destiny サンプル
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運命を信じろ α × Ω
新一(コナン)サイド
青空の広がる朝。
小学生達の元気な声を聞きながら、俺は灰原達と教室に入った。
クラスの子供達からの挨拶に適当に返し、机にランドセルを置いてすぐ、スマホでニュースの覧を確認する。
すると一つの見出しが目に留まり、思わず眉間に皺が寄った。
それは昨夜キッドが現れたという記事だ。
ざっと読むに、今回もキッドは見事な手際で宝石を盗み、またもや優秀であるはずのアルファ達は翻弄されて取り逃したという内容だった。
ちなみにキッドが追いかけてくるアルファを巻く為の手段は、毎回同じである。
彼らをオメガのフェロモンで興奮状態に陥らせてしまうのだ。
キッドがオメガかどうかはわからない。
しかし彼の通る道には、常にフェロモンが残る。
それはアルファを誘発させ、その場に蹲らせる。
常にという事は、彼自身は発情していない。
ヒートと呼ばれるオメガの発情期は三ヶ月に一度なので、常にアルファを誘うなど有り得ないからだ。
それに彼自身は何の問題もなく動けているので、アルファを惹き付ける薬を作ったのではないかと推測されている。
だからキッド自身がどの性別なのかは、不明だ。
ただし、本人はオメガだと言っているが。
優秀だというわりに、所詮はオメガのフェロモンに釣られる自制心の弱い存在であり、オメガである私を捕まえられないんですね。
ガッカリです、と。
アルファに対して煽りまくっているが、世間の意見は賛同が多い。
当然だ、日本人口の99%はベータなのだから。
ベータという大衆に対し、アルファというだけで傲慢な態度を取って他者を見下してしまう人間は、残念ながら今でも存在している。
現在の日本において、三種の性別は秘匿事項とされており、自分と親と医師しかわからない。
二十年前までは、健康診断書に必ず明記されていた。
しかし生まれた時からペニスのある女性のアルファと、子宮のある男性のオメガを除いて、第二の性別が判明するのは十代半ばだ。
思春期時代に性別で優劣を決められてしまえば、当然ながらあちこちの中学や高校で差別やイジメが多発する。
結果、改正された。
医学が進歩し、第二の性が存在していると日本に広がり、認められてから百年。
今は第二の性別に対する法律で数少ないオメガは守られているし、抑制剤はドラッグストアで簡単に手に入る時代だ。
そんな時代ではあるが、今でもヒートがあるからという理由で、オメガが劣っていると認識している者は多い。
逆にアルファの人間だと証拠を見せれば、それだけで優秀だと判断されてしまう。
キッドがもし本当にオメガだとしたら、どうなるか。
自分を優秀だと自負しているアルファ達のプライドが粉々に砕かれ、実はオメガの方が能力的にも優秀なのだと、世間の認識まで変わるかもしれない。
だからネット掲示板を見ると、彼自身もアルファだという考えが圧倒的だ。
あれだけの身体能力と頭脳を持っていながらオメガだなんて、有り得ないと。
しかしもしオメガだとしたら、絶対に捕まえて犯して、孕ませてやるなんて書く人間もいやがる。
ふざけやがって。
相手がオメガであっても、強姦は犯罪だぞ。
統計で、オメガはアルファの半数以下という数値が出ている。
つまりアルファには運命の番がいない可能性が高いが、オメガには確実にいる。
たとえヒートで煽られても、アルファがオメガを強姦するのが犯罪なのは、それが理由だ。
どこかに確実にいるアルファの運命の番を、汚す行為。
まぁ、地球にいる人口が70億以上という現在において、特別なたった一人と出会うなんて事が、本当に可能かどうかはわからないが。
「あら、またあの人の記事を読んでいるのね」
隣の席に座っている灰原が、くすりと笑った。
画面は見られていないのに、何故わかるのか。
睨むと、彼女は自身の眉間に触れた。
「貴方、彼の記事を読んでいる時は大抵不機嫌そうな顔をしているのよ。何を考えているのかしら」
「……別に。アイツを捕まえられるのは俺だけだと、再確認しているだけだ」
そう。
キッドは、俺が捕まえるのだ。
アイツと初めて対峙し逃げられた時から、そう決まっている。
「もし貴方が捕まえたら、キッドに子供を産ませようとするのかしらね、アルファさん」
「あ? オメーもアルファだろうが」
「そういう意味で言ったんじゃないわよ」
呆れたような物言いの彼女に、首を傾げてしまう。
俺がアルファだから、衝動的にオメガを襲ってしまうかもしれないという意味だと思ったんだが、違ったのか?
