あくまでも推しなんです!  
サンプル

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 俺は黒羽快斗、17歳。華の女子高生!

 まぁ親父に憧れすぎたせいか、普段は女の子らしさからかけ離れちゃってるけどな。
 でも母さんの子でもあるので、きちんとしなきゃいけない時には、もちろん立派なレディに変身いたしますよ?
 なんなら変装して、完全に別人にもなれちゃうゼ☆

 そんな変装術やマジックや運動神経を生かして怪盗キッドをしていたけど、今はもう引退している。

 無事パンドラ見つけて、壊すことが出来たから。
 それにパンドラを狙っていた組織も、名探偵を誘導したところ、警察を介入させて壊滅してくれたし。完璧に目的を果たせたので、本当に良かった。

 そして引退してから4ヶ月経ち、高校3年に進級した現在。
 あの名探偵も、気付けば元に戻っていた。

 彼がどのような紆余曲折をして、高校生活に戻ったのか気になるところではある。
 FBIや警察と協力して、ヤバい組織と全面対決したようだし。そもそも解毒薬が完成しないと、元には戻れないし。

 きっといろんな葛藤を抱えながらも、キッドと対決している時のように、不敵な笑みを浮かべながら解決していったんだろうな。
 あぁムカつく。

 でもムカつくのは、あくまでもライバルであるキッドとしてだ。
 もう終わった感情だ。

 キッドでない俺は……華の女子高生だからな!





「あー格好良い。工藤新一マジ格好良い!」
「快斗ったら、またわざわざ新聞買ってきちゃって。スマホで充分なはずなのに」


 教室で新聞を読んでたら、青子が横から見下ろしてきた。
 新聞の1面には、昨日殺人事件を解決したという工藤新一の写真が、デカデカと載っている。


「まぁでも、確かに工藤君は格好良いよね。それにキッドのファンをやられるよりマシ」
「はぁ? キッドはずっと大好きだぞ? でももう引退しちゃったからさ。それに怪盗を追いかける探偵も、なかなか魅力的というか」


 写真の工藤新一は、無駄に格好付けていた以前と比べると、明らかに大人っぽく格好良くなっていた。
 そもそもあまりカメラ目線にならなくなっている。
 この写真だって、思慮に耽っている姿だ。

 ライバルだった小さな名探偵の、ここまで成長した姿を見られるようになったのだ。
 普通の女子高生として、憧れても仕方無いだろう?


「んあー! 遠くから応援してるぞ! 頑張れ名探偵!」
「『推しが尊い』ってやつだね」


 胸に込み上げてくる感情を抑えられず叫んだら、青子がちょっと笑いながらも肯定してくれた。

 そうそう、それそれ!
 今日も俺の推しが尊い!





 俺は工藤新一を推している。そしてファンとして活動もしている。
 つまり推し活だ。

 活動内容は、まず新聞の切抜きを纏めること。
 綺麗にファイリング出来ると満足する。あとネットにアップされている写真も、見かけたら必ず保存している。
 はぁ、名探偵マジ格好良い……。

 それから非公式のファンクラブに所属して……いるわけではないけど、時々帝丹高校前で出待ちしている人達に混じって、プレゼントを渡している。
 元キッドが超接近していても気付かず、さらにはプレゼントをすげない態度で断る名探偵、たまらないぜ!

 あとはまぁ、名探偵んちの玄関先にこっそり監視カメラを設置しているけど、これはキッドの時の名残だ。
 もう必要無いので外すべきなんだろうが、いつバレるのかというスリルが楽しくて、ついついそのままに。

 ……だから、たまたまだったんだ。
 たまたま、監視カメラに映ってしまっただけ。
 アイツが蘭ちゃんから、平手打ちを食らっているシーンを。

 しかもフられた? っぽい会話が。


『私、もう駄目みたい。新一がようやく戻ってきてくれて、また一緒に学校生活が送れると思ってた。恋人らしいこともたくさん出来るって、思ってた』
『蘭……』
『なのにやっぱり事件ばかり。ううん、事件はしょうがないわ。新一は探偵だもの、事件が起こったら解決しなきゃ。でも普段から私と話していても、ぼんやりしていることが多い。きっと私よりも、気になることがあるのよね?』
『…………』
『ほら答えない。だから私達、別れましょう』


