夢幻を追う  
サンプル

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『レディース&ジェントルマン!』


 ステージでスポットライトを浴びる男が、マイク越しに挨拶をする。
 それだけで拍手喝采が起こるほど、彼は人気だ。日本だけでなく、世界中で。

 黒羽快斗、25歳。
 六年前、19歳という若さでFISMのグランプリを獲得した、天才マジシャン。
 世界の頂点に立った者として当時話題になり、今や日本では知らない者はいないほどの人物である。

 彼の生み出す魔法のようなマジックを少しでも見れば、そのまま美しく鮮やかなマジックの世界へと誘われ、魅了されてしまう。
 単純と思うようなタネでさえ、黒羽快斗の手から生み出されると、キラキラ光る魔法となる。
 それは彼が心の底からマジックを愛し、皆に楽しんでもらおうと考えているからだろう。

 加えて観客を挑発する笑みはとても格好良いとか、真剣にマジックしている姿は美しいとか、面白い話をする時の笑顔は可愛いなど、ステージに立つ彼の容姿や雰囲気に惹かれる人間は多い。

 そんな黒羽快斗のマジックショーのチケットは、とても倍率が高くて入手困難である。
 それでも日本人はまだ、他国に比べれば彼のショーを見られる機会は多い。
 年に一回は必ず日本に帰ってきて、東都や大阪合わせて十日以上は公演してくれるのだから。

 俺は今回、初めて彼の公演を見ようと思った。
 今までは、意図的に避けていたけれども。

 去年まで、蘭と付き合っていた。
 子供の頃から好きだったし、学生時代は結婚まで考えた相手だ。

 けれど互いに大学を卒業し、社会人になると、会える時間は極端に減った。
 まぁ学生の頃よりも自由時間は少なくなったし、新しい環境になれば慣れるまで大変なので、当然ではあるのだが。

 彼女は一般企業に入社して忙しく、俺は俺で探偵事務所を開いたので、依頼が入れば遠方であろうと数日掛けて外出するし、生活も不規則になる。
 事件を解決したと思えば、その近くで新たな事件に遭遇してしまい、二週間以上家に帰れなかったこともある。

 どうにか時間を空けて会えても、蘭の仕事や人間関係に対する愚痴を聞くのがほとんどだった。
 新入社員で大変なのはわかっていたから、最初はちゃんと聞いていたのだが。
 しかし俺自身も疲れているので、だんだん励ますのが面倒になってしまった。

 半年も経てば、今度いつ会えるの? というメッセージを見た瞬間、顔が歪むようになった。
 電話が掛かってきても、二日くらい無視することもあった。

 互いに余裕が無かった、それはわかっている。
 しかしこのままでは、彼女と結婚したところで上手くいかないだろうと、思ってしまったんだ。

 現状では、互いに家庭を顧みることは難しい。
 あと五年くらいすれば安定するかもしれないが、それまで待ってもらうのも心苦しい。
 それにもし子供が出来たとしても、俺は今の生活を変えられそうにない。
 どうしたって事件の方を優先してしまう。

 何より、彼女を好きかどうかわからなくなってしまった。
 そうなったらもう、駄目だろう?

 結局社会人二年目にして、別れようと切り出した。
 俺からだ。
 蘭も素直に頷いた。
 俺とでは、幸せな家庭を築くのが難しいと悟ったのだろう。

 彼女と別れて、縛るものが無くなり、皮肉にも少し躰が軽くなったような気がした。
 思考にも余裕が出来た。
 そうしてふと思い出したのが、黒羽快斗である。
 確かもうすぐ、チケット販売が始まるなと。

 彼のことはほとんど知らない。
 知らないのに、誰よりも知っている、そんな気がする存在。

 テレビで初めて見た瞬間から、どうしてもダブって見えた、あの白い鳥。
 たぶん彼は、怪盗キッドだと。
 そう推測しているが、合っているだろうか。

 空いた時間を自分だけの為に使えるようになった今、改めてそれを確かめたくて、彼のショーを直に見ようと考えた。
 画面越しではわからない、美しく研ぎ澄まされた気配をもう一度感じたいと。

 だがチケット当選率は五十倍以上だ。
 一回目では当たらないだろう。
 ただ何年掛かっても良いから、いつか見にいければ良いと思い、申し込んだ。

 いきなりチケットが当たったのは、幸運としか言いようがない。
 席はステージから結構離れていたが、それでもこんな早くに生で見られる機会を得られたのだから、とてつもなく運が良かった。

 ステージに立つ黒羽快斗は、本当に格好良かった。
 スクリーンに映される生き生きとした表情に、トランプやコインを操る洗練された手。
 優雅な動作。

 以前と変わらず凛とした冷涼な気配を纏い、圧倒的な存在感を放つ男に、どうしようもなく惹きつけられる。
 魅入らされ、目が離せなくなる。

 ああやはり、彼は怪盗キッドだ。
 八年以上経って、ようやくアイツの正体を知れた。


「いつの間にか、こんなにも差が付いちまったな」


 心底楽しそうにマジックする彼は、眩いほどにキラキラ輝いていた。
 そして多くの人間を魅了する。
 そんなふうにステージに立つキッドと、観客に座っているだけの自分。
 手を伸ばしても、届かない距離。