黒の組織を追いつつ、遭遇する殺人事件を解決し、キッドの予告状が発表された時には彼の現場に向かう。
今夜は新聞で大々的に公表されたのもあって、警察だけでなく、彼のファンや、彼を捕まえようと狙っている人間も多く集まっていた。
人ごみの中を通ると、時折キッドを捕まえて犯したいと話している声が聞こえてきて、どうしても苛立ってしまう。
だがアイツの元にまで辿り着けるのは、俺だけだ。
「レディース&ジェントルメーン!」
彼が登場し、歓声が上がる。
キッドは応援する女性達に微笑み、警察の手が届く前に優雅な動作で大掛かりなトリックを発動させた。
そして瞬く間に宝石を奪っていく。
相変わらず、すげぇ手際だな。
夜空を飛んでいく影を追う人間達を尻目に、俺はすぐ傍にあるビルへと入った。
ソファや観葉植物に隠れながら警備員の目を盗んで、エレベーターに乗る。
最上階で下り、屋上に出るドアの前に立った。
ドアノブに手を掛けてみると、鍵は開いている。
大きく息を吐いてから、ドアを開けた。
予想通りキッドはそこにいて、盗んだ宝石を月に翳していた。
あえて足音を隠さずに歩くと、彼はこちらに顔を向けてくる。
俺を認め、ニヤリと笑みを浮かべた。
「流石は名探偵だな。今日も俺のところに辿り着いたのは、オメーだけだぜ」
「それはどうも。確かに今回は、俺だけみてぇだな。だがどうせ、ここに来るまでにもアルファが興奮するフェロモンみてぇなのは仕込んであるんだろ? だからトリックに気付けても、ほとんどの奴はここに来られない。俺は子供だから、フェロモンは効かねぇが」
「そうだな。早く元に戻ってほしいぜ」
恍惚としたような表情に、思わず眉根が寄る。
「俺がオメーの発明した薬で発情して、他の連中と同じように無様にへたりこむ姿を見たいってか?」
「まさか。オメーなら、それでも追ってくるだろうと思ってるぜ。そんなオメーと早くやり合いたいだけだ」
「その時になって、後悔しても知らねぇぞ」
挑発すると、彼は楽しげに喉を鳴らした。
そして盗んだ宝石を、俺に向かって投げてくる。
少し手前に落とされるそれをどうにかキャッチし、再び顔を上げると、すでにキッドはいなくなっていた。
アイツがオメガなのかアルファなのかは、わからない。
もしかしたらベータかもしれない。
しかし性別がどれであれ、彼を越えたいと願う。
誰にも成し遂げられない事を、俺こそが可能にしたいと思う。
やはり俺も、アルファだから。
☆
それから二ヶ月ほどで、俺は工藤新一に戻る事が出来た。
薬を完成させた灰原には感謝したし、黒の組織との対決も無事に終結した。
やっぱ肉体が精神に追いついているのって、良いよなぁ。
しみじみ実感しながら、キッドの現場に辿り着く。
黒の組織の壊滅に導いた工藤新一という肩書きは、以前の高校生探偵と言われていた頃よりも警察への覚えが良く、警備に参加するのを簡単に許された。
もうすぐ時間だ。
今日こそ、絶対にアイツを捕まえてやる。
そう、意気込んでいたんだが。
「……は? なん、だ……これ」
宝石の前に姿を現したキッドを見て、ドクンと心臓が脈打った。
何故かアイツから目が離せない。
コイツは俺のものだ、と。
俺だけのものなのだと、魂が叫んでいるような感覚。
確かにフェロモンらしきものは感じられる。
近くにいたアルファが膝を付いたので、かなり強力なのだろう。
しかし俺には、それ以上の衝動が全身を駆け巡っているせいか、ただただ彼を見つめるしか出来なかった。
宝石を盗んだキッドは、俺を見てニヤリと笑った。
追ってこいと、挑発してくるような目。
ハッとした時には、すでに宝石は盗まれ、しかも逃げられたあとだった。
瞬時に思考を切り替え、彼が選ぶだろう逃走経路を思い浮かべる。
もし逃げるとしたら、十階及び十一階の窓だ。