 玄関でそんな会話が行われたあと、蘭ちゃんは走っていってしまった。
 たぶん、泣いていた。

 どうするのかと名探偵を見ていたら、アイツはアイツで、蘭ちゃんを追わずに家に入っちまったし。

 何やってんだ名探偵!
 大事な子を泣かしちゃったのに、なんで追いかけないんだよ!
 っていうか、なんでこんな事態になってんの?
 あんなに大事にしていたのに。


「あー……えぇ……? マジで?」


 名探偵がどれだけ彼女を好いていたか知っているだけに、カメラ越しのやり取りは、あまりにも衝撃的だった。
 正直当事者でないにもかかわらず、俺はショックを受けていた。
 きっと蘭ちゃんを大切にしているのも込みで、名探偵を推していたから。

 でも男女間のことはデリケートだからなぁ。
 それに俺は元キッドで、今はあくまでも遠くから応援しているファンでしかないので、彼らに何もしてやれない。





 あの映像を見てから、数日過ぎてもモヤモヤは晴れなかった。
 あまりにも気になってしまい、ついつい帝丹高校の制服を着て、忍び込むことに。

 早朝、彼らの教室に何食わぬ顔で入り、名探偵や蘭ちゃんの机に盗聴器を設置した。
 そして彼らの教室が見える屋上に行き、双眼鏡で覗きながら声を聞く。

 2人はごく普通のクラスメイトになっていた。
 さすがに朝の挨拶くらいはするけど、すぐにそれぞれの友達のところへ行ってしまう。
 正直本人達より、周りのクラスメイト達の方がギクシャクしていた。

 名探偵と話さなくなったら蘭ちゃんは、基本的に園子ちゃんと一緒にいるからか、たまに笑顔が曇るけど大丈夫そうである。
 ……強い子だ。

 そして名探偵はというと、蘭ちゃんにフられたにもかかわらず、つらそうとか悲しそうという感情が見えなかった。
 ただ静かだ。
 こうなった現状に対して、少しも抵抗せずに受け入れている感じ。

 あと別れたのが広まったのか、他クラスとか、他学年の子達が、声を掛けるようになっていた。


「工藤先輩、私お弁当作ってきたんです。最近はパンばかりなんですよね? もっと栄養を必要だと思うので、ぜひ食べてください!」
「悪ぃけど、知らない奴からの弁当はいらない。つかムカつくから二度と話し掛けてくんな」


 ひぇっ、名探偵怖い。
 でも渡そうとした子も、ご飯のことを指摘するのは駄目じゃないかな。

 帝丹には学食がある。
 ちゃんと食べたいなら、学食に行くだろう。
 それに名探偵が昼に食べていたパンには、どれもちゃんと野菜や肉が挟まっていた。
 牛乳も飲んでいたので、栄養は取れている。

 だからまぁ、昼は大丈夫なんだけどさ。
 夜はどうしてるんだろう?
 名探偵、今は1人暮らしなのに。
 家まで様子を見に行ってみるか?

 でもさすがに不法侵入は出来無い……なんて思うなよ?
 俺は元怪盗キッド、どれだけ名探偵んちのセキュリティがすごかろうが、侵入くらい楽勝だぜ。
 でももしも見つかった時は迅速に逃亡出来るように、キッド衣装や道具はいろいろ仕込んでおく。

 そんなわけで夜、名探偵んちに侵入した。
 よしよし、家には帰ってきている。
 自室で読書中だ。
 ところでそろそろ夕飯の時間だけど、何か頼むのかな。
 名探偵は料理が苦手だから、自分では作らないし。

 冷蔵庫に何か入っているのか気になって確認してみたけれど、やっぱり飲み物しか入っていない。
 うーん、しばらくして何も頼まないようなら、ピザ配達員にでも変装して、間違い配達しようかなぁ。

