とある王国の話 サンプル
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1.
「はぁ? なんだよそれ!」
黒羽快斗は勢いよく立ち上がり、座っていた椅子をガタンと倒した。
テーブルを思いっ切り叩いたので、近くのカップが僅かに宙に浮き、少し移動する。
メイド達が慌てて椅子を元に戻してくれたので礼を言いつつも、目の前にいる親父をギッと睨み続けた。
父である盗一は眉間に皺を寄せ、溜め息をつく。
「お前が十七歳になったからか。そろそろ子供を作ってほしいと思っている人間が多くいるようだ」
「ふざけやがって。俺は王位継承の為に結婚する気なんて、更々ねぇんだからな!」
「快斗。わかってるから、少し落ち着きなさい」
母親の千影が困った様子で横から声を掛けてくる。
ここには両親とメイド達しかいないので、キレても別に問題は無い。
だがどんな場面においても、興奮して感情のままに言葉を吐き出すのは自分にとって不利益になると理解しているので、怒りはすぐに引っ込めた。
しかし引くつもりは無い。
「政略結婚なんて御免だぜ。自分の相手は自分で見定め、決める。黒羽一族の為だなんて言っている、くだらない人間との子供を産むくらいなら、死を選ぶ」
「ちょ、それは止めなさい。快斗の気持ちはちゃんとわかってるから。父さんが断っておくから」
いつになく慌てる親父を見たら溜飲が下りたので、再び椅子に腰掛けた。
ここはとある大陸の、いくつかある国の一つ、東都王国。
鉱山がたくさんあり、金銀宝石が大量に取れる財政豊かな国家だ。
民は飢えず平和に暮らしている。
もちろんただ平和なだけではない。
鉱山を覆うのは広大な森であり、民は常に魔物の危険に晒されている。
時には隣国との衝突もある。
だが東都は、大陸の中で最も魔法に秀でた国だ。
平民でもある程度であれば魔法が使えるし、各地から集まる猛者が魔法騎士団となり、国を守っている。
そんな東都を率いる王になっているのは、代々黒羽家の血筋の者だった。
最も魔力が高く、また術式を操るのにも長けた東都最強の一族である。
もちろん現王である黒羽盗一は、この国で最強の魔術師だ。
それについては尊敬し、誇りに思っている。
俺の前ではへたれな親でも、家臣や民の前では威厳ある王だ。
だから俺も魔術師として、国や民に尽くしたい。
だというのに、この歳で結婚なんて。
「なんで黒羽一族の男共は、自分が強くなろうと思わねぇんだろう。強くなれば、王になれるのに」
東都の王は、王位継承権の持つ四つの血筋から、最も強い人間が選ばれる。
三年に一度だけ魔道大会が開催され、優勝者が王に挑む権利を得られるのだ。
そして勝てば、王が交代される。ただし男限定だが。
そして俺は女である。
口調が男っぽくて、女にしては身長が高くて胸もあまり無いし、服装も男っぽいのでよく男に間違われるけれど、女だ。
なので親父を超える魔術師になれても、王にはなれない。
男でないと駄目なのは、隣接する国々から守る為。
王という存在は、国の象徴である。
王が女性なだけで、弱国になったと勘違いされる可能性があり、民を危険に晒してしまうかもしれない。
そう、俺自身を含め誰もが理解しているので、法を歪めてまで俺を王に据えようとは考えない。
しかし、だからこそ困っているのだ。
何百年と黒羽が受け継いできた王位を、他の血筋に渡してしまうかもしれないという現状――それを懸念している、同じ黒羽一族の人間達に、困っている。
「快斗の言うとおりよね。黒羽一族の男達は盗一さん以外、根性から弱いから嫌になるわ」
「安心して良いからな快斗。私を倒せない者に、大事な娘は渡さないから。ああもちろん、お前自身が選んだ相手ならば、黒羽一族でも反対しないが」
ありえないと思いつつも、一応は頷いておく。
二十年前、親父がまだ王でなかった若い頃に、前王のせいで東都の内政が荒れていた。
だから親父は怪盗キッドという義賊となり、民を影から守っていた。
そして最も身分に低い下民だった母さんと出会った。
母さんを好きになった親父は、母さんを守る国にしたいという理由で、親友の助けを借りて王を暗殺した。
それから約二十年、東都は彼らによって支えられている。
そんな両親が、王位継承は絶対に黒羽一族でなければならないなんて考えるわけがない。
「しかし本当に、黒羽は落ちぶれてしまったね。先代の王は非道な人間だったが、魔術師として強かっただけ、まだマシだったのかもしれない」
親父がしみじみと呟き、母さんが頷く。
昔の黒羽一族は、他を圧倒する強者が山ほどいたらしい。
