだが、耳元で音が聞こえた気がした。
 シュッ、と風を切るような音。
 続いて、パラパラと何かが地面に落ちている音が。

 逆に、地面に倒れようとしていた筈の自分の躰は、途中で止まっていた。
 背中側から脇下に腕を回され、倒れかけた躰を支えられている状況。


「……ぁ…」


 サスケは、視界の半分以上を占めていたものに呆気に取られ眼を見開いた。

 面、だ。
 不思議な顔の描かれた面。
 これは…確か暗部の。

 しかしそのような滅多に見る事の出来無い存在が、何故こんな何も無い森の中に。


「大丈夫か?サスケ」
「ぇ?」


 呼ばれた自分の名前と声に、サスケはいつもの貼り付けた無表情を忘れて、パチパチと瞬きを繰り返した。

 暗部の男が、自分を立たせてくれる。
 丸太とぶつかった腹に激痛が走り、思わずそこを庇うように手を宛てる。
 それでも素早く辺りを確認すれば、吊していた木も綱も全てが粉々に切り刻まれ、地面に残骸が散らばっていた。

 あの一瞬でこんな状況に出来てしまう男の強さ、そして自分の弱さに悔しく思い、歯を食いしばる。
 すると暗部の男が、頭をくしゃりと撫でてきた。


「悪かったサスケ。出しゃばった真似をしてしまったな」
「べ、つに…」


 サスケの頭に手を置きながらもう片方の手で面を取った男の顔に、サスケは微妙な表情を浮かべる。

 勘違いしているようだが、助けてもらったのが癪に障ったわけではない。
 悔しいが、自分が弱いのは確かであり、自分の責任だ。

 今一番ムカついているのは、今の今まで自分の兄が暗部であるなんて知らなかったという事だ。

 一体、いつから?
 ああ、考えたら本気でムカついてきた。

 イタチはサスケの拗ねた表情に、困った顔の笑みを浮かべる。


「一人で、修行していたのか?学校は?」
「…今日は休みだよ。兄さんこそ何、その格好。来るなら来るで、一度家に帰ってからにすりゃ良いのに」


 イタチが任務に出ている事は知っていた。
 だから家を二週間も空けていたのだ。

 しかしそれは普通に上忍の仕事であって、まさか暗部の仕事だなんて誰が思うだろうか?
 とりあえず、知らなかったサスケには考えも付かなかった。


「俺は、お前に一番に会いたかったからな」
「……え?」
「任務は終わったけれど、お前は学校だろうと思ったんだ。だが近くを通ったらふとサスケの気配を見つけてな。ついつい、このまま来てしまった」
「…でも俺、兄さんが暗部だなんて知らなかった」


 やはりムスッとしたまま言うと、悪かったと笑みを浮かべるイタチ。

 優しい眼をする兄は相変わらず格好良くて、綺麗で、大人っぽい柔らかな甘さがあって、弟でありながらつい見惚れてしまいそうになる。
 微かに頬を赤らめながらも、サスケは必死に怒っている顔を作った。