 とりあえずは俺が腹ペコなので、屋根裏に潜んで、持参してきた弁当を食べよう。
 と考えながら、冷蔵庫を閉めたところで、突然キッチンの電気が点いた。


「誰だッ!」
「ウゲッ!」


 いや我ながら、ウゲッはないだろ、ウゲッは。
 これでも女子高生なんだから、ちょっとは可愛い反応しようぜ。
 ただし現在は、帽子に黒服ジーパンという男装なので、男っぽくても良いんだけど。

 ちなみに俺を発見した名探偵はというと、目を大きく見開いて、唇を震わせながら俺を見つめてきていた。


「……まさか、キッド……か?」
「おお、よくわかったな名探偵」


 あんま肯定したくなかったけど、見つかっちまった以上、否定するのもヤバい。
 確実に昏倒させられ、警察に突き出される。まだキッドの方が、逃してもらえる確率が高い。


「ま……じかよ。は、はは……」


 名探偵は乾いた笑いを零すと、はぁぁぁと大きな溜息をついた。
 そしてこっちに近付いてくる。思わず後ずさると。


「逃げんなキッド。逃げたら麻酔銃撃つ」
「あっ、はい」


 逃げられませんでした。
 んでもって名探偵は、俺の腰を引き寄せると、肩に額を乗せてきた。
 キッドにこんなことしてくるなんて、すげぇ弱ってるじゃん。


「なんでオメーは……今になって、うちに侵入してきた? もしかして、俺が蘭と別れたからか?」
「わかってんじゃん。名探偵が蘭ちゃんと別れるなんて思ってなくて、ビックリしたんだよ。なんでだよ。あんなに大事にしてたのに、なんで」


 責めたいわけじゃないのに、ついそんな口調になってしまった。
 だって2人が別れた時の会話とか、学校での様子を鑑みるに、原因はコイツにあるようだから。

 でも弱っている心には堪えたようで、名探偵はぐぅと喉を鳴らして呻いた。


「くそ……説教する為に来たのかよ。ああでも、オメーは蘭のこと気に入ってたもんな」
「そりゃあ可愛い女の子だから。でも名探偵のことも気に入ってるぜ? 小さな身体でも必死に足掻いていた姿がな。それが彼女と一緒になる為だとも知っていた。だからこそ元に戻ったオメーは、これからずっと蘭ちゃんと幸せに生きていくと思ってた」
「……蘭と別れた俺を、幻滅しているのか?」
「結構、してるな」


 ここまでズバズバ話したので、ついでにズバッと答えてみた。
 すると無言になっちまったけど。
 落ち込むくらいなら聞くなっての。


「ただ、心配もしてるよ。だから様子を見にきたんだ」
「キッド……」


 慰めたら慰めたで、腰を強く抱き締められて、ちょっと苦しい。
 つか密着しすぎじゃね?
 まぁ男装用ベストとか、仕込んできているキッド衣装が阻んでいるので、体温を感じるわけじゃないけど。

 どうしたものかと思いながらも黙っていると、突然ぐううぅと、腹が鳴った。
 女子高生にあるまじき盛大な音に、恥ずかしくなってしまう。


「……そうだった。そろそろ屋根裏に隠れて、弁当食おうと思ってんだ。なのにオメーが来るから」


 視線を彷徨わせつつ、気恥ずかしさを誤魔化そうとして言い訳したら、ようやく名探偵が離れてくれた。


「弁当持ってきてんの? 手作り?」
「ん? そうだな、おにぎりは手作りだぞ。おかずはレンチンしたのと自分で作ったの、半々か」


 女子らしくなくても、料理くらいは出来る。
 キッドになってからは1人暮らしもしていたし、節約しなきゃなんなかったし。
 弁当はスーパーでも高いから。


「半分食わせてくれ」
「俺の弁当をか? ピザとか頼んだ方が良くね?」


 名探偵のおごりになるはずなので、むしろピザとか寿司を頼んでほしい。
 でも却下された。





  以下オフ本にて。



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2022.07.24発行
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