だがいつの間にか少なくなってしまい、現在は親父だけになってしまっていた。
それ以外の野郎共は、女の俺にすら負ける始末である。
周囲の人間達が焦っているのは、いつ王位継承が他に渡ってしまうのかわからないから。
親父が最強であるうちは良い。
でも若い人間がどんどん強くなり、親父は老いて弱くなる時期がいつか来る。
もしかしたら一年後の魔道大会で、親父が負ける可能性だってあるのが、東都という国だ。
だから一族の人間達は、強い俺に、強い男を産んでほしいと考えているのだろう。
母さんは俺を産んだあと、子供を作れない躰になってしまったし。
俺の魔力があまりにも高くて、母さんの子宮を壊してしまったから。
もし俺が男であれば、黒羽一族はすげぇ喜んだだろう。
素晴らしい跡取りが産まれたと。
女として産まれたばかりか、女王が二度と子供を作れない躰にしてしまった。
それでも周囲からの非難は無い。
非難する暇があるならば、その間にも鍛錬し、自分が強くなれば良い。
そして自分が王になれば良い。それが許されている国だからだ。
だというのに俺に子供を産ませようとするなんて、どう考えても根性から弱くなってしまっている。
アホらしい。
俺が産んだ子供だからって、王になれるほど強くなるという保障は、どこにもないのに。
「しかもそいつら、失礼すぎじゃね? 今の親父が、誰かに負けるって考えてるわけだろ?」
確かに親父並みに強い人はいるが、その人は親父の親友であり、前王の暗殺を助け、現在は補佐をしてくれている。
名前は工藤優作。
そんな彼が、今更友人である親父から王位を奪おうなどとは考えないだろう。
「うーん……やはり、あの子のせいかな」
「あの子って?」
「優作に息子がいるのは知っているだろう? その彼が、優作を超えるほどの魔術師に成長したようで」
「へぇ。確か、俺と同い年だって聞いてたけど」
「そうだよ。でも王になろうなんて考えは持っていないと、優作から聞いていたんだがね。私自身も何回か会った事があるが、あの子は優作と同じで、民の前に立つという性格をしていないよ」
だが周囲の人間は、そう捉えていないってわけか。
まぁそうだろうな。
あの優作さんを超えるとなると、親父よりも強いかもしれない。
王を越えるほどの魔術師ならば、王座を狙っていると勘ぐられて当然だ。
「つまりソイツがいる限り、俺は今後ずっと、黒羽一族の若い連中から襲われる可能性があると」
「全員暗殺してしまおうかしら」
ぼそりと呟かれた母の言葉に、思わず笑ってしまう。
「安心しろよ母さん。俺、そんなに弱くねぇから」
「わかってるわよ。でも心配なの。ああ、私の可愛い娘が今夜にでも襲われてしまうかもしれないなんて考えたら、黒羽一族の男全員殺したくなってきたわ」
うん。
それが出来そうなくらいに母さんも強いから、洒落になんねぇな。
でも止めるのは親父に任せよう。
「あー……じゃあまた、夕飯に」
屋敷の中だというのに攻撃魔法を発動させようとする母さんと、母さんを必死になだめる親父に一応は声をかけてから、リビングを出た。
自室に戻り、さてこれからどうしようかと考える。
優作さんの息子なら、すげぇ優秀だろうな。
そうなると黒羽の連中は、これからもっと結婚しろだの子供を産めだのと煩くなるわけだ。
ああ嫌だ。
いっその事、ほとぼりが冷めるまで家に戻ってこないというのはどうだろう。
元々よく出掛けてるし。
魔術師が強くなる為には、まず術を習得する勉強をして、陣や術式を自分の中に取り入れたら、あとは実践あるのみ。
だから俺は各地の町に出掛けては魔物と戦って、戦って、ひたすら戦って、強さを磨いてきた。
空を飛んで適当な町に行き、ハンター依頼所で魔物の情報を貰い、倒したら見合った金額を受け取る。
そして空を飛んで家に帰る。
だいたい六時間ほどの外出なので、一週間のうち五回は魔物狩に出掛けている。
十八歳になれば魔道騎士団に入団出来るから、それまでは気ままにこの暮らしをするつもりだったけれど。
考えれば考えるほど、屋敷から出て、どこかの町に潜んだ方が良さそうな気がしてきた。
うん。
この機会に、親元を離れて一人暮らししてみようか。
必ずハンター依頼所のある下民の町であれば、金に困らず生きていけるし。
親父も母さんもかなり過保護だけれど、黒羽一族の住むこの区域にいるよりはマシだと、わかってくれるはずだ。
以下コピー本にて。
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2015.08.15発行
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