 以前は手を伸ばすどころか、少し身体を寄せれば触れられる位置にいたのに。
 小さかったからか、抱えられたりもした。
 でも今は、こんなにも遠い。

 俺だって高校二年の終わりには元の姿に戻って黒の組織を壊滅させたし、そのあともずっと探偵として様々な事件を解決した。
 大学に進学しても変わらず探偵であり続けた。
 今でも時々新聞に取上げられる。

 だがキッドは怪盗を引退すると、好敵手であったはずの俺を簡単に飛び越えて世界へと羽ばたいていったのだから、恐れ入るばかりだ。

 俺も蘭と付き合わず海外に行けば、もっと彼に近づけただろうか。
 ……いや無いな。
 結果として別れたものの、蘭と付き合ったことへの後悔は無い。
 やはりただ、キッドの方がうわてだっただけだ。

 たくさんの銀鳩が会場内を飛び回り、あちこちに白い羽を舞わせる。
 ワッと上がる歓声。
 そして旋回した鳩達は、指笛一つで彼の元へと戻っていく。
 相変わらずよく調教されている鳩達である。

 二時間に渡って繰り広げられたショーも、これで終わり。
 白い羽がたくさん舞う中、黒羽快斗は観客に向かって頭を下げると、今日一番の拍手喝采が沸いた。

 俺も観客に合わせて、拍手する。

 そういえば拍手を送るのは、これが初めてか。
 キッドだった頃から実力は認めていたものの、宝石を盗むトリックに拍手などしない。
 奴の実力を見せ付けられるたび、暴いて捕まえることばかり考えていた。

 けれどその手から生み出されるものが人を楽しませる為のマジックなら、素直に賞賛するしかない。

 遠い存在になってしまった彼に、悔しさや寂しさを感じながら、それでもどうか、ここにいる俺に気付いてくれないかと願って。
 そしてそんな女々しい思考を持ってしまう自分に、失笑が漏れる。

 気付いたからとして、なんだというのか。
 向こうからすれば探偵の俺は目障りな存在であり、たとえ気付いたとしても、微妙な気分になるだけだろう。

 だが何故か、本当に目が合った気がした。
 もちろんこれだけ離れているし、向こうからはライトの逆光で見えないから、やはり気のせいである。

 しかしそれでも、こちらを見て目を見開いているような。


「――……は?」


 いや待て、いったい何が起こった?
 瞬きした瞬間、周囲の景色が変わったではないか。

 いきなり明るくなったせいで眩しく、思わず目を眇める。
 薄目で確認する限り、青空が見えた。
 会場内にいたはずなのに。
 それに今は、夜のはずだ。

 目が慣れてきたので改めて周囲を見渡すと、ここがどこか、すぐに知れた。
 シンガポールだ。
 マーライオンがあり、俺は近くの階段に座っていた。
 青い水の向こうに、マリーナベイ・サンズも見える。

 立ち上がり、改めて周囲を見渡した。
 人が一人もいない。
 ここは人気の観光スポットだ。
 青空が見える時間帯に誰もいないなんて、普通ならありえない。
 そうなるとここは、現実ではないのかもしれない。

 何故このような状況に陥っているのか。
 もしやキッドと目が合ったからか?
 だとして、どうやってこの世界から抜けだせば良いのだろう。

 他にヒントはないかとあちこち視線を彷徨わせていると、ふと空から白い鳥が見えた。
 どんどん近付いてくる。

 違う、鳥ではない。
 あれはキッドだ。

 驚いて、それでもじっと見つめていると、彼はトンッとマーライオンの上に停まった。
 そして俺を見下ろしてくる。
 相変わらずシルクハットで目元は見えないものの、口元は緩やかな微笑を浮かべている。


「……キッド」


 八年振りの懐かしい存在に、思わず声が漏れた。
 俺の声を聞いたからか、笑みを深くする。

 このような不可思議な世界にいるのだから、彼もまた偽物か幻だろう。
 それでも感極まり、胸が熱くなった。

 そういえば八年前、キッドとシンガポールで事件を解決したことがあった。
 あの時は確か、起きたら何かに閉じ込められていて、どうにか外に出たらこの広場だったのだ。
 人をトランクに入れて飛行機に乗せるなんて、ずいぶん無茶をしたものである。

 思い出して、フっと笑みが零れてしまった。
 するとキッドは、不思議そうに首を傾げる。
 喋らないあたり、やはり幻なのだろう。

 ここは夢幻だ。
 ただ、どうしてシンガポールなのかはわからないが。
 黒羽快斗と目が合った結果、互いに共通の思い出の地に誘われたからだとしても、共に行動して事件を解決したのは、ここだけではない。


「オメーが俺をここに引き込んだのか? それともたんに、俺が可笑しくなっちまっただけか?」


 考えてもわからなくて、聞いてみた。
 すると彼は、じっと見下ろしてきていた視線を、マリーナベイ・サンズへと向けた。
 そして背中に付いているエンジンを稼働させ、そちらへと飛んでいく。

 追い掛けてこいと、言われている。
 言葉にされているわけでもないのに言いたいことがわかるのは、やはりここが不思議な世界だからだろう。





  以下オフ本にて。



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2019.06.23発行
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