あそこは吹き抜けフロアで窓も大きいので、ワイヤーを使えば追っ手を翻弄させやすく、窓からの逃走も容易い。
ビル内は警備員や許可を得たアルファが多いので、追いにくいな。
外に出たあとを追った方が確実だ。
一階まで下りて、風向きを確認してスケボーを地面に置く。
上を見上げていると、しばらくしてパリンッと窓ガラスが割れ、キッドが出てきた。
すぐさまスケボーを走らせ、夜空を飛ぶ白い鳥を追う。
深夜でもそれなりに走る車の脇を、それ以上の速さでもって追いかけた。
時折クラクションを鳴らされるが、気にしている場合ではない。
とにかくビルの合間を通っていく彼を見失わないよう必死だ。
キッドは東京湾沿いにまで来て、ようやく羽を下ろした。
深夜で人気の無い港。
海面に夜景の光が映っていて、幻想的な光景である。
外灯の上に立って、いつものように宝石を月に翳す姿を見つめた。
一体何を探しているのか。
近づいても、もうフェロモンは感じられなかった。
空を飛んでいるうちに消えたのだろう。
でもこの胸に湧き上がる衝動は、それが理由じゃない。
見下ろしてきたキッドは、恍惚とした表情をしていた。
「はぁ。名探偵、ようやく戻ったんだな」
熱い吐息を吐き出し、嬉しそうにふふっと笑みを溢す。
とてつもなく官能的に見えて、今すぐ俺のものにしたいという願望が、どんどん溢れてくる。
そうだったのか。
彼が俺の。
「知って、いたのか? 俺達が――運命の番だと」
「もちろんだぜ。名探偵を……江戸川コナンを初めて見た瞬間に、俺はオメーだけのものになった」
本人から強く断定されて、内心滅茶苦茶動揺した。
だって、世のアルファを目の仇であるかのように振舞っていたキッドだぞ。
それが俺のものだって?
俺がただただ見つめていると、彼は外灯から降りて、ゆっくりした足取りで近付いてきた。
「でもオメーは子供で、アルファやオメガなんて関係無かったからな。ただひたすら俺に夢中になるように、すげぇ頑張ったんだぜ。どうだった? 俺の、怪盗としての素晴らしさは。探偵であるオメーは、俺を追わずにはいられなかっただろう?」
「そう、だな。確かに、予告の暗号から盗む為のトリック、逃走の際に使うフェロモンの薬。ずば抜けた身体能力。どれも賞賛に値するもんではある」
「でも名探偵は、俺の薬に惑わされず、ここまで来られた。さすがは俺の番だぜ。俺に釣り合うアルファは……この俺に触れるのが許されたアルファは、オメーだけなんだ。あぁ、早く名探偵に抱いてほしい」
キッドは吐息を零し、こちらを挑発してくる。
しかし俺は、その場から動かなかった。
釣り合うアルファ、ね。
つまり俺は、試されていたんだな。
キッドはオメガで、しかも俺の運命の番でありながら、アルファである俺を試したと。
はっ、すげぇ生意気じゃねぇか。
しかも俺に抱いてほしいと言いながら、俺から手を出すのを待ってやがる。
そんなに、俺より優位に立ちたいのかよ。
そもそも運命なんてものに流されて良いのか?
いいや、駄目だな。
コイツが欲しいという衝動に駆られて抱くなんて、理性の無い獣のする事だ。
ちゃんと冷静になって考えろ。
俺は本当に、彼を抱きたいのか?
欲に溺れるのではなく、きちんと彼を愛しながら抱けるのか。
それほど、好きかどうかを。
とにかく現状では、彼が俺の番であるという事実に対する衝撃が強くて、思考が働きそうにない。
「悪ぃけど、次に会う時まで、返事は保留にさせてくれ」
「え。そ、そう、ですか。……わかりました」
以下オフ本にて。
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2017.06.18発行
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