 苦笑を零していたイタチはサスケの前で膝を付くと、腹を押さえていた手を掴み外させ、服を捲る。
 兄の指が臍の上を撫でたのに、サスケは痛みに眉を寄せる。


「…痛いか?少し内臓を傷付けてしまっているかもしれないな。ちょっと待ってろ」


 そう言い、イタチは手にチャクラを集め始めた。
 ポワポワとした淡く蒼い光が浮かぶと、それをそっとサスケの腹部に宛てた。

 ゆっくりと、光が自分の中に入ってくる感覚は気持ち良くて。
 暖かい兄の掌が、まだ小さいサスケの腹を覆っているのもほわほわと心地良い。

 痛みはすぐに引いていった。
 ついでに、怪我をしていた肘や膝も治っている。


「…すげぇ」
「医療忍術はあまり得意ではないが、大事なサスケの躰だからな。気合いが入る」
「んだよ、それ」


 いつの間にか、怒りも消え去ってしまっていた。
 大好きな兄に大事だと言われれば、機嫌が良くなってしまうのも仕方無い。

 それに、暗部という役職は簡単に人に告げて良いものではない事も知っている。
 兄弟であろうとサスケが知らなくとも、それこそ仕方が無い。


「…兄さん」


 サスケは暗部の格好をしている兄を改めて見て、呟いた。


「凄く、格好良い」
「そうか?血の臭いがして嫌じゃないか?」


 ……ああ、なるほど。

 それでイタチは今まで、大切な弟である筈のサスケにも暗部だという事を言わなかったのか。
 まだ忍者でない弟を、気遣って…。

 それなのに暗部の姿で出てきてしまうなんて、サスケが怪我をするところを見てつい我を忘れてしまったようだ。

 全く、この兄は。


「俺、強い兄さんが凄く好きだ。どれだけ人を殺していても…それは仕事だから。それが忍なんだから、むしろ尊敬する。…それに俺には、凄く優しいし」
「大好きなサスケにそう言ってもらえるのは、嬉しいな」
「ん」


 ほわりとはにかみ、未だ目の前で膝を付いている兄の首に腕を回せば、イタチはサスケの腰に腕を回し抱き締めてくれる。
 まぁ、そのまま抱き上げられるのは、誰も見ていない森の中と言えど少し恥ずかしいものがあるが。

 しかしこうして二週間ぶりにイタチと二人でいられて、幸せだ。
 それに今日は兄さんの知らなかった一面を知る事も出来たから、良しとしよう。

 ちょっと血の臭いはするし、埃っぽい気がしてムードの欠片もないけれど……任務帰りなんだから当然。


「…つか兄さん、俺も汗いっぱい掻いたから臭いと思うんだけど。土まみれだし」
「そう…だな。二人で水浴びにでも行くか。確かこの近くに、綺麗な河原がある筈」
「へぇ、いいな」


 兄の提案に心が弾みサスケは笑顔を浮かべると、嬉しさのあまりチュッと目の前の形の良い唇に軽くキスをした。
 イタチは微かに驚いたのか二度ほど瞬きを繰り返す。

 しかしすぐにサスケ同様嬉しそうに笑みを零し、キスを返してきた。


「ん。サスケ…」
「俺……兄さんの事、大好きだよ」


 いつものようにお互いに笑みを浮かべて、抱き合って、キスをして。

 …まだ少し、睦言を囁くには自分は子供であるような気がしなくもない。
 この気持ちが何なのか……実は、きちんとわかっていない。

 だが、好きだという想いは、本気だ。

 たとえ兄弟同士であっても。


「好きだよ、兄さん。ずっと傍にいるから…ずっと。……愛してる」
「サスケ…」
「愛してる」


 何度も何度も囁き。

 おでこに、瞼に、頬に、唇に。
 いくつものキスを降らしていく。
 想いを込めて、抱き締める。

 兄さんを見ていると、囁きたくなる。
 溢れる気持ちが大き過ぎて、胸に収まり切らなくて、言葉になる。

 そんな、想い。

 この心臓を締め付けてくる、切なく重い感情を他に何て言えば良いのかわからないから、愛してるという言葉にする。


 ねぇ、どうすれば伝わるだろう?
 どうすれば…兄さん。


 ――貴方の心を、覗く事が出来ますか?


 そしてそんなふうにサスケが溢れる愛しさを兄にぶつけると、兄は必ずこう言う。



「サスケ、ありがとう。俺は、この世でお前だけを…………信じてる」



 泣きそうな、顔で。

 擦れた声で。

 何かを堪えるかのように。



 そっと、囁くんだ…。










 ああ、言葉にならない想いを、囁きましょう。

 この溢れ出てしまう感情が、貴方の胸に届くように。
 その何かに押しつぶされそうな貴方の心を、守るように。


 伝い落ちそうになる涙を、必死に堪えて。


 変わりに、ぎゅっと貴方を抱き締めて。


 何度も。
 何度も。



 貴方に、心を伝えましょう―――。





  ...end.

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幸せ兄弟話。
切なくもラブラブな雰囲気が伝われば嬉しいです。

2008.05.22
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