トロイメライ  
サンプル

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   1.


 何がどうなっている?
 訳がわからないまま、鋭利で冷酷な目をするキッドを見た。

 美しく鮮明な満月の浮かぶ夜。
 予告状通り宝石を盗んだ彼を追って、高層ビルの屋上にいる現在。
 つい先程までは、いつものようにキザなセリフを吐きながら不敵な笑みを浮かべていたというのに。

 突如十人ほどの男達が現れたかと思えば、キッドは冷涼な気配を殺気に変え、連中にトランプ銃を向けた。
 俺に対する雰囲気とは、まるで別人である。


「またお前らかよ。何度も懲りずに俺の盗んだ宝石を狙うなんて、よっぽど切羽詰まってんだろうなぁ」


 嘲笑し貶しながらも、彼自身にも焦りがあるように感じた。
 相手が全員して拳銃を持っているのだから、当然と言えば当然かもしれないが。

 リーダーらしきニューヨークハットをかぶった男は、キッドに銃口を向け、キッドだけを見ている。
 正直、俺は空気だ。
 視界に入っているかどうかも怪しい。

 コイツら、もしかして頻繁にキッドを狙っているのか?
 キッドが「また」とか「何度も」と言っていたし。
 だがコナンの頃から半年近くキッドを追っているが、一度も鉢合わせた事は無い。

 相手は、ビッグジュエルがどうとか、パンドラがどうとか喚いている。
 パンドラ?
 パンドラの箱か?


「良いから早く宝石を寄越せ! さもなくば……そうだな、確かお前には妻と一人息子がいたな。気付いたら死んでいるかもしれないぞ?」
「おいおい、そんなの俺にはいないんだが?」
「しらばっくれるな黒羽盗一! 生きていたなんて、しぶとい奴め……今度こそ殺してやる!」


 黒羽盗一という名に覚えはあったが、深く考えている余裕は無かった。
 キッドと俺との距離は約五メートル。
 互いに敵意を剥き出しにしている彼らとは対角線にいた為、引き金を引く指の動きが見えた。

 間に合わない、そうわかっていながらも反射的にベルトからサッカーボールを出し、思いっきり蹴る。
 先に発砲された弾丸はキッドへと向かっていったが、さすがと言うべきか、彼は危なげなく避けた。


「ぐあっ!」


 サッカーボールが男の手を吹き飛ばし、手放された拳銃がコンクリートの上を滑っていく。
 すかさずキッドがトランプ銃を撃ち、慌てて発砲しようとする回りの男達の手にトランプを突き刺していった。

 あれでは痛みで引き金を引けないので、連中は引き下がるだろう。
 人数が多すぎて警察が来るまで捕らえておくというのは出来ないが、一応電話しておくか。

 そう考え、ポケットから出したスマホを見た、直後。


「名探偵!」


 キッドの呼ぶ声に顔を上げれば、手の甲にトランプを刺したまま両手で銃を持ち、俺へと銃口を向けている男が視界に入った。
 撃たれる――――。

 銃声音が聞こえ、身動き出来なかったまま、佇んで。


「…………え?」


 しかし、痛みは来なかった。
 思わず小さく呟き、呆然としてしまう。
 なんだ?
 何が起きたんだ?

 唐突の現状に、理解出来なかった。
 視界にいたはずの男達の姿が、忽然と消えていたのだ。
 キッドもいなくなってしまっている。

 それだけじゃない。
 何故、頭上に青空が広がっているのだろう。
 先程までは闇夜に包まれ、空には満月が浮かんでいたのに、今は太陽の光が眩しい。

 それにビルの屋上にいたはずだが、現在立っているのは、住宅街の中にある公園だった。
 見覚えがある。
 家から少し離れているが、サッカーがしやすいくらいの広場があるからと、小さい頃に時々遊んでいた場所だ。

 これはどう考えても、俺が可笑しな現象に巻き込まれているんだよな。
 瞬間移動しちまってるわけだし。

 まずは現状把握しなければと、手に持ったままのスマホの画面を見てみる。
 そして目を見開いた。

 秒単位まで表示されている時計の、その時間が動いていなかった。
 23時15分46秒で止まったままだ。
 麻酔針の入っている腕時計も確認してみるが、やはり動いていない。
 マジでどんな状況なんだ。

 それと圏外表示になってしまっている。
 こんな街中で圏外なんて、ありえないだろうに。
 だが試しにネットに繋げようとしても、駄目だった。

 追跡メガネを掛けて起動させてみると、発信機を持っている自分の位置は点滅している。
 電波は届いているのか。
 じゃあ携帯が動かないのは何故だ?

 混乱したまま周囲を見渡すと、少し離れたブランコに少年が座っているのが見えた。
 一人だけだ。
 しかし様子がちょっと可笑しい。

 ブランコを漕がず、鎖を強く握ってじっと俯いている。
 気になって近付いてみると、その子はひくひくとしゃくりあげていた。
 泣いているのか。

 傍には銀鳩が十羽ほどいる。
 銀鳩と言えばマジックだし、これだけの数が傍から離れないとなると、この子は本格的にマジックをやっているのだろう。

 とりあえず話をして、現状把握するしかないか。


「そんなに泣いて、どうしたんだ?」


 当たり障りの無い言葉を選び、ついでにハンカチを差し出した。
 すると彼は、ゆっくりと俺を見上げてきた。
 涙を流しすぎたのか、目が真っ赤だ。

 何度か口を開いて答えようとしてくれるも、詰まった挙げ句、ぶわっと大量に涙を溢れさせてしまう。


「ああ、ごめんな。無理に話そうとしなくて良いから」


 彼の前にしゃがんで、ハンカチで涙を拭いてやる。
 大人しく受け入れるのは、素直な子供だからか、それとも突っ撥ねられないくらい落ち込んでいるからか。

 鼻もかんだ方が良いよな。
 何度も啜ってるし、鼻水垂れそうだし。
 つっても、ティッシュは持ってねぇけど。
 この子も、持っていたら自分のを出すだろうから、やっぱり持っていないんだろう。

 確か近くにコンビニがあったはずだから、そこでトイレを借りて、ついでに新聞も買うか。

 でもまずは、この子の意志を聞かねぇと。
 家が近くなら帰った方が早いし、家に帰りたくなくてここで泣いていたのなら、しばらくは一緒にいるべきだ。

 どうせ俺の状況は焦っても仕方ないので、これくらいの寄り道はして構わない。


「とりあえず、俺と一緒に近くのコンビニ行くか? そこでなら、君の顔を洗えるから。それとも家に帰るか?」
「……一緒に、行く」


 彼は泣きながら、それでも必死に言葉を紡いで、立ち上がった。





  以下オフ本にて。



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2015.12.29